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【幻影鏡界 ―Church of GHOST―】
14.予兆
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午後十一時四十分。
時計の針だけが、規則的にリズムを刻んでいた。
ただそれを聞いていると、まるで子守唄のようにも感じられてくる。
睡魔はゆっくりと侵食し始めていた。
「……すげえ眠くなってきたんだが」
「あはは……僕もです」
「日付変わって何も起きなきゃ、交代でも寝たほうがいいかもな」
確かに、眠気が強過ぎると集中できない。全員で寝るのはまずいので、交代で少しだけでも休むべきだろうか。
「……もうすぐ零時、か」
もう間もなく、日付が変わる。それで特に異常がない場合は、ソウヘイの案を検討してみることにしよう。
「しっかし、普段から寝るのは遅いんだけどな。珍しく疲れちまったか」
「俺も普段ならまだ起きてるけど。遠出の疲れは意外と大きいってことじゃないかな」
まあ、最初から気を張り過ぎたというのも原因としてはあるかもしれない。夕食をとって落ち着いたくらいから、欠伸が出るようになったのだし。
「じゃあ、ソウヘイさんから交代で、ということで」
「ああ、そうだな……」
言いながらまた一つ、欠伸をしたところで。
ガシャン、とガラスの割れる音が階下から聞こえてきた。
「今、音したよな……?」
「お、降りてみましょう!」
油断した瞬間にこれだ。幸いまだ反応は早かったが、さて寝ようかというところだったらもたついていたのは間違いない。
とにかく、俺たちは急いで部屋を出、ダイニングへと向かった。
降りた先には、姉妹の片割れが呆然と立ち尽くしていた。あちらはマコちゃんの方だったか。
「えーっと……マコちゃん!?」
「どうかしたのか!?」
俺とソウヘイが声を掛けると、彼女は困り顔で振り返り、
「ミコですよお。うー、グラス割っちゃいましたー……」
そう言ってガックリと肩を落とした。足元には確かに、グラスだったものらしきガラス片が散乱している。
「あら?」
「……なるほど、損した」
事件が始まったかも、と身構えたばかりだったので、それは些か拍子抜けな展開だった。まあ、しかし何事もない方がいいに決まっている。ミコちゃんが無事だったのに安堵すべきだろう。
……しかし、こちらがミコちゃんか。左のサイドテールに赤い服。忘れないようにしなければ。
「俺が片付けるよ、ミコちゃん」
処理に困って立ち往生していたようなので、とりあえず俺が代わることにする。彼女は目を潤ませ、
「ふえー……ありがとうございます」
と、礼を言って頭を下げた。まあ流石にこの状況で、じゃあ頑張ってと引き返すのはあり得ないし、当然の対応だが。
分かりにくいが、部屋の隅に用具入れがあったので、そこから小型のホウキとチリトリを出してガラス片を掃き集める。ゴミ箱は二つに分別されていたので、ビンなどを入れる方に突っ込むことにした。
「終わったよ。気を付けるんだぞ、ミコちゃん」
「ごめんなさいー。私、慌てっぽくって……もっと注意しますね。ありがとうございます」
もう一度ペコリとお辞儀をしてから、ミコちゃんは自室へと戻っていった。トタトタという足音からも、慌てっぽい性格なのは容易に分かるな。
「はー……そそっかしい子だ」
「ですねー……びっくりしちゃいました」
シグレが苦笑するのに、ソウヘイも全くだと頷く。
「しかし、双子だから当然なのかもしれないけど、似てるよなあ。二人一緒に会話し続けたら、すげえ疲れそうだ……」
「そう言えば、あの子たちってどっちが姉とかあるのか?」
面識のあるシグレに訊ねてみたが、
「うーん、どうでしょう。僕も昔からそこまで話す性格じゃなかったんで、あの二人とは。でも、マコちゃんの方が上の立場みたいな感じはありましたね」
