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【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】

15.鈴音学園の七不思議②

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 第二の謎解きは簡単だった。図書室でタイトルも何もない、ただ赤に塗り尽くされただけの本を見つければ良かったからだ。あとは受付口にある怪しい窪みに指定された本を三冊積めばおしまいだった。
 普段の学校生活では、こんな微妙な窪みや真っ赤な本など気にも留めないだろう。窪んだ部分がスライドして収納スペースが現れたときには、謎の技術に驚かされたりもした。
 収納スペースにはまたコインが入っていた。やはり七不思議はコイン状の鍵を集める手順書らしい。二つ目の欄を線で消し、俺たちはそのまま三つ目の謎解きにかかった。
 生徒会室を回る少女の絵画。これも指示通り、美術室にある少女の絵画――なるほど間違えないよう、該当するものは一つだけだった――を持ったまま、生徒会室をぐるぐると三周するだけ。絵画を探知するカメラのような装置があるのか、きっちり三周したところで天井からコインが降ってきた。

「……もし偶然、生徒が一つでもこれを発見してたらさ。面白がって謎解きしてたんじゃねえかなって思うんだけど」
「まあ……それは同感ですね」

 ひょっとしたら、転校してしまった生徒の中にはそういう者たちもいたのかもしれない。知りすぎた、とその存在を消されてしまう……漫画やドラマの世界だけと思っていたことも、今や虚構の話とは思えない。
 七不思議の解明は続く。お次の独りでに流れ出す運動場の蛇口は指示の通り、五つの蛇口から順序に沿って水を流すとコインが現れた。
 一つ多い教室の机、というのは少々手間取った。そもそも自分がいる組以外の生徒数なんか把握していないからだ。ただ、良心的というか何というか、一年生の教室で明らかに孤立している机を発見したので、恐らくこれだろうという結論に至った。
 机を念入りに調べてみると、裏側に小さなボタンがあった。手探りでそれを押し込むと、机の表面がパカリと開いてコインが出てくる。これで五つ目だ。

「次は二階の男子トイレ、ね」

 女子トイレじゃなくて良かったとは思うが、むしろアヤちゃんはどうやって情報を得たのやら。まあ、文面から考えれば彼女もマニュアルのようなものを発見していた可能性の方が高いが。
 二階の男子トイレに向かい、俺たちは壁に異常がないか調べていく。するとすぐ、塗料が僅かに厚い部分を発見した。どうすれば剥がせるかと悩んだのだが、ヒデアキさんが持っていたペンで突くと簡単に穴が空いた。小さな空洞を隠すような形で塗料が塗られていたようだ。
 空洞には例に違わずコインが入っていた。

「……これで六つ目。次が最後だな」
「ええ。記念ホールで待つもの……ですね」

 これだけは送り主の説明も曖昧だ。記念ホールへ向かえばいい、とだけ書かれてはいたが、それで謎が氷解するのだろうか。
 まあ、行ってみなければ始まらない。俺たちは六枚のコインを手に、校舎の西側にある記念ホールへと向かった。
 校庭は人形どもが数体、徘徊している。探知能力も低いようで、よほど音を立てたり近くを歩いたりしない限りは見つからなさそうだった。ただその歪な存在に寒気を覚えつつ、俺たちはホール前に辿り着く。
 そして、真正面からホールを眺めてみたとき、なるほど七不思議の謎は氷解したのだった。

「……なるほどな」

 これも、日常生活では気にも留めなかったことだ。記念ホールの壁面には、等間隔に六つの丸い窪みがあった。どうすればいいのかは明らかだ。これまでの七不思議で手に入れたコインを嵌めればよかった。
 左右で手分けし、俺とシグレでコインを嵌めていく。そして六つ目のコインが収まったとき、ホールの方から地響きのような音と振動が発生した。
 
「揺れた、な」
「ええ。何というか……覚えがあるような揺れですね」

 黒影館でも鏡ヶ原でもそうだったが、研究者というのは地下室のような閉鎖空間が好きなんだろうか。ヒデアキさんの顔は渋いので、全員が全員そうではなさそうだが、少なくともGHOSTの者たちはこれが気に入っていたらしい。

「まあ、これも鏡ヶ原と同じように非常用なんでしょうけど、とにかく研究施設への道は開いたってことですね」
「手のかかる方法だったけどな。仕方ねえ」

 見え隠れする遊び心。それは研究の道を志す者のさがに近いのかもしれない。

「行くか。きっとホールの中に、施設への扉が開いてるんだろう」

 両開きの扉をゆっくりと開いて、俺たちはホールの中へと入っていった。





「……あれは」

 記念ホールの舞台上。
 ちょうど演台の手前に四角い穴が開いている。
 そこには地下へ向かうコンクリートの階段が伸びており、どこまで続くのかは暗闇で分からなかった。
 舞台上は何故か、両サイドからスポットライトに照らされている。まるで演出されているかのようだ。……では、その演出の意図は? ハッキリしたことは言えないが、これもアツカの遊び心のような気はした。

「やっぱり、階段が現れてるんですね」
「……大それた仕掛けだな」

 呆れたようにヒデアキさんが呟く。ここは自身が幾らかの資金援助を行った場所だ。好き勝手されているのは当然、良い気分ではない。
 ……この先に、GHOSTの研究施設が待つ。
 自分たちの過ごしてきた学園に施設があったという事実を目の前にして、恐ろしさが再び込み上げてきた。
 本当に、薄い膜一つ向こうには別世界が広がっているという話が、絵空事ではないと思える現実だ。

「……あっ!?」

 舞台の袖を見、何かに気付いたシグレが声を上げる。慌てて彼の視線を追うと、そこには不気味な動きを続けるヒトガタが、幾つも。

「な……ッ」
「……校内にいたのより……雰囲気が」

 シグレの言わんとしていることは理解できる。
 この人形どもは、明らかに敵意――というより破壊衝動を剥き出しにしていた。

「暴走したゴーレム、といったところか」

 寓話になぞらえ、ヒデアキさんは呟く。
 そう、まさしくこいつらは暴走したゴーレムだった。
 作り物の瞳は、しかし赤く燃えたぎるように光り。
 ただ一直線にこちらを睨みつけている。

「……先に行ってくれ」
「な、何言ってるんですか、ヒデアキさん!」
「ここまできた人形の速さを考えると、誰かが囮になるべきだ」
「でも……!」

 人形の数は、四体。体の材質がどのようなものかは不明だが、力任せに殴りかかられたりすれば、普通の人間の拳より危険なのは間違いない。
 おまけに、怪物の例もある。あれらがヒトガタを失い、バケモノとしてヒデアキさんに襲いかかったら……助かる目は限りなく少ない。

「老いぼれは残念ながら、足手まといにしかならない。だから君たちの手で、娘を止めてほしいんだ……頼む」

 ジリジリと人形どもが迫ってくる。猶予などありはせず、躊躇っている時間など勿論なかった。
 それでも。

「……それじゃ駄目だ。はやく追いついて……あなたの言葉で、あいつを説得してください」

 俺の言葉に、ヒデアキさんは僅かに笑った。
 そして、

「行け!」

 掛け声とともに、俺とシグレは走り出す。
 人形どもの間隙を縫い、舞台上の階段を目指して。
 背後で、ヒデアキさんの呟きがそっと聞こえて。
 それは闇の中に、すうっと溶けていくようであった。


 ――お前の求めたものは手に入ったのか? ……違うのだろう。お前も私も結局、求めたものは――掴めなかったんだ。
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