91 / 176
幕間
三神院にて
しおりを挟む
三神院。
伍横町の西部に所在する、比較的大規模な病院。
町の住民の殆どが病気に罹ればここを訪れるし、ときには町外から訪れる患者もいた。
つまるところ、よくある町の病院である。
その三神院の診察室で。
一人の少女と一人の医師が対談していた。
二人の関係はしかし、患者と医師というものではなく。
とある事件にて関わりを持った知人同士であった。
「……お久しぶりです。伊吹先生。病院もかなり変わったみたいですね」
「まあ、かなり老朽化していたこともあるんでな。おかげで医師もわずかばかり増えた」
「三年は、普通に考えれば長いですよね。もうあれから三年も経つ……」
霧夏邸で起きた連続殺人事件から、既に三年。
事件の舞台である邸宅は既に解体され、跡形も無くなっている。
けれど、降霊術の根はこの町から消えることなく。
今もまだ、ドールという謎の人物の意思の下に蔓延っている。
先日の新たな事件――三神院事件にて、それを痛感した。
「君たちにとっては、長いのか短いのか、不思議な三年間だっただろう。だが、とにかく三年が過ぎて色々なことが変わった……君たちも、そして私もね」
彼――伊吹定夫は、重い溜息を吐いて少女――法月東菜の方を見つめる。
伊吹の眉間には、年相応の皺が刻まれていた。
「連絡した理由を早く聞きたいだろうから、早速本題に入りたいと思う。……構わないかな?」
「はい。嫌な事件でしたけど、気になることは事実ですから」
「うむ。分かった」
そう、この日三神院へハルナが訪れたのは、三年前の霧夏邸事件に関して、とある情報を伝えたいという伊吹の申し出ゆえのことだった。
当然ながら伊吹医師は降霊術の詳細を知らない。ただ、医師でありながら超常現象に対して比較的肯定的な彼は、あの邸宅で起きた事件の真実について、世間で報道されていたようなものでないことくらいは認識していた。
事件後、犠牲となった子供たち四人が運ばれたのは三神院だ。そして犠牲者の中には、伊吹医師が以前より見知っていた子もいたのだった。
「……実は、霧夏邸事件で見つかった遺体は、全てこの三神院で解剖されたのだがね。そこで分かったことは全て他言無用だと警察に言われていたのだよ」
「他言無用……ですか」
「ああ。だが、少なくともあの事件の当事者である君やミツヤくんには、得られた情報を、たとえ役には立たずとも知っておいてほしかった。だから私は、三年間耐え忍んでから、こうして君を呼ぶことにしたのだ。それだけ経てば、警察もこちらの動きなど注意しなくなっているだろうからね」
三年という長い期間、沈黙を守らねば危険だと感じてしまうほどの事実。
それは果たしてどのような事柄なのか。ハルナは緊張で体が強張るのを感じた。
「……危ない情報ですか?」
「いや、取るに足らないことなのか危険なことなのか、それすらも私には分からない。だが、事件自体が奇妙極まりないものだったのでな……とにかく隠すべきだという結論になったのだろう」
世間的には、単なる連続殺人で済まされた事件。
しかしその結論に納得している者は少ない筈だ。
結局、三年という長い月日の中で事件は風化していったが。
そこには国家権力の闇すら見え隠れしているような気がする。
霧夏の一件もあるのだから。
「……あの日、霧夏邸からは君の友人四人の遺体と、更に幼い子どもたちの遺骨が運びこまれた。遺骨のことは、君はもう十分に理解しているのだと思うが」
「ええ」
「一つおかしなところがあったのは、君の友達の遺体なんだ」
「あの四人の遺体……ですか?」
「というより、その内一人のだな。私にも縁のある人物だ」
縁、と言われてハルナはそれが誰なのか気付く。
数奇な運命により、互いの道が入れ替わってしまった二人の少年少女――。
「……落ち着いて聞いてほしい。あの日運び込まれた遺体の内、河南百合香の遺体だけが他とは違っていたんだ」
「他とは、違う……」
