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【幻影回忌 ―Regression of GHOST―】
10.敦花の願い
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「……これが、京極家で起きた出来事の全てだ」
長い過去を語り終え、ヒデアキさんはすっかり温くなった茶を一口含んだ。集中していた俺たちも、知らず喉がカラカラになっていることに気付き、同じように喉を湿らせる。
「あのランさんに、そんな過去があったんですね……」
先に感想を口にしたのはシグレだった。
「ただ怖いだけ、でしたけど……彼女があんな風になったのにはやっぱり、そんな理由が」
「……救われねえ話だな。ある意味あいつも、そしてキョウゴクさんも、目を背けた。チズさんの死に対して、乗り越えるんじゃなくて……逃げようとしたと」
「レイジくん……」
率直な言葉だったので、シグレがやんわりと制止してくれたが、ヒデアキさんは緩々と首を振り、
「……いいや、構わない。その通りなのだからね。私たちは結局、チズの死を正面から受け入れることが出来なかったんだ」
「……ヒデアキさん」
「それよりも、話を戻そう」
感傷に浸っている時間は勿体ないと、彼は咳払いを一つして、再び話し出す。
「研究所での事件の後、私は娘のことを忘れようと努めていたのだが、鏡ヶ原での事故にGHOSTが絡んでいたという情報を掴み、目を背けてはいけないと現実を受け入れた。彼女を止めなくてはならないと……そう決意したのだ。
それからは、GHOSTの情報を出来るだけ集めてきた。伍横町の事件や鴇島の事件などもそうだな。私にとっては受け入れがたい非現実的な事件が多かったものの、それには目を瞑り、私はGHOSTと娘の足取りを追ってきたよ。
そして……後手後手にはなってきたが、ようやく君たちに出会えたというわけだ」
「……俺たちに」
俺が呟くのに、ヒデアキさんは頷く。
「……既に日下氏から、君のことは聞いていたのだがね。彼は自身の研究を何も話さなかったから、君がどういう存在なのかも、私は長らく知らないままだった」
「ヒカゲさんは、本当に何も?」
「一つだけ……過去に行った研究で、どうしてもやり直したいことがあると。そのために次元の理論検証を行っていると……話していたのはそれくらいだ」
「どうして、やり直したいという思いが次元の研究に繋がるんでしょう?」
「霊などを信じない私にとっては、どうしても首肯しがたい話なのだが、日下氏は霊体の、エネルギーとしての次元軸移動の可能性を探っていたのだ」
「……ええと?」
専門的な用語が出てきてしまうと途端に分かりにくくなる。幾らか知識は持ち合わせているつもりだったが、所詮は素人の浅知恵に過ぎないわけだ。
「簡単に言えば、霊ならば時間軸を移動できるかもしれない、ということだな」
「時間を?」
「ブレーンワールド理論では重力だけが伝播するわけだが、霊体もまた次元を伝播することができるのか、それを知りたかったようだ」
ブレーンワールド理論は、牧場智さんとの話でも出てきた用語だ。次元は膜のようなものであり、上位次元はその膜を内包するのだという。霊体が次元を伝播するというのはつまり、膜の外側へ移動できるということ。上位次元が『時間』を内包するなら、霊体が時間を遡ることもまた可能であるということだろう。
「流石オカルトな研究を繰り返していた人……って感じだな」
「まったく。霊体のことなど信じられない私は、彼の仮説を有り得ないとしか批評できなかったが、実際に霊体がそういう性質を持っていたら……可能性はあるのだろうな」
ただし、その後彼は行方不明になってしまったが、とヒデアキは付け加える。
それはレイジの記憶にも強く残っている出来事だった。
「あの研究が何らかの成果をもたらしたのか、彼から聞き出せていればよかったのだが、時既に遅しでね。……私は、いつも後悔してばかりいるよ」
「……仕方ないです。先に何が起こるかなんて、普通は分からないんですし。だからヒカゲさんも、後悔したんですから」
「……ありがとう、アオキくん」
シグレの言う通り、それこそ次元移動なんて方法が現実にできるわけでもなければ、未来を知るなんて不可能だ。後悔なんて、多かれ少なかれ誰もが抱えていることで、無かったことにできるものではない。
「……それにしても」
過去の話を整理し終えて、俺はシンプルな疑問を口にする。
「アツカは何をする気なんでしょう。正直言えば、チズさんを人形として呼び戻せなかった時点で全ては意味を失くしてる。あいつがその後、何を求めて実験を繰り返してきたのかが……分からない」
「……いいや、何となくだが私には分かるよ。アツカは……それでも、私の娘だからね」
アツカの目的。
ヒデアキが推測する彼女の真意とは、どのようなものなのか。
「あの子も逃げ続けてきたのだよ、今まで。ひたすらに魂魄の実験を行うことで、チズを消滅させたあの日を、否定しようとしている」
「……ええ」
「そして……その思いが向かう先は、恐らく」
口にするのも恐ろしい、というように顔をしかめながら、それでもヒデアキは打ち明けた。
