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【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】
11.桜井家の一夜
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「……しかし、お前が友人を連れてくるとはな」
すっかり陽も沈んだ午後七時。
俺はシグレとともに自宅へと帰り、親父と一緒に三人で食卓を囲んでいた。
料理自体はシンプルな水炊きだったが、シグレがいるというだけで普段より箸が進む気がした。
「遅くなったからさ、帰れとも言いづらかったんだよ。こいつ、腕っぷしは強くなさそうだし、夜道で襲われたりしないか心配だろ」
「あはは、すいません……」
「いいんだよ、レイジが誰かを連れてくるなんて中々の珍事だ。アオキくんか……これからも、レイジと仲良くしてやってくれよ」
「……はい。勿論です。今までだって、ずっとよくしてもらってきましたから」
「はは、優しい子だな」
「いえ、優しいのはレイジくんですよ。僕は、ずっと助けられてきてるだけなので……」
こうもストレートに、しかも親父に向けて俺への賛辞ばかり言われると、どうにも背中がむず痒くなる。それは親父も同じなようで、
「はは、適当にけなしてくれよ、こいつのことなんか」
「おい」
突っ込みこそするが、内心はそれくらい言ってくれた方がバランスがとれて安心するのだった。
「……ふふ。いいですね、なんだか」
「そうか?」
「ええ、今が一番穏やかです」
「……そっか。そりゃあ、よかった」
家族を喪ったシグレには、こういう団らんが懐かしく感じられるのかもしれない。
なら、彼を家まで連れてきたのは間違いじゃなかったのだろう。
*
夜の冷気は身に染みる。
そう感じながらも一人、庭まで繰り出してきた俺は、ぼんやりとこれまでのことを振り返っていた。
とりわけシグレのことは、よくイメージに上ってきた気がする。内気な少年は、今や隣で良く笑ってくれる相棒になった。
「……いい友人を持ったな」
声がして振り向くと、そこには親父が立っていた。寒い寒いと腕を撫でながら、ゆっくりこちらへやってくる。
「最初のお前からは、想像もできん」
「……はは、そうかもしれないな。何せ、あの時の俺は生まれたてみたいなもんだったわけだし」
肉体が桜井令士でも、魂は生まれたての赤ん坊、いやそれ以下だったのだ。
よくもまあ、ここまで来たものだと思う。
「俺たちは……うまく、親子をやれてきたのかな」
「……どうした、急に」
「いや……ちょっとさ。違う家族の昔話を聞いて……ふと、思っただけだよ」
親父は小さく息を吐く。一筋の白い線が伸びていく。
「……親子をやれていたかというのなら、それは違う。お前と俺は、最初から親子なんだからな」
「でも、俺は桜井令士じゃない。たかだか二年前に魂をくっつけられた……それだけの存在なんだ」
「確かにお前は、それ以前の桜井令士じゃあない。だが、お前が生まれてから、今日まで俺はずっとお前を育てて来たんだ。それを親子といって不都合があるか?」
さも当然のように言われ、俺は胸が熱くなるのを感じた。
そうか。親父は、そう思ってくれていたのか。
「……ごめん。ありがとう」
「……ふ、今日はどうも素直だな。あの子のおかげか?」
「……かもねえ。どうしてか、あいつのそばにいると気が楽になる。タイプの違う子だと思うんだけどな、不思議なもんだ」
「だからこそ、上手く合うんだろう。きっと」
まあ、そういうものかもしれない。
「……あいつも、いい親がいればもっと、明るかったのかもしれないな……」
「お前がいてやればいいさ」
「保護者かよ、俺」
「……はは」
考えても意味のないことだけれど。
もっと笑顔の多いシグレがいたらと、少しだけ想像してしまったりした。
……どうだろう。それはそれでイメージと違うかな。
――と。
「……げほッ!」
突然、息苦しさを感じてむせこんでしまう。
「大丈夫か……?」
「ああ。全然、問題ない……」
「……だが、手が冷たいぞ」
親父が俺の手を押さえながら、呟く。
最近、体の不調を感じる場面が多くなっていた。
