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【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】
51.託されたもの
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「……それでレイジくん。もう一つ、聞きたいことがあったんですけど」
「何だ?」
「ランさんから渡されたっていう、ヒカゲさんの手紙……あれには一体、何が書かれていたんですか?」
「……あれか」
そう言えば、手紙は他の誰にも見せてはいなかった。
ソウヘイも気になったのでシグレくんに伝えたのだろう。
俺は懐から手紙を取り出す。
ランに渡されてからずっと、肌身離さず持ち歩いているのだ。
「これはヒカゲさんの、悔恨と懇願の手紙だったよ」
『――レイジに宛てて、この手紙を残す。
君がこの手紙を読んでいるなら、私の残した悪魔の機構をきっと目にしているのだろう。そして、君自身の真実についても、もう気付いているだろう。……レイジ。君は私が作り出した人造魂魄だ。
あの頃の私は、魂の神秘を解き明かそうと懸命になっていた。それ以外は何も見えていなかった。そのために鏡ヶ原の悲劇を防げなかったし、それ以外にも多くの犠牲者を生むことになった。
私は自分の研究が悪しき目的に利用されていたことを知ったとき、施設を閉鎖することに決めた。上層部からの圧力もあったが、強引に施設の機能を停止させ、逃げ出したのだ。そのときに、私は君を――君という魂を持ち出した。研究に利用されないためというのもあったが、何より自分の作り出したものだったから。
だが、持ち出したときの君は、既に何らかの実験を受けていた。ゆえに、魂は非常に不安定で、いつ消滅してもおかしくない状況だった。私は、魂を繋ぎ止める器を探した。肉体があれば魂は安定するからだ。そして見つけたのが、旧友である桜井氏の子どもだったのだ……。
彼の子もまた、実験の被害者となっていた。その子は魂だけが機能を停止し、肉体には何の問題もないために植物人間となっていた。彼は悲しみの中、不思議なくらいあっさりと、私の願いを受け入れてくれた。諦めと寂しさの中、彼はどんな形でも光ある道を選びたかった、ということだろうと私は思っている。
そして、君は桜井令士としてこの世にもう一度生を受けた。それからは、君も知っている通りだ……。
私は、弱い人間だ。そのせいで沢山の悲しみを生んできたし、きっとこれからも生み続けるだろう。あのとき、全てを壊していればと今でも思う。けれど……君を持ち出したのと同様、私は自分の研究を壊すことまでは出来なかったのだ。
だから、レイジ。私のことを、全部君に押し付けてしまってすまないけれど……私の残したものをどうか、君の思うままに処理してほしい。必要であれば求め、不要であれば破壊してくれ。
君にとって私は出来の悪い、親ですらない存在だろう。だが、これだけは記させておいてほしい。私にとって君は……最高に輝く、息子のような存在だったのだと。
どうか君の選ぶ選択が、君にとって一番の道になることを心より願っている。
強く生きていってくれ。私の大切な子よ。
――日下敏郎』
最後まで読み終えたであろうタイミングで、俺はシグレくんに語り掛ける。
「……面倒なことを、祈られたもんだよ。一緒にいるうちは、何にも教えてくれなかったのに。
「……この手紙のことで、レイジさんはずっと、考えてたんですね」
「ずっとってほどでもないけどな」
否定して苦笑したものの、シグレくんの言う通り考えていた時間はとても長かった気がする。
いつも寝る前には、この手紙のことが頭に浮かんでいた。
「どうする、つもりですか?」
「……そんなの、答えは決まってるさ」
手紙をしまいながら、俺は答える。
「全部ぶっ壊す。それが、鏡ヶ原や黒影館のような事件を生み続けるんなら……息子である俺が、終わらせてやるしかねえじゃねえか」
「レイジさん……」
「あんな奴に、ヒカゲさんの思いを踏みにじられるわけにはいかない。好き勝手に命を弄ばせたりはさせない。……だから俺は探すよ。ヒカゲさんの残したものを壊すために」
そうすることで、未来の悲劇を防げれば。
俺やほかの犠牲者たちのように傷つく者も、いなくなるのだから。
ぐっと握り込んだ拳に、シグレくんが優しく手を重ねてくる。
「……レイジくん。そのときにも、そばにいていいですか。僕もレイジくんと同じ気持ちだから」
「……そうだな。危ない目にはあわせたくないけど、ひょっこり付いてきそうだし。それなら……目の届くところにはいてほしいかな」
「えへへ」
照れ臭そうに笑うシグレくんは、男として良い表現かは分からないが、とても可愛らしくて。
頭を撫でてやりたいような、そんな気分にすらなってしまう。
「頑張りましょう、レイジくん。一緒に……戦っていきましょう」
「……ああ」
