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【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】
23.生命の新しいカタチ
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――ようやく組み上げたシステムだ。これが、生命の新しいカタチだよ。
深い深い地の底。果たしてどれほど下りたのかも分からないその最下層に、彼女はいた。
一人の女が滞在するにはあまりにも広く、暗く、冷え切った場所。秘匿された実験場。
「……アツカ」
俺は彼女の名前を呼ぶ。かつて共に過ごした時間に名乗っていたものではなく、本当の名前を。それは、一つの訣別でもあった。
「……かの聖徳太子は、自らが建立した五重塔に五つの予言を忍ばせたといわれている」
凛と、声は響く。聞き慣れた声であるはずなのに、それはとてもよそよそしく感じられて。
ああ、どうあろうとあの頃に戻ることはできないのだと、戻る必要もないのだと、俺は再確認する。
「最上階の予言は、釈迦の入滅後二千五百年を経た年のことであり、それは遅くとも二〇一七年までを指している。闘諍言訟して白法隠没せん……つまり予言は、争いが頻発し、白法が沈むだろうと告げているのだ。……ふふ、とても都合の良いオハナシだろう?」
黒影館で発見した書籍の中にあった記述。そして事件の犯人であることを認めたアツカが去り際に放った言葉。その謎に対する回答、と言うことらしい。
「白法が沈む、という言葉は一般的に、白人中心の世界システムが崩れてしまうのだと解釈されている。だがもちろん、解釈などどうとでも出来るのだ。いやむしろ、予言自体が押し並べてどうとでも解釈することが出来るといってもいい。私は……この予言を予言足らしめてやろうと常々思っていたのだよ。そして現代、ようやく『魄法』は沈むのだ」
古き予言を自らの野望に組み込んで、成就させる。
ある意味でそれは、一つの呪い……儀式とも呼べるものではあった。
「ラスト・バタリオン――知っているかい? ドイツで秘密裡に組織されていたという兵隊だ。結局その存在は幻のまま歴史の闇に埋もれた。恐らく妄言だったのだろうと結論付ける者も多い。真実は分からないが……私はその存在に強く惹かれた。人体実験の果てに造り出された不死身の軍団。良いじゃないか、その都市伝説を私は現実のものとしてやろう。
霊魂の改造と、無限の増殖。それが可能となったとき、最後の大隊は都市伝説でなく、現実のそれになる。そしてその瞬間……魂魄のルールは、『魄法』は沈むのだ。それこそが、ゴーレム計画。それこそが……我が研究の集大成なのだよ」
悍ましき計画。
彼女の過去やこれまでの言動から、おおよその内容は推測できていたが、実際にその口から直接説明されると、耳を塞ぎたい気持ちにすら駆られる。
霊を兵隊に? それがかつては自身の母親を救おうと奔走し、涙した少女の悲願なのか。
そんなものは、歪んでいる。
「……止めてくれ、聞きたくもねえ。そんな計画のために、どれほどの命が消えていったんだよ。お前にとって命はもう、そんなに価値のないものなのかよ!」
「価値は十分にあったさ。これは……世界の摂理を変える計画なのだからね。幾つもの犠牲の上に、新たな枠組みが生まれ、そしてその存在は程なく世界を支配していくだろう」
「……お前がやりたかったことは、本当にそんなことなのかよ! お前が最初に望んだことは……そんなのじゃなかっただろうが……!」
せめて彼女の本心がどこにあるのか。
そのことだけでも見極めておきたくて、俺は訴えた。
するとアツカは意外にも、悪戯が見つかった子供のような、困った感じの笑みを浮かべて、
「……戻らないんだよ。私は失敗したんだ」
そう言い、僅かに肩をすくめた。
「どうせ父に聞いたのだろう? ……そうとも、私は母を生き返らせたかった。人形に魂を固着させる、風見照の実験を必死になって研究したのも確かにそれがきっかけだ。
だが……一度失敗してしまえば、もう魂魄は戻らない。あの頃の私は若く……だが、それを言い訳にするわけにもいかなくて。母はもうどこにも存在しないという現実だけが、どうしようもなく残酷に、私の目の前に残された。他に残ったものは、母の命を奪った未完成な研究だけ。やるべきことは一つしかないと思ったよ。
そうなんだ……結局私も、父と本質は変わらなかったのだろう。せめて、研究だけは。……そう思わずにはいられなかった。だから私は、目的を喪失した研究をひたすらに、進めていくしかなかった」
溜め息混じりの気怠い物言いだったけれど。
今の吐露こそが、アツカの本心なのだろう。
「お前……」
「分かっているよ? 所詮は後付けなんだ。……だけど、これほど素晴らしい目的はないじゃないか。私は、もうどうにもならない世界を……壊してしまえるのだから。
そのための……ラスト・バタリオンなのだよ。全てを消し去るためのね」
それは、世界への復讐であり。
それは世界との心中だ。