その原因に、実は心当たりがある。
考えたくはないけれど、それは俺という存在が抱える宿命に他ならなかった。
「……なんか、体が動かなく、なってきてるような。そんな気が、するんだ……少しだけ」
疲れているせいだと思い続け、もう数週間。
言い訳が通用しなくなってきているような気は、している。
「……お前は、人造魂魄とかいうやつらしい。だから、ひょっとしたら体に異常が出てくるのかもしれない」
冷たい手を強く握り締めながら、親父は目を細めて俺を見つめる。
「だけど……大丈夫。お前はちゃんと、生きていける……そうだろう?」
「……ああ、もちろん。ありがとな、父さん」
ここに、確かに在る家族のためにも。
俺という魂は生き続けていたいと、そう願う夜の一幕だった。
*
それから風呂に入り、自室で寝支度を済ませる。布団は使っていないものが一つだけあったのでそれは俺が使うことにし、シグレに俺のベッドで寝てもらうことにした。歯ブラシなどは親父が近くのコンビニで買ってきてくれた。
十一時半。もうすぐ日付が変わるというくらいに、俺たちは布団に入って電気を消した。ベッドは高さがあるので、俺もシグレも互いの顔は見えない位置だった。
「すいません、結局一日泊まることになっちゃって」
「仕方ないだろ。キョウゴクさんの話、夜まで続いたんだから」
「あはは……長い、お話でしたね」
「……そうだな」
悲しみに塗り潰された過去。
最後まで救いの訪れない昔語だった。
ラン……アツカの生い立ちを知れたことには意義があったが、胸にしこりのようなものは残ってしまう形になった。
「レイジさんは、ランさん……アツカさんのことをどう思いました?」
「まあ……可哀そうな奴だな、とは。母親のことさえなければあいつは、ひょっとしたらすげえ学者にでもなってたのかもしれないなって」
あの大きなトロフィーを、中学生の頃にもらっていたというエピソード。母親の病を治すため、医学の専門書を読み漁り、理解していたというエピソード。恐らくはもっと色々な実績があったのだろうが、ヒデアキさんから聞き取った話だけでも彼女が秀才かつ努力家だったことは窺い知れる。
「厳しいお父さんと、優しいお母さんがいたから、アツカさんは頑張れてたんでしょうね。それが壊れて……アツカさんは、目指す道が分からなくなった。何が答えなのか分からないまま、ただ今まで頑張ってきたように、闇雲に頑張るしかなかった……」
「そしてその道は、恐ろしい破局への道だった。あいつに対して同情的に言うとすれば……そうなるんだろうな」
「……ええ」
ヒデアキさんの場合は、研究という変わらない目的が一応は存在した。たとえ手遅れになっても、目を背けたまま同じ行為を繰り返すことは可能だったのだ。
しかし、ランにはそれが出来なかった。救命という目的は母親のためにあったもので、その母親が死してしまった瞬間、意味は喪失したのだ。そこから前向きに、同じ境遇の人たちを救おうなどと思うことができれば惨劇は回避されたかもしれないが、よほどの聖人君子でなければそんなことは無理だろう。
だが、彼女の壊れ方はあまりにも異様だった。知識を持ちすぎていたゆえ、そしてGHOSTという悪魔の手招きがあったゆえ、全ての歯車が悲劇へ向けて加速していったのだ。
「……僕たちに、止められるでしょうか? どこまでも進み続けるアツカさんを」
「止めるしかないさ。あいつのせいで、ヒカゲさんの思いが踏みにじられるわけにはいかないんだ。あいつの過去が、どれだけ辛いものなのかが分かったとしても……それであいつに同情することなんて、出来やしないんだから」
「……そうですね。決して許されるようなことじゃあないですから……」
「……ああ」
何でお前が辛そうにしてるんだよ、と茶化したくなったが、やめておく。
全くこいつは、感受性の豊かな奴だ。
「……とにかく。キョウゴクさんが話していたあの日が恐らく、アツカが行動を起こす日だ。その日のために、覚悟を決めておかなくちゃいけないな」
「アツカさんが、こだわっているであろう日、ですね」
「毎年、花だけは手向けにきていたらしいからな」
ヒデアキが参る頃、必ず手向けられている花。
それを彼は、アツカのものだと確信しているという。
