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第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】

三十九話 術者たち

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「――だからね。私が降霊術を使ってしまったばっかりに……ナツノちゃん以外の霊たちも呼び寄せられてしまって。霊たちが暴走を始めて……皆が殺されていってしまったのよ。全部、私のせい。私がナツノちゃんの霊を降ろそうとしなければ、こんなことにはならなかったの……」

 ハルナの口からその事実が語られ、彼女は何度も謝りながら壁際にへたり込んだ。
 俺はその謝罪に返事をすべきだったのだけど……別のことですっかり頭が一杯になっていた。
 盲点だったのだ。
 全く考えずにいた可能性が今、事実としてもたらされたのだ……。

「なるほどな。だから、霊たちは暴走したわけだ。ようやく分かった……」
「……え?」
「ハルナ、謝らなくてもいい。さっきも言ったけれど、お前のせいじゃないんだ。……少なくとも、お前のせいだけじゃ」
「だけ……って」

 そこまで口にして、ようやくハルナも答えに行き着く。
 坂道を転がり落ちるようにして続いた、偶然の連鎖。
 その起点。

「まさか――」
「何もかもが……ああ、本当に何もかもが。偶然か悪魔の悪戯の上に成り立ってたんだな」

 ハルナも、俺も、他の皆も。
 全ての運命が複雑に絡み合い、そしてこの霧夏邸の幻想を生み出したのだ。

「ハルナ。降霊術を行ったのはお前だけじゃない。そうだよ……俺だって、ナツノの霊を呼び戻したいと思うのは当然のことだろ?」

 ナツノ。
 二度とは戻らない、遠い記憶の少女。

「そう。この霧夏邸に霊たちが集まり、暴走を始めてしまったのは――だ」





 夜。
 淀んだ空気の、閉ざされた部屋の中。
 蝋燭の火だけがそこにあるものを照らし、影を作る。
 その影の一つだけが、生命を宿し動いていた。

 もうすぐだ、とミツヤは心の中で呟く。
 待ち望んだ結末は、もうすぐそこまで来ているのだ、と。
 だから、頁を捲る手は汗ばみ、震えていた。
 それがもどかしくて、ミツヤは髪を掻き乱した。

 床に座り込むミツヤの前には、開かれた本が乱雑に置かれている。
 それらを代わる代わる見ながら、彼は崇高なる儀式の準備を進めていた。
 そう――彼にとっては何ものにも代え難い、崇高なる儀式。
 ミツヤは、ようやく準備を終えて、溜息を一つ漏らした。
 それから、最後の仕上げに取り掛かる。

「黄泉の者達よ、聞き給え――」

 どうか……どうか。ミツヤは言霊に祈りを乗せ、唱える。

の御霊を呼び戻し給え」

 その瞬間。

 ――

 ミツヤの視界いっぱいに、血を想起させるような赤黒い文字が現れる。それは彼が目を鎖そうとも決して消えることはなかった。

 ――殺された、

  ――殺された、

   ――殺された、

    ――殺された、

     ――殺され――

 そして、世界は赤で満たされた。
 溢れ出した憎悪の海に包まれるように。





「俺たち二人が互いにナツノの霊を呼び戻そうとして……二回も同じ場所で降霊術をやってしまったことが、この事象の原因なんだと思う。ハルナはいつ降霊術を?」
「……一昨日。日付が変わってるから、正確には三日前かな。それからすぐに霧夏邸探検の計画を立てたの」
「だったら、非があるのは俺に違いない。俺が降霊術を行ったのはなんだから。……殺されたという怨念のこもったメッセージが浮かんだ後、こんなことになって。俺は自分がとんでもないことをしてしまったのかもしれないと、内心ずっとビクビクしていた。皆の前では隠していたが」

 よくもまあ、バレなかったものだと思う。いや、ずっと探索を共にしたソウシには見抜かれていただろうし、それ以上のことも薄々感付かれていただろうけれど。

「ミツヤくんこそ悪くないよ。ナツノちゃんと言葉を交わしたい気持ちは、私と同じ……ううん、きっと私以上のはずだもの。降霊術なんてものを知ってしまったら……たとえ半信半疑でも縋りついてしまうのは、仕方ないことよ」
「……ありがとうな、ハルナ」

 こいつはずっと、俺の味方をしてくれるな。
 幼少期、俺が気の弱い子どもだったときから、ハルナは隣で味方をしてくれていた。
 ……ああ、ソウシ。お前も大概、色んなことに気が付くよなあ。

「でも、俺はさ。……純粋な気持ちで降霊術をしたわけじゃない。俺の心には間違いなく……悪意があった」
「どういう、こと?」

 俺は、並べられた麻雀牌の傍まで歩く。
 サツキとソウシが死んでしまってから、麻雀牌は更に二つ、ひび割れて倒れていた。
 『西』と『白』。……二人の名前だ。
 そして、『發』と『南』も……。

「ハルナ。お前はまだ気付いていないだろうけど……俺は知ってるんだ。ナツノが何故殺されなくてはならなかったのか。ナツノが誰に殺されたのかを」

 真実なんて、ここへ来る前から知っていた。
 霧夏邸へ訪れたのは、真実を知るためなんかではなかったのだ。

「そ、それ……本当なの?」
「ああ、本当さ」

 俺はテーブルの上の部屋割りを手元へ引き寄せ、そこに一つのを記していく。
 完成したそれをハルナに見せると、彼女もまたあいつのように、その天文学的な偶然に驚愕し……絶句した。

「だから、行こう」
「ど、どこに……?」
「もちろん――犯人のところへ」

 これで、全てを終わらせるんだ。
 この、数奇な物語の全てを。
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