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第二部【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】
十四話 女神の比喩(遠野真澄)
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「……アキノちゃんの誕生日。もうすぐなんだな」
「五月三日……あと数日なのよね」
三姉妹の末っ子、明乃ちゃんの部屋に移動した僕たちは、そこでまた思い出の品を探し回っていた。
壁に掛けられたカレンダーは今年のもので、五月三日という日付には赤マルが付けられている。
残された姉妹どちらかが付けたものだろう。
部屋自体も、もう随分前から使われていないというのに、埃が殆ど積もっていない。
事件が起きる直前まで、きっと欠かさず掃除をしていたのだろう。
彼女たちの気持ちを汲んで、僕も掃除くらいはしていきたいという気持ちにさせられる。
後で、彼女に聞いてみることにしようか。
「さて。次は何をすればいいいんだい」
粗方探索も終えたので、僕は彼女に声を掛ける。
机の上を見つめていた彼女はこちらを振り返って、
「そうねえ……ツキノの部屋へ行ってくれる? あと残っている部屋はそこだけだし」
「了解。ツキノちゃんの部屋か。一番抵抗があるなあ」
「あら、そうなの?」
「ミオくんに断りなく、というのがね」
「ふふ、紳士ね」
僕の言葉に、彼女は面白そうに笑った。
部屋を移動しながら、僕は気にかかったことを聞いてみる。
「……ところで、君のその服は生前のものと随分違うけれど……あちらではそういうものを着ないといけなかったり?」
「いえ、別にそんなことはないわ。ただ、あの子の遊びに付き合ってあげたかっただけ」
「遊び?」
「ええ。あの子は自分たち三姉妹を、ギリシャ神話のとある三神に例えてる。ヘリオス、セレネ、エオスという、世界の昼夜を司る神にね。それが、私たちに似ていると思ったから」
「ははあ……なるほど」
正確に言えばヘリオスは男性神なのだが、ヨウノは幼い頃から男勝りな性格だったようだし、例えとしてはそれっぽいのかもしれない。
「女神の衣装と、そういうわけだね」
「ええ。女神なんて自分で言うのは憚られるけれど」
「いいじゃないか。似合っているよ」
「……もう。今はそんなこと言わないの」
何気なくの一言で、彼女の頬はぽっと赤くなった。
「……それより。ここでやるべきことをやっちゃいましょうそうね……熊のぬいぐるみはどこにあるかしら」
「熊……ああ、そういうのもあったね」
熊のぬいぐるみのエピソードは僕も聞いた覚えがある。
小学生の頃、ヨウノがお小遣いを貯めて、ツキノちゃんの誕生日にプレゼントとして贈ったものだと。
ツキノちゃんの喜びようは相当なもので、長いこと肌身離さず持っていたらしい。
小学生にとってはとんでもなく大金だっただろうに、よくぞ貯めたものだ。
とりあえず、部屋の中にはある筈だということで、僕たちはまた探索を始めた。
探す場所はそれほど多くない。ツキノちゃんは整理整頓が上手だったからだ。
見つけるのに時間は掛からなかった。ある程度の大きさのものを収納する場所は限られていたから、そこだけに絞って探せばよかったのだ。
結論として、ぬいぐるみは本棚下部の引き出しにしまわれていた。
「……あ、ここに入ってる。もう随分ボロボロだからここにしまいこんだのかな」
プレゼントされてから、もう既に十余年が経っている。
むしろ今でもこれだけの綻びで済んでいるのは凄いと思った。
ヨウノもしっかり者には違いないが、姉妹で一番しっかりしているのはツキノちゃんだっただろう。
しっかり、のベクトルが少し違うと言えばいいのか。前向きなしっかりさと慎重なしっかりさ。その両方が光井家の生活を支えていたわけだ。
「これをどこへ?」
「一応、見える場所に出しておきたいわ。窓の近くに置いておこうかしら」
「分かった。この辺りだね」
少しだけ綿がはみ出していたので、僕は優しくぬいぐるみを持ち上げて、窓際の壁に置いておく。
「次は……そうね、どこかにチェス盤があると思うんだけど、それを探し出して机の上にでも置いてほしいわ」
「……チェス盤、か。確かミオくんがツキノちゃんにプレゼントしたものだったよね」
「そうそう。ミオくんってば、大人しそうな性格なのに、自分の趣味は共有してほしくなっちゃう子なのよねえ。気に入ってたから良かったものの」
そう話す彼女は、まるで娘の恋愛について語る母親のようにも思えて。
けれどそんなことを口にしたら怒られるだろうと、心の中だけに留めておいた。
