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【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】
38.施設に散らばる研究史②
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「レイジさんにソウヘイさん、ちょっと来てくれますか」
シグレくんの声がしたので、俺たちは読んでいた資料を戻して一度彼の元へ駆けつける。
彼もまた調査をしてくれていたわけだが、資料の一つに発見があったようだ。
『驚くべきことに、魂魄のゲノムとも呼べるエネルギー体は実に十種類しか存在しない。そしてそれは、カバラに記されるセフィロトとほぼ同じ構造式を持っているのである。その中でも魂魄の性質、つまり『人間性』を決定付けるスポットにあるゲノムを、我々はカバラに倣い『カルマナンバー』と命名した。このカルマナンバーと、両隣のマスターナンバーの組み合わせが基礎となり、魂魄の性質は決定づけられるのである……』
「何も知らない人が見たら、妄想ノートとしか思えないぜ、こりゃ」
「……同感だ」
遺伝子的な意味でのゲノムすら一般人には難解な話なのに、魂魄のゲノムとは。
おまけにカバラだのセフィロトだの、聖書染みた言葉まで出てくるのだからとんでもない。
「それから、このページを見てください」
『ナンバーの改造実験は、段々と成功率が高まっている。その確率は凡そ28%というところ。改造後、被験者の性格、趣味趣向の変化を確認。良いナンバーは善人に、悪いナンバーは悪人に。実に明瞭。特に、666番は純粋な悪の要素だと言える。この番号を生まれながらに持っていたサンプルになぞらえ、『ロキの遺伝子』と名付けた。改造後の人間には、必ず大きな痣が残る。それについては、『聖痕』と命名。消す努力をしてみたものの、極めて困難。対象が死亡するか、或いは皮膚そのものを剥ぎ取る必要性があるよう』
魂魄の改造実験。ここまで明確な実験記録が残されているのなら、最早信じないわけにはいかないだろうが。
それにしても、ここにある『聖痕』というワードは、つい数時間前にも聞いたことがあった。
「……聖痕って、アヤちゃんが呟いてた言葉だ。聖痕こそが……証拠だって」
「ま、待ってください! アヤちゃんはそんなことを?」
「ああ。強さを手に入れたって笑ってたあのとき、アヤちゃんは確かに言ってた……」
テンマくんも地上の図書室で、痣が残る云々の資料は見つけていたが、聖痕という名称までは知らなかったはずだ。
つまり聖痕とは、GHOSTの組織内で命名され、外部へは漏らさなかったワードということではないか。
「……ナンバーの改造に、被験者の性格の変化。そして聖痕……」
「アヤちゃんは……全部知ってた……?」
シグレくんが驚愕の声を漏らす。
無理もない。俺もそれなりに付き合いは長かったが、シグレくんだっていい友人関係だったはずだ。
そんな彼女が、魂魄の実験という闇の世界に深く足を突っ込んでいたなんて。
「嘘だろ……とは言えないな。シグレくんの言ってる通りな気がするぜ」
「つまり、アヤちゃんが言ってた『強さ』ってのは、人間性の変化……そういうことだったってことか」
俺の言葉に、シグレくんは悲しげな表情のまま頷く。
「……アヤちゃんは、ボクと同じようにずっと虐められてて、もっと強い心を持ちたいと常々言ってたんです。どこで魂魄の改造なんて知ったのかは分からないけど、自分の願っていたものがここにある……そう思ってたのかもしれません」
「……じゃあ、何か? アヤちゃんは、自ら進んで被験者になったってことか?」
「多分……」
「なら、誰がそれをしたっていうんだよ!」
魂魄の改造実験。
アヤちゃんが自らの意思でそれを受け入れた結果、失敗によってあのような怪物に変化したというのなら。
同じく凄惨な最期を迎えることになったテンマくんやチホちゃんだって、改造実験を施されたはずなのだ。
「……やっぱり、この館にはいるんだ。俺たちを閉じ込め、そして一人ずつ改造を繰り返してるマッドサイエンティスト染みた奴がよ……!」
ソウヘイの言葉を、否定することはできない。
ただ悪霊が彼らを呪い殺したというのではなく、改造実験という人為的な理由によって死ぬことになったのだから。
そこには、実験を行った犯人が存在して然るべきなのだ。
「……改造されたのはまず間違いなくアヤちゃんだけじゃない。だけど、どうして誰も言い出さなかった? どうして誰も拒絶しなかった? 改造がどんなやり方かは知らないが、バレずにやり通せるわけがない……少なくとも、俺たちの知らない人間だったなら」
「ソウヘイ、お前……」
「その可能性だって、あるだろ」
彼の言わんとしていることは、つまり。
「犯人は、俺たちの中の誰かかもしれねえじゃねえか……!」
「そ……そんな! ボクたちはただの学生じゃないですか」
「分かんねえよ、そこまでは。けど、疑いたくもなるだろうがよ……」
確実にそうだと言えるわけではない。
アヤちゃんは実験に惹かれていたから、怪しい奴でも付いて行った可能性はあるし、テンマくんやチホちゃんは眠っていた時間があるため、気付かれずに襲われていたこともあり得る。
「ソウヘイの言いたいことも理解してるけど、ハッキリはしないことだ。いがみ合うより、とりあえずはこの三人がバラバラにならないように探索を続けた方がいいと思わないか?」
「というか、それしかないだろうけどな……」
芽生え始める疑心。
この三人だけでもせめて、生きて帰りたいのに。
館で繰り広げられている悲劇の連鎖に、内部犯の疑念が拭いきれない。
よもや犯人が、そこまで見透かした上で上手く立ち回っているなんてことはないだろうが……。
