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第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】
三十五話 恋人たちの秘密①
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「……追ってこなくなった、ね」
玄関ホールまで逃げ延びて。
悪霊たちがいないのを確認してから、俺たちは緊張の糸が切れたように座り込んだり、或いは仰向けに倒れたりした。
「殺されなくて本当に良かったよ……」
まかり間違えば、全員やられていただろう。あのときの俺の判断が正しかったかどうかは分からないが、
「あ、あの……ミツヤくん、ありがとう」
ハルナの言葉に、俺はその行動が正しかったということにしておいた。
「お前を守れなきゃ、情けねえ限りだからな。……それに、あいつは俺を殺したりはしないと思ってたし」
「それでも、ありがと」
「あ、ああ」
そんなに頬を赤らめて感謝されると、少しドギマギする。
引っ越している間を除けば、ずっと一緒にいる仲なのにな。
「……でも。サツキちゃんが、殺されちゃった。生きて償うって、そう決心してくれた……それなのに」
「……そうだな」
「大切な友達が、私のせいでこんな風に一人ひとり、死んでいくなんてやだよ……」
ハルナの瞳が潤んでいく。
それを止めるために、俺は彼女の頭を優しく撫でた。
「……ハルナ、お前のせいじゃないよ。少なくとも……お前だけのせいじゃない」
色んな思いが交錯して。
霧夏邸は、俺たちはこうなってしまった。
「だから、後悔するな。今はやれることだけ考えてやろう。……ソウシがまだ戦ってるじゃねえか」
「……うん。早く助太刀してあげないとだよね」
「そうだ、くよくよなんてしてられねえ。行こう、ソウシのところへ」
「うん!」
気持ちを切り替え、俺たちは再び立ち上がった。
目指すは101号室だ。
「扉が開いてる!」
廊下へ出てすぐ、マヤが声を上げる。彼の言う通り、101号室の扉は中途半端に開いていた。
ソウシは恐らく、既にこの中へ入っていったのだろう。
「ソウシッ!」
俺たちは、雪崩れ込むようにして部屋へ突入する。
ソウシは――ベッドの前でうつ伏せに倒れていた。
「おい、ソウシ!」
俺は駆け寄り、彼の体をそっと抱えて仰向けにする。
うつ伏せの状態では分からなかったが……彼の体、特に腹部には夥しい数の傷があった。
そこから、今もドクドクと血が溢れ出ていた。
「……嘘だろ……」
彼の傍らには、空っぽになった水筒が転がっている。
清めの水は残らず、ユリカちゃんの遺体に振りかけられていた。
彼は、きちんとやり遂げたのだ。
でも、自分の身を守ることは、出来なかった……。
「ああ……お前らか。へへ……あんな大見得切っておいて……ざまあねえぜ」
喋ることも辛いらしく、彼は言い終わると同時に咳き込み、血を吐いた。
「しゃ、喋っちゃだめだよソウシ!」
「馬鹿……もう、喋ろうが黙ろうが……変わりゃしねえさ」
「そんなことないわ!」
マヤやハルナの言葉も気休めだと分かっているようで、彼は虚しく笑いながら、なおも言葉を紡ぐ。
「……とりあえず、ユリカのことだけは……きちんとやったぜ」
「そうか……ありがとう、ソウシ」
「……いいってことよ」
俺も、これ以上喋るなと言いたかった。けれど、分かっているのだ。
この大怪我ではもう、助かるわけがないのだと……。
「……なあ」
ソウシは掠れる声で言う。
「最後だから……話しておこうと思う。俺が、ユリカに伝えたかったこと。……お前らにもいつかは話そうと思ってた、俺とユリカの秘密……」
「秘密……?」
こんな状況で何を言っているのかと、ハルナは首を傾げる。
俺はそれを無視して、続きを促した。
話させたかったのだ。
「話してくれ、ソウシ」
「……ったく。お前はどうせ気付いてるくせによ……そんな顔、しやがって」
……そうだ。
