上 下
41 / 141
【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】

36.第十三研究所

しおりを挟む
 念のためにとソウヘイが提案し、ホールへ戻ってきた俺たちは、危惧していたことが現実になっていたことを知る。

「……ランちゃんも消えてる」

 俺に見せないよう、先にソウヘイとシグレくんの二人が確認したのだが、吊り下げられていたランの体は忽然と消えていたのだった。

「……どうして死体が消えちまうんだろうな」

 特に、今までは怪物になったことが関係していたのかと推理していたが、ランは単純に危害を加えられ、殺されている。
 今までの推理は何かが違っているのだろう。

「……ん?」

 さっきまでランが吊られていた場所の下。赤いカーペットの敷かれた床に、何かが落ちている。
 近づいて拾い上げてみると、それはIDカードだった。

「カードキー……だな、これ」

 俺の手から掠め取ったゲスト用かと思ったが、どうやら違う。
 そのカードには、日下敏郎という名前が記されていた。
 室長という役職まで添えて。

「ヒカゲさんのカード、みたいだ」
「ホントですか!?」

 俺は拾ったカードを二人に見せる。

「……マジだな」

 記載された名前を確認すると、ソウヘイは難しい顔をして唸った。

「……なんかよ。俺たち、遊ばれてる気がしねえか? 霊の恨みとかそんなんじゃなく、何というか……弄ばれてるような感じがするんだよ」
「……それは、思ったよ」

 俺はソウヘイに同意する。

「探索中、鍵や道具を見つけた場所に見え隠れする痕跡。誰かが仕組んだような謎解き要素」

 俺たちは、犯人に踊らされているだけの道化だとでも言うのか。
 一人一人、殺されるのを待つだけの哀れな実験生物だとでも。

「……そんなのは、絶対に御免だ」

 絞り出すような俺の言葉に。
 ソウヘイもシグレくんも、静かに頷いてくれた。

「とりあえず、このカードならマスターキーみたく研究施設のどこでも通れるんじゃねえかな」
「気をつける必要はありますけど、試してみるしかないですね」

 握りしめたるカードは、俺たちを導くものか、絡めとるものか。
 どちらにしても、俺たちにできるのは飛び込むことだけだ。
 東側の尖塔へ戻り、地下の研究施設へ。さっきはエラーにより消えていた電灯は、いつの間にやら再点灯していた。
 どうやら常に明かりが点く設定で、異常が起きたときだけ一時的に電気系統を切断するようになっているようだ。
 さっきのカードリーダーのところまで戻ってきた俺たちは、互いの存在を確認しあってから、念のためにと手を繋ぐ。再びエラーが起きても、相手の手を強く握っていればそう簡単には連れ去られないはずだ。
 更に、ソウヘイとシグレくんには廊下側を注視していてもらう。怪しい奴が近づいてくる気配があれば、すぐにライトで照らせるようにスマホも手に持っていた。
 これくらいの準備を、さっきもしていればよかったのだろうな。

「……行くぜ」

 確認をとってから、俺はIDカードをリーダーに通す。
 一瞬だけ緊張が走ったが、カードは無事に認証されて扉は解錠された。

「……よし、開いたな」
「ようやく黒影館の心臓部に突入ってわけだ」

 この館にやって来たときには、まるで予想もしていなかった場所。
 隠された研究施設の中へ、俺たちは入っていく。
 自動ドアが静かに開くと、広い玄関ホールが現れる。
 表向きは個人邸宅と見せかけていた施設の、本当の玄関口。

「……すげえ、何だよこれ」

 ホールの景色に、ソウヘイが思わず息を呑んだ。
 端から端までどれくらいあるだろうか。目測だが、恐らくは五十メートル近くはあるに違いない。
 ど真ん中には、中で受付嬢が応対するようなカウンターテーブルがあり、その四方それぞれにパソコンが設置してある。既に放棄されている研究施設なだけあって、パソコンの型は古いが、当時はかなり高性能なものだっただろうことは何となく察せられた。
 電子掲示板は液晶が割れているが、最後に映し出されていた『GHOST第十三研究所 日下分室』という文字がずっと残り続けていた。

「まさに研究施設……だな」

 壁に取り付けられたモニタ、大量に積まれたコンテナ、会議用のテーブルにホワイトボード。
 ここで何人もの研究員が己の知識欲を満たしていたことがよく分かる。

「地下にこんなものがあったなんて……」

 シグレくんが絶句するのも無理からぬことだ。
 そもそも、普通の人間にとってこんな施設を目にする機会など有りはしないのだから。
 どうしてこんなところへ辿り着くことになったのか。
 偶然か、それとも因縁だとでもいうのだろうか。

「ここが霊に関する研究所だったことはもう、疑いようがねえんだな」
「ヒカゲさんはここにいた、か」
「……分かってたことだろうが、やっぱりショックか?」

 ソウヘイが訊ねてきたが、正直なところ今はもう分からない。
 既に受け入れ始めている気もするし、麻痺しているような気もする。
 でも確かに、それはショックを受けたゆえのことではあるのだ。

「とりあえず、心ん中はぐちゃぐちゃだよ」

 そう答えると、ソウヘイは何も言わずに背中をポンと叩いてくれた。

「……多分、ここには研究に関わる資料とかが沢山あるんでしょうね」
「ああ。調べれば、この館のことや研究施設を作ったやつらのことが分かるんじゃないかな。それに、俺たちが何に巻き込まれたのかも」
「そうですね……とにかく、漁ってみましょう。霊について、ここでどんなことをしていたのか」

 シグレくんとソウヘイが互いに頷き合い、どこから探索していくか相談を始める。
 俺もそれに加わるべきではあるのだが。

「……どうかしましたか? レイジさん」
「ああ、いや。なんでもないよ」

 奇妙な感覚。それが何なのか気付くまでに、時間を要したけれど。
 数分が経って、やっとその正体に合点がいった。
 これは――既視感だ。
 頭痛とともに、嫌な寒気を覚える。
 どうして、ここに見覚えがあるんだろう。
 何一つ思い出せないはずの俺が……どうして。

「……くそ」

 頭を緩々と振って。
 俺はソウヘイたちの後に続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
――鬼の伝承に準えた、血も凍る連続殺人事件の謎を追え。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 巨大な医療センターの設立を機に人口は増加していき、世間からの注目も集まり始めていた。 更なる発展を目指し、電波塔建設の計画が進められていくが、一部の地元住民からは反対の声も上がる。 曰く、満生台には古くより三匹の鬼が住み、悪事を働いた者は祟られるという。 医療センターの闇、三鬼村の伝承、赤い眼の少女。 月面反射通信、電磁波問題、ゼロ磁場。 ストロベリームーン、バイオタイド理論、ルナティック……。 ささやかな箱庭は、少しずつ、けれど確実に壊れていく。 伝承にある満月の日は、もうすぐそこまで迫っていた――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

わたしの百物語

薊野ざわり
ホラー
「わたし」は、老人ホームにいる祖母から、不思議な話を聞き出して、録音することに熱中していた。  それだけでは足りずに、ツテをたどって知り合った人たちから、話を集めるまでになった。  不思議な話、気持ち悪い話、嫌な話。どこか置き場所に困るようなお話たち。  これは、そんなわたしが集めた、コレクションの一部である。 ※よそサイトの企画向けに執筆しました。タイトルのまま、百物語です。ホラー度・残酷度は低め。お気に入りのお話を見付けていただけたら嬉しいです。 小説家になろうにも掲載しています。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

処理中です...