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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
二話 怪物
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「……考えてても仕方ないか。とにかく、ここから出なくちゃな」
五里霧中と言った感じだが、こんな事件が起きた以上、一番頼るべきなのは警察だ。
この教室をさっさと出て、職員室かどこかで電話を借り、警察を呼ぶべきだろう。
そもそも警備の人がいてくれればいいんだが……。
ガラリと扉を開き、教室を出る。廊下の電気も全て消えていて、奥まで真っ暗闇だ。
ただ、少し気になるのは……窓から外の様子が見えないことだった。
まるで磨りガラスのように景色が遮断されている。
「誰か、いたりしないか……」
流石に気味が悪くなってきて、オレはそんなことを独り言ちる。
明かりのようなものが一切ないのは精神的にきつい。
――と。
闇の中から不意に現れたかのように、一人の少女がこちらへ歩いてきた。
その不安そうな足取りからして、どうやらオレと同じように状況を掴めていないように思えるのだが……。
「あっ」
その顔が見えたとき、オレはすぐに名前を呼んでいた。
もう会えないのかと絶望しかけた、彼女の名を。
「ミイ……ちゃん?」
人違いだったらどうしようかという不安も無くはなかったが、たとえ暗がりでもオレがミイちゃんを見間違えることはない筈だ。
「あ! 良かった、ユウくんだ!」
彼女の方も、ちゃんとオレの名前を呼び返してくれる。
ああ……こんな状況でだけれど、彼女に再会できてよかったと思う。
「無事だったんだ……ほっとしたよ」
「う、うん。オレもミイちゃんが無事で安心した……けど」
ミイちゃんの顔を見て、オレはすぐに思い出す。
この教室の中で死んでいる女性のことを。
それが誰なのかハッキリしたわけではないけれど。
やはりそっくりな顔立ちからして、最悪の予想は当たっているのだろうなと思わざるを得なかった。
「教室で……殺されてる人がいて。それが……お母さんに似てて」
「……え」
ミイちゃんの顔がさあっと青褪める。それから縋るように教室の扉を開けて中へ入ると……しばらくして、彼女の絶叫が響き渡ったのだった。
ああ……やはり、あの人は彼女のお母さんだったのだ。
「……ミイちゃん……」
あれほどまでの悲鳴は、今まで聞いたことがなかった。
幼い頃からずうっと一緒に歩んできて。こんなに悲痛なことは、なかったのだ。
幸せそうな彼女の顔ばかりが思い浮かぶ。
だから、果たして今ミイちゃんがどんな風に顔を歪めて泣いているのか、オレには想像もつかなかった……。
ふと、扉の上にある教室のプレートに視線を移す。そこには二年一組と記されていて、オレたちが所属するクラスであることは明白だった。
いつもの学舎とて、暗闇の中ではまるで違った景色に見える。そのことを強く意識させられた。
ミイちゃんは戻ってこない。今はきっと、お母さんの亡骸にしがみついて泣いているのだろう。
どうしてこんなことに。どうして、お母さんが。彼女の悲痛さを思うと、自分も胸が痛んでならなかった。
……そのとき、また新たな足音が聞こえた。先ほどの靴音とは違う、どこか柔らかい音だ。
もしかしたら、裸足か靴下で逃げてきた人がいるのかもしれない。そう思い、前方の晦冥へ目を凝らす。
するとそこに、仄かな赤い光を見た。
「な……ッ」
赤。
近づいてくるにつれ明確になってゆくその色は、流れる鮮血にも似ていた。
そしてまた、虚なる黒い穴が開いた頭の部分は、見つめる者全てが吸い寄せられてしまいそうなほどで。
胴体や手足らしい部分には双眸と対照的な青い色が散りばめられていた。
赤、黒、青。それらがグロテスクに混じり合った、ヒトならぬ存在。
一言で表せばそれは間違いなく――怪物だった。
「な、何だよあれ……!」
仮面の男の襲撃、ミイちゃんの母親の死……立て続けに衝撃的なことが起きたが、あれが一番の衝撃だった。
あまりにも非現実的な、生命体。いや、果たしてあれは生命体と呼ぶべきものなのだろうか?
