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第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】

二十一話 霧夏邸の真実

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『……ここは』

 長い眠りから覚めたように、ゆっくりとまぶたを開いて彼女は呟く。

『……そうか。戻れたのね、私』

 自身の手を、足を見つめて。彼女――湯越留美は、心から安堵したように涙を零した。

『君たちが、私を?』
「まあ、成り行き上というか」

 なぜかソウシは照れ隠しするようにそう答えた。女性の涙に弱いのかもしれないな。

『ありがとう……二人とも。おかげで、ようやく私もお父さんと同じ場所へ行くことができる。でも、ここへ来た子たちを酷い目に遭わせちゃったんでしょうね……それについては、本当にごめんなさい』
「いや。留美さんの意思じゃないだろうってのは分かってたんで。それは……謝ることじゃないと思います」
『……まあ、きっかけを作ってしまったのは君たちの方か』

 俺たちが霧夏邸にやって来ることがなければ、降霊術に興味を持たなければ、こんな惨劇は起きていない。それは確かなことだ。
 まあ、考えたところで意味のないことではあるけれど。

『お父さんがここの霊をほとんど鎮めたっていっても、まだ解放されていない霊だっている。降霊術の暴走によって鎖されたこの場所じゃ、私のようにおかしくなって、襲ってくることもあり得るはずだわ』
「降霊術の暴走、か……恐ろしいこともあったもんだ。しかし、ここへ来てからずっと知りたかったんですけど、結局湯越さんがここでやってきたことって、何だったんです?」

 ソウシの問いかけに、留美さんは目を逸らし、溜息を吐いた。話すのはあまり気が進まないのだろう。
 それでも、囚われてしまった俺たちのために。彼女は知りうる限りの事を語ると答えてくれた。

『……清めの水があるということは、君たちも地下の実験室を見たんでしょう。あれは、当時の日本軍が秘密裏に造っていた毒薬の実験場なのよ』
「……毒薬……」

 覚悟はしていたが、実際にそれを断言されるのはショックだった。自分たちの住んでいる町に、かつてそのような施設が存在していたなんて。
 その『叡智の結晶』のため、何人もの犠牲が出ていたなんて……。

『信じられないと思うけど、残念ながら本当の話。第九陸軍技術研究所と言ったかしら、とにかく軍の研究者が毒を散布して敵地を襲撃するっていう計画を立ててたみたい。霧夏……それが毒物兵器の名前だから、ここは霧夏邸と呼ばれてたんだって』

 やはり、霧夏というのは毒物の名称だったようだ。散布する毒だから、霧という字が含まれたのだろう。

「つまり、あの地下の牢屋は被験者を閉じこめるためのもの。そんで骸骨は……毒で死んだ被験者ってことなんだよな」

 留美さんは小さく頷く。

『霊が出るという噂を聞きつけたお父さんは、すぐに霊を降ろすのに適した場所だと思ってこの霧夏邸を購入したみたい。でも、地下にあった実験場を見て、噂になっていた霊が実験によって毒殺された身寄りのない子どもたちだったと知った。呼び出した霊たちの声を聞いて……ね。以来、お父さんは子どもの霊たちを解放するために力を尽くした。世間から狂人と思われても、意にも介さずに。私に会いたいという気持ちもあったでしょうけど、お父さんは優しかったから。子どもたちの声を無視することなんて、出来なかったんでしょうね……』
「やっぱり湯越さんは、非人道的な実験に手を染めていたわけじゃあなかった……」
『ええ。手を…そして父は霧夏邸を浄化している途中、毒に蝕まれて死んでしまったの。遂に生きているうちに私と再会することなく』
「……なるほどな。変死ってのは、そういうことだったのか。戦争の時代に生まれた軍事兵器が絡んでいたせいで、湯越さんの死は穏便に処理されちまったというわけだ。まさか国が関わってやがるとは……」

 恐らく、湯越郁斗に対する怪しげな噂が消えなかったのには、真実を揉み消したい政府側の思惑があったのだろう。結果として霧夏邸は、B級ホラーの設定じみた場所になってしまったという顛末なのだ。
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