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第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】
三十九話 術者たち
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「――だからね。私が降霊術を使ってしまったばっかりに……ナツノちゃん以外の霊たちも呼び寄せられてしまって。霊たちが暴走を始めて……皆が殺されていってしまったのよ。全部、私のせい。私がナツノちゃんの霊を降ろそうとしなければ、こんなことにはならなかったの……」
ハルナの口からその事実が語られ、彼女は何度も謝りながら壁際にへたり込んだ。
俺はその謝罪に返事をすべきだったのだけど……別のことですっかり頭が一杯になっていた。
盲点だったのだ。
全く考えずにいた可能性が今、事実としてもたらされたのだ……。
「なるほどな。だから、霊たちは暴走したわけだ。ようやく分かった……」
「……え?」
「ハルナ、謝らなくてもいい。さっきも言ったけれど、お前のせいじゃないんだ。……少なくとも、お前のせいだけじゃ」
「だけ……って」
そこまで口にして、ようやくハルナも答えに行き着く。
坂道を転がり落ちるようにして続いた、偶然の連鎖。
その起点。
「まさか――」
「何もかもが……ああ、本当に何もかもが。偶然か悪魔の悪戯の上に成り立ってたんだな」
ハルナも、俺も、他の皆も。
全ての運命が複雑に絡み合い、そしてこの霧夏邸の幻想を生み出したのだ。
「ハルナ。降霊術を行ったのはお前だけじゃない。そうだよ……俺だって、ナツノの霊を呼び戻したいと思うのは当然のことだろ?」
ナツノ。
二度とは戻らない、遠い記憶の少女。
「そう。この霧夏邸に霊たちが集まり、暴走を始めてしまったのは――俺もまた、降霊術を行ってしまったからだ」
*
夜。
淀んだ空気の、閉ざされた部屋の中。
蝋燭の火だけがそこにあるものを照らし、影を作る。
その影の一つだけが、生命を宿し動いていた。
もうすぐだ、とミツヤは心の中で呟く。
待ち望んだ結末は、もうすぐそこまで来ているのだ、と。
だから、頁を捲る手は汗ばみ、震えていた。
それがもどかしくて、ミツヤは髪を掻き乱した。
床に座り込むミツヤの前には、開かれた本が乱雑に置かれている。
それらを代わる代わる見ながら、彼は崇高なる儀式の準備を進めていた。
そう――彼にとっては何ものにも代え難い、崇高なる儀式。
ミツヤは、ようやく準備を終えて、溜息を一つ漏らした。
それから、最後の仕上げに取り掛かる。
「黄泉の者達よ、聞き給え――」
どうか……どうか。ミツヤは言霊に祈りを乗せ、唱える。
「霧岡夏乃の御霊を呼び戻し給え」
その瞬間。
――殺された。
ミツヤの視界いっぱいに、血を想起させるような赤黒い文字が現れる。それは彼が目を鎖そうとも決して消えることはなかった。
――殺された、
――殺された、
――殺された、
――殺された、
――殺され――
そして、世界は赤で満たされた。
溢れ出した憎悪の海に包まれるように。
*
「俺たち二人が互いにナツノの霊を呼び戻そうとして……二回も同じ場所で降霊術をやってしまったことが、この事象の原因なんだと思う。ハルナはいつ降霊術を?」
「……一昨日。日付が変わってるから、正確には三日前かな。それからすぐに霧夏邸探検の計画を立てたの」
「だったら、非があるのは俺に違いない。俺が降霊術を行ったのは今夜なんだから。……殺されたという怨念のこもったメッセージが浮かんだ後、こんなことになって。俺は自分がとんでもないことをしてしまったのかもしれないと、内心ずっとビクビクしていた。皆の前では隠していたが」
よくもまあ、バレなかったものだと思う。いや、ずっと探索を共にしたソウシには見抜かれていただろうし、それ以上のことも薄々感付かれていただろうけれど。
「ミツヤくんこそ悪くないよ。ナツノちゃんと言葉を交わしたい気持ちは、私と同じ……ううん、きっと私以上のはずだもの。降霊術なんてものを知ってしまったら……たとえ半信半疑でも縋りついてしまうのは、仕方ないことよ」
「……ありがとうな、ハルナ」
こいつはずっと、俺の味方をしてくれるな。
幼少期、俺が気の弱い子どもだったときから、ハルナは隣で味方をしてくれていた。
……ああ、ソウシ。お前も大概、色んなことに気が付くよなあ。
「でも、俺はさ。……純粋な気持ちで降霊術をしたわけじゃない。俺の心には間違いなく……悪意があった」
「どういう、こと?」
俺は、並べられた麻雀牌の傍まで歩く。
サツキとソウシが死んでしまってから、麻雀牌は更に二つ、ひび割れて倒れていた。
『西』と『白』。……二人の名前だ。
そして、『發』と『南』も……。
「ハルナ。お前はまだ気付いていないだろうけど……俺は知ってるんだ。ナツノが何故殺されなくてはならなかったのか。ナツノが誰に殺されたのかを」
真実なんて、ここへ来る前から知っていた。
霧夏邸へ訪れたのは、真実を知るためなんかではなかったのだ。
「そ、それ……本当なの?」
「ああ、本当さ」
俺はテーブルの上の部屋割りを手元へ引き寄せ、そこに一つの解を記していく。
