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【幻影鏡界 ―Church of GHOST―】

22.裂かれた魂

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「マキバさん、何か知ってるんじゃないんですか」
「……僕はさっきも話した通り、機器製造を任されていた。それに、実験の裏事情が分かった後は恐ろしくなって、一角荘に留まっていた。だから、正確な被験者情報は知らない」

 けれど、とマキバさんは続ける。

「それでも一応、鏡ヶ原で行った実験のことは……知っている」
「……どんな実験だったんですか?」

 今初めてマキバさんの素性を知ったシグレも、俺の発言から大方の予想はしていたようで、特に抵抗なく研究員という事実を受け入れてマキバさんに質問を投げかける。

「ここでは、僕が製造していた人形に対する魂魄の固着実験と……それから、魂魄分割の実験が行われていた」
「魂魄分割……」
「そう。一つの魂を分割するという、とてもシンプルな実験。ある意味では、クローンを作るのに近いものだと言えるだろう」

 クローンという言葉にはあまりいいイメージがない。羊のドリーの話が有名だが、やはり非人道的、神をも恐れぬ行為のように思えてならなかった。
 魂魄分割。黒影館の記録に残されていたものが、ここで行われていたのか。

「分割された魂魄は、どちらも同じ性質、記憶を維持していて、肉体があればそれぞれが一人の人間として生きていくことができる。完成イメージはそんなものだった」
「……完成イメージは?」
「実験は成功まで漕ぎ着けていなかったんだ」

 マキバさんは緩々と首を振り、

「まず、分割に成功する確率が低すぎる。モルモットを使った実験でも、1%ほどしか成功しなかった。更に、仮に成功したとしても、やはり魂を半分にしているためか、生命エネルギーが十分に保たれなかったんだ」
「……すぐに死んでしまう、と」
「モルモットだと一ヶ月ほどだった。人間では、上手くいっても二年か三年……といったところじゃないかな。そもそも対比実験を目的として、魂魄分割は試みられていたからね。そこまですぐに成果を挙げようという感じではなかった。結局中途半端なまま、研究は終わってしまったんだけど」
「ここではその、魂魄分割の実験がメインで行われていた」
「……そういうことだね」

 鏡ヶ原。ここは、一つの魂を二つに裂く地だった。
 まるで鏡合わせのように、被験者たちは自らのもう一つの魂とまみえることになったのだろうか。

「じゃあ……マコちゃんたちは分割実験の犠牲になった可能性が……?」
「ほぼ間違いなく、そうだろう」
「報道された犠牲者以外にも、生き残った被験者がいたってわけだ。アヤちゃんが調べていたことは、正しかったんだな……」

 マコちゃんは、ボーイスカウトの参加者だった橘姉妹のブログを発見し、その記事中に魂魄改造実験に関する記述が仄めかされていたと遺していた。
 橘姉妹は、自らが体験した出来事を記録につけていたわけだ。

「……ミコちゃんも、同じように実験されたんだろうか。あのときは動転してたけど、見ていればよかったな」

 聖痕は他の痕跡……例えば痣や傷痕などとの判別はつくので、消えてさえいなければ今からでも確認はできそうだ。

「マキバさん、聖痕は死んでしまっても残るんですか?」
「……聖痕は皮膚を剥ぎ取れば強制的に無くせるけれど、魂が抜けた際には次第に消えていくという結果が出ている。まあ、とはいえ消滅するには一週間ほどかかるんだけどね。ミコちゃんも実験されていたのなら、まだ残っているんじゃないかと思う」
「……一度、確かめに行ってみましょう」

 俺の言葉に、二人も特に異論は無かった。
 少しだけ早歩きになりながら、俺たちは一角荘の前まで戻ってくる。短い間に、もう何度ここと別の場所を往復したことか。
 ミコちゃんの死体は変わらず野晒しにされている。コテージの中に移動させてあげたい気持ちもあるが、どれだけ骨が折れているか分からないし、下手に動かすのも怖かった。
 死体の前まで近付き、彼女の肌を検める。

「……ミコちゃんにも、聖痕がある」

 それは偶然か必然か、マコちゃんの聖痕と同じ位置に。
 双子の体には、寸分違わぬ聖痕が刻み込まれていた。

「となると……二人とも、実験を受けたわけだ」
「僕も、もしかしてとは思っていたけど……二人もそんなことをされていたなんて」
「……マコちゃんたちがされたのも、魂魄分割なんでしょうか」
「鏡ヶ原では分割実験と人形製作しかしてないはずだから……多分」

 マキバさんの口振りからすれば、恐らく研究施設は場所ごとに行う研究が決まっていたのだろう。
 特に鏡ヶ原は人里離れた場所なので、危険な実験に踏み込んでいたのかもしれない。

「マキバさんは、ここで行われた実験を詳細まで知っているんですよね。じゃあ、分割された魂魄がどうなったかも当然……知ってると」
「……一応、知っているよ」

 答えたくはなさそうだったが、遠慮している場合ではない。

「それについても教えてもらえませんか。知らなければいけない気がするんです。ここで起きていることを解明するためにも……関わった人たちのためにも」
「……そうすべきとは、思っていたよ」

 マキバさんは一つ、小さな嘆息を吐く。

「……うん。だから行こう。鏡ヶ原の研究施設へ」

 そう言って、ズボンのポケットから何かを取り出した。

「……それは?」

 指で摘まれているのは、ビー玉よりは少し大きめの青く丸い玉。
 ただの綺麗なガラス玉にしか見えないが、マキバさんが意味ありげに取りだしたのだから重要なものに違いない。

「物置小屋に隠されていたものだ。緊急時には使用することになっていた。これは鍵なんだ。いや、正確には鍵の一つか」
「鍵……ですか?」
「ああ。カードキーを用いずに研究施設に入るための、いわば非常手段でね。この青い玉ともう一つ、赤い玉が認証キーになっていて、二つをある場所にセットすれば入口が開くという仕組みになっている」

 なんとも遊び心を感じさせるギミックだが、確かに黒影館でも同様の仕掛けはあった。噴水のレンガの一部を押すと地下への階段が現れたり、暗証番号を入力するとエレベータールームに行けたり。それだけを抜き取れば、面白いと思えたりはするのだけど。
 その秘匿された施設内で行われていたものは、決して遊び心の一言で片付けられる所業ではない。

「施設に入れば、君たちの知りたいものが全部残っているだろう。調べるのに時間はかかるだろうけど、何か君たちの役に立つかもしれない」
「そう願います。とにかく、鍵が必要ならそれを探しに行きましょう。これ以上、犠牲者が増える前に」
「……ああ、そうだね」

 姉妹が亡くなり、マキバさんが俺たちと共に行動している以上、次に狙われる可能性が高いのはこちらよりソウヘイ達の方だ。
 この状況を長引かせるのは危険でしかない。

 ――それにしても。

「……分からないな」
「どうかしましたか?」
「ああ、いや何でも」

 ついつい漏れてしまう言葉を誤魔化しながらも、疑問は頭をもたげる。
 それは、一向に見えてこないこの事件の構造についてだった。
 これが黒影館のときと同じ、ランの仕掛けたゲームだというのなら。
 一人、また一人と死んでいくこのゲームの勝利条件は、一体何だというのだろうか。
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