――聖痕。
もしも、この三人の中で裏切者を挙げるとするならば。
やはりそれは俺こそが相応しいのではないかと、自虐的なことを思わずにはいられなかった。
シグレくんの声がしたので、俺たちは読んでいた資料を戻して一度彼の元へ駆けつける。
彼もまた調査をしてくれていたわけだが、資料の一つに発見があったようだ。
『驚くべきことに、魂魄のゲノムとも呼べるエネルギー体は実に十種類しか存在しない。そしてそれは、カバラに記されるセフィロトとほぼ同じ構造式を持っているのである。その中でも魂魄の性質、つまり『人間性』を決定付けるスポットにあるゲノムを、我々はカバラに倣い『カルマナンバー』と命名した。このカルマナンバーと、両隣のマスターナンバーの組み合わせが基礎となり、魂魄の性質は決定づけられるのである……』
「何も知らない人が見たら、妄想ノートとしか思えないぜ、こりゃ」
「……同感だ」
遺伝子的な意味でのゲノムすら一般人には難解な話なのに、魂魄のゲノムとは。
おまけにカバラだのセフィロトだの、聖書染みた言葉まで出てくるのだからとんでもない。
「それから、このページを見てください」
『ナンバーの改造実験は、段々と成功率が高まっている。その確率は凡そ28%というところ。改造後、被験者の性格、趣味趣向の変化を確認。良いナンバーは善人に、悪いナンバーは悪人に。実に明瞭。特に、666番は純粋な悪の要素だと言える。この番号を生まれながらに持っていたサンプルになぞらえ、『ロキの遺伝子』と名付けた。改造後の人間には、必ず大きな痣が残る。それについては、『聖痕』と命名。消す努力をしてみたものの、極めて困難。対象が死亡するか、或いは皮膚そのものを剥ぎ取る必要性があるよう』
魂魄の改造実験。ここまで明確な実験記録が残されているのなら、最早信じないわけにはいかないだろうが。
それにしても、ここにある『聖痕』というワードは、つい数時間前にも聞いたことがあった。
「……聖痕って、アヤちゃんが呟いてた言葉だ。聖痕こそが……証拠だって」
「ま、待ってください! アヤちゃんはそんなことを?」
「ああ。強さを手に入れたって笑ってたあのとき、アヤちゃんは確かに言ってた……」
テンマくんも地上の図書室で、痣が残る云々の資料は見つけていたが、聖痕という名称までは知らなかったはずだ。
つまり聖痕とは、GHOSTの組織内で命名され、外部へは漏らさなかったワードということではないか。
「……ナンバーの改造に、被験者の性格の変化。そして聖痕……」
「アヤちゃんは……全部知ってた……?」
シグレくんが驚愕の声を漏らす。
無理もない。俺もそれなりに付き合いは長かったが、シグレくんだっていい友人関係だったはずだ。
そんな彼女が、魂魄の実験という闇の世界に深く足を突っ込んでいたなんて。
「嘘だろ……とは言えないな。シグレくんの言ってる通りな気がするぜ」
「つまり、アヤちゃんが言ってた『強さ』ってのは、人間性の変化……そういうことだったってことか」
俺の言葉に、シグレくんは悲しげな表情のまま頷く。
「……アヤちゃんは、ボクと同じようにずっと虐められてて、もっと強い心を持ちたいと常々言ってたんです。どこで魂魄の改造なんて知ったのかは分からないけど、自分の願っていたものがここにある……そう思ってたのかもしれません」
「……じゃあ、何か? アヤちゃんは、自ら進んで被験者になったってことか?」
「多分……」
「なら、誰がそれをしたっていうんだよ!」
魂魄の改造実験。
アヤちゃんが自らの意思でそれを受け入れた結果、失敗によってあのような怪物に変化したというのなら。
同じく凄惨な最期を迎えることになったテンマくんやチホちゃんだって、改造実験を施されたはずなのだ。
「……やっぱり、この館にはいるんだ。俺たちを閉じ込め、そして一人ずつ改造を繰り返してるマッドサイエンティスト染みた奴がよ……!」
ソウヘイの言葉を、否定することはできない。
ただ悪霊が彼らを呪い殺したというのではなく、改造実験という人為的な理由によって死ぬことになったのだから。
そこには、実験を行った犯人が存在して然るべきなのだ。
「……改造されたのはまず間違いなくアヤちゃんだけじゃない。だけど、どうして誰も言い出さなかった? どうして誰も拒絶しなかった? 改造がどんなやり方かは知らないが、バレずにやり通せるわけがない……少なくとも、俺たちの知らない人間だったなら」
「ソウヘイ、お前……」
「その可能性だって、あるだろ」
彼の言わんとしていることは、つまり。
「犯人は、俺たちの中の誰かかもしれねえじゃねえか……!」
「そ……そんな! ボクたちはただの学生じゃないですか」
「分かんねえよ、そこまでは。けど、疑いたくもなるだろうがよ……」
確実にそうだと言えるわけではない。
アヤちゃんは実験に惹かれていたから、怪しい奴でも付いて行った可能性はあるし、テンマくんやチホちゃんは眠っていた時間があるため、気付かれずに襲われていたこともあり得る。
「ソウヘイの言いたいことも理解してるけど、ハッキリはしないことだ。いがみ合うより、とりあえずはこの三人がバラバラにならないように探索を続けた方がいいと思わないか?」
「というか、それしかないだろうけどな……」
芽生え始める疑心。
この三人だけでもせめて、生きて帰りたいのに。
館で繰り広げられている悲劇の連鎖に、内部犯の疑念が拭いきれない。
よもや犯人が、そこまで見透かした上で上手く立ち回っているなんてことはないだろうが……。
――聖痕。
もしも、この三人の中で裏切者を挙げるとするならば。
やはりそれは俺こそが相応しいのではないかと、自虐的なことを思わずにはいられなかった。
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