74 / 141
【幻影鏡界 ―Church of GHOST―】
13.きっと、似ている
しおりを挟む
「もう九時を過ぎましたね……」
スマートフォンを見ながら、シグレがポツリと呟く。少し肌寒くなってきた客室内で、俺たち三人は何をするでもなく、時間を消費していた。
一角荘内には小さな浴室が一つあったので、全員軽くシャワーを浴びて温まったが、それでもすぐに寒さを感じるくらいには、高原の夜は冷え込んでいた。
「未だに何も起きませんし……このまま夜が明けるなら、僕らはどうしてここへ招かれたんでしょうね?」
「その、夜になってからが怖えわけだけどな」
「……だな。怪しい奴に襲撃とかされなきゃいいんだが」
「それが怖いですよね。関係者を集めて……どうにかするつもりなら」
「そりゃあ、するつもりなんだろうよ。きっと」
「ええ……」
黒影館の事件は【まぼろしさん】というでっち上げの噂を引き金として幕を開けた。深夜零時。まぼろしさんを呼び出す儀式の途中に館内は停電、封鎖され、そこから参加者は一人一人、非道な実験の犠牲となっていったのだ。
今回とて、現状で動きがないから安心できるわけでは勿論ない。やはり、事件が起きるとすればそれは深夜になるだろうと睨んでいた。
「……それにしても、マキバさんが学者さんだったなんて知りませんでした。二年前に見たときは、そういう活動を仕事にしてる人かと思ったくらいですから」
「眼鏡外してれば確かに、そう見えないこともなさそうだな」
料理の手際は良かったし、きっとアウトドアの技術も高いのだろう。こう言う場に参加していれば、シグレがそう思うのも無理はない。
学者のイメージとは少しばかり遠い活動だ。
「……しかし、暇だわ。緊張感も緩んできそうだぜ」
ソウヘイが欠伸を噛み殺しながら言う。確かに、緊張感は抜けていそうだ。他ならぬ俺だって、変化の無さと遠出の疲れで眠気が増してきている。
「ちょっと、下覗いてくるよ。片付け全部、マキバさんに任せちまったし」
体を動かさないと、俺までソウヘイのように油断してしまいそうだ。
「お、優しいねえ」
「レイジくんは優しい人ですもん」
「変なこと言うな。……ま、行ってくる」
二人にそう断って、俺は客室を出て一階に降りた。
「はあ……なんか、眠いな」
コテージ内は静かだ。ダイニングへ向かったが、もうマキバさんの姿はない。
どうやら、テキパキと片付けを済ませてくれたようだ。後で会ったらお礼を言っておくとしよう。
……それにしても、居心地が悪い。
何かが始まりそうなのに、いつまでも焦らされている感じだ。
気を緩めてしまいそうな自分に苛ついてしまう。
ともすれば、それすらもあいつの作戦だったりするのだろうか。
どうだろう。
「あら……サクライくん」
ふいに、呼びかける声があった。
顔を上げると、目の前にはモエカちゃんが立っていた。
どうもさっきから隅の方にいたらしいが、気配がないので全く気付かなかったようだ。沈んだ表情を見られただろうし、少し恥ずかしくなる。
「モエカちゃん。夕食はもう?」
「ええ、勝手にいただいたわ。マキバさんが作ってくれたの?」
「ほとんどな。片付けもあの人が」
「……そっか。面倒見のいい人ね」
だからこそ、ボーイスカウトのリーダーが務まっていたんだろう。
子どもが好き、と語る彼の目は確実に本物だった。
「ねえ、サクライくん」
「うん……?」
どうしたのか、と聞き返そうとしたとき、予想外のことが起きる。
何を思ったか、突然モエカちゃんは俺のそばまでぐいと近づいてきて、上目遣いに覗き込んできたのだ。
意図が分からず混乱する俺に、モエカちゃんは小さく告げる。
「私たちは……きっと、似てる」
「な……何……?」
「……ううん、何でもないわ」
何でもない?