ヒカゲさんが残したもの。
託された思いと、試練。
これからの道のりは、険しいに違いないけれど。
やれるところまでやってやろうと、俺はこの胸に誓うのだった――。
「何だ?」
「ランさんから渡されたっていう、ヒカゲさんの手紙……あれには一体、何が書かれていたんですか?」
「……あれか」
そう言えば、手紙は他の誰にも見せてはいなかった。
ソウヘイも気になったのでシグレくんに伝えたのだろう。
俺は懐から手紙を取り出す。
ランに渡されてからずっと、肌身離さず持ち歩いているのだ。
「これはヒカゲさんの、悔恨と懇願の手紙だったよ」
『――レイジに宛てて、この手紙を残す。
君がこの手紙を読んでいるなら、私の残した悪魔の機構をきっと目にしているのだろう。そして、君自身の真実についても、もう気付いているだろう。……レイジ。君は私が作り出した人造魂魄だ。
あの頃の私は、魂の神秘を解き明かそうと懸命になっていた。それ以外は何も見えていなかった。そのために鏡ヶ原の悲劇を防げなかったし、それ以外にも多くの犠牲者を生むことになった。
私は自分の研究が悪しき目的に利用されていたことを知ったとき、施設を閉鎖することに決めた。上層部からの圧力もあったが、強引に施設の機能を停止させ、逃げ出したのだ。そのときに、私は君を――君という魂を持ち出した。研究に利用されないためというのもあったが、何より自分の作り出したものだったから。
だが、持ち出したときの君は、既に何らかの実験を受けていた。ゆえに、魂は非常に不安定で、いつ消滅してもおかしくない状況だった。私は、魂を繋ぎ止める器を探した。肉体があれば魂は安定するからだ。そして見つけたのが、旧友である桜井氏の子どもだったのだ……。
彼の子もまた、実験の被害者となっていた。その子は魂だけが機能を停止し、肉体には何の問題もないために植物人間となっていた。彼は悲しみの中、不思議なくらいあっさりと、私の願いを受け入れてくれた。諦めと寂しさの中、彼はどんな形でも光ある道を選びたかった、ということだろうと私は思っている。
そして、君は桜井令士としてこの世にもう一度生を受けた。それからは、君も知っている通りだ……。
私は、弱い人間だ。そのせいで沢山の悲しみを生んできたし、きっとこれからも生み続けるだろう。あのとき、全てを壊していればと今でも思う。けれど……君を持ち出したのと同様、私は自分の研究を壊すことまでは出来なかったのだ。
だから、レイジ。私のことを、全部君に押し付けてしまってすまないけれど……私の残したものをどうか、君の思うままに処理してほしい。必要であれば求め、不要であれば破壊してくれ。
君にとって私は出来の悪い、親ですらない存在だろう。だが、これだけは記させておいてほしい。私にとって君は……最高に輝く、息子のような存在だったのだと。
どうか君の選ぶ選択が、君にとって一番の道になることを心より願っている。
強く生きていってくれ。私の大切な子よ。
――日下敏郎』
最後まで読み終えたであろうタイミングで、俺はシグレくんに語り掛ける。
「……面倒なことを、祈られたもんだよ。一緒にいるうちは、何にも教えてくれなかったのに。
「……この手紙のことで、レイジさんはずっと、考えてたんですね」
「ずっとってほどでもないけどな」
否定して苦笑したものの、シグレくんの言う通り考えていた時間はとても長かった気がする。
いつも寝る前には、この手紙のことが頭に浮かんでいた。
「どうする、つもりですか?」
「……そんなの、答えは決まってるさ」
手紙をしまいながら、俺は答える。
「全部ぶっ壊す。それが、鏡ヶ原や黒影館のような事件を生み続けるんなら……息子である俺が、終わらせてやるしかねえじゃねえか」
「レイジさん……」
「あんな奴に、ヒカゲさんの思いを踏みにじられるわけにはいかない。好き勝手に命を弄ばせたりはさせない。……だから俺は探すよ。ヒカゲさんの残したものを壊すために」
そうすることで、未来の悲劇を防げれば。
俺やほかの犠牲者たちのように傷つく者も、いなくなるのだから。
ぐっと握り込んだ拳に、シグレくんが優しく手を重ねてくる。
「……レイジくん。そのときにも、そばにいていいですか。僕もレイジくんと同じ気持ちだから」
「……そうだな。危ない目にはあわせたくないけど、ひょっこり付いてきそうだし。それなら……目の届くところにはいてほしいかな」
「えへへ」
照れ臭そうに笑うシグレくんは、男として良い表現かは分からないが、とても可愛らしくて。
頭を撫でてやりたいような、そんな気分にすらなってしまう。
「頑張りましょう、レイジくん。一緒に……戦っていきましょう」
「……ああ」
ヒカゲさんが残したもの。
託された思いと、試練。
これからの道のりは、険しいに違いないけれど。
やれるところまでやってやろうと、俺はこの胸に誓うのだった――。
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