完成したそれをハルナに見せると、彼女もまたあいつのように、その天文学的な偶然に驚愕し……絶句した。
「だから、行こう」
「ど、どこに……?」
「もちろん――犯人のところへ」
これで、全てを終わらせるんだ。
この、数奇な物語の全てを。
ハルナの口からその事実が語られ、彼女は何度も謝りながら壁際にへたり込んだ。
俺はその謝罪に返事をすべきだったのだけど……別のことですっかり頭が一杯になっていた。
盲点だったのだ。
全く考えずにいた可能性が今、事実としてもたらされたのだ……。
「なるほどな。だから、霊たちは暴走したわけだ。ようやく分かった……」
「……え?」
「ハルナ、謝らなくてもいい。さっきも言ったけれど、お前のせいじゃないんだ。……少なくとも、お前のせいだけじゃ」
「だけ……って」
そこまで口にして、ようやくハルナも答えに行き着く。
坂道を転がり落ちるようにして続いた、偶然の連鎖。
その起点。
「まさか――」
「何もかもが……ああ、本当に何もかもが。偶然か悪魔の悪戯の上に成り立ってたんだな」
ハルナも、俺も、他の皆も。
全ての運命が複雑に絡み合い、そしてこの霧夏邸の幻想を生み出したのだ。
「ハルナ。降霊術を行ったのはお前だけじゃない。そうだよ……俺だって、ナツノの霊を呼び戻したいと思うのは当然のことだろ?」
ナツノ。
二度とは戻らない、遠い記憶の少女。
「そう。この霧夏邸に霊たちが集まり、暴走を始めてしまったのは――俺もまた、降霊術を行ってしまったからだ」
*
夜。
淀んだ空気の、閉ざされた部屋の中。
蝋燭の火だけがそこにあるものを照らし、影を作る。
その影の一つだけが、生命を宿し動いていた。
もうすぐだ、とミツヤは心の中で呟く。
待ち望んだ結末は、もうすぐそこまで来ているのだ、と。
だから、頁を捲る手は汗ばみ、震えていた。
それがもどかしくて、ミツヤは髪を掻き乱した。
床に座り込むミツヤの前には、開かれた本が乱雑に置かれている。
それらを代わる代わる見ながら、彼は崇高なる儀式の準備を進めていた。
そう――彼にとっては何ものにも代え難い、崇高なる儀式。
ミツヤは、ようやく準備を終えて、溜息を一つ漏らした。
それから、最後の仕上げに取り掛かる。
「黄泉の者達よ、聞き給え――」
どうか……どうか。ミツヤは言霊に祈りを乗せ、唱える。
「霧岡夏乃の御霊を呼び戻し給え」
その瞬間。
――殺された。
ミツヤの視界いっぱいに、血を想起させるような赤黒い文字が現れる。それは彼が目を鎖そうとも決して消えることはなかった。
――殺された、
――殺された、
――殺された、
――殺された、
――殺され――
そして、世界は赤で満たされた。
溢れ出した憎悪の海に包まれるように。
*
「俺たち二人が互いにナツノの霊を呼び戻そうとして……二回も同じ場所で降霊術をやってしまったことが、この事象の原因なんだと思う。ハルナはいつ降霊術を?」
「……一昨日。日付が変わってるから、正確には三日前かな。それからすぐに霧夏邸探検の計画を立てたの」
「だったら、非があるのは俺に違いない。俺が降霊術を行ったのは今夜なんだから。……殺されたという怨念のこもったメッセージが浮かんだ後、こんなことになって。俺は自分がとんでもないことをしてしまったのかもしれないと、内心ずっとビクビクしていた。皆の前では隠していたが」
よくもまあ、バレなかったものだと思う。いや、ずっと探索を共にしたソウシには見抜かれていただろうし、それ以上のことも薄々感付かれていただろうけれど。
「ミツヤくんこそ悪くないよ。ナツノちゃんと言葉を交わしたい気持ちは、私と同じ……ううん、きっと私以上のはずだもの。降霊術なんてものを知ってしまったら……たとえ半信半疑でも縋りついてしまうのは、仕方ないことよ」
「……ありがとうな、ハルナ」
こいつはずっと、俺の味方をしてくれるな。
幼少期、俺が気の弱い子どもだったときから、ハルナは隣で味方をしてくれていた。
……ああ、ソウシ。お前も大概、色んなことに気が付くよなあ。
「でも、俺はさ。……純粋な気持ちで降霊術をしたわけじゃない。俺の心には間違いなく……悪意があった」
「どういう、こと?」
俺は、並べられた麻雀牌の傍まで歩く。
サツキとソウシが死んでしまってから、麻雀牌は更に二つ、ひび割れて倒れていた。
『西』と『白』。……二人の名前だ。
そして、『發』と『南』も……。
「ハルナ。お前はまだ気付いていないだろうけど……俺は知ってるんだ。ナツノが何故殺されなくてはならなかったのか。ナツノが誰に殺されたのかを」
真実なんて、ここへ来る前から知っていた。
霧夏邸へ訪れたのは、真実を知るためなんかではなかったのだ。
「そ、それ……本当なの?」
「ああ、本当さ」
俺はテーブルの上の部屋割りを手元へ引き寄せ、そこに一つの解を記していく。
完成したそれをハルナに見せると、彼女もまたあいつのように、その天文学的な偶然に驚愕し……絶句した。
「だから、行こう」
「ど、どこに……?」
「もちろん――犯人のところへ」
これで、全てを終わらせるんだ。
この、数奇な物語の全てを。
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