俺は――全部知っているけれど。
だからこそ、お前が話して楽になることを、願っているんだよ。
「俺がそれを知ったのは……二年ほど前の、ことだった」
玄関ホールまで逃げ延びて。
悪霊たちがいないのを確認してから、俺たちは緊張の糸が切れたように座り込んだり、或いは仰向けに倒れたりした。
「殺されなくて本当に良かったよ……」
まかり間違えば、全員やられていただろう。あのときの俺の判断が正しかったかどうかは分からないが、
「あ、あの……ミツヤくん、ありがとう」
ハルナの言葉に、俺はその行動が正しかったということにしておいた。
「お前を守れなきゃ、情けねえ限りだからな。……それに、あいつは俺を殺したりはしないと思ってたし」
「それでも、ありがと」
「あ、ああ」
そんなに頬を赤らめて感謝されると、少しドギマギする。
引っ越している間を除けば、ずっと一緒にいる仲なのにな。
「……でも。サツキちゃんが、殺されちゃった。生きて償うって、そう決心してくれた……それなのに」
「……そうだな」
「大切な友達が、私のせいでこんな風に一人ひとり、死んでいくなんてやだよ……」
ハルナの瞳が潤んでいく。
それを止めるために、俺は彼女の頭を優しく撫でた。
「……ハルナ、お前のせいじゃないよ。少なくとも……お前だけのせいじゃない」
色んな思いが交錯して。
霧夏邸は、俺たちはこうなってしまった。
「だから、後悔するな。今はやれることだけ考えてやろう。……ソウシがまだ戦ってるじゃねえか」
「……うん。早く助太刀してあげないとだよね」
「そうだ、くよくよなんてしてられねえ。行こう、ソウシのところへ」
「うん!」
気持ちを切り替え、俺たちは再び立ち上がった。
目指すは101号室だ。
「扉が開いてる!」
廊下へ出てすぐ、マヤが声を上げる。彼の言う通り、101号室の扉は中途半端に開いていた。
ソウシは恐らく、既にこの中へ入っていったのだろう。
「ソウシッ!」
俺たちは、雪崩れ込むようにして部屋へ突入する。
ソウシは――ベッドの前でうつ伏せに倒れていた。
「おい、ソウシ!」
俺は駆け寄り、彼の体をそっと抱えて仰向けにする。
うつ伏せの状態では分からなかったが……彼の体、特に腹部には夥しい数の傷があった。
そこから、今もドクドクと血が溢れ出ていた。
「……嘘だろ……」
彼の傍らには、空っぽになった水筒が転がっている。
清めの水は残らず、ユリカちゃんの遺体に振りかけられていた。
彼は、きちんとやり遂げたのだ。
でも、自分の身を守ることは、出来なかった……。
「ああ……お前らか。へへ……あんな大見得切っておいて……ざまあねえぜ」
喋ることも辛いらしく、彼は言い終わると同時に咳き込み、血を吐いた。
「しゃ、喋っちゃだめだよソウシ!」
「馬鹿……もう、喋ろうが黙ろうが……変わりゃしねえさ」
「そんなことないわ!」
マヤやハルナの言葉も気休めだと分かっているようで、彼は虚しく笑いながら、なおも言葉を紡ぐ。
「……とりあえず、ユリカのことだけは……きちんとやったぜ」
「そうか……ありがとう、ソウシ」
「……いいってことよ」
俺も、これ以上喋るなと言いたかった。けれど、分かっているのだ。
この大怪我ではもう、助かるわけがないのだと……。
「……なあ」
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こんな状況で何を言っているのかと、ハルナは首を傾げる。
俺はそれを無視して、続きを促した。
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「話してくれ、ソウシ」
「……ったく。お前はどうせ気付いてるくせによ……そんな顔、しやがって」
……そうだ。
俺は――全部知っているけれど。
だからこそ、お前が話して楽になることを、願っているんだよ。
「俺がそれを知ったのは……二年ほど前の、ことだった」
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