救えなかった自分と、救わなかった世界。
全てに対する彼女なりの決着が、何もかもをご破算にしてしまうというものだったと……。
それしかもう、彼女には残っていなかったのだ。
深い深い地の底。果たしてどれほど下りたのかも分からないその最下層に、彼女はいた。
一人の女が滞在するにはあまりにも広く、暗く、冷え切った場所。秘匿された実験場。
「……アツカ」
俺は彼女の名前を呼ぶ。かつて共に過ごした時間に名乗っていたものではなく、本当の名前を。それは、一つの訣別でもあった。
「……かの聖徳太子は、自らが建立した五重塔に五つの予言を忍ばせたといわれている」
凛と、声は響く。聞き慣れた声であるはずなのに、それはとてもよそよそしく感じられて。
ああ、どうあろうとあの頃に戻ることはできないのだと、戻る必要もないのだと、俺は再確認する。
「最上階の予言は、釈迦の入滅後二千五百年を経た年のことであり、それは遅くとも二〇一七年までを指している。闘諍言訟して白法隠没せん……つまり予言は、争いが頻発し、白法が沈むだろうと告げているのだ。……ふふ、とても都合の良いオハナシだろう?」
黒影館で発見した書籍の中にあった記述。そして事件の犯人であることを認めたアツカが去り際に放った言葉。その謎に対する回答、と言うことらしい。
「白法が沈む、という言葉は一般的に、白人中心の世界システムが崩れてしまうのだと解釈されている。だがもちろん、解釈などどうとでも出来るのだ。いやむしろ、予言自体が押し並べてどうとでも解釈することが出来るといってもいい。私は……この予言を予言足らしめてやろうと常々思っていたのだよ。そして現代、ようやく『魄法』は沈むのだ」
古き予言を自らの野望に組み込んで、成就させる。
ある意味でそれは、一つの呪い……儀式とも呼べるものではあった。
「ラスト・バタリオン――知っているかい? ドイツで秘密裡に組織されていたという兵隊だ。結局その存在は幻のまま歴史の闇に埋もれた。恐らく妄言だったのだろうと結論付ける者も多い。真実は分からないが……私はその存在に強く惹かれた。人体実験の果てに造り出された不死身の軍団。良いじゃないか、その都市伝説を私は現実のものとしてやろう。
霊魂の改造と、無限の増殖。それが可能となったとき、最後の大隊は都市伝説でなく、現実のそれになる。そしてその瞬間……魂魄のルールは、『魄法』は沈むのだ。それこそが、ゴーレム計画。それこそが……我が研究の集大成なのだよ」
悍ましき計画。
彼女の過去やこれまでの言動から、おおよその内容は推測できていたが、実際にその口から直接説明されると、耳を塞ぎたい気持ちにすら駆られる。
霊を兵隊に? それがかつては自身の母親を救おうと奔走し、涙した少女の悲願なのか。
そんなものは、歪んでいる。
「……止めてくれ、聞きたくもねえ。そんな計画のために、どれほどの命が消えていったんだよ。お前にとって命はもう、そんなに価値のないものなのかよ!」
「価値は十分にあったさ。これは……世界の摂理を変える計画なのだからね。幾つもの犠牲の上に、新たな枠組みが生まれ、そしてその存在は程なく世界を支配していくだろう」
「……お前がやりたかったことは、本当にそんなことなのかよ! お前が最初に望んだことは……そんなのじゃなかっただろうが……!」
せめて彼女の本心がどこにあるのか。
そのことだけでも見極めておきたくて、俺は訴えた。
するとアツカは意外にも、悪戯が見つかった子供のような、困った感じの笑みを浮かべて、
「……戻らないんだよ。私は失敗したんだ」
そう言い、僅かに肩をすくめた。
「どうせ父に聞いたのだろう? ……そうとも、私は母を生き返らせたかった。人形に魂を固着させる、風見照の実験を必死になって研究したのも確かにそれがきっかけだ。
だが……一度失敗してしまえば、もう魂魄は戻らない。あの頃の私は若く……だが、それを言い訳にするわけにもいかなくて。母はもうどこにも存在しないという現実だけが、どうしようもなく残酷に、私の目の前に残された。他に残ったものは、母の命を奪った未完成な研究だけ。やるべきことは一つしかないと思ったよ。
そうなんだ……結局私も、父と本質は変わらなかったのだろう。せめて、研究だけは。……そう思わずにはいられなかった。だから私は、目的を喪失した研究をひたすらに、進めていくしかなかった」
溜め息混じりの気怠い物言いだったけれど。
今の吐露こそが、アツカの本心なのだろう。
「お前……」
「分かっているよ? 所詮は後付けなんだ。……だけど、これほど素晴らしい目的はないじゃないか。私は、もうどうにもならない世界を……壊してしまえるのだから。
そのための……ラスト・バタリオンなのだよ。全てを消し去るためのね」
それは、世界への復讐であり。
それは世界との心中だ。
救えなかった自分と、救わなかった世界。
全てに対する彼女なりの決着が、何もかもをご破算にしてしまうというものだったと……。
それしかもう、彼女には残っていなかったのだ。
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