我が子が、どのような禁忌に至ろうとしているのかを。
「完全な魂魄人形のメカニズムを創り上げること……なのだろう」
長い過去を語り終え、ヒデアキさんはすっかり温くなった茶を一口含んだ。集中していた俺たちも、知らず喉がカラカラになっていることに気付き、同じように喉を湿らせる。
「あのランさんに、そんな過去があったんですね……」
先に感想を口にしたのはシグレだった。
「ただ怖いだけ、でしたけど……彼女があんな風になったのにはやっぱり、そんな理由が」
「……救われねえ話だな。ある意味あいつも、そしてキョウゴクさんも、目を背けた。チズさんの死に対して、乗り越えるんじゃなくて……逃げようとしたと」
「レイジくん……」
率直な言葉だったので、シグレがやんわりと制止してくれたが、ヒデアキさんは緩々と首を振り、
「……いいや、構わない。その通りなのだからね。私たちは結局、チズの死を正面から受け入れることが出来なかったんだ」
「……ヒデアキさん」
「それよりも、話を戻そう」
感傷に浸っている時間は勿体ないと、彼は咳払いを一つして、再び話し出す。
「研究所での事件の後、私は娘のことを忘れようと努めていたのだが、鏡ヶ原での事故にGHOSTが絡んでいたという情報を掴み、目を背けてはいけないと現実を受け入れた。彼女を止めなくてはならないと……そう決意したのだ。
それからは、GHOSTの情報を出来るだけ集めてきた。伍横町の事件や鴇島の事件などもそうだな。私にとっては受け入れがたい非現実的な事件が多かったものの、それには目を瞑り、私はGHOSTと娘の足取りを追ってきたよ。
そして……後手後手にはなってきたが、ようやく君たちに出会えたというわけだ」
「……俺たちに」
俺が呟くのに、ヒデアキさんは頷く。
「……既に日下氏から、君のことは聞いていたのだがね。彼は自身の研究を何も話さなかったから、君がどういう存在なのかも、私は長らく知らないままだった」
「ヒカゲさんは、本当に何も?」
「一つだけ……過去に行った研究で、どうしてもやり直したいことがあると。そのために次元の理論検証を行っていると……話していたのはそれくらいだ」
「どうして、やり直したいという思いが次元の研究に繋がるんでしょう?」
「霊などを信じない私にとっては、どうしても首肯しがたい話なのだが、日下氏は霊体の、エネルギーとしての次元軸移動の可能性を探っていたのだ」
「……ええと?」
専門的な用語が出てきてしまうと途端に分かりにくくなる。幾らか知識は持ち合わせているつもりだったが、所詮は素人の浅知恵に過ぎないわけだ。
「簡単に言えば、霊ならば時間軸を移動できるかもしれない、ということだな」
「時間を?」
「ブレーンワールド理論では重力だけが伝播するわけだが、霊体もまた次元を伝播することができるのか、それを知りたかったようだ」
ブレーンワールド理論は、牧場智さんとの話でも出てきた用語だ。次元は膜のようなものであり、上位次元はその膜を内包するのだという。霊体が次元を伝播するというのはつまり、膜の外側へ移動できるということ。上位次元が『時間』を内包するなら、霊体が時間を遡ることもまた可能であるということだろう。
「流石オカルトな研究を繰り返していた人……って感じだな」
「まったく。霊体のことなど信じられない私は、彼の仮説を有り得ないとしか批評できなかったが、実際に霊体がそういう性質を持っていたら……可能性はあるのだろうな」
ただし、その後彼は行方不明になってしまったが、とヒデアキは付け加える。
それはレイジの記憶にも強く残っている出来事だった。
「あの研究が何らかの成果をもたらしたのか、彼から聞き出せていればよかったのだが、時既に遅しでね。……私は、いつも後悔してばかりいるよ」
「……仕方ないです。先に何が起こるかなんて、普通は分からないんですし。だからヒカゲさんも、後悔したんですから」
「……ありがとう、アオキくん」
シグレの言う通り、それこそ次元移動なんて方法が現実にできるわけでもなければ、未来を知るなんて不可能だ。後悔なんて、多かれ少なかれ誰もが抱えていることで、無かったことにできるものではない。
「……それにしても」
過去の話を整理し終えて、俺はシンプルな疑問を口にする。
「アツカは何をする気なんでしょう。正直言えば、チズさんを人形として呼び戻せなかった時点で全ては意味を失くしてる。あいつがその後、何を求めて実験を繰り返してきたのかが……分からない」
「……いいや、何となくだが私には分かるよ。アツカは……それでも、私の娘だからね」
アツカの目的。
ヒデアキが推測する彼女の真意とは、どのようなものなのか。
「あの子も逃げ続けてきたのだよ、今まで。ひたすらに魂魄の実験を行うことで、チズを消滅させたあの日を、否定しようとしている」
「……ええ」
「そして……その思いが向かう先は、恐らく」
口にするのも恐ろしい、というように顔をしかめながら、それでもヒデアキは打ち明けた。
我が子が、どのような禁忌に至ろうとしているのかを。
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