上 下
130 / 141
【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】

23.生命の新しいカタチ

しおりを挟む
 ――ようやく組み上げたシステムだ。これが、生命の新しいカタチだよ。

 深い深い地の底。果たしてどれほど下りたのかも分からないその最下層に、彼女はいた。
 一人の女が滞在するにはあまりにも広く、暗く、冷え切った場所。秘匿された実験場。

「……アツカ」

 俺は彼女の名前を呼ぶ。かつて共に過ごした時間に名乗っていたものではなく、本当の名前を。それは、一つの訣別でもあった。

「……かの聖徳太子は、自らが建立した五重塔に五つの予言を忍ばせたといわれている」

 凛と、声は響く。聞き慣れた声であるはずなのに、それはとてもよそよそしく感じられて。
 ああ、どうあろうとあの頃に戻ることはできないのだと、戻る必要もないのだと、俺は再確認する。

「最上階の予言は、釈迦の入滅後二千五百年を経た年のことであり、それは遅くとも二〇一七年までを指している。闘諍言訟して白法隠没せん……つまり予言は、争いが頻発し、白法が沈むだろうと告げているのだ。……ふふ、とても都合の良いオハナシだろう?」

 黒影館で発見した書籍の中にあった記述。そして事件の犯人であることを認めたアツカが去り際に放った言葉。その謎に対する回答、と言うことらしい。

「白法が沈む、という言葉は一般的に、白人中心の世界システムが崩れてしまうのだと解釈されている。だがもちろん、解釈などどうとでも出来るのだ。いやむしろ、予言自体が押し並べてどうとでも解釈することが出来るといってもいい。私は……この予言を予言足らしめてやろうと常々思っていたのだよ。そして現代、ようやく『魄法』は沈むのだ」

 古き予言を自らの野望に組み込んで、成就させる。
 ある意味でそれは、一つの呪い……儀式とも呼べるものではあった。

「ラスト・バタリオン――知っているかい? ドイツで秘密裡に組織されていたという兵隊だ。結局その存在は幻のまま歴史の闇に埋もれた。恐らく妄言だったのだろうと結論付ける者も多い。真実は分からないが……私はその存在に強く惹かれた。人体実験の果てに造り出された不死身の軍団。良いじゃないか、その都市伝説を私は現実のものとしてやろう。
 霊魂の改造と、無限の増殖。それが可能となったとき、最後の大隊は都市伝説でなく、現実のそれになる。そしてその瞬間……魂魄のルールは、『魄法』は沈むのだ。それこそが、ゴーレム計画。それこそが……我が研究の集大成なのだよ」

 悍ましき計画。
 彼女の過去やこれまでの言動から、おおよその内容は推測できていたが、実際にその口から直接説明されると、耳を塞ぎたい気持ちにすら駆られる。
 霊を兵隊に? それがかつては自身の母親を救おうと奔走し、涙した少女の悲願なのか。
 そんなものは、歪んでいる。

「……止めてくれ、聞きたくもねえ。そんな計画のために、どれほどの命が消えていったんだよ。お前にとって命はもう、そんなに価値のないものなのかよ!」
「価値は十分にあったさ。これは……世界の摂理を変える計画なのだからね。幾つもの犠牲の上に、新たな枠組みが生まれ、そしてその存在は程なく世界を支配していくだろう」
「……お前がやりたかったことは、本当にそんなことなのかよ! お前が最初に望んだことは……そんなのじゃなかっただろうが……!」

 せめて彼女の本心がどこにあるのか。
 そのことだけでも見極めておきたくて、俺は訴えた。
 するとアツカは意外にも、悪戯が見つかった子供のような、困った感じの笑みを浮かべて、

「……戻らないんだよ。私は失敗したんだ」

 そう言い、僅かに肩をすくめた。

「どうせ父に聞いたのだろう? ……そうとも、私は母を生き返らせたかった。人形に魂を固着させる、風見照の実験を必死になって研究したのも確かにそれがきっかけだ。
 だが……一度失敗してしまえば、もう魂魄は戻らない。あの頃の私は若く……だが、それを言い訳にするわけにもいかなくて。母はもうどこにも存在しないという現実だけが、どうしようもなく残酷に、私の目の前に残された。他に残ったものは、母の命を奪った未完成な研究だけ。やるべきことは一つしかないと思ったよ。
 そうなんだ……結局私も、父と本質は変わらなかったのだろう。せめて、研究だけは。……そう思わずにはいられなかった。だから私は、目的を喪失した研究をひたすらに、進めていくしかなかった」

 溜め息混じりの気怠い物言いだったけれど。
 今の吐露こそが、アツカの本心なのだろう。

「お前……」
「分かっているよ? 所詮は後付けなんだ。……だけど、これほど素晴らしい目的はないじゃないか。私は、もうどうにもならない世界を……壊してしまえるのだから。
 そのための……ラスト・バタリオンなのだよ。全てを消し去るためのね」

 それは、世界への復讐であり。
 それは世界との心中だ。
 救えなかった自分と、救わなかった世界。
 全てに対する彼女なりの決着が、何もかもをご破算にしてしまうというものだったと……。
 それしかもう、彼女には残っていなかったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
――鬼の伝承に準えた、血も凍る連続殺人事件の謎を追え。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 巨大な医療センターの設立を機に人口は増加していき、世間からの注目も集まり始めていた。 更なる発展を目指し、電波塔建設の計画が進められていくが、一部の地元住民からは反対の声も上がる。 曰く、満生台には古くより三匹の鬼が住み、悪事を働いた者は祟られるという。 医療センターの闇、三鬼村の伝承、赤い眼の少女。 月面反射通信、電磁波問題、ゼロ磁場。 ストロベリームーン、バイオタイド理論、ルナティック……。 ささやかな箱庭は、少しずつ、けれど確実に壊れていく。 伝承にある満月の日は、もうすぐそこまで迫っていた――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

わたしの百物語

薊野ざわり
ホラー
「わたし」は、老人ホームにいる祖母から、不思議な話を聞き出して、録音することに熱中していた。  それだけでは足りずに、ツテをたどって知り合った人たちから、話を集めるまでになった。  不思議な話、気持ち悪い話、嫌な話。どこか置き場所に困るようなお話たち。  これは、そんなわたしが集めた、コレクションの一部である。 ※よそサイトの企画向けに執筆しました。タイトルのまま、百物語です。ホラー度・残酷度は低め。お気に入りのお話を見付けていただけたら嬉しいです。 小説家になろうにも掲載しています。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

処理中です...