多分、間違いではないだろう。
「まあ、そろそろ寝よう。今日は疲れた」
「僕もです。よく眠れそうですね」
おやすみなさいと声を掛け合い、静かに目を閉じる。
快い眠りが、程なくして訪れた。
*
京極家で、ヒデアキさんが話していた推測。
彼女が行動を起こす日がいつなのかという仮説。
それは、やはり母親に結びつくものだった。
「アツカは恐らく、最後に何か大きな実験を計画している。ゴーレム計画という名前だけは耳にしたことがあるが……名称からして、人形が関わっているのは間違いないだろう」
ゴーレム計画。鏡ヶ原の研究施設内で、俺たちはマキバさんからゴーレムという単語を耳にしたことがある。アツカが魂魄を封じる人形に対し付けていた呼称だ。
人形への魂魄の固着。それがゴーレム計画の根幹だろうが……向かう先については判然としない。
「アツカはやはり、チズのときに失敗した実験を、根底としているのだろう。だからこそ、その計画の実行日もチズに関連したものであるはずだ。行動を始めたのがこの時期だというのも、それを裏付けている」
「……その日というのはもしかして」
俺の問い掛けに、ヒデアキさんは神妙に頷いて、
「もう、あと九日ほどか。私が怪しいと睨んでいるのは……チズの命日である十二月三日。今年で言えばちょうど七回忌の日だ」
*
「……また、昔のことを思い出してしまったな」
転寝から目を覚まし、彼女は呟く。
そして、やや自嘲気味に笑った。
「ふふ、それも当然か。今私がここにいるのは、あの日の失敗があったゆえなのだから。それまでの……母を求め続けた日々があったゆえなのだから」
仄暗き地の底の研究施設。
干渉する者など誰もいない世界の中で、安藤蘭――京極敦花は独り、闊歩している。
「もう、忘れたつもりでいたけれど。やはり私も貴女の子だったのだしね。……母さん、私は世界の摂理すらも変えてみせるよ。それが、あの日の過ちを乗り越えるために、必要なことだから」
眼前には、巨大な装置が。
かつて日下敏郎が作り出した、禁忌の装置の器が佇んでいる。
その冷たい鉄肌に指を這わせると、アツカはもう一度、今度は少し寂しげに微笑んだ。
「……あなたを喪った日に、私は今度こそ創造主になってみせよう。魄法を沈ませ、新しい世界へと変える……それが、ゴーレム計画だ」
すっかり陽も沈んだ午後七時。
俺はシグレとともに自宅へと帰り、親父と一緒に三人で食卓を囲んでいた。
料理自体はシンプルな水炊きだったが、シグレがいるというだけで普段より箸が進む気がした。
「遅くなったからさ、帰れとも言いづらかったんだよ。こいつ、腕っぷしは強くなさそうだし、夜道で襲われたりしないか心配だろ」
「あはは、すいません……」
「いいんだよ、レイジが誰かを連れてくるなんて中々の珍事だ。アオキくんか……これからも、レイジと仲良くしてやってくれよ」
「……はい。勿論です。今までだって、ずっとよくしてもらってきましたから」
「はは、優しい子だな」
「いえ、優しいのはレイジくんですよ。僕は、ずっと助けられてきてるだけなので……」
こうもストレートに、しかも親父に向けて俺への賛辞ばかり言われると、どうにも背中がむず痒くなる。それは親父も同じなようで、
「はは、適当にけなしてくれよ、こいつのことなんか」
「おい」
突っ込みこそするが、内心はそれくらい言ってくれた方がバランスがとれて安心するのだった。
「……ふふ。いいですね、なんだか」
「そうか?」
「ええ、今が一番穏やかです」
「……そっか。そりゃあ、よかった」
家族を喪ったシグレには、こういう団らんが懐かしく感じられるのかもしれない。
なら、彼を家まで連れてきたのは間違いじゃなかったのだろう。
*
夜の冷気は身に染みる。
そう感じながらも一人、庭まで繰り出してきた俺は、ぼんやりとこれまでのことを振り返っていた。
とりわけシグレのことは、よくイメージに上ってきた気がする。内気な少年は、今や隣で良く笑ってくれる相棒になった。
「……いい友人を持ったな」
声がして振り向くと、そこには親父が立っていた。寒い寒いと腕を撫でながら、ゆっくりこちらへやってくる。
「最初のお前からは、想像もできん」
「……はは、そうかもしれないな。何せ、あの時の俺は生まれたてみたいなもんだったわけだし」
