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【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】
25.閉幕
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「何を言ってるんだ、お前は……?」
ヴァルハラの承認キーなど、俺が本気で押すと思っているのか。
彼女の考える最悪の計画を実現させる、そのエンターキーとも呼べるものだというのに。
きっと、承認をすればたちまち鈴音町の人々から魂魄が吸い出され、この装置に集積されるのだろう。
後は自動的な改造が始まり、全ては人形兵器と化してしまうのだ……。
「……ふ、言ってみただけさ。君が『善』に偏った存在であることくらいは、よく分かっているのだからね」
「何……?」
「それでも一応、君の存在に関わった人間として聞いてみたかったんだ。それだけだよ、他意はない」
……まさか、こいつは。
最後の未練として、ここに俺を?
いや、そんなことは有り得ない……だろう。
「この計画は、残念ながら君の承認無しでも完遂できるように準備された。……君は、いらないんだ。ただ私は、興味があって今日まで君を生かしておいただけ。ひょっとしたらという、非科学的な想定も少しだけ考えつつ……ね」
魂魄の性質。
アツカの手がけた実験。
……何だろう。奇妙な引っ掛かりを感じるのだが、どうにも纏まらない。
ひょっとすれば、それは単に彼女の心のブレのせいかもしれないが。
「……さて! では、交渉は決裂ということだ。……楽しかったよ、レイジ」
アツカが両腕を広げると、暗がりからぬうっと、人形たちが歩み出てくる。
虚ろな魂の込められたそれらに気配などはなく、こうして現れるまで存在には気が付かなかった。……護衛として用意しているだろうとは予想していたが。
数は六体。上層で対峙したとき、一体を制するのにも二人がかりだったことを考えれば……正直言って、勝ち目はない。
捕まれば、一方的な蹂躙と死が待つのみ、か。
「さよなら、だ」
そう。
こうなってしまうことは分かっていた。
だから……だから、もう出来ることはないんだ。
俺にも残されていたらしい、最後の未練も手放し。
そして、心の中で繰り返した。
――さよならだ、アツカ。
「ヒデアキさんッ!」
名を呼ぶと同時に、一陣の風が吹く。
まさしく風。肉体の枷から外れた彼が、忽ちアツカの背後へと回り込んだのだ。
「な――!?」
アツカとの会話の中で、俺はヒデアキさんの姿を目にしていた。
半透明になったその姿は、彼が暴走した人形に斃され……霊体になったことを如実に示していて。
そんな彼がここへ駆けつけた理由など、一つしかなく。
――どうか、最後は私に。
彼の目がそう訴えているのを汲み取り、俺はタイミングを見計らっていたのだった。
ヒデアキさんは、アツカが反応するよりも素早く、彼女の手からヴァルハラのパーツを弾き飛ばす。
そのパーツは、狙いすましたように俺の方へと飛んできた。
「ヴァルハラのパーツが……!?」
取り落とすことなくそれを掴み取り、取っ手の部分を指に引っ掛けて一度クルリと回すと、アツカへ向ける。
ちょうど拳銃を突き付けるように。
「仕組みは理解している。私が最期に、止めるべきなのだ。それが……研究者として、いやそれ以前に父親としての責任だからね」
「……ヒデアキさん」
隣に立つヒデアキさんが、目だけをこちらへ向けてゆっくり頷いた。
だから、こちらも頷き返す。
「……止めろ」
さっきまで余裕のあったアツカの表情は、途端に青ざめてしまっていた。
そして緩々と首を振りながら、ただ止めろと繰り返す。
だが、はいそうですかと聞いてやることなど、とうに出来ない場所まで来てしまっているのだ。
「これで終わりだ」
「……止めろおおおおおおッ!」
カチリ。
俺という『零号』によってヴァルハラのトリガーが引かれ、その機能が作動する。
ヒデアキさんの魂魄がエネルギーとして取り込まれ、光の弾丸となってアツカたちに放たれた。
それは光の爆風となり、轟音とともに全てを包み込んで。
