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第二部【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】
三話 三柱の神(記憶世界)
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長い廊下を越えた先。
倒れた扉を踏み越えると、そこには広々とした部屋があった。
……いや、恐らくオリジナルの部屋はこんなにも広くない。
記憶の欠落によって歪んでしまったゆえに広く見えるのだ。
その証拠に、さっきの廊下と同じく床がパックリと割れている。
本棚や衣装ケースなども、傷ついてボロボロになっていた。
「……ここは」
「あなたの部屋、かもしれませんね」
確かにエオスの言う通り、レイアウトからして子供部屋のように見える。
ただ、私自身の部屋かどうかは分からなかった。
「ここにも溝があるようです」
「ううん、変てこな世界だね」
「壊れてしまった記憶というのはこういうものですよ、きっと」
「なのかなあ……」
エオスはさっき、自らをこの世界の案内人と説明した。
そんな彼女の言葉なら誤りはないのだろう。
……きっと、という副詞がついたことは引っ掛かるが。
とりあえず、この部屋でも魂の欠片というものを探さなければいけなさそうだ。
それを見つけることで、溝が塞がり奥へ進めるようになるはず。
「えーっと……」
怪しいものがこちら側にないものか、私は周囲を見回してみた。すると、やや小さめ……と言っても高さは一メートルほどある銅像が三つ、部屋の隅に並んでいた。
単なる子供部屋には異質なものだ。これがカギに相違ない。
とりあえず、像を一つ一つ確認していく。精巧な作りというわけではなく、かなり乱雑に彫られた感じで顔貌はのっぺりとしている。胸元が膨らんでいるところからすると、全て女性の像なのだろう。
一番背の高い像。その首辺りに、何やら文字が刻まれている。
……Helios。ヘリオスと言えば、ギリシャ神話の神のはず。エオスに続いて、またしても神話の名前が出てきたわけだ。
ヘリオスの隣に並ぶ像は、同じ部分にセレネと刻まれている。ヘリオス、セレネ、エオス。確かこの三神は、朝や夜を支配する神様だったような気もする。うろ覚えでしかないけれど……。
二人の像の後ろには、一番背丈の低い像がある。これは間違いない、エオスの像だ。注意深く観察してみると、今ここで私を導いてくれている彼女と同じ背格好をしている。だとすると、これは……。
「きゃっ」
エオスの像に触れたとき、脳裏に遠い過去の記憶が一瞬だけ浮かび上がった。それはすぐさま手から零れ落ちるように消えてしまったために、細かな部分は思い出せなかったが、今ここにある像のように三人の幼い子供たちが仲良く並んで写真を撮っている場面のようだった。
「やりましたね」
そんなエオスの言葉が聞こえた。どうやら記憶が流れ込んでくる間、気絶に近い状態になっていたようだ。
「何か変わったのかな」
平静を装いつつ訊ねると、エオスは壁際のラックを指差し、
「欠落していた棚の上のものが、修復されたみたいです」
「ああ……分かった。見てみるね」
あの棚にも見覚えがある。……と言うより、記憶を取り戻してきたからこそ思い出せたのか。
そう、このラックの上には私がさっき見た光景と同じものが載せられていたはずだ。
「……これは、写真立てですね」
私よりも先に、エオスがどこか嬉しそうに言う。
「私と妹たちの写真だ……ふふ、懐かしい」
これを撮ったのはいつ頃のことだったか。
まだ両親が生きていた頃だから、十年ほどは前だろう。
「私たちは三人姉妹でね。妹たちからはお姉ちゃんお姉ちゃんって慕われてたんだ」
その場面も、その声も。いつのまにか簡単に思い出すことが出来るようになっていて。
何故か視点は空の上からだったけれど、その懐かしい一幕は私の涙腺を緩ませるに十分なものだった。
『ヨウノお姉ちゃんは凄いなあ、男の子たちを追い払っちゃうんだもん』
『うん。ありがとう、ヨウノお姉ちゃん』
妹たちが口を揃えて感謝するのに、姉である私は胸を張って答える。
『当たり前だよ。私、お姉さんなんだもんね。妹たちが楽しく遊べるように、守ってあげないといけないもん』