肉体が桜井令士でも、魂は生まれたての赤ん坊、いやそれ以下だったのだ。
よくもまあ、ここまで来たものだと思う。
「俺たちは……うまく、親子をやれてきたのかな」
「……どうした、急に」
「いや……ちょっとさ。違う家族の昔話を聞いて……ふと、思っただけだよ」
親父は小さく息を吐く。一筋の白い線が伸びていく。
「……親子をやれていたかというのなら、それは違う。お前と俺は、最初から親子なんだからな」
「でも、俺は桜井令士じゃない。たかだか二年前に魂をくっつけられた……それだけの存在なんだ」
「確かにお前は、それ以前の桜井令士じゃあない。だが、お前が生まれてから、今日まで俺はずっとお前を育てて来たんだ。それを親子といって不都合があるか?」
さも当然のように言われ、俺は胸が熱くなるのを感じた。
そうか。親父は、そう思ってくれていたのか。
「……ごめん。ありがとう」
「……ふ、今日はどうも素直だな。あの子のおかげか?」
「……かもねえ。どうしてか、あいつのそばにいると気が楽になる。タイプの違う子だと思うんだけどな、不思議なもんだ」
「だからこそ、上手く合うんだろう。きっと」
まあ、そういうものかもしれない。
「……あいつも、いい親がいればもっと、明るかったのかもしれないな……」
「お前がいてやればいいさ」
「保護者かよ、俺」
「……はは」
考えても意味のないことだけれど。
もっと笑顔の多いシグレがいたらと、少しだけ想像してしまったりした。
……どうだろう。それはそれでイメージと違うかな。
――と。
「……げほッ!」
突然、息苦しさを感じてむせこんでしまう。
「大丈夫か……?」
「ああ。全然、問題ない……」
「……だが、手が冷たいぞ」
親父が俺の手を押さえながら、呟く。
最近、体の不調を感じる場面が多くなっていた。
その原因に、実は心当たりがある。
考えたくはないけれど、それは俺という存在が抱える宿命に他ならなかった。
「……なんか、体が動かなく、なってきてるような。そんな気が、するんだ……少しだけ」
疲れているせいだと思い続け、もう数週間。
言い訳が通用しなくなってきているような気は、している。
「……お前は、人造魂魄とかいうやつらしい。だから、ひょっとしたら体に異常が出てくるのかもしれない」
冷たい手を強く握り締めながら、親父は目を細めて俺を見つめる。
「だけど……大丈夫。お前はちゃんと、生きていける……そうだろう?」
「……ああ、もちろん。ありがとな、父さん」
ここに、確かに在る家族のためにも。
俺という魂は生き続けていたいと、そう願う夜の一幕だった。
*
それから風呂に入り、自室で寝支度を済ませる。布団は使っていないものが一つだけあったのでそれは俺が使うことにし、シグレに俺のベッドで寝てもらうことにした。歯ブラシなどは親父が近くのコンビニで買ってきてくれた。
十一時半。もうすぐ日付が変わるというくらいに、俺たちは布団に入って電気を消した。ベッドは高さがあるので、俺もシグレも互いの顔は見えない位置だった。
「すいません、結局一日泊まることになっちゃって」
「仕方ないだろ。キョウゴクさんの話、夜まで続いたんだから」
「あはは……長い、お話でしたね」
「……そうだな」
悲しみに塗り潰された過去。
最後まで救いの訪れない昔語だった。
ラン……アツカの生い立ちを知れたことには意義があったが、胸にしこりのようなものは残ってしまう形になった。
「レイジさんは、ランさん……アツカさんのことをどう思いました?」
「まあ……可哀そうな奴だな、とは。母親のことさえなければあいつは、ひょっとしたらすげえ学者にでもなってたのかもしれないなって」
あの大きなトロフィーを、中学生の頃にもらっていたというエピソード。母親の病を治すため、医学の専門書を読み漁り、理解していたというエピソード。恐らくはもっと色々な実績があったのだろうが、ヒデアキさんから聞き取った話だけでも彼女が秀才かつ努力家だったことは窺い知れる。
「厳しいお父さんと、優しいお母さんがいたから、アツカさんは頑張れてたんでしょうね。それが壊れて……アツカさんは、目指す道が分からなくなった。何が答えなのか分からないまま、ただ今まで頑張ってきたように、闇雲に頑張るしかなかった……」
