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Fifteenth Chapter...8/2
血塗れの友
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『私にも、八月二日に引き起こされる具体的な事象は掴めない。ただ、最悪の可能性として計画完了に伴いこの街が不要になるのであれば……大規模な実験が行われるというシナリオも想定される。
古き伝承に準えて、満生台の最期を演出させないためには、ルナティック波長を止めなくてはならない。もしそれが不可能だとしたらせめて、街の人々を狂気の下に傷付け合わせないようするしかないだろう――』
暗闇の中で目を覚ます。
ズキズキと痛む体を僅かに動かすと、覆い被さっていた何かがガラリと滑り落ちた。
天井から落ちてきた、無数の瓦礫。身を潜めるためにやって来た永射邸跡だったが、まさかまた地震が襲うとは想定外だ。当たり所が悪ければ命も危うかった。瓦礫の下敷きになる恐怖を、私はよく理解している。
……しかし、妙だった。結構な量の瓦礫が降り注いだはずなのに、どこにも深い傷や骨折の痛みなどがない。奇跡的にといえばそれまでだが、運が良すぎる。
そう言えば、羊子さんは無事だろうか――。
「え……」
違った。
決して幸運などと、都合の良い解釈などしてはいけなかった。
私の背中から滑り落ちた瓦礫は。
羊子さんが間に入り、その身を挺して防いでくれていた。
「よ、羊子さん!」
あの状況で、彼女は咄嗟に私を庇ってくれたのだ。
足を滑らせ倒れ込む私に、覆いかぶさるようにして。
だから、崩れ落ちてくる瓦礫を一身に受けたのは私でなく、羊子さんの方だった。
隣に倒れた彼女の背中には、じわりと血が滲んでいる……。
「しっかり……!」
呼吸はある。血の量もそこまで多くはないし、命に別状はないだろう。
しかし、佐曽利さんのように放っておくのはまずそうだ。
応急処置くらいは必要と判断し、ひとまず彼女を建物の外まで運ぶ。
それから外壁に凭せ掛けると、近くの集会場を目指した。
集会場にも電話がある。牛牧さんにでも連絡がとれれば、彼ならすぐに駆けつけてくれるはず。
後のことは私じゃ力になれないので、牛牧さんにお願いしよう。
空はもう暗い。数時間は気絶していたようだ。電波塔の稼働式典は九時だったが、刻限まであとどれくらい残っているのか。
集会場の中に入り、まず時計を確認する。時刻は午後七時前。瓦礫の下で、実に四時間以上も意識を失っていたようだ。
「……痛て……」
怪我のせいか、電波のせいか。ズキズキと頭が痛む。
これ以上酷くならないといいのだが。
ホールから人の気配はない。ここでの集まりは終わったようだ。あの数の人がどこへ向かったかは不安だったけれど、今は邪魔立てされないことをよしとしよう。
牛牧さんの家の電話番号を記憶の中から引っ張り出してプッシュする。
しかし、呼出音は鳴ったものの、牛牧さんは電話を取ってくれなかった。
「出てくれない……」
もしかしたら。
牛牧さんまで、狂気にあてられてしまったのか。
彼もそれなりの年齢だ。お年寄りで体力のない人があてられやすいとしたら、彼も正常でいられない可能性はあった。
悩んだ末、病院にも電話を掛けてみる。最悪、貴獅さんに繋がったとしても羊子さんの状況だけを伝えて切ればいい。
そう思っていたけれど、病院への電話も取ってくれる人はいなかった。延々と、呼出音が鳴るばかりである。
まだ、完全に通信が遮断されたわけではないようだが……。
仕方がない。私は牛牧さんの家まで向かうことにした。少し遠いが、直接行って確かめるほうが早いだろう。彼の安否だって気になる。
集会場を出て、私は牛牧家へ急いだ。
真夏とは言え、陽は既に九割方沈んでいる。空には満月が昇り、煌めくそれはほんのりと赤い。
赤いのは、フィルターだ。
私の目が、あの満月を赤らめている。
街灯が点き始めた道を、南西へ。走り続け、牛牧家がぼんやりと見えてくる。
息を切らしながら玄関前まで到着した私は、そのまますぐにチャイムを鳴らした。
反応は、ない。
「牛牧さん、いますか?」
家の中へ呼び掛けてみるのだが、それに対しても返事はなく、不安は募る。
私は小声で断りを入れてから、そっと中へお邪魔した。
部屋のどこにも電気が点いていない。牛牧さんは家にいないようだ。
それもまた、自分の意思なのか誰かに連れ去られたのかは、私には分からない……。
「どこに行ったのよ……」
頼れる人も、話せる人もいなくなっていく。
信じた希望を容赦なく引き剥がされているようで、泣き出したい気持ちだった。
何もしないまま戻るのも嫌なので、私は救急箱のようなものがないかを探す。幸いそれはすぐに見つかったので、小脇に抱えて持っていくことにした。
いっそのこと、自分の家に戻って両親に助けを仰ごうか。何にせよ、今日を乗り越えることが一番なのだ。
最後に頼れるものがあるとすれば、それは家族だろう。
他に誰もいなくなってしまったのなら……。
――あれ?