「他の三人は皆、酷い損傷があったのだが、足りない部分などはなかった。だが、河南百合香の遺体だけは、ある部分が足りなかったんだ」
そんな馬鹿な。
ハルナは恐怖する。
確かにあの空間では、例の暴走によって皆凄惨な最期を遂げることになった。
だが、誰一人としてその肉体が無くなるというようなことはなかった筈なのだ。
「……彼女の遺体はね」
伊吹医師は、ハルナの顔色を伺いながら、やがて静かに告げた。
「両足がすっぱりと切断されて、どこからも見つからなかったのだよ」
降霊術を巡る事件は終わらない。
ハルナはそんな恐ろしい予感に苛まれ、ぶるりと身を震わせるのだった――。
伍横町の西部に所在する、比較的大規模な病院。
町の住民の殆どが病気に罹ればここを訪れるし、ときには町外から訪れる患者もいた。
つまるところ、よくある町の病院である。
その三神院の診察室で。
一人の少女と一人の医師が対談していた。
二人の関係はしかし、患者と医師というものではなく。
とある事件にて関わりを持った知人同士であった。
「……お久しぶりです。伊吹先生。病院もかなり変わったみたいですね」
「まあ、かなり老朽化していたこともあるんでな。おかげで医師もわずかばかり増えた」
「三年は、普通に考えれば長いですよね。もうあれから三年も経つ……」
霧夏邸で起きた連続殺人事件から、既に三年。
事件の舞台である邸宅は既に解体され、跡形も無くなっている。
けれど、降霊術の根はこの町から消えることなく。
今もまだ、ドールという謎の人物の意思の下に蔓延っている。
先日の新たな事件――三神院事件にて、それを痛感した。
「君たちにとっては、長いのか短いのか、不思議な三年間だっただろう。だが、とにかく三年が過ぎて色々なことが変わった……君たちも、そして私もね」
彼――伊吹定夫は、重い溜息を吐いて少女――法月東菜の方を見つめる。
伊吹の眉間には、年相応の皺が刻まれていた。
「連絡した理由を早く聞きたいだろうから、早速本題に入りたいと思う。……構わないかな?」
「はい。嫌な事件でしたけど、気になることは事実ですから」
「うむ。分かった」
そう、この日三神院へハルナが訪れたのは、三年前の霧夏邸事件に関して、とある情報を伝えたいという伊吹の申し出ゆえのことだった。
当然ながら伊吹医師は降霊術の詳細を知らない。ただ、医師でありながら超常現象に対して比較的肯定的な彼は、あの邸宅で起きた事件の真実について、世間で報道されていたようなものでないことくらいは認識していた。
事件後、犠牲となった子供たち四人が運ばれたのは三神院だ。そして犠牲者の中には、伊吹医師が以前より見知っていた子もいたのだった。
「……実は、霧夏邸事件で見つかった遺体は、全てこの三神院で解剖されたのだがね。そこで分かったことは全て他言無用だと警察に言われていたのだよ」
「他言無用……ですか」
「ああ。だが、少なくともあの事件の当事者である君やミツヤくんには、得られた情報を、たとえ役には立たずとも知っておいてほしかった。だから私は、三年間耐え忍んでから、こうして君を呼ぶことにしたのだ。それだけ経てば、警察もこちらの動きなど注意しなくなっているだろうからね」
三年という長い期間、沈黙を守らねば危険だと感じてしまうほどの事実。
それは果たしてどのような事柄なのか。ハルナは緊張で体が強張るのを感じた。
「……危ない情報ですか?」
「いや、取るに足らないことなのか危険なことなのか、それすらも私には分からない。だが、事件自体が奇妙極まりないものだったのでな……とにかく隠すべきだという結論になったのだろう」
世間的には、単なる連続殺人で済まされた事件。
しかしその結論に納得している者は少ない筈だ。
結局、三年という長い月日の中で事件は風化していったが。
そこには国家権力の闇すら見え隠れしているような気がする。
霧夏の一件もあるのだから。
「……あの日、霧夏邸からは君の友人四人の遺体と、更に幼い子どもたちの遺骨が運びこまれた。遺骨のことは、君はもう十分に理解しているのだと思うが」