それは明らかな嘘だった。
でも、仄めかすだけを仄めかして、モエカちゃんはすぐに俺から離れていく。
その動作には、隙が無かった。
「サクライくん、気を付けてね。二年前の事故以来、この鏡ヶ原には怪しげな噂が広まっているから」
「……噂?」
「そう」
窓から夜闇を見やった彼女は、言葉を続ける。
「崩れた教会の、犠牲者たちの祟り。近寄る者たちに警告するような、恐ろしい呻き声が聞こえるという噂よ」
「犠牲者たちの呻き声……」
「……馬鹿馬鹿しい噂だけど、心には留めておいて。そして何かあったら、お兄ちゃんを守ってあげて」
事故の犠牲者たちの呻き声。その噂は、まぼろしさんの噂と同じようにも感じられた。オカルトという蓋で真実を封じるような、或いはそれで以って関係者たちを誘い込むような。
あいつはまぼろしさんの噂を使って俺たちを黒影館へ誘った。なら、同様の噂を話すモエカちゃんは? ……気にはなるが、彼女はその上で俺たちを心配してくれている。とてもゲームのホストには思えなかった。
モエカちゃんはそのままくるりと身を翻らせ、入口扉を開く。
夜風がひゅう、と鳴った。
「どこ行くんだ? モエカちゃん」
「ちょっと外の風にあたりにいくだけ。……じゃあ、ね」
バタンと音を立て、扉は閉ざされる。
状況を整理できないまま、彼女は言うだけを言って去ってしまった。
――あの子は、本当にソウヘイの妹なんだよな?
ソウヘイ自身も、一年で様変わりしたと話していたが、経験云々ではない何かがあるような気もする。
それが何かは判然としないが……とにかく彼女は異質だった。
「……戻るか」
呆然としたままでいるわけにもいかない。彼女や彼女の話した噂については警戒するようにして、今はシグレたちと固まっておかなければ。
こういうとき、孤立した者が消えていくのは事件の鉄則なのだから。
スマートフォンを見ながら、シグレがポツリと呟く。少し肌寒くなってきた客室内で、俺たち三人は何をするでもなく、時間を消費していた。
一角荘内には小さな浴室が一つあったので、全員軽くシャワーを浴びて温まったが、それでもすぐに寒さを感じるくらいには、高原の夜は冷え込んでいた。
「未だに何も起きませんし……このまま夜が明けるなら、僕らはどうしてここへ招かれたんでしょうね?」
「その、夜になってからが怖えわけだけどな」
「……だな。怪しい奴に襲撃とかされなきゃいいんだが」
「それが怖いですよね。関係者を集めて……どうにかするつもりなら」
「そりゃあ、するつもりなんだろうよ。きっと」
「ええ……」
黒影館の事件は【まぼろしさん】というでっち上げの噂を引き金として幕を開けた。深夜零時。まぼろしさんを呼び出す儀式の途中に館内は停電、封鎖され、そこから参加者は一人一人、非道な実験の犠牲となっていったのだ。
今回とて、現状で動きがないから安心できるわけでは勿論ない。やはり、事件が起きるとすればそれは深夜になるだろうと睨んでいた。
「……それにしても、マキバさんが学者さんだったなんて知りませんでした。二年前に見たときは、そういう活動を仕事にしてる人かと思ったくらいですから」
「眼鏡外してれば確かに、そう見えないこともなさそうだな」
料理の手際は良かったし、きっとアウトドアの技術も高いのだろう。こう言う場に参加していれば、シグレがそう思うのも無理はない。
学者のイメージとは少しばかり遠い活動だ。
「……しかし、暇だわ。緊張感も緩んできそうだぜ」
ソウヘイが欠伸を噛み殺しながら言う。確かに、緊張感は抜けていそうだ。他ならぬ俺だって、変化の無さと遠出の疲れで眠気が増してきている。
「ちょっと、下覗いてくるよ。片付け全部、マキバさんに任せちまったし」