牛牧さんの家を出たところで、私は目の前の道路に何かがあることに気付いた。
もうすっかり陽は沈み、街灯がまばらに道を照らすばかりだが、そこには光があまり当たっていない。
近づかなければそれが何かは判然としなかった。
けれど、只ならぬ予感がして。
私は足を運ぶことが、恐ろしくなる。
確かめなければ。震える足を無理矢理動かして。
私はゆっくりと、その何かへ近づいていった。
「……嘘」
人が、倒れていた。
私の大切な、仲間だった。
ずっとずっと、会えずにいた仲間。
玄人がそこに、倒れ伏していた。
「玄人ッ!」
私は慌てて彼の元へ駆け寄り、その体を揺さぶるのだが、全く反応がない。
しかも、彼の体は至る所が真っ赤に染まっていた。
血塗れなのだ。
「何があったのよ、玄人!?」
息はあるが、目を覚ましてくれない。服やズボン、顔にまで血液は付着している。
酷い怪我なのかと思って服を捲ってみると、体には何の傷もなかった。
これは、玄人の血ではない……?
彼の足は、靴が脱げて裸足になっている。そして、前方の道路には小さな血痕がポツポツと続いている。
玄人はどうやら、あちら側からここまで彷徨うように歩いてきて、力尽きたようだ。
この身なりからして、凄絶な事件が起きたことは明白だった。
私は、意識のない玄人の目を指でこじ開けてみる。
……予想通り、彼の目は左右とも真っ赤に充血していた。
「みんな、赤くなってく……」
みんな、狂っていく。
玄人は、一体どこから来たのだろう。彼が血塗れになった現場で、何が起こったのだろう。
私は血痕に導かれるように、前へ前へと進んでいった。
答えは、程近い場所にあった。
血痕は、病院の中へと続いていたのだ。
院内で流血沙汰があったことは間違いない。
しかし、そこで奇妙なことに気付く。
滴り落ちたような血痕以外に、別の形をした血痕も微かに付いていた。
それは、足形だった。
「早乙女さんのときと、同じ……?」
永射邸跡での、早乙女さん殺害事件。
あのとき私が目を覚ました後、現場には血の手形が残されていた。
どういうわけか、今度は血の足形がある。
普通に考えれば、これは玄人の足跡なのだろうが……。
「そんなわけ、ないわよね」
これは玄人のものじゃない。
私はハッキリと確信を持って、そう結論付けることができた。
手形のときと同じだ。
これは違うのだと、私には分かる。
――どうして?
そこに答えがありそうな気がしたのに。
増してくる頭痛のせいで、私はそれ以上思考を巡らせられなかった。
血を追って、病院の中へ。
院内は、電気も点いておらずとても暗い。
目を凝らさなければ分かり辛かったが、血は東側に続いていた。
あちらは確か、関係者以外立ち入り禁止のスペースがあったはずだ。
私は慎重に、歩を進める。
やがて、開け放たれた扉が目の前に現れる。
血痕は、そこで一際大きくなっていた。
この先に、凄惨な光景が待っている。
覚悟なんてできはしないけれど……それでも、私は死臭漂うその場所へと、踏み込んだ。
「……あ……あぁ――」
目の前が、どす黒い血の色で埋め尽くされる。
大量の血と、散乱した人の残骸。
全ては、絶望とともに終焉を迎えるのだろうか。
血溜まりの中に散らばっていたのは――貴獅さんのバラバラ死体だった。
古き伝承に準えて、満生台の最期を演出させないためには、ルナティック波長を止めなくてはならない。もしそれが不可能だとしたらせめて、街の人々を狂気の下に傷付け合わせないようするしかないだろう――』
暗闇の中で目を覚ます。
ズキズキと痛む体を僅かに動かすと、覆い被さっていた何かがガラリと滑り落ちた。
天井から落ちてきた、無数の瓦礫。身を潜めるためにやって来た永射邸跡だったが、まさかまた地震が襲うとは想定外だ。当たり所が悪ければ命も危うかった。瓦礫の下敷きになる恐怖を、私はよく理解している。
……しかし、妙だった。結構な量の瓦礫が降り注いだはずなのに、どこにも深い傷や骨折の痛みなどがない。奇跡的にといえばそれまでだが、運が良すぎる。
そう言えば、羊子さんは無事だろうか――。
「え……」
違った。
決して幸運などと、都合の良い解釈などしてはいけなかった。
私の背中から滑り落ちた瓦礫は。
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「よ、羊子さん!」
あの状況で、彼女は咄嗟に私を庇ってくれたのだ。
足を滑らせ倒れ込む私に、覆いかぶさるようにして。
だから、崩れ落ちてくる瓦礫を一身に受けたのは私でなく、羊子さんの方だった。
隣に倒れた彼女の背中には、じわりと血が滲んでいる……。
「しっかり……!」
呼吸はある。血の量もそこまで多くはないし、命に別状はないだろう。
しかし、佐曽利さんのように放っておくのはまずそうだ。
応急処置くらいは必要と判断し、ひとまず彼女を建物の外まで運ぶ。
それから外壁に凭せ掛けると、近くの集会場を目指した。
集会場にも電話がある。牛牧さんにでも連絡がとれれば、彼ならすぐに駆けつけてくれるはず。
後のことは私じゃ力になれないので、牛牧さんにお願いしよう。
空はもう暗い。数時間は気絶していたようだ。電波塔の稼働式典は九時だったが、刻限まであとどれくらい残っているのか。
集会場の中に入り、まず時計を確認する。時刻は午後七時前。瓦礫の下で、実に四時間以上も意識を失っていたようだ。
「……痛て……」
怪我のせいか、電波のせいか。ズキズキと頭が痛む。
これ以上酷くならないといいのだが。
ホールから人の気配はない。ここでの集まりは終わったようだ。あの数の人がどこへ向かったかは不安だったけれど、今は邪魔立てされないことをよしとしよう。
牛牧さんの家の電話番号を記憶の中から引っ張り出してプッシュする。
しかし、呼出音は鳴ったものの、牛牧さんは電話を取ってくれなかった。
「出てくれない……」
もしかしたら。
牛牧さんまで、狂気にあてられてしまったのか。
彼もそれなりの年齢だ。お年寄りで体力のない人があてられやすいとしたら、彼も正常でいられない可能性はあった。
悩んだ末、病院にも電話を掛けてみる。最悪、貴獅さんに繋がったとしても羊子さんの状況だけを伝えて切ればいい。
そう思っていたけれど、病院への電話も取ってくれる人はいなかった。延々と、呼出音が鳴るばかりである。
まだ、完全に通信が遮断されたわけではないようだが……。
仕方がない。私は牛牧さんの家まで向かうことにした。少し遠いが、直接行って確かめるほうが早いだろう。彼の安否だって気になる。
集会場を出て、私は牛牧家へ急いだ。
真夏とは言え、陽は既に九割方沈んでいる。空には満月が昇り、煌めくそれはほんのりと赤い。
赤いのは、フィルターだ。
私の目が、あの満月を赤らめている。
街灯が点き始めた道を、南西へ。走り続け、牛牧家がぼんやりと見えてくる。
息を切らしながら玄関前まで到着した私は、そのまますぐにチャイムを鳴らした。
反応は、ない。
「牛牧さん、いますか?」
家の中へ呼び掛けてみるのだが、それに対しても返事はなく、不安は募る。
私は小声で断りを入れてから、そっと中へお邪魔した。
部屋のどこにも電気が点いていない。牛牧さんは家にいないようだ。
それもまた、自分の意思なのか誰かに連れ去られたのかは、私には分からない……。
「どこに行ったのよ……」
頼れる人も、話せる人もいなくなっていく。
信じた希望を容赦なく引き剥がされているようで、泣き出したい気持ちだった。
何もしないまま戻るのも嫌なので、私は救急箱のようなものがないかを探す。幸いそれはすぐに見つかったので、小脇に抱えて持っていくことにした。
いっそのこと、自分の家に戻って両親に助けを仰ごうか。何にせよ、今日を乗り越えることが一番なのだ。
最後に頼れるものがあるとすれば、それは家族だろう。
他に誰もいなくなってしまったのなら……。
――あれ?