「そしてその道は、恐ろしい破局への道だった。あいつに対して同情的に言うとすれば……そうなるんだろうな」
「……ええ」
ヒデアキさんの場合は、研究という変わらない目的が一応は存在した。たとえ手遅れになっても、目を背けたまま同じ行為を繰り返すことは可能だったのだ。
しかし、ランにはそれが出来なかった。救命という目的は母親のためにあったもので、その母親が死してしまった瞬間、意味は喪失したのだ。そこから前向きに、同じ境遇の人たちを救おうなどと思うことができれば惨劇は回避されたかもしれないが、よほどの聖人君子でなければそんなことは無理だろう。
だが、彼女の壊れ方はあまりにも異様だった。知識を持ちすぎていたゆえ、そしてGHOSTという悪魔の手招きがあったゆえ、全ての歯車が悲劇へ向けて加速していったのだ。
「……僕たちに、止められるでしょうか? どこまでも進み続けるアツカさんを」
「止めるしかないさ。あいつのせいで、ヒカゲさんの思いが踏みにじられるわけにはいかないんだ。あいつの過去が、どれだけ辛いものなのかが分かったとしても……それであいつに同情することなんて、出来やしないんだから」
「……そうですね。決して許されるようなことじゃあないですから……」
「……ああ」
何でお前が辛そうにしてるんだよ、と茶化したくなったが、やめておく。
全くこいつは、感受性の豊かな奴だ。
「……とにかく。キョウゴクさんが話していたあの日が恐らく、アツカが行動を起こす日だ。その日のために、覚悟を決めておかなくちゃいけないな」
「アツカさんが、こだわっているであろう日、ですね」
「毎年、花だけは手向けにきていたらしいからな」
ヒデアキが参る頃、必ず手向けられている花。
それを彼は、アツカのものだと確信しているという。
多分、間違いではないだろう。
「まあ、そろそろ寝よう。今日は疲れた」
「僕もです。よく眠れそうですね」
おやすみなさいと声を掛け合い、静かに目を閉じる。
快い眠りが、程なくして訪れた。
*
京極家で、ヒデアキさんが話していた推測。
彼女が行動を起こす日がいつなのかという仮説。
それは、やはり母親に結びつくものだった。
「アツカは恐らく、最後に何か大きな実験を計画している。ゴーレム計画という名前だけは耳にしたことがあるが……名称からして、人形が関わっているのは間違いないだろう」
ゴーレム計画。鏡ヶ原の研究施設内で、俺たちはマキバさんからゴーレムという単語を耳にしたことがある。アツカが魂魄を封じる人形に対し付けていた呼称だ。
人形への魂魄の固着。それがゴーレム計画の根幹だろうが……向かう先については判然としない。
「アツカはやはり、チズのときに失敗した実験を、根底としているのだろう。だからこそ、その計画の実行日もチズに関連したものであるはずだ。行動を始めたのがこの時期だというのも、それを裏付けている」
「……その日というのはもしかして」
俺の問い掛けに、ヒデアキさんは神妙に頷いて、
「もう、あと九日ほどか。私が怪しいと睨んでいるのは……チズの命日である十二月三日。今年で言えばちょうど七回忌の日だ」
*
「……また、昔のことを思い出してしまったな」
転寝から目を覚まし、彼女は呟く。
そして、やや自嘲気味に笑った。
「ふふ、それも当然か。今私がここにいるのは、あの日の失敗があったゆえなのだから。それまでの……母を求め続けた日々があったゆえなのだから」
仄暗き地の底の研究施設。
干渉する者など誰もいない世界の中で、安藤蘭――京極敦花は独り、闊歩している。
「もう、忘れたつもりでいたけれど。やはり私も貴女の子だったのだしね。……母さん、私は世界の摂理すらも変えてみせるよ。それが、あの日の過ちを乗り越えるために、必要なことだから」
眼前には、巨大な装置が。
かつて日下敏郎が作り出した、禁忌の装置の器が佇んでいる。
その冷たい鉄肌に指を這わせると、アツカはもう一度、今度は少し寂しげに微笑んだ。
「……あなたを喪った日に、私は今度こそ創造主になってみせよう。魄法を沈ませ、新しい世界へと変える……それが、ゴーレム計画だ」
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