何もかもがその眩さの中に、消えていくようでもあった――。
*
――ねえ。
光に満ちた世界の中で、発せられた声があった。
弱々しく、消え入りそうだけれど……真っ直ぐな声。
――ごめん、なさい。
その声に、父親は優しく応える。
――ああ。お前が終に、言い出せなかったのは、その言葉、だったんだものな。
――うん。
娘は言った。
許してもらえないことを悟ったから、ここまで歩いてきたのだと。
けれど、そんな道の先にも、貴方は来てくれたのだと。
それは、娘にとって計画の成功よりも、よっぽど奇跡的な事象に相違なかった。
――聞いて、もらいたかったのかな。それだけでも……良かったのかもしれない……。
――許されは、しないだろう。けれど、それは私も同じだ。
消えかけの霊魂となった父親は、それでも娘を抱きしめる。
互いに薄れゆく二つの魂は、まるで白煙が混じり合うようにも見えた。
――だから、せめて最期は同じものを背負って……消えよう。
――そうだね……。
ありがとう。
どちらかが、或いはどちらもが、最後にそう呟いて……光とともに、遠い場所へと旅立っていくのだった。
*
せめて、最期には分かり合えただろうか。
暗闇を取り戻した、冷たい地下空間の中で……俺は独り、そんなことを考えた。
すぐ傍に倒れている人形たちと、アツカの体。
もう魂の宿らないそれらを見つめながら……俺もまた、最期の時間を過ごしていた。
――ありがとう、みんな。
とりあえず、託されたことはやり遂げられた。
希望の糸は、こうしてちゃんと繋げたわけだ。
沢山の犠牲の果て……俺という魂魄もまた、限界を迎えて消え行こうとしているけれど。
少なくとも、GHOSTの……アツカの悪しき野望は、打ち砕くことができた。
「ちょっと……疲れたからな」
悪いけど、休ませてほしい。
大切な人たちの顔が入れ替わり浮かんでは消える。でも……もう体が動かないんだ。
……もしも。
もしも、時間を巻き戻せたなら、俺はヒカゲさんのように、やり直そうとしただろうか。
分からない。……少なくとも、俺の心は止めておけと言っているらしい。
だから……後は、静かに眠ろう。
もう、何とも戦わなくていい。
作られた命だけれど……少しは、意味のあることが、出来ただろうか。
じゃあ……。
――さよなら。
ヴァルハラの承認キーなど、俺が本気で押すと思っているのか。
彼女の考える最悪の計画を実現させる、そのエンターキーとも呼べるものだというのに。
きっと、承認をすればたちまち鈴音町の人々から魂魄が吸い出され、この装置に集積されるのだろう。
後は自動的な改造が始まり、全ては人形兵器と化してしまうのだ……。
「……ふ、言ってみただけさ。君が『善』に偏った存在であることくらいは、よく分かっているのだからね」
「何……?」
「それでも一応、君の存在に関わった人間として聞いてみたかったんだ。それだけだよ、他意はない」
……まさか、こいつは。
最後の未練として、ここに俺を?
いや、そんなことは有り得ない……だろう。
「この計画は、残念ながら君の承認無しでも完遂できるように準備された。……君は、いらないんだ。ただ私は、興味があって今日まで君を生かしておいただけ。ひょっとしたらという、非科学的な想定も少しだけ考えつつ……ね」
魂魄の性質。
アツカの手がけた実験。
……何だろう。奇妙な引っ掛かりを感じるのだが、どうにも纏まらない。
ひょっとすれば、それは単に彼女の心のブレのせいかもしれないが。
「……さて! では、交渉は決裂ということだ。……楽しかったよ、レイジ」
アツカが両腕を広げると、暗がりからぬうっと、人形たちが歩み出てくる。
虚ろな魂の込められたそれらに気配などはなく、こうして現れるまで存在には気が付かなかった。……護衛として用意しているだろうとは予想していたが。
数は六体。上層で対峙したとき、一体を制するのにも二人がかりだったことを考えれば……正直言って、勝ち目はない。
捕まれば、一方的な蹂躙と死が待つのみ、か。
「さよなら、だ」
そう。
こうなってしまうことは分かっていた。
だから……だから、もう出来ることはないんだ。
俺にも残されていたらしい、最後の未練も手放し。
そして、心の中で繰り返した。
――さよならだ、アツカ。