「なるほど」
たとえ双子でも、産まれた順番などでとりあえず姉か妹かを決めていたのかもしれない。
「……おや」
廊下の方から、マキバさんの声がした。どうやらさっきの騒ぎを聞いて様子を見に来たらしい。
「何か音がしたみたいだったけど……」
「ああ、サトシさん。……俺たちも驚いて降りてきたんですけどね」
「拍子抜けというか、まあほっとしたというか」
ホウキとチリトリにちらと視線をやりつつ、俺はマキバさんに事情を説明しようとする。
と、そこで更に、
「ごめんなさい、ミコが驚かせちゃって……レイジさん、ありがとう。手とか切ってないかな?」
現れたのは、口振りからしてマコちゃんのようだ。妹の失態を聞いて駆けつけて来たのだろう。
「いや、全然問題ないよ。反省してるらしいな」
「もうちょっとした方がいいくらいですけどねー」
彼女はくすりと笑い、
「じゃあ、すいません。おやすみなさい」
「おやすみー」
そう言って、またさっさと戻っていってしまった。
「……というわけで、ミコちゃんがさっきグラスを割っちゃったんですよ。で、レイジくんが片付けました」
「なるほど。……いやあ、夜にあんな音がしたら心臓に悪いよね」
こんな怪しい集まりの中とあっては尚更だ。実際、ガラスの割れる音が聞こえた瞬間はドキリとした。
「ま、そういうことなら安心したよ。僕もそろそろ寝ようかな」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ。……良い夢を」
挨拶をして、マキバさんも自室へ戻っていく。
そして、俺たち三人が後に残った。
「……はあ、なんかさらに気が抜けちまったな」
ホウキとチリトリを片付けながら、俺は溜息を吐く。ソウヘイも続くように嘆息し、
「だなー……今襲われたらひとたまりもなさそうだぜ」
「え、縁起でもないことは言わないでくださいよ」
現状で一番しっかりしているのはシグレなのかもしれない。何となくだが、俺はそう思うのだった。
時計の針だけが、規則的にリズムを刻んでいた。
ただそれを聞いていると、まるで子守唄のようにも感じられてくる。
睡魔はゆっくりと侵食し始めていた。
「……すげえ眠くなってきたんだが」
「あはは……僕もです」
「日付変わって何も起きなきゃ、交代でも寝たほうがいいかもな」
確かに、眠気が強過ぎると集中できない。全員で寝るのはまずいので、交代で少しだけでも休むべきだろうか。
「……もうすぐ零時、か」
もう間もなく、日付が変わる。それで特に異常がない場合は、ソウヘイの案を検討してみることにしよう。
「しっかし、普段から寝るのは遅いんだけどな。珍しく疲れちまったか」
「俺も普段ならまだ起きてるけど。遠出の疲れは意外と大きいってことじゃないかな」
まあ、最初から気を張り過ぎたというのも原因としてはあるかもしれない。夕食をとって落ち着いたくらいから、欠伸が出るようになったのだし。
「じゃあ、ソウヘイさんから交代で、ということで」
「ああ、そうだな……」
言いながらまた一つ、欠伸をしたところで。
ガシャン、とガラスの割れる音が階下から聞こえてきた。
「今、音したよな……?」
「お、降りてみましょう!」
油断した瞬間にこれだ。幸いまだ反応は早かったが、さて寝ようかというところだったらもたついていたのは間違いない。
とにかく、俺たちは急いで部屋を出、ダイニングへと向かった。
降りた先には、姉妹の片割れが呆然と立ち尽くしていた。あちらはマコちゃんの方だったか。
「えーっと……マコちゃん!?」
「どうかしたのか!?」
俺とソウヘイが声を掛けると、彼女は困り顔で振り返り、
「ミコですよお。うー、グラス割っちゃいましたー……」
そう言ってガックリと肩を落とした。足元には確かに、グラスだったものらしきガラス片が散乱している。
「あら?」
