上 下
52 / 141
【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】

46.桜井令士の推理①

しおりを挟む
「……この事件の中心となっているのは、ヒカゲさんが研究していた魂魄の改造という非現実的な実験だった。爆散した俺たちの仲間は皆、犯人によって魂魄を改造され、その拒絶反応により死亡してしまったんだ。……正直、そんなことをする奴が俺たちの中にいるなんて思わなかった。だからきっと、この館に潜んでいた狂った研究者とかが、俺たちを狙っているんだと思うようにしていた。
 だけど、俺たちを誘うように仕掛けられた『謎解き要素』や『被害者に抵抗の形跡がない』こと、それに『子供のような研究員』がいたという事実に直面して。俺は受け入れ難い事実を、考慮しなくちゃいけないと思ったんだ」

 ソウヘイが疑念を抱いたように、ストレートに仲間を疑うことは心苦しかったが。
 どんな可能性も感情で切り捨てられはしないのだと、俺は心を鬼にしなくてはならなかった。

「……さて、黒影館へやってきた七人の中に『実験』を行える『子供のような研究員』が潜んでいることを前提として推理することにしたわけだが。殺害方法に『実験』という奇妙な方法が使われたことから、俺は魂魄改造のルールも整理しなくちゃいけなかった。
 この黒影館で見つけた資料から、俺がまとめたルールは四つ。

 一。実験された人間は、拒否反応が起きると、魂ごと肉体が砕け散り、死亡する。
 二。実験された人間には、体のどこかしらにアザのような痕跡『聖痕』が現れる。
 三。魂を取り出すのに、魂を戻すのにも、凡そ五分ほどの時間がかかってしまう。
 四。魂を取り出され、三十分以上経った肉体は死体となり、魂を戻しても生ける屍のように、痛覚を感じなくなってしまう。

 この『魂魄』のルールを基に、俺は事件を見つめ直すことにしたんだ」

 厳密に言えば、これら以外にも事件を構成する要素は様々ある。だが、推理の要となるのはこの四点だった。
 魂魄にまつわる仕組み、ルールはまだ存在するだろう。しかし、今回の事件はこれまでに判明したもので解決までの道筋を作ることができたのだった。

「まずは第一の事件、テンマが殺された事件からだ。あの事件の前、夜九時頃に、風呂に入ったテンマくんが叫んだのを俺たちは聞いた。あのときは追及しなかったが、テンマくんは一体何が怖くて叫び声をあげたんだろうか。幽霊が出たから? いいや、むしろそれよりも怖いものを彼は見たはずだ。それは言い換えれば、彼にとって死刑宣告に等しかった。
 ……ソウヘイ。馬鹿馬鹿しい質問だが、風呂に入ってるってことは、テンマくんはどういう状態だった?」
「え? どういうって……まあ、無防備だよな。裸だし」

 突然の問いかけだったが、ソウヘイは期待通りの答えを返してくれる。
 そう、テンマくんは裸だった。つまりは素肌を晒していたのだ。

「そう。そして裸だったテンマくんは、その体を鏡で見る瞬間もあっただろう」
「……あ」
「ルール二の聖痕だ。つまり……テンマくんはそのとき、自分が実験されていたという恐怖に叫んだのさ」
「そうか……そう言えばテンマくんは、魂魄改造で痣が残るって本を見てたんだったか」
「それが蘇ったんだろう。そして彼は、一人部屋に閉じこもって遺書を書き……死んでいったんだ」

 テンマくんは、凄絶な覚悟を以て臨んだことだろう。
 逃れようのない死が、いつ訪れてもおかしくないという恐怖。
 それでも残された者たちが、自分のせいで傷つかないようにとバリケードまで築き。
 愛する人への懺悔をしたためて……最期の時を迎えたのだ。

「テンマくんは夕食後仮眠をとり、その後の風呂で実験の事実を知った。すなわち、彼が『実験』されたのは夕食後の仮眠時とみていいだろう。以上より、その時間にアリバイのない人物がまず犯人候補に残る。
 主観的で申し訳ないが『アリバイがない』っていうのは、俺に同行していないってことにさせてもらった。つまり、アリバイがあるのはシグレくんだけということだな」

 探索中のメンバーと出くわす場面もあったけれど、終始一緒だったのはシグレくんだけだ。念の為ということで、俺はきっちりと分けさせてもらっている。
 ただ、あくまで俺が辿った道を順に説明しているだけであり、アリバイについてはほとんど意味をなさなくなってしまうのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

処理中です...