上 下
91 / 141
【幻影鏡界 ―Church of GHOST―】

29.目的

しおりを挟む
「あのモエカちゃんが人造魂魄だったなんて……本当のこと、なんでしょうか」
「……分からねえ……こんな次から次へと、理解できないことばっかり言われて……それを一体……どう受け止めればいいって言うんだ」
「……レイジくん……」

 無意識に、頭を抱えている自分がいた。
 黒影館のときのように、その策略の全てを見通すことができたなら。
 如何に真実が残酷だろうと、これ以上の悲劇は止められる、はずなのに。
 悔しさに歯を食い縛る。
 するとそのとき、ふいに俺の肩に手が置かれた。

「大丈夫です。僕は……レイジくんなら解けるって、知ってますから」
「……買いかぶりすぎだよ、シグレ」
「そんなことないですよ」

 自分だって怖いはずなのに、シグレは精一杯の笑みで俺を励ましてくれる。
 少しだけ引き攣った笑顔。でも、シグレのそんな健気さが胸に沁みた。

「黒影館のときだって、そうじゃないですか。レイジくんがおかしいと思うところ……それを繋げていけばきっと、何か分かるに違いないです」
「シグレ……」

 落ち着いて、と励ましの声。
 シグレが隣にいてくれることが支えになっていることを、俺は今更ながら感じた。
 そうだ。この状況に混乱していたとは言え、俺が一貫して疑問を抱いていた事柄はそう多くない。俺が招待客に対して抱いていた疑問は、たった二つだけなのだ。
 素性と、目的。端的に言えばこれだけが、求めていた手掛かりだった。
 素性については、全てがGHOSTに繋がっていたことがもう分かっている。橘姉妹は魂魄分割の被害者であり、マキバさんは日下班の元研究員。そしてモエカちゃんは……人造魂魄。
 では……そんな彼らがここに集まった目的は?
 それは実のところ、予想がついていることなんじゃないのか……?

 ――燃やされた紙。

「……招待状だ!」
「ひゃっ!」
「あ、ごめんシグレ」

 いきなり声を上げたので、隣で見守っていたシグレを驚かせてしまう。すぐに謝って、俺は今思いついたことを彼に話した。

「マキバさん、招待状をどこかに持ってたりしねえか?」
「え、えと……調べて、みますか?」
「ああ……悪い。俺が探すよ」

 死体の懐を調べてくれなんて、シグレに頼んじゃいけないな。
 俺はそっとマキバさんの体勢を整えると、服やズボンのポケットを慎重に調べていった。

「……あった!」

 一度は丸められたのか、皺くちゃになった一枚の便箋。
 その色味こそ淡く明るいものではあるが、内容はきっと程遠いものに違いない。

「……マコちゃんたちは招待状を焼いて処分しようとした。そこには知られてはいけない何かが書かれていたからだ。そして、この一角荘へやってきた……ミコちゃんの魂魄を取り戻すチャンスがあると考えてさ」
「ま、まさか……」

 なんて最悪な招待状だろう。
 それは最早、招待と呼べるものではない。

「あの……性悪女……!」

 腑が煮え繰り返るようだった。
 そこには、あまりにも非情な文章が書き連ねられていた。
 要約すると、内容はこうだ。

 鏡ヶ原に隠された宝と引き換えに、家族を解放する。但し、このことは誰にも告げてはならない。告げた時点でゲームオーバー、命はないと思え……。

「……分かったよ、シグレ。この閉ざされた鏡ヶ原の中では、大切な者の命を賭けたゲームが……最低なゲームが、行われてたんだ」
「……つまり」
「ここに来た四人……というか三人は、皆一つの目的のために動いていたんだな」
「ええ……他の誰にもバレないように。他の誰かも同じ状況だろうとは、推測しつつも」

 悲しい思い出しかないこの鏡ヶ原に、それでも集まる理由。
 そんなものはきっと、自分と同じでしかないと皆察していたはずだ。

「マコちゃんは妹であるミコちゃんの魂魄を取り戻せると信じ、マキバさんは大切な家族を取り戻せると信じ、そして恐らくモエカちゃんの中の人造魂魄は……本物のモエカちゃんを取り戻せると信じて」
「招待状では宝だとぼかされていますけど、全員が大切なもののために探していたのは恐らく、装置のパーツですよね」
「そうだろうな。マキバさんなんかはきっと途中で気付いたはずだ。それでも……家族を守りたかった」
「……酷い、話です。人質をとってパーツを見つけ出させる……そんな筋書きだったわけですね」

 あいつが描くシナリオは、毎度悪辣だ。
 何故、目的に絡めて人の命を、魂を弄ぶのだろうか。
 それがあの女の性分と言うのなら、もう返すべき言葉はないが。

「……だけど」

 黒影館の事件と今回とでは、明確に違う部分がある。
 あのとき俺たちは、ヴァルハラのパーツなど存在すら知らず、ただ生きて脱出するために館内を調べ回っていた。
 殺人劇が、その探索を促すためのものだったのは百歩譲ってまだ理解はできるのだが。
 今回集められた者たちはほぼ全員が、ヴァルハラのパーツを最初から探していたのだ。

「だとしたら犯人は一体誰なんだ? アイツとしては、そもそも血眼になってパーツを探していた人たちを殺しても得はしないんだから……一連の殺人は、何か別の動機によって起こされてきた感じがする」
「……これって言わばデスゲームですよね? パーツを見つけた人だけが、大切な人を取り戻せると……少なくともそう信じているゲーム。だとしたら、三つの殺人は互いに殺しあった結果、だったりはしませんかね……?」
「その可能性もある。あるにはあるんだが……どうもしっくり来ないんだよな」

 これまでに起きた三つの事件。
 それらは全て状況が近似している。つまり、犯人が別個とは考え難いのだ。
 また、感情的な話にはなってしまうのだが、どうしても。
 マキバさんたちが他者を殺めてまでパーツを手に入れようとするとは思えなかった。
 ……結果的に、誰かの勝利が誰かの死に繋がるのは分かっているけれど。

「――私たちじゃないよ、シグレくん」

 そこで突然、声が響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少しだけ怖い話

南悠
ホラー
「小さく不可思議な体験」をアレンジした作品です。 読んで、頂けると大変嬉しいです。 これで、完結となります。 ありがとうございます。 感想、評価を頂けると嬉しいです。

ホラー短編集

ショー・ケン
ホラー
ショートショート、掌編等はたくさん書いていますが短編集という形でまとめていなかったのでお試しにまとめてみようと思います。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治
ホラー
友人からの借金取り立てを苦にして、遍路を装い四国まで逃亡した沖野真一。竹林に囲まれた小鞠地区に迷い込んだ彼は、人食い虎の噂を聞き、怪物を退治する力を自分は持っていると嘘をつく。なぜか嘘を信用され、虎退治を任されることになり……。

処理中です...