「ええ」
「一つおかしなところがあったのは、君の友達の遺体なんだ」
「あの四人の遺体……ですか?」
「というより、その内一人のだな。私にも縁のある人物だ」
縁、と言われてハルナはそれが誰なのか気付く。
数奇な運命により、互いの道が入れ替わってしまった二人の少年少女――。
「……落ち着いて聞いてほしい。あの日運び込まれた遺体の内、河南百合香の遺体だけが他とは違っていたんだ」
「他とは、違う……」
「他の三人は皆、酷い損傷があったのだが、足りない部分などはなかった。だが、河南百合香の遺体だけは、ある部分が足りなかったんだ」
そんな馬鹿な。
ハルナは恐怖する。
確かにあの空間では、例の暴走によって皆凄惨な最期を遂げることになった。
だが、誰一人としてその肉体が無くなるというようなことはなかった筈なのだ。
「……彼女の遺体はね」
伊吹医師は、ハルナの顔色を伺いながら、やがて静かに告げた。
「両足がすっぱりと切断されて、どこからも見つからなかったのだよ」
降霊術を巡る事件は終わらない。
ハルナはそんな恐ろしい予感に苛まれ、ぶるりと身を震わせるのだった――。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
牛の首チャンネル
猫じゃらし
ホラー
どうもー。『牛の首チャンネル』のモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます。
このチャンネルは僕と犬のぬいぐるみに取り憑かせた幽霊、ワンさんが心霊スポットに突撃していく動画を投稿しています。
怖い現象、たくさん起きてますので、ぜひ見てみてくださいね。
心霊写真特集もやりたいと思っていますので、心霊写真をお持ちの方はコメント欄かDMにメッセージをお願いします。
よろしくお願いしまーす。
それでは本編へ、どうぞー。
※小説家になろうには「牛の首」というタイトル、エブリスタには「牛の首チャンネル」というタイトルで投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
紺青の鬼
砂詠 飛来
ホラー
専門学校の卒業制作として執筆したものです。
千葉県のとある地域に言い伝えられている民話・伝承を砂詠イズムで書きました。
全3編、連作になっています。
江戸時代から現代までを大まかに書いていて、ちょっとややこしいのですがみなさん頑張ってついて来てください。
幾年も前の作品をほぼそのまま載せるので「なにこれ稚拙な文め」となると思いますが、砂詠もそう思ったのでその感覚は正しいです。
この作品を執筆していたとある秋の夜、原因不明の高熱にうなされ胃液を吐きまくるという現象に苛まれました。しぬかと思いましたが、いまではもう笑い話です。よかったいのちがあって。
其のいち・青鬼の井戸、生き肝の眼薬
──慕い合う気持ちは、歪み、いつしか井戸のなかへ消える。
その村には一軒の豪農と古い井戸があった。目の見えない老婆を救うためには、子どもの生き肝を喰わねばならぬという。怪しげな僧と女の童の思惑とは‥‥。
其のに・青鬼の面、鬼堂の大杉
──許されぬ欲望に身を任せた者は、孤独に苛まれ後悔さえ無駄になる。
その年頃の娘と青年は、決して結ばれてはならない。しかし、互いの懸想に気がついたときには、すでにすべてが遅かった。娘に宿った新たな命によって狂わされた運命に‥‥。
其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂
──抗うことのできぬ輪廻は、ただ空回りしただけにすぎなかった。
その眼科医のもとをふいに訪れた患者が、思わぬ過去を携えてきた。自身の出生の秘密が解き明かされる。残酷さを刻み続けてきただけの時が、いまここでつながろうとは‥‥。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる