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【幻影綺館 ―Institution of GHOST-】

12.日常の終わり、悲劇の始まり

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 寝惚けているところに停電が起き、怖くて叫んでしまったというくらいならまだいい。
 それ以上の何かが起きていたりしていなければ。
 ……それ以上の何かって何だ。
 霊なんて、信じていないんじゃなかったのか。
 浮かんでくる自問を、ぶんぶんと頭を振って追い出し、俺は走った。
 とにかく、テンマくんの無事を確認する。話はそれからだ。

「おい、テンマくん! 大丈夫か!」

 客室の前まで辿り着くと、俺はすぐに扉を叩いた。ドンドン、ドンドンと何回も叩くが、中から返事はない。
 起きているなら返事くらいはしそうだし、少なくとも物音くらいはするはず。しかし、扉の向こうは奇妙なまでに静けさを保っている。

「は、入るぞ!」
「ちょっと、何してるのよ!」

 俺が扉を開けようとしたのをランが止めようとするが、プライバシーなんて二の次だ。
 あんな悲鳴を上げられたのだから、心配ないことの確認くらいはさせてほしい。
 何ともなければ、すまんと謝って戻ればいいだけの話だ。
 だから、たとえ怒られたって構わなかった。
 ――しかし。

「あ、開かない、何かで塞いでる!」
「何だって?」

 流石に他のメンバーも、おかしいと感じたようだ。
 扉が開かないように塞ぐなんて、まるでホラー映画の一幕だ。
 テンマくんはよっぽど怖くなって、霊が入ってこれないように籠城したということなのか……?

「アヤちゃん、ちょっと下がってくれ」
「あ、ああ」

 真後ろにいたアヤちゃんを下がらせ、俺は一度深呼吸する。
 それから狙いを定めて、扉へと突っ込んだ。

 ――ドォンッ!

「ちょ、ちょっとレイジ!」
「非常事態だ!」

 やりすぎかもしれない。
 でも、そう思うならテンマくんの方から出てきてくれればいい。
 何故、反応がない?
 どうしても、嫌な予感が拭えなかった。

「うらッ!」

 二度、三度。
 肩を突き出して、俺は扉へ体当たりする。
 映画やドラマであるように、扉がすぐに外れたりは勿論しないが、体がぶつかる度に鍵の部分が軋む感覚はあった。
 そして、六度目の体当たり。
 とうとう耐え切れなくなった鍵が壊れ、扉が開く。手前にはテーブルが置かれてあったので、勢いで突っ込んだ際に転びそうになったが何とか持ちこたえた。……これで塞いでいたわけか。

「ふう……テンマくん、何があった……」

 呼吸を整えながら、俺は闇の中に声を投げかける。
 目を凝らし、テンマくんの姿を確かめようとする。
 そのとき、視覚以外に訴えかけてくるものがあった。
 それは――臭いだった。

「な、何この臭い……」

 ランもこの嫌な臭気に顔をしかめる。
 シグレくんやソウヘイも、思わず顔を逸らして咳払いをしていた。
 強烈に不快感のこみ上げてくる臭い。
 しかし俺は、この臭いに覚えがあった。
 ああ、そうだ。鉄錆のようなこの臭いは、きっと。

「きゃあああぁぁあッ!」

 漆黒を満たす悲鳴。
 それは、傍にいたランのもの。
 見てはならないそれに気付いてしまった、彼女の。

「……何だよこれ、どうなってんだよッ!?」

 暗闇に目が慣れてきた今、ここにあるものが何なのかは誰にも明らかだった。
 これに至った状況は全くの不明だとして。

「テ、テンマ……くん?」

 上ずった声で。
 泣き出しそうな声で。
 チホちゃんが、彼の名を呼ぶ。
 彼だったものに、呼び掛ける。

「シグレくん、チホちゃんを離れさせるんだ!」
「わ、分かりました!」

 まずいと判断したソウヘイが、すぐにシグレくんと二人でチホちゃんを下がらせた。
 チホちゃんは魂が抜けたかのように無抵抗で、二人に引っ張られていった。
 ……彼女にとってきっと、最も受け入れられない光景。
 だから、たとえ現実が変わらないにしろ、ソウヘイの判断は正しかったと思う。

「酷え……どうなってやがんだ、こいつはよ……」
「テンマ、くんなの……が?」

 これ、とランが示すもの。
 かつて古野天馬と呼ばれたもの。
 部屋中に散乱していたその、一つ一つの肉塊が。
 古野天馬の身体なのだった。
 一番奥に、ボール状のものが転がっている。
 ふと視線を向けて、すぐに後悔した。
 そこにあるのは勿論、ボールなどではない。
 濁り切った眼でこちらを見つめ返す、テンマくんの生首が転がっているのだった。

「なんで……どうしてこんな……」
「分かんねえよ……何があったら、こんなメチャクチャなことになるんだよ!」

 シグレくんが涙声で言うのに、俺は半ば叫ぶように返す。
 訳が分からない。一体全体、あの悲鳴の後何が起きてこんな惨たらしいことになったというんだ。
 まるでそう……テンマくんの肉体は。
 内側から爆発でもしたかのように、バラバラに散らばっているわけで。

「……霊」

 ポツリと、誰かが呟いた。

「……なんだって?」
「……霊ならば、このようなことも……出来るだろう」

 アヤちゃんだ。
 顔は蒼白だが、言葉だけはやけにハッキリと。
 彼女は俺たちに、そう告げた。

「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ、霊なんか……そんなもんいてたまるかよ!」

 この会の趣旨など最早気にせず、ソウヘイはそう声を上げて俺を見る。
 縋るような目。そうだろ、と同意を求める目だ。

「あ、ああ……」

 俺は相槌を打つが、しかし。
 ならテンマくんはどうしてこんな最期を迎えなければならなかったというのだろう……?

「……と、とにかく、ここを出ましょう」

 混乱しきっている俺たちに、ランはそう提案する。
 こんなところにいたら、絶対に落ち着かないからと。
 それには俺も賛成だった。
 この部屋の血腥さは、留まっているだけで平常心を失ってしまいそうだったから。

「――ん……?」

 最後に部屋を出ようとした俺は、バリケードにされていた机の下に何かがあるのを発見する。
 どうしても気になったので、俺はしゃがみ込んで手を伸ばし、それらを拾い上げた。
 複数枚の紙。テンマくんが用意していたものではなく、部屋に備え付けられたメモ用紙だったはずだ。
 そこにテンマくんの直筆で書かれたメッセージと……彼の血痕が残されていた。

「どうしたんだ、レイジ」
「いや……ちょっとな。すぐ行く」

 ソウヘイの声に返事をして、俺は急いで部屋を出た。
 部屋の外は鼻につく臭いもなく、それだけで少し気分の悪さがマシになった。
 ……でも、起きてしまったことは紛れもなく事実なのだ。
 夜まで俺たちと話していたあのテンマくんが、死んでしまったということは。
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