「……っと。それはともかく、さっさとやっちゃいましょう」
「そうだね」
僕は一つ頷いて、引き出しの中に入っていたチェス盤を取り出すのだった。
…………
……
「五月三日……あと数日なのよね」
三姉妹の末っ子、明乃ちゃんの部屋に移動した僕たちは、そこでまた思い出の品を探し回っていた。
壁に掛けられたカレンダーは今年のもので、五月三日という日付には赤マルが付けられている。
残された姉妹どちらかが付けたものだろう。
部屋自体も、もう随分前から使われていないというのに、埃が殆ど積もっていない。
事件が起きる直前まで、きっと欠かさず掃除をしていたのだろう。
彼女たちの気持ちを汲んで、僕も掃除くらいはしていきたいという気持ちにさせられる。
後で、彼女に聞いてみることにしようか。
「さて。次は何をすればいいいんだい」
粗方探索も終えたので、僕は彼女に声を掛ける。
机の上を見つめていた彼女はこちらを振り返って、
「そうねえ……ツキノの部屋へ行ってくれる? あと残っている部屋はそこだけだし」
「了解。ツキノちゃんの部屋か。一番抵抗があるなあ」
「あら、そうなの?」
「ミオくんに断りなく、というのがね」
「ふふ、紳士ね」
僕の言葉に、彼女は面白そうに笑った。
部屋を移動しながら、僕は気にかかったことを聞いてみる。
「……ところで、君のその服は生前のものと随分違うけれど……あちらではそういうものを着ないといけなかったり?」
「いえ、別にそんなことはないわ。ただ、あの子の遊びに付き合ってあげたかっただけ」
「遊び?」
「ええ。あの子は自分たち三姉妹を、ギリシャ神話のとある三神に例えてる。ヘリオス、セレネ、エオスという、世界の昼夜を司る神にね。それが、私たちに似ていると思ったから」
「ははあ……なるほど」
正確に言えばヘリオスは男性神なのだが、ヨウノは幼い頃から男勝りな性格だったようだし、例えとしてはそれっぽいのかもしれない。
「女神の衣装と、そういうわけだね」
「ええ。女神なんて自分で言うのは憚られるけれど」
「いいじゃないか。似合っているよ」
「……もう。今はそんなこと言わないの」
何気なくの一言で、彼女の頬はぽっと赤くなった。
「……それより。ここでやるべきことをやっちゃいましょうそうね……熊のぬいぐるみはどこにあるかしら」
「熊……ああ、そういうのもあったね」
熊のぬいぐるみのエピソードは僕も聞いた覚えがある。
小学生の頃、ヨウノがお小遣いを貯めて、ツキノちゃんの誕生日にプレゼントとして贈ったものだと。
ツキノちゃんの喜びようは相当なもので、長いこと肌身離さず持っていたらしい。
小学生にとってはとんでもなく大金だっただろうに、よくぞ貯めたものだ。
とりあえず、部屋の中にはある筈だということで、僕たちはまた探索を始めた。
探す場所はそれほど多くない。ツキノちゃんは整理整頓が上手だったからだ。
見つけるのに時間は掛からなかった。ある程度の大きさのものを収納する場所は限られていたから、そこだけに絞って探せばよかったのだ。
結論として、ぬいぐるみは本棚下部の引き出しにしまわれていた。
「……あ、ここに入ってる。もう随分ボロボロだからここにしまいこんだのかな」
プレゼントされてから、もう既に十余年が経っている。
むしろ今でもこれだけの綻びで済んでいるのは凄いと思った。
ヨウノもしっかり者には違いないが、姉妹で一番しっかりしているのはツキノちゃんだっただろう。
しっかり、のベクトルが少し違うと言えばいいのか。前向きなしっかりさと慎重なしっかりさ。その両方が光井家の生活を支えていたわけだ。
「これをどこへ?」
「一応、見える場所に出しておきたいわ。窓の近くに置いておこうかしら」
「分かった。この辺りだね」
少しだけ綿がはみ出していたので、僕は優しくぬいぐるみを持ち上げて、窓際の壁に置いておく。
「次は……そうね、どこかにチェス盤があると思うんだけど、それを探し出して机の上にでも置いてほしいわ」
「……チェス盤、か。確かミオくんがツキノちゃんにプレゼントしたものだったよね」
「そうそう。ミオくんってば、大人しそうな性格なのに、自分の趣味は共有してほしくなっちゃう子なのよねえ。気に入ってたから良かったものの」
そう話す彼女は、まるで娘の恋愛について語る母親のようにも思えて。
けれどそんなことを口にしたら怒られるだろうと、心の中だけに留めておいた。
「……っと。それはともかく、さっさとやっちゃいましょう」
「そうだね」
僕は一つ頷いて、引き出しの中に入っていたチェス盤を取り出すのだった。
…………
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