妹を守るのが姉の役目。
それを誇りに思っていたはずだ。
『嬉しいよ、ヨウノお姉ちゃん』
『うん。毎日楽しくいられるのは、お姉ちゃんのおかげだね』
『いつまでも、三人で楽しくいられたらいいな。仲のいい姉妹でいたい』
『ふふ、そうだねー』
遠い昔。もう戻らない、澄み切った美しい日々だ。
そう……戻ることのない。
倒れた扉を踏み越えると、そこには広々とした部屋があった。
……いや、恐らくオリジナルの部屋はこんなにも広くない。
記憶の欠落によって歪んでしまったゆえに広く見えるのだ。
その証拠に、さっきの廊下と同じく床がパックリと割れている。
本棚や衣装ケースなども、傷ついてボロボロになっていた。
「……ここは」
「あなたの部屋、かもしれませんね」
確かにエオスの言う通り、レイアウトからして子供部屋のように見える。
ただ、私自身の部屋かどうかは分からなかった。
「ここにも溝があるようです」
「ううん、変てこな世界だね」
「壊れてしまった記憶というのはこういうものですよ、きっと」
「なのかなあ……」
エオスはさっき、自らをこの世界の案内人と説明した。
そんな彼女の言葉なら誤りはないのだろう。
……きっと、という副詞がついたことは引っ掛かるが。
とりあえず、この部屋でも魂の欠片というものを探さなければいけなさそうだ。
それを見つけることで、溝が塞がり奥へ進めるようになるはず。
「えーっと……」
怪しいものがこちら側にないものか、私は周囲を見回してみた。すると、やや小さめ……と言っても高さは一メートルほどある銅像が三つ、部屋の隅に並んでいた。
単なる子供部屋には異質なものだ。これがカギに相違ない。
とりあえず、像を一つ一つ確認していく。精巧な作りというわけではなく、かなり乱雑に彫られた感じで顔貌はのっぺりとしている。胸元が膨らんでいるところからすると、全て女性の像なのだろう。
一番背の高い像。その首辺りに、何やら文字が刻まれている。
……Helios。ヘリオスと言えば、ギリシャ神話の神のはず。エオスに続いて、またしても神話の名前が出てきたわけだ。
ヘリオスの隣に並ぶ像は、同じ部分にセレネと刻まれている。ヘリオス、セレネ、エオス。確かこの三神は、朝や夜を支配する神様だったような気もする。うろ覚えでしかないけれど……。
二人の像の後ろには、一番背丈の低い像がある。これは間違いない、エオスの像だ。注意深く観察してみると、今ここで私を導いてくれている彼女と同じ背格好をしている。だとすると、これは……。
「きゃっ」
エオスの像に触れたとき、脳裏に遠い過去の記憶が一瞬だけ浮かび上がった。それはすぐさま手から零れ落ちるように消えてしまったために、細かな部分は思い出せなかったが、今ここにある像のように三人の幼い子供たちが仲良く並んで写真を撮っている場面のようだった。
「やりましたね」
そんなエオスの言葉が聞こえた。どうやら記憶が流れ込んでくる間、気絶に近い状態になっていたようだ。
「何か変わったのかな」
平静を装いつつ訊ねると、エオスは壁際のラックを指差し、
「欠落していた棚の上のものが、修復されたみたいです」
「ああ……分かった。見てみるね」
あの棚にも見覚えがある。……と言うより、記憶を取り戻してきたからこそ思い出せたのか。
そう、このラックの上には私がさっき見た光景と同じものが載せられていたはずだ。
「……これは、写真立てですね」
私よりも先に、エオスがどこか嬉しそうに言う。
「私と妹たちの写真だ……ふふ、懐かしい」
これを撮ったのはいつ頃のことだったか。
まだ両親が生きていた頃だから、十年ほどは前だろう。
「私たちは三人姉妹でね。妹たちからはお姉ちゃんお姉ちゃんって慕われてたんだ」
その場面も、その声も。いつのまにか簡単に思い出すことが出来るようになっていて。
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それを誇りに思っていたはずだ。
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『いつまでも、三人で楽しくいられたらいいな。仲のいい姉妹でいたい』
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