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【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】

13.戦いの始まり

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 ふ、と体が宙空に投げ出されたような感覚。
 一瞬の浮遊感の後、世界は突如として様相を変えた。
 訪れるは静寂。彼方からの光は消え去り、切り取られた空間の中に俺たちは閉じ込められる。
 霊空間の顕現だった。

「始まったか……!」
「……みたい、ですね」

 空気の変化を、シグレも察知している。
 ヒデアキも、古く痛ましい記憶が呼び起こされたようだ。

「これが、霊界とやらなのだな……。次元軸の移動? ううむ、不可思議な現象だ」
「流石に今は難しいこと考えてる場合じゃないと思いますよ。今からどうするべきか、それが問題です」
「……そうだな」

 日付と場所は推理の通りだった。まあ、アツカの方も俺たちと決着をつけたいだろうから、違っていれば何らかの誘導はあったのだろうが。
 とにかくここから、本当に戦いが始まるわけだ。

「でも、どうするべきかっていうのはさっぱり分かりませんね……」

 研究施設への入口が、バンと開いてくれれば一番ありがたいのだが、そこまで甘くはないらしい。
 これまでの経験からすれば、学園内を調べ回ってアツカの居る場所を探し出すしかないのだろう。

「……ん?」

 ふいに、小さな電子音が聞こえた。
 スマートフォンは圏外になっているので、通知が来るようなことはないはずだが。

「パソコンじゃないですか?」

 シグレがパソコンを指差しながら言う。確かに、さっきまでスクリーンセーバ画面だったものが、今は元の画面に戻っていた。
 しかし、パソコンだってネットは繋がっていないはずなのにどういうわけか。
 近づいて確認してみると、デスクトップ画面の右下にはメールが来たことを示すポップアップが表示されていた。
 通知をクリックし、メールの受信フォルダを開く。既読ばかりの受信メール、それも月刊ミムーなどオカルト雑誌を発行するメディアの宣伝メールなどが大半を占める中で、一番上に未読のメールが到着している。
 そして、送信者の名前が目に入ったとき、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

「ど、どうしたんですか?」
「……そんな馬鹿な」

 覗き込んできたシグレも、俺と同じように目を丸くして驚く。
 彼にとっても、それは耳馴染んだ名前だった。

「え……『Aya』……?」

『受信メール:non title Aya』

『鈴音学園七不思議

 手短にまとめる。健闘を祈る。

・屋上から墜落する悪魔の首
 屋上からでなくてもいい、美術室にある悪魔の首を落として割る。
・図書館で動き出す三冊の血染めの本
 表紙が真っ赤な三冊の本を、カウンターにある窪みに乗せる。
・生徒会室を回る少女の絵画
 美術室にある少女の絵画を持って、生徒会室を三周する。
・独りでに流れだす運動場の蛇口
 左から一、三、二、五、四の順番で蛇口を回す。
・一つ多い教室の机
 一年二組の教室、一つだけ脇に避けられた机の物入れに仕掛けがある。
・二階トイレに刻まれた怨念。
 二階の男子トイレに隠された文字がある。塗料を剥がせば現れるだろう。
・記念ホールで待つもの
 上記全てを終え、記念ホールに向かえばいい』

「これは……?」

 一番後ろからパソコンの画面を眺めていたヒデアキさんが訊ねてくる。
 当然俺たちにも経緯は分からなかったが、このメールの『Aya』というのが誰を差すのかは明白だった。

「アヤという名前で浮かんでくるのは、一人だけだよな。黒影館事件で殺された……」
「そうですよね。どうしてアヤちゃんの名前でメールが」

 アヤちゃんが、何処かで生きている? いや、彼女は改造実験の失敗で消滅したはずだ。
 だとすればこのメールは、彼女を騙る何者かからの招待状なのだろうか。ちょうど俺たちが鏡ヶ原へ誘われたときのような……。

「……送り主が誰かはさておき、この七不思議はどうやら、手順書のようだな」

 文面を見ながら、ヒデアキさんはううむと首を捻る。そう、これは七不思議というよりもこうしてくださいという指示のようだ。

「まさか、この学園の七不思議がこういう意味を持っていたなんて」
「ただ面白がって広まった噂じゃなかったのか……」
「このメールに従って、全部の七不思議を実行したらどうなると思いますか……?」
「多分、それが今回の謎解きなんだろう。だから……全てを実行し終わったら、ヴァルハラのパーツがある場所に行けるんじゃないかな」
「……その可能性が高そうですね」

 黒影館でも、鏡ヶ原でも。研究施設に辿り着くまでには面倒臭い手順を踏まなくてはいけなかった。まあ、黒影館の時点では何も知らず、アツカに誘導されるがままだったわけだが。
 今回の七不思議も、これまでの暗号文などと同じ性質のものということだ。

「しかし、アツカはそのパーツとやらを狙っているんだろう? だとすると、これはアツカによる誘導かもしれないが……」

 ヒデアキさんが尤もな意見を出してくれる。その可能性は当然考えたが、結局は同じことだ。

「それもあるかもしれませんけど、アヤなんて名前を使うのは変かなと。まあ、いずれにせよ俺たちにとれる手段は一つだけです」
「……ふむ。それもそうだな」

 学園が霊空間によって鎖された以上、ここは既に相手のテリトリーだ。他の方策など持ち得ていないし、対峙するには誘いに乗るしかない。

「……これが道を示すものだと信じて、やっていきましょうか」
「そうだな。どうせもう逃げられないなら、黒影館や鏡ヶ原と同じようにやるしかないさ。そのために来たんだ」

 全てに決着をつけるため。
 幾多の犠牲の上に、それでも可能な限りの解決を。

「……よし、行こうか」

 重い腰を上げて、おもむろに立ち上がる。

「もういつもの学園じゃねえが、とりあえず冷静に一つ一つ、やっていこう」

 探索開始だ。
 俺たちは覚悟を決めて、ミス研の扉をガラリと開いた。
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