牛牧さんの家を出たところで、私は目の前の道路に何かがあることに気付いた。
もうすっかり陽は沈み、街灯がまばらに道を照らすばかりだが、そこには光があまり当たっていない。
近づかなければそれが何かは判然としなかった。
けれど、只ならぬ予感がして。
私は足を運ぶことが、恐ろしくなる。
確かめなければ。震える足を無理矢理動かして。
私はゆっくりと、その何かへ近づいていった。
「……嘘」
人が、倒れていた。
私の大切な、仲間だった。
ずっとずっと、会えずにいた仲間。
玄人がそこに、倒れ伏していた。
「玄人ッ!」
私は慌てて彼の元へ駆け寄り、その体を揺さぶるのだが、全く反応がない。
しかも、彼の体は至る所が真っ赤に染まっていた。
血塗れなのだ。
「何があったのよ、玄人!?」
息はあるが、目を覚ましてくれない。服やズボン、顔にまで血液は付着している。
酷い怪我なのかと思って服を捲ってみると、体には何の傷もなかった。
これは、玄人の血ではない……?
彼の足は、靴が脱げて裸足になっている。そして、前方の道路には小さな血痕がポツポツと続いている。
玄人はどうやら、あちら側からここまで彷徨うように歩いてきて、力尽きたようだ。
この身なりからして、凄絶な事件が起きたことは明白だった。
私は、意識のない玄人の目を指でこじ開けてみる。
……予想通り、彼の目は左右とも真っ赤に充血していた。
「みんな、赤くなってく……」
みんな、狂っていく。
玄人は、一体どこから来たのだろう。彼が血塗れになった現場で、何が起こったのだろう。
私は血痕に導かれるように、前へ前へと進んでいった。
答えは、程近い場所にあった。
血痕は、病院の中へと続いていたのだ。
院内で流血沙汰があったことは間違いない。
しかし、そこで奇妙なことに気付く。
滴り落ちたような血痕以外に、別の形をした血痕も微かに付いていた。
それは、足形だった。
「早乙女さんのときと、同じ……?」
永射邸跡での、早乙女さん殺害事件。
あのとき私が目を覚ました後、現場には血の手形が残されていた。
どういうわけか、今度は血の足形がある。
普通に考えれば、これは玄人の足跡なのだろうが……。
「そんなわけ、ないわよね」
これは玄人のものじゃない。
私はハッキリと確信を持って、そう結論付けることができた。
手形のときと同じだ。
これは違うのだと、私には分かる。
――どうして?
そこに答えがありそうな気がしたのに。
増してくる頭痛のせいで、私はそれ以上思考を巡らせられなかった。
血を追って、病院の中へ。
院内は、電気も点いておらずとても暗い。
目を凝らさなければ分かり辛かったが、血は東側に続いていた。
あちらは確か、関係者以外立ち入り禁止のスペースがあったはずだ。
私は慎重に、歩を進める。
やがて、開け放たれた扉が目の前に現れる。
血痕は、そこで一際大きくなっていた。
この先に、凄惨な光景が待っている。
覚悟なんてできはしないけれど……それでも、私は死臭漂うその場所へと、踏み込んだ。
「……あ……あぁ――」
目の前が、どす黒い血の色で埋め尽くされる。
大量の血と、散乱した人の残骸。
全ては、絶望とともに終焉を迎えるのだろうか。
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