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【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】

47.桜井令士の推理②

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「……続いて、アヤちゃんが殺された第二の事件。彼女に関しては、決して死ぬつもりはなかったわけだが、自分から『実験』を受けようとしていたことは明白だ。そして、その願いは達成されて……けれど、体が適合することはなかった」

 強さを手に入れたと誇らしげだったアヤちゃん。
 虐げられないために変わりたいと願っていた彼女は、それゆえに全てを喪うことになった。
 最期の瞬間、彼女は何を思ったことだろう。
 甘言で惑わした犯人を、怨んだだろうか。

「彼女が『実験』を受けたのはテンマくんの死後、俺たちが食堂で話し合い、探索を開始してからだ。俺が再会したとき、ついに力を手に入れたとか言ってたからな。その後、俺とチホちゃんは合流したアヤちゃんとともに、暗号を解くため彼女の部屋へ向かい、同じく探索していたランと合流したとき、限界点に達したように怪物と化した。
 この事件では同行者、チホちゃんだけが容疑者圏外に出される。……しかし、続く第三の事件ではそのチホちゃんが殺されることになってしまった」

 あの瞬間のことは、何度悔やんでも悔やみきれない。
 たった一言でも、ソウヘイとシグレくんにチホちゃんを気に掛けておくよう伝えていたら、変わっていたかもしれない事件だ。
 それは恐らく、二人も思っていることなのだろう。俺たちは、後悔を共有している。

「怪物になったアヤちゃんから逃げているとき、彼女は足を挫いて動けなくなっていた。そんな彼女を置いて探索を再開するなんてな。俺は自分の迂闊さを呪ったよ。……とにかく、彼女は五分ほどランに手当を受けて眠った。俺たちはそれを見てから、探索を再開しようとした。
 だが、俺は精神的に参っている様子のランを励ますために、探索をソウヘイとシグレくんに任せてランの元へ向かった。ランを励ましたあとすぐにソウヘイたちと合流し、一度チホちゃんの様子を見にいくことになったが、顔を合わせてすぐにチホちゃんは怪物になってしまった……」

 繰り返された悲劇。仲間があんな風に惨たらしく死す場面など、二度と見たくはなかったのに。
 チホちゃんは苦しみ、もがきながら……アヤちゃんと同じ末路を辿ることとなった。

「チホちゃんが『実験』を受けたのは、ランの手当てから俺たちが彼女と合流するまでの間と考え、ずっと話し込んでいたランは容疑者圏外とした。そして最後、第四の事件では他ならぬランが被害者となった……」

 暗い玄関ホール。微かにステンドグラスの光が下りるあの場所で、ゆらゆらと規則的に揺れ動く体。
 あの瞬間の絶望は、今思い出すだけでも心臓が潰れそうなほど痛くなる。
 ……でも。

「第四の事件では、ソウヘイとシグレくん、つまり生存者の全てが俺と同行していた。だから生存者の誰にも犯行は不可能だったはずなんだ。流石にこればっかりは、訳が分からなかった。生存者にアリバイがあるなら、死者はどうか? だけどルール一から、『実験』の死者は魂ごと砕けて死亡しているし、替え玉の可能性もありそうになかった。
 生者も死者も、第四の事件の犯人にはなりえない。じゃあ、やっぱり外部犯なのか? 俺はそう結論づけてしまいたくもなった。……でも、忘れていた事実があったんだ」
「忘れていた事実……?」
「さっき挙げた、ルール四のことだよ」

 俺が告げると、ソウヘイは口元に手を当てながら、

「……生ける屍、だったか?」
「ああ。……俺は各被害者の『実験』後の言動を思い出してみた。まず、テンマくんは風呂場の前で会ったとき『起きてからちょっと頭がズキズキしてて』と口にしていたことから、『実験』後の彼には痛覚があったということになる。次にアヤちゃんだが、合流してすぐの中二病なセリフに辟易して、俺がチョップを食らわせたとき、彼女は『痛い』と訴えた。だから彼女にも『実験』後、痛覚があったことになる」

 アヤちゃんの件は偶然の産物だったわけだが、かなり強めにツッコミを入れたことで素の反応が返って来ていたように思う。頭を押さえながらかなり痛いぞ、と呻くアヤちゃんには確実に痛覚があったはず。

「……けれど、最後のもう一人はどうだっただろう」
「もう一人って、つまり」
「そう……怪物から逃げる際に足を挫いて、動けないくらいに酷い状態だったはずの彼女は、俺たちと合流したそのとき、……」

 あっとソウヘイが声を上げる。
 そこまで説明したところで、彼もようやくカラクリに気付いた。

「ルール四。魂を取り出され、三十分以上経った体は死体となり……魂が戻っても、生ける屍のように痛覚がなくなってしまう……そうなんだ。チホちゃんはあのとき、魂を抜かれてから三十分が経過した以降に魂を戻されたことになってしまうんだよ」

 そう。魂魄改造は何も一度に行わなければならないわけではない。魂を抜く工程、改造する工程、体に戻す工程……全て分割して行われたならば、一つの作業にさほど時間は要しないだろう。資料室にあった文献には、抽出と戻入にそれぞれ五分ずつかかると記されていたし、チホちゃんの部屋にいる時間は五分ずつでよかったことになる。

「……この事実に辿り着いたとき、全部が引っ繰り返った。いつも俺のそばにいたそいつは、血も涙もない冷徹な研究員に変貌した。これが、俺の辿り着いた答えだ。これで全部……間違いないんだろ? お前が皆を殺したんだ」

 俺はゆっくりと指を差し、部屋の奥で推理を聞いていた犯人に、引導を渡した。

「ラン」

 ――正解だよ。

 嘲笑とともに聞こえた答えは、やはりもう、俺たちが知る安藤蘭のものではなかった。
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