ギラリと光る眼光の下に開いた漆黒の空洞。奴が近づいてくれば、あの口のような穴から魂を吸い出されてしまいそうだ。
青と赤の混じる身体は触れられたら腐ってしまいそうだし、奴から発せられる音を聞くだけでも気分が悪くなる。
悪魔染みた存在だった。
「……くそっ」
奴は今、オレの方を見つめている。狙いがオレのうちはまだいいが、教室の中にいるミイちゃんは咄嗟に逃げられそうもない。
恐怖で全身が震えてくるけれど……ミイちゃんを危険に晒すわけには、絶対にいかなかった。
「こっちだ、バケモノ!」
覚悟を決めて、オレは自分自身を囮にし、怪物をここから遠ざけることにした。
わざと怪物の注意をこちらへ向けてから、その脇をすり抜け、反対側へ逃げる。
廊下をそのまま直進しても逃げ場はないので、オレはひとまず一階へ駆け下りた。
外に逃げるにしても、恐らく校門は閉まっている。出られなくて詰む可能性の方が高いので、ここはどこかに隠れる方がいいだろう。
「どこへ逃げ込むか……」
幸い、まだバケモノは階段を下りてきていない。左右どちらへ逃げたかは分からない筈だ。
迷っている時間が無駄だと、オレは扉が近い左手側の廊下に出て、すぐそばにある美術室に飛び込んだのだった。
五里霧中と言った感じだが、こんな事件が起きた以上、一番頼るべきなのは警察だ。
この教室をさっさと出て、職員室かどこかで電話を借り、警察を呼ぶべきだろう。
そもそも警備の人がいてくれればいいんだが……。
ガラリと扉を開き、教室を出る。廊下の電気も全て消えていて、奥まで真っ暗闇だ。
ただ、少し気になるのは……窓から外の様子が見えないことだった。
まるで磨りガラスのように景色が遮断されている。
「誰か、いたりしないか……」
流石に気味が悪くなってきて、オレはそんなことを独り言ちる。
明かりのようなものが一切ないのは精神的にきつい。
――と。
闇の中から不意に現れたかのように、一人の少女がこちらへ歩いてきた。
その不安そうな足取りからして、どうやらオレと同じように状況を掴めていないように思えるのだが……。
「あっ」
その顔が見えたとき、オレはすぐに名前を呼んでいた。
もう会えないのかと絶望しかけた、彼女の名を。
「ミイ……ちゃん?」
人違いだったらどうしようかという不安も無くはなかったが、たとえ暗がりでもオレがミイちゃんを見間違えることはない筈だ。
「あ! 良かった、ユウくんだ!」
彼女の方も、ちゃんとオレの名前を呼び返してくれる。
ああ……こんな状況でだけれど、彼女に再会できてよかったと思う。
「無事だったんだ……ほっとしたよ」
「う、うん。オレもミイちゃんが無事で安心した……けど」
ミイちゃんの顔を見て、オレはすぐに思い出す。
この教室の中で死んでいる女性のことを。
それが誰なのかハッキリしたわけではないけれど。
やはりそっくりな顔立ちからして、最悪の予想は当たっているのだろうなと思わざるを得なかった。
「教室で……殺されてる人がいて。それが……お母さんに似てて」
「……え」
ミイちゃんの顔がさあっと青褪める。それから縋るように教室の扉を開けて中へ入ると……しばらくして、彼女の絶叫が響き渡ったのだった。
ああ……やはり、あの人は彼女のお母さんだったのだ。
「……ミイちゃん……」
あれほどまでの悲鳴は、今まで聞いたことがなかった。
幼い頃からずうっと一緒に歩んできて。こんなに悲痛なことは、なかったのだ。
幸せそうな彼女の顔ばかりが思い浮かぶ。
だから、果たして今ミイちゃんがどんな風に顔を歪めて泣いているのか、オレには想像もつかなかった……。
ふと、扉の上にある教室のプレートに視線を移す。そこには二年一組と記されていて、オレたちが所属するクラスであることは明白だった。
いつもの学舎とて、暗闇の中ではまるで違った景色に見える。そのことを強く意識させられた。
ミイちゃんは戻ってこない。今はきっと、お母さんの亡骸にしがみついて泣いているのだろう。
どうしてこんなことに。どうして、お母さんが。彼女の悲痛さを思うと、自分も胸が痛んでならなかった。
……そのとき、また新たな足音が聞こえた。先ほどの靴音とは違う、どこか柔らかい音だ。
もしかしたら、裸足か靴下で逃げてきた人がいるのかもしれない。そう思い、前方の晦冥へ目を凝らす。
するとそこに、仄かな赤い光を見た。
「な……ッ」
赤。
近づいてくるにつれ明確になってゆくその色は、流れる鮮血にも似ていた。
そしてまた、虚なる黒い穴が開いた頭の部分は、見つめる者全てが吸い寄せられてしまいそうなほどで。
胴体や手足らしい部分には双眸と対照的な青い色が散りばめられていた。
赤、黒、青。それらがグロテスクに混じり合った、ヒトならぬ存在。
一言で表せばそれは間違いなく――怪物だった。
「な、何だよあれ……!」
仮面の男の襲撃、ミイちゃんの母親の死……立て続けに衝撃的なことが起きたが、あれが一番の衝撃だった。
あまりにも非現実的な、生命体。いや、果たしてあれは生命体と呼ぶべきものなのだろうか?
ギラリと光る眼光の下に開いた漆黒の空洞。奴が近づいてくれば、あの口のような穴から魂を吸い出されてしまいそうだ。
青と赤の混じる身体は触れられたら腐ってしまいそうだし、奴から発せられる音を聞くだけでも気分が悪くなる。
悪魔染みた存在だった。
「……くそっ」
奴は今、オレの方を見つめている。狙いがオレのうちはまだいいが、教室の中にいるミイちゃんは咄嗟に逃げられそうもない。
恐怖で全身が震えてくるけれど……ミイちゃんを危険に晒すわけには、絶対にいかなかった。
「こっちだ、バケモノ!」
覚悟を決めて、オレは自分自身を囮にし、怪物をここから遠ざけることにした。
わざと怪物の注意をこちらへ向けてから、その脇をすり抜け、反対側へ逃げる。
廊下をそのまま直進しても逃げ場はないので、オレはひとまず一階へ駆け下りた。
外に逃げるにしても、恐らく校門は閉まっている。出られなくて詰む可能性の方が高いので、ここはどこかに隠れる方がいいだろう。
「どこへ逃げ込むか……」
幸い、まだバケモノは階段を下りてきていない。左右どちらへ逃げたかは分からない筈だ。
迷っている時間が無駄だと、オレは扉が近い左手側の廊下に出て、すぐそばにある美術室に飛び込んだのだった。
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