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【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】
15.古野天馬の遺書
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『俺は何を恐れているんだろう。そう自問しながらも、こうして机の前でペンを執っている。
もう関わりたくないと思いながらも、結局俺は、あの日のことから逃げることはできなかったんだろう。
これは多分、もしものことがあったときのために言えなかったことを残すものだと、書きながらそう思えてきた。
……遺書みたいで、正直嫌だけど。
チホちゃん。君はあの日のことを忘れようとしてくれていたね。大切な人を喪った二年前のことを。
だけど、俺はずっと忘れられなかった。何故なら俺は、まだ君に本当のことを言えていなかったから。
鏡ヶ原で起きたあの崖崩れ。あれは単なる事故だと思われているけど、本当は全然違う。
あれは、事故に見せかけて起こされた、人為的な崖崩れだったんだ。
そして俺は、その崖崩れに君の大切なタクミくんを巻き込んでしまったんだよ。
鏡ヶ原には、件の崖の上に教会があった。正確には教会跡と言った方がいいんだろうけど。
俺とタクミくんはその跡地が気になって、夜になってから肝試しに行くことを決めたんだ。
ボーイスカウトの引率者には、危ないから遠くまで行くなと言われていたのに、従わなかった。
大人しくしていろよと、俺はあのときの自分に言いたくてたまらない。
俺とタクミくんは、ジャンケンをして負けた方が教会跡に入ってみる、と決めた。
そして俺が勝ったんで、タクミくんが教会跡に入ることになった。
だけど、タクミくんが入ってからニ十分以上が経っても、彼は教会跡から出てこなかった。
どうしてだろうと訝しんで、怖いながらも俺はそっと中を覗いてみたんだ。古びた扉を少しだけ開けて。
そのとき見た光景は、今でもまぶたの裏に焼き付いているみたいに、鮮明に覚えてる。
まるで夢みたいな、でも間違いなく現実に起きていた恐ろしい場面。
そこには何人かの子供が集められていた。ボーイスカウトに来ていた他の子供たちだった。
そして、その場に似合わない白衣を着た大人たちもいた。
彼らは一様に冷たい目で、子供たちを見つめていた。
タクミくんも、その輪の中に入れられていた。皆、恐怖に震えていた。
大人たちは……何かの研究者らしいその人たちは、怪しげな魔法円を地面に描いていた。
それが終わると、怪しげな呪文をぶつぶつと唱え始めた。ただでさえ気味の悪い光景だ。
でも、それからが一番の恐怖だった。呪文に呼応するように魔法円が光って……タクミくんたちは、まるで糸が切れたみたいに倒れて、そのまま動かなくなったんだ。
その後に浮かんだ、光の玉。後から思えば、それはきっとタクミくんや他の子供たちの霊魂だったんだろう。
大人たちは光の玉に奇妙な道具をかざしたりして、何かを試しているようだった。
杖のようなその道具を動かす度、玉は明滅して、苦しそうに見えた。
実際、苦しんでいたのかもしれない。
霊魂は、そんな実験の後にそれぞれの体へ戻された。
魂の戻った子供たちは、ゆっくり起き上がった。
でも――その目はまるでガラス玉のように虚ろだった。
タクミくんの虚ろな目。俺はその目を見た瞬間、逃げ出していた。
取り返しのつかないことになった現実から逃げたくて、ただただ走り続けた。
ボーイスカウトのテントまで戻り、一夜を明かしてから……俺は崖崩れがあったことを知らされた。
そして、夜遊びに出た子供たちが巻き込まれて死んだのだとも知らされた。
タクミくんはその子供たちの中に含まれていたけれど……俺は間違いなく、皆が事故を装って殺されたのだと悟った。
これが、鏡ヶ原で起きたことの全てだ。今まで隠してきて、本当に申し訳ないと思ってる。
でも、伝えたら君に軽蔑されてしまいそうで……俺はずっと、言い出せずにいたんだ。
俺は自分が可愛いだけの、最低の人間だった。
この館に来たのだって、タクミくんに許しを乞えるならと思ったからなんだ。
決して……許してくれやしないのに。
そう、許されやしないんだ。だからこそ、俺は今タクミくんたちと同じ現実を味わっているんだから』
長い長い、後悔を綴り。
テンマくんは最後のページに、チホちゃんの名前を記していた。
けれど、まさにその最中に何かが起こったのだろう。
文字は途中から形を失い、線の向かう先には赤黒い血痕が付着しているばかりなのだった……。
「……そん、な」
最後まで文章を読み切ったチホちゃんが、震える唇からそんな声を漏らした。
テンマくんから伝えられた、二年前の真実。それは彼の口からではなく、このような形で。
あまりにも一方的な、伝え方で。
「……チホちゃんへの懺悔か。鏡ヶ原でそんなことが……?」
ソウヘイが信じられないというような表情を浮かべる。
それも当然だ。テンマくんが記したこの遺書には、到底現実に起きていたことだとは思えない。
謎の研究者?
霊魂を抜き出す実験?