「……なるほど、損した」
事件が始まったかも、と身構えたばかりだったので、それは些か拍子抜けな展開だった。まあ、しかし何事もない方がいいに決まっている。ミコちゃんが無事だったのに安堵すべきだろう。
……しかし、こちらがミコちゃんか。左のサイドテールに赤い服。忘れないようにしなければ。
「俺が片付けるよ、ミコちゃん」
処理に困って立ち往生していたようなので、とりあえず俺が代わることにする。彼女は目を潤ませ、
「ふえー……ありがとうございます」
と、礼を言って頭を下げた。まあ流石にこの状況で、じゃあ頑張ってと引き返すのはあり得ないし、当然の対応だが。
分かりにくいが、部屋の隅に用具入れがあったので、そこから小型のホウキとチリトリを出してガラス片を掃き集める。ゴミ箱は二つに分別されていたので、ビンなどを入れる方に突っ込むことにした。
「終わったよ。気を付けるんだぞ、ミコちゃん」
「ごめんなさいー。私、慌てっぽくって……もっと注意しますね。ありがとうございます」
もう一度ペコリとお辞儀をしてから、ミコちゃんは自室へと戻っていった。トタトタという足音からも、慌てっぽい性格なのは容易に分かるな。
「はー……そそっかしい子だ」
「ですねー……びっくりしちゃいました」
シグレが苦笑するのに、ソウヘイも全くだと頷く。
「しかし、双子だから当然なのかもしれないけど、似てるよなあ。二人一緒に会話し続けたら、すげえ疲れそうだ……」
「そう言えば、あの子たちってどっちが姉とかあるのか?」
面識のあるシグレに訊ねてみたが、
「うーん、どうでしょう。僕も昔からそこまで話す性格じゃなかったんで、あの二人とは。でも、マコちゃんの方が上の立場みたいな感じはありましたね」
「なるほど」
たとえ双子でも、産まれた順番などでとりあえず姉か妹かを決めていたのかもしれない。
「……おや」
廊下の方から、マキバさんの声がした。どうやらさっきの騒ぎを聞いて様子を見に来たらしい。
「何か音がしたみたいだったけど……」
「ああ、サトシさん。……俺たちも驚いて降りてきたんですけどね」
「拍子抜けというか、まあほっとしたというか」
ホウキとチリトリにちらと視線をやりつつ、俺はマキバさんに事情を説明しようとする。
と、そこで更に、
「ごめんなさい、ミコが驚かせちゃって……レイジさん、ありがとう。手とか切ってないかな?」
現れたのは、口振りからしてマコちゃんのようだ。妹の失態を聞いて駆けつけて来たのだろう。
「いや、全然問題ないよ。反省してるらしいな」
「もうちょっとした方がいいくらいですけどねー」
彼女はくすりと笑い、
「じゃあ、すいません。おやすみなさい」
「おやすみー」
そう言って、またさっさと戻っていってしまった。
「……というわけで、ミコちゃんがさっきグラスを割っちゃったんですよ。で、レイジくんが片付けました」
「なるほど。……いやあ、夜にあんな音がしたら心臓に悪いよね」
こんな怪しい集まりの中とあっては尚更だ。実際、ガラスの割れる音が聞こえた瞬間はドキリとした。
「ま、そういうことなら安心したよ。僕もそろそろ寝ようかな」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ。……良い夢を」
挨拶をして、マキバさんも自室へ戻っていく。
そして、俺たち三人が後に残った。
「……はあ、なんかさらに気が抜けちまったな」
ホウキとチリトリを片付けながら、俺は溜息を吐く。ソウヘイも続くように嘆息し、
「だなー……今襲われたらひとたまりもなさそうだぜ」
「え、縁起でもないことは言わないでくださいよ」
現状で一番しっかりしているのはシグレなのかもしれない。何となくだが、俺はそう思うのだった。
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