「ヒデアキさんッ!」
名を呼ぶと同時に、一陣の風が吹く。
まさしく風。肉体の枷から外れた彼が、忽ちアツカの背後へと回り込んだのだ。
「な――!?」
アツカとの会話の中で、俺はヒデアキさんの姿を目にしていた。
半透明になったその姿は、彼が暴走した人形に斃され……霊体になったことを如実に示していて。
そんな彼がここへ駆けつけた理由など、一つしかなく。
――どうか、最後は私に。
彼の目がそう訴えているのを汲み取り、俺はタイミングを見計らっていたのだった。
ヒデアキさんは、アツカが反応するよりも素早く、彼女の手からヴァルハラのパーツを弾き飛ばす。
そのパーツは、狙いすましたように俺の方へと飛んできた。
「ヴァルハラのパーツが……!?」
取り落とすことなくそれを掴み取り、取っ手の部分を指に引っ掛けて一度クルリと回すと、アツカへ向ける。
ちょうど拳銃を突き付けるように。
「仕組みは理解している。私が最期に、止めるべきなのだ。それが……研究者として、いやそれ以前に父親としての責任だからね」
「……ヒデアキさん」
隣に立つヒデアキさんが、目だけをこちらへ向けてゆっくり頷いた。
だから、こちらも頷き返す。
「……止めろ」
さっきまで余裕のあったアツカの表情は、途端に青ざめてしまっていた。
そして緩々と首を振りながら、ただ止めろと繰り返す。
だが、はいそうですかと聞いてやることなど、とうに出来ない場所まで来てしまっているのだ。
「これで終わりだ」
「……止めろおおおおおおッ!」
カチリ。
俺という『零号』によってヴァルハラのトリガーが引かれ、その機能が作動する。
ヒデアキさんの魂魄がエネルギーとして取り込まれ、光の弾丸となってアツカたちに放たれた。
それは光の爆風となり、轟音とともに全てを包み込んで。
何もかもがその眩さの中に、消えていくようでもあった――。
*
――ねえ。
光に満ちた世界の中で、発せられた声があった。
弱々しく、消え入りそうだけれど……真っ直ぐな声。
――ごめん、なさい。
その声に、父親は優しく応える。
――ああ。お前が終に、言い出せなかったのは、その言葉、だったんだものな。
――うん。
娘は言った。
許してもらえないことを悟ったから、ここまで歩いてきたのだと。
けれど、そんな道の先にも、貴方は来てくれたのだと。
それは、娘にとって計画の成功よりも、よっぽど奇跡的な事象に相違なかった。
――聞いて、もらいたかったのかな。それだけでも……良かったのかもしれない……。
――許されは、しないだろう。けれど、それは私も同じだ。
消えかけの霊魂となった父親は、それでも娘を抱きしめる。
互いに薄れゆく二つの魂は、まるで白煙が混じり合うようにも見えた。
――だから、せめて最期は同じものを背負って……消えよう。
――そうだね……。
ありがとう。
どちらかが、或いはどちらもが、最後にそう呟いて……光とともに、遠い場所へと旅立っていくのだった。
*
せめて、最期には分かり合えただろうか。
暗闇を取り戻した、冷たい地下空間の中で……俺は独り、そんなことを考えた。
すぐ傍に倒れている人形たちと、アツカの体。
もう魂の宿らないそれらを見つめながら……俺もまた、最期の時間を過ごしていた。
――ありがとう、みんな。
とりあえず、託されたことはやり遂げられた。
希望の糸は、こうしてちゃんと繋げたわけだ。
沢山の犠牲の果て……俺という魂魄もまた、限界を迎えて消え行こうとしているけれど。
少なくとも、GHOSTの……アツカの悪しき野望は、打ち砕くことができた。
「ちょっと……疲れたからな」
悪いけど、休ませてほしい。
大切な人たちの顔が入れ替わり浮かんでは消える。でも……もう体が動かないんだ。
……もしも。
もしも、時間を巻き戻せたなら、俺はヒカゲさんのように、やり直そうとしただろうか。
分からない。……少なくとも、俺の心は止めておけと言っているらしい。
だから……後は、静かに眠ろう。
もう、何とも戦わなくていい。
作られた命だけれど……少しは、意味のあることが、出来ただろうか。
じゃあ……。
――さよなら。
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