B級ホラーか、それともチープなSFのプロットなのかと笑いたくなる内容で。
けれども彼が命を賭して書いたなら……それは少なくとも、彼にとっては真実と思っていた事柄なのだろう……。
「テンマくんは、それでタクミくんに会いたかったんですね。あの日逃げた罪と向き合うために……」
「どうして……どうして、言ってくれなかったの」
チホちゃんの瞳に、涙が滲む。
それは瞬く間に溢れ出し、両頬を伝った。
「私、許してあげたのに……どうして何も言わずに死んじゃったのッ!」
広い食堂に、チホちゃんの慟哭だけが谺する。
俺は……俺たちは、どんな言葉も無意味に思えて……チホちゃんの嗚咽が収まるのを、じっと待つことしかできなかった。
もう関わりたくないと思いながらも、結局俺は、あの日のことから逃げることはできなかったんだろう。
これは多分、もしものことがあったときのために言えなかったことを残すものだと、書きながらそう思えてきた。
……遺書みたいで、正直嫌だけど。
チホちゃん。君はあの日のことを忘れようとしてくれていたね。大切な人を喪った二年前のことを。
だけど、俺はずっと忘れられなかった。何故なら俺は、まだ君に本当のことを言えていなかったから。
鏡ヶ原で起きたあの崖崩れ。あれは単なる事故だと思われているけど、本当は全然違う。
あれは、事故に見せかけて起こされた、人為的な崖崩れだったんだ。
そして俺は、その崖崩れに君の大切なタクミくんを巻き込んでしまったんだよ。
鏡ヶ原には、件の崖の上に教会があった。正確には教会跡と言った方がいいんだろうけど。
俺とタクミくんはその跡地が気になって、夜になってから肝試しに行くことを決めたんだ。
ボーイスカウトの引率者には、危ないから遠くまで行くなと言われていたのに、従わなかった。
大人しくしていろよと、俺はあのときの自分に言いたくてたまらない。
俺とタクミくんは、ジャンケンをして負けた方が教会跡に入ってみる、と決めた。
そして俺が勝ったんで、タクミくんが教会跡に入ることになった。
だけど、タクミくんが入ってからニ十分以上が経っても、彼は教会跡から出てこなかった。
どうしてだろうと訝しんで、怖いながらも俺はそっと中を覗いてみたんだ。古びた扉を少しだけ開けて。
そのとき見た光景は、今でもまぶたの裏に焼き付いているみたいに、鮮明に覚えてる。
まるで夢みたいな、でも間違いなく現実に起きていた恐ろしい場面。
そこには何人かの子供が集められていた。ボーイスカウトに来ていた他の子供たちだった。
そして、その場に似合わない白衣を着た大人たちもいた。
彼らは一様に冷たい目で、子供たちを見つめていた。
タクミくんも、その輪の中に入れられていた。皆、恐怖に震えていた。
大人たちは……何かの研究者らしいその人たちは、怪しげな魔法円を地面に描いていた。
それが終わると、怪しげな呪文をぶつぶつと唱え始めた。ただでさえ気味の悪い光景だ。
でも、それからが一番の恐怖だった。呪文に呼応するように魔法円が光って……タクミくんたちは、まるで糸が切れたみたいに倒れて、そのまま動かなくなったんだ。
その後に浮かんだ、光の玉。後から思えば、それはきっとタクミくんや他の子供たちの霊魂だったんだろう。
大人たちは光の玉に奇妙な道具をかざしたりして、何かを試しているようだった。
杖のようなその道具を動かす度、玉は明滅して、苦しそうに見えた。
実際、苦しんでいたのかもしれない。
霊魂は、そんな実験の後にそれぞれの体へ戻された。
魂の戻った子供たちは、ゆっくり起き上がった。
でも――その目はまるでガラス玉のように虚ろだった。
タクミくんの虚ろな目。俺はその目を見た瞬間、逃げ出していた。
取り返しのつかないことになった現実から逃げたくて、ただただ走り続けた。
ボーイスカウトのテントまで戻り、一夜を明かしてから……俺は崖崩れがあったことを知らされた。
そして、夜遊びに出た子供たちが巻き込まれて死んだのだとも知らされた。
タクミくんはその子供たちの中に含まれていたけれど……俺は間違いなく、皆が事故を装って殺されたのだと悟った。
これが、鏡ヶ原で起きたことの全てだ。今まで隠してきて、本当に申し訳ないと思ってる。
でも、伝えたら君に軽蔑されてしまいそうで……俺はずっと、言い出せずにいたんだ。
俺は自分が可愛いだけの、最低の人間だった。
この館に来たのだって、タクミくんに許しを乞えるならと思ったからなんだ。
決して……許してくれやしないのに。
そう、許されやしないんだ。だからこそ、俺は今タクミくんたちと同じ現実を味わっているんだから』
長い長い、後悔を綴り。
テンマくんは最後のページに、チホちゃんの名前を記していた。
けれど、まさにその最中に何かが起こったのだろう。
文字は途中から形を失い、線の向かう先には赤黒い血痕が付着しているばかりなのだった……。
「……そん、な」
最後まで文章を読み切ったチホちゃんが、震える唇からそんな声を漏らした。
テンマくんから伝えられた、二年前の真実。それは彼の口からではなく、このような形で。
あまりにも一方的な、伝え方で。
「……チホちゃんへの懺悔か。鏡ヶ原でそんなことが……?」
ソウヘイが信じられないというような表情を浮かべる。
それも当然だ。テンマくんが記したこの遺書には、到底現実に起きていたことだとは思えない。
謎の研究者?
霊魂を抜き出す実験?
B級ホラーか、それともチープなSFのプロットなのかと笑いたくなる内容で。
けれども彼が命を賭して書いたなら……それは少なくとも、彼にとっては真実と思っていた事柄なのだろう……。
「テンマくんは、それでタクミくんに会いたかったんですね。あの日逃げた罪と向き合うために……」
「どうして……どうして、言ってくれなかったの」
チホちゃんの瞳に、涙が滲む。
それは瞬く間に溢れ出し、両頬を伝った。
「私、許してあげたのに……どうして何も言わずに死んじゃったのッ!」
広い食堂に、チホちゃんの慟哭だけが谺する。
俺は……俺たちは、どんな言葉も無意味に思えて……チホちゃんの嗚咽が収まるのを、じっと待つことしかできなかった。
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