体を動かさないと、俺までソウヘイのように油断してしまいそうだ。
「お、優しいねえ」
「レイジくんは優しい人ですもん」
「変なこと言うな。……ま、行ってくる」
二人にそう断って、俺は客室を出て一階に降りた。
「はあ……なんか、眠いな」
コテージ内は静かだ。ダイニングへ向かったが、もうマキバさんの姿はない。
どうやら、テキパキと片付けを済ませてくれたようだ。後で会ったらお礼を言っておくとしよう。
……それにしても、居心地が悪い。
何かが始まりそうなのに、いつまでも焦らされている感じだ。
気を緩めてしまいそうな自分に苛ついてしまう。
ともすれば、それすらもあいつの作戦だったりするのだろうか。
どうだろう。
「あら……サクライくん」
ふいに、呼びかける声があった。
顔を上げると、目の前にはモエカちゃんが立っていた。
どうもさっきから隅の方にいたらしいが、気配がないので全く気付かなかったようだ。沈んだ表情を見られただろうし、少し恥ずかしくなる。
「モエカちゃん。夕食はもう?」
「ええ、勝手にいただいたわ。マキバさんが作ってくれたの?」
「ほとんどな。片付けもあの人が」
「……そっか。面倒見のいい人ね」
だからこそ、ボーイスカウトのリーダーが務まっていたんだろう。
子どもが好き、と語る彼の目は確実に本物だった。
「ねえ、サクライくん」
「うん……?」
どうしたのか、と聞き返そうとしたとき、予想外のことが起きる。
何を思ったか、突然モエカちゃんは俺のそばまでぐいと近づいてきて、上目遣いに覗き込んできたのだ。
意図が分からず混乱する俺に、モエカちゃんは小さく告げる。
「私たちは……きっと、似てる」
「な……何……?」
「……ううん、何でもないわ」
何でもない?
それは明らかな嘘だった。
でも、仄めかすだけを仄めかして、モエカちゃんはすぐに俺から離れていく。
その動作には、隙が無かった。
「サクライくん、気を付けてね。二年前の事故以来、この鏡ヶ原には怪しげな噂が広まっているから」
「……噂?」
「そう」
窓から夜闇を見やった彼女は、言葉を続ける。
「崩れた教会の、犠牲者たちの祟り。近寄る者たちに警告するような、恐ろしい呻き声が聞こえるという噂よ」
「犠牲者たちの呻き声……」
「……馬鹿馬鹿しい噂だけど、心には留めておいて。そして何かあったら、お兄ちゃんを守ってあげて」
事故の犠牲者たちの呻き声。その噂は、まぼろしさんの噂と同じようにも感じられた。オカルトという蓋で真実を封じるような、或いはそれで以って関係者たちを誘い込むような。
あいつはまぼろしさんの噂を使って俺たちを黒影館へ誘った。なら、同様の噂を話すモエカちゃんは? ……気にはなるが、彼女はその上で俺たちを心配してくれている。とてもゲームのホストには思えなかった。
モエカちゃんはそのままくるりと身を翻らせ、入口扉を開く。
夜風がひゅう、と鳴った。
「どこ行くんだ? モエカちゃん」
「ちょっと外の風にあたりにいくだけ。……じゃあ、ね」
バタンと音を立て、扉は閉ざされる。
状況を整理できないまま、彼女は言うだけを言って去ってしまった。
――あの子は、本当にソウヘイの妹なんだよな?
ソウヘイ自身も、一年で様変わりしたと話していたが、経験云々ではない何かがあるような気もする。
それが何かは判然としないが……とにかく彼女は異質だった。
「……戻るか」
呆然としたままでいるわけにもいかない。彼女や彼女の話した噂については警戒するようにして、今はシグレたちと固まっておかなければ。
こういうとき、孤立した者が消えていくのは事件の鉄則なのだから。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる