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Fifteenth Chapter...8/2
倒れていく味方
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時計の針は十二時を指す。
気温も上がり、夏らしい暑さには辟易するけれど、さっきまでの頭痛は治まってきた。
千代さんはお昼ご飯も一緒に、と誘ってくれたものの、流石にそこまで甘えるつもりはなかったので、私は秤屋家を辞去することにした。
千代さんのお父さんは、あれからずっと眠っている。呼吸は安定しているので、危険な状態ではなさそうだ。お母さんが様子を見つつ、千代さんは店番を続けるという。
「今日一日は、気を付けてくださいね」
「ええ、ありがと」
具体的にどう気を付ければいいかを説明できないのがもどかしいが、言わないよりはマシだろう。
私は最後に改めてお礼を言い、千代さんと別れた。
ふらふらと佐曽利家を出てきたときは、頭の中が混乱していたけれど、休めたおかげで一応は落ち着けたと思う。牛牧さんに事情を聞きに行った佐曽利さんも、そろそろ戻ってきている頃だろうし、私も一度佐曽利家へ戻ることにしよう。
……それにしても、街がやけに静かな気がする。考え過ぎかもしれないが、住民の姿も見えないし声も聞こえない。こちらが見つからないことは都合がいいとしても、さっきの千代さんのお父さんと同じことが街のお年寄りたちに起きているかもと思うと不安だった。
結局、誰の姿も見ないまま佐曽利家まで帰り着く。佐曽利さんは帰ってるだろうか。ひょっとしたら、虎牙も帰っているかもしれないし、八木さんも目覚めているかもしれない。状況が悪い分、希望だけは捨てずにいたかった。
「……あれ?」
家の前まで来たところで、私は異常に気付いた。
きちんと閉めていったはずの玄関扉が僅かに開いているのだ。
まあ、佐曽利さんが帰ってきたときに隙間が開いてしまったというなら理解はできる。
家に入ってからそれとなく伝えればいいかと、とりあえず私は中に入った。
――だが。
「え――」
一瞬、私は目の前の光景を受け入れられずに絶句した。
だって、こんなことは想像もしていない。
何の覚悟もできていない……!
「佐曽利さん!」
玄関の少し先、俯せに倒れているのは佐曽利さんだった。付近には靴の跡が複数残されており、何者かが土足で廊下まで上がったことを物語っている。
そして――。
「しっかりしてください、佐曽利さん!」
彼の頭からは、僅かながら血が滲んでいて、床を濡らしている。これは明らかに外傷だ。
家に上がり込んできた住民たちが、佐曽利さんを襲った……。
どうして? 街の人たちに、佐曽利さんに危害を加える理由なんてあったのか?
いや、そうではない。理由などは無関係なのだ。
理由などなくても、狂ってしまえば人は人を襲えるものなのだから。
「ルナティック……」
ここまで来たら、どんな荒唐無稽でも信じるしかない。
貴獅さんは人を狂わせる装置を本当に作り上げてしまったのだ。
脳を侵す波長により、正常な思考でいられなくなった住民の誰かが、ここへ来て。
計画を阻止しようと動く私たちを妨害してきた……。
「ひ……ッ」
我ながら、気付くのが遅れる。
貴獅さんの狙いは佐曽利さん個人でなく、計画を阻止する者の妨害。
その中には私も含まれているだろう。
だったら、狂人と化した住民がまだ家の中にいたとしてもおかしくはない……!
私は一先ず、家の奥に注意を向けたまま佐曽利さんの怪我の具合を確認する。どうやら頭を殴られてはいるが、呼吸は正常だし、気絶しているだけのようだ。
玄関に置かれていた箒を手に取り、私は恐る恐る廊下を進んでいく。
「……ふう……」
一瞬が、とても長く感じられた。死角になっている部屋の中を、一つ一つ覗いていく緊張感。
突然背後から襲い掛かられないとも限らない恐怖……。
また、ズキリと頭が痛み始める。
不気味なほどの静けさの中に、何故か風の音のようなものが聞こえてくる。
それは、鬼の息遣いか。
いや、そんなはずはない。
鬼の伝承。
きっとあの言い伝えが、WAWプログラムの隠れ蓑にすらなっている。
赤い満月の昇る夜、人々が狂い果てるという伝承の結末。
その内容が偶然にもWAWプログラムの実験と相似しているのだ……。
また一つ、部屋を覗く。
誰の姿もない。荒らされた様子もない。
次は、和室だ。
あの部屋には、八木さんが今も眠っているはず……。
「……八木さん?」
静かだった。
賊どころか、誰の気配もなかった。
私は嫌な予感がして、慌てて部屋の中を覗く。
そこに、八木さんの姿はなかった。
「どう、して……」
八木さんが寝ていた布団には。
拳大の血痕が付着していて。
ちょうどそれは、枕の部分に。
つまり彼は、佐曽利さんと同じように頭を殴られて……。
「嘘よ……こんなの……」
一人、また一人と。
私の味方が奪われていく。
虎牙が消え、佐曽利さんが倒れて、そして今度は八木さんが。
いやもしかしたら、魔の手は他の人にも及んでいるかもしれなくて……。
八月二日が、貴獅さんの計画の最終地点であるならば。
全てを終えるために、最早形振り構わなくなっているのだろうか。
だとすれば、もう私たちなどちっぽけな存在でしかなく。
如何に牙を突き立てようとしても、それは毛ほどの抑止力にもなりはしないのだろうか……。
「……それでも」
それでも、何とかしないと。
目の前に絶望が佇んでいるからといって、諦めてはいけない。
それでもまだ希望は残っているのだと、私は信じたい。
家の中に、侵入者はもういないようだ。気は抜けないが、とりあえず私は箒を近くに置いて、佐曽利さんを和室まで運ぶ。
体重が重いので、私一人ではほとんど引き摺るようにしか運べなかったが、何とか八木さんが寝ていた布団までは移動させられた。
枕は汚れていたので使えなかったが、佐曽利さんはここに寝かせておくしかない。頭の怪我も酷くはないようだし、気絶の原因は殴られた衝撃での、軽い脳震盪だろう。なるべく早く目覚めてくれることを祈っておく。
しかし、八木さんはどこへ行ったのか。或いは、どこへ連れ去られたのか。
自分の意思でいなくなったのか、無理やり連れていかれたのかも判然としない。ただ、昨日の怪我と枕の血痕を考慮すれば自力という線は薄そうだが。
色々なことがぐるぐる脳内を巡る。私自身も忙しなく家の中を歩き回っていたが、そこでふとあるものが目に留まった。
数日前にも見かけた、怪しいチラシ。
電波塔計画の反対者集会を知らせるものだ。
日付は電波塔稼働式典と合わせるように、八月二日。時刻は昼過ぎからになっている。
電波塔反対派は、主に地元のお年寄りたちだった。
稼働式典を止めるためにデモを起こそうとしているのではと一時期疑ったが、有り得る話ではある。
そして、貴獅さんもその可能性を考慮していたなら。
狂わせやすいお年寄りが集まることを、むしろ好機と考えていたなら……。
「集会場、か」
生前の永射さんが電波塔の説明会を行っていた場所。
その場所で開かれる、反対者集会。
ただでさえ集まる人たちは気が立っているはずだ。そこにもし貴獅さんが、ルナティック波長を浴びせていたとしたらあまりにも危険だが。
ここを襲撃した人物もまた狂気に支配されていたなら、八木さんが連れ去られている可能性だってあった。
何にせよ、後々のことも考えると一度見に行ってみたほうがよさそうだ。
街の人たちが私に襲い掛かってくるという、B級ホラー映画のような事態に陥らないとも限らないのだから。
「ちょっと、行ってきますね」
意識の戻らない佐曽利さんに一応声を掛け、私は家を出る。
街の北東にある、集会場を目指して。
気温も上がり、夏らしい暑さには辟易するけれど、さっきまでの頭痛は治まってきた。
千代さんはお昼ご飯も一緒に、と誘ってくれたものの、流石にそこまで甘えるつもりはなかったので、私は秤屋家を辞去することにした。
千代さんのお父さんは、あれからずっと眠っている。呼吸は安定しているので、危険な状態ではなさそうだ。お母さんが様子を見つつ、千代さんは店番を続けるという。
「今日一日は、気を付けてくださいね」
「ええ、ありがと」
具体的にどう気を付ければいいかを説明できないのがもどかしいが、言わないよりはマシだろう。
私は最後に改めてお礼を言い、千代さんと別れた。
ふらふらと佐曽利家を出てきたときは、頭の中が混乱していたけれど、休めたおかげで一応は落ち着けたと思う。牛牧さんに事情を聞きに行った佐曽利さんも、そろそろ戻ってきている頃だろうし、私も一度佐曽利家へ戻ることにしよう。
……それにしても、街がやけに静かな気がする。考え過ぎかもしれないが、住民の姿も見えないし声も聞こえない。こちらが見つからないことは都合がいいとしても、さっきの千代さんのお父さんと同じことが街のお年寄りたちに起きているかもと思うと不安だった。
結局、誰の姿も見ないまま佐曽利家まで帰り着く。佐曽利さんは帰ってるだろうか。ひょっとしたら、虎牙も帰っているかもしれないし、八木さんも目覚めているかもしれない。状況が悪い分、希望だけは捨てずにいたかった。
「……あれ?」
家の前まで来たところで、私は異常に気付いた。
きちんと閉めていったはずの玄関扉が僅かに開いているのだ。
まあ、佐曽利さんが帰ってきたときに隙間が開いてしまったというなら理解はできる。
家に入ってからそれとなく伝えればいいかと、とりあえず私は中に入った。
――だが。
「え――」
一瞬、私は目の前の光景を受け入れられずに絶句した。
だって、こんなことは想像もしていない。
何の覚悟もできていない……!
「佐曽利さん!」
玄関の少し先、俯せに倒れているのは佐曽利さんだった。付近には靴の跡が複数残されており、何者かが土足で廊下まで上がったことを物語っている。
そして――。
「しっかりしてください、佐曽利さん!」
彼の頭からは、僅かながら血が滲んでいて、床を濡らしている。これは明らかに外傷だ。
家に上がり込んできた住民たちが、佐曽利さんを襲った……。
どうして? 街の人たちに、佐曽利さんに危害を加える理由なんてあったのか?
いや、そうではない。理由などは無関係なのだ。
理由などなくても、狂ってしまえば人は人を襲えるものなのだから。
「ルナティック……」
ここまで来たら、どんな荒唐無稽でも信じるしかない。
貴獅さんは人を狂わせる装置を本当に作り上げてしまったのだ。
脳を侵す波長により、正常な思考でいられなくなった住民の誰かが、ここへ来て。
計画を阻止しようと動く私たちを妨害してきた……。
「ひ……ッ」
我ながら、気付くのが遅れる。
貴獅さんの狙いは佐曽利さん個人でなく、計画を阻止する者の妨害。
その中には私も含まれているだろう。
だったら、狂人と化した住民がまだ家の中にいたとしてもおかしくはない……!
私は一先ず、家の奥に注意を向けたまま佐曽利さんの怪我の具合を確認する。どうやら頭を殴られてはいるが、呼吸は正常だし、気絶しているだけのようだ。
玄関に置かれていた箒を手に取り、私は恐る恐る廊下を進んでいく。
「……ふう……」
一瞬が、とても長く感じられた。死角になっている部屋の中を、一つ一つ覗いていく緊張感。
突然背後から襲い掛かられないとも限らない恐怖……。
また、ズキリと頭が痛み始める。
不気味なほどの静けさの中に、何故か風の音のようなものが聞こえてくる。
それは、鬼の息遣いか。
いや、そんなはずはない。
鬼の伝承。
きっとあの言い伝えが、WAWプログラムの隠れ蓑にすらなっている。
赤い満月の昇る夜、人々が狂い果てるという伝承の結末。
その内容が偶然にもWAWプログラムの実験と相似しているのだ……。
また一つ、部屋を覗く。
誰の姿もない。荒らされた様子もない。
次は、和室だ。
あの部屋には、八木さんが今も眠っているはず……。
「……八木さん?」
静かだった。
賊どころか、誰の気配もなかった。
私は嫌な予感がして、慌てて部屋の中を覗く。
そこに、八木さんの姿はなかった。
「どう、して……」
八木さんが寝ていた布団には。
拳大の血痕が付着していて。
ちょうどそれは、枕の部分に。
つまり彼は、佐曽利さんと同じように頭を殴られて……。
「嘘よ……こんなの……」
一人、また一人と。
私の味方が奪われていく。
虎牙が消え、佐曽利さんが倒れて、そして今度は八木さんが。
いやもしかしたら、魔の手は他の人にも及んでいるかもしれなくて……。
八月二日が、貴獅さんの計画の最終地点であるならば。
全てを終えるために、最早形振り構わなくなっているのだろうか。
だとすれば、もう私たちなどちっぽけな存在でしかなく。
如何に牙を突き立てようとしても、それは毛ほどの抑止力にもなりはしないのだろうか……。
「……それでも」
それでも、何とかしないと。
目の前に絶望が佇んでいるからといって、諦めてはいけない。
それでもまだ希望は残っているのだと、私は信じたい。
家の中に、侵入者はもういないようだ。気は抜けないが、とりあえず私は箒を近くに置いて、佐曽利さんを和室まで運ぶ。
体重が重いので、私一人ではほとんど引き摺るようにしか運べなかったが、何とか八木さんが寝ていた布団までは移動させられた。
枕は汚れていたので使えなかったが、佐曽利さんはここに寝かせておくしかない。頭の怪我も酷くはないようだし、気絶の原因は殴られた衝撃での、軽い脳震盪だろう。なるべく早く目覚めてくれることを祈っておく。
しかし、八木さんはどこへ行ったのか。或いは、どこへ連れ去られたのか。
自分の意思でいなくなったのか、無理やり連れていかれたのかも判然としない。ただ、昨日の怪我と枕の血痕を考慮すれば自力という線は薄そうだが。
色々なことがぐるぐる脳内を巡る。私自身も忙しなく家の中を歩き回っていたが、そこでふとあるものが目に留まった。
数日前にも見かけた、怪しいチラシ。
電波塔計画の反対者集会を知らせるものだ。
日付は電波塔稼働式典と合わせるように、八月二日。時刻は昼過ぎからになっている。
電波塔反対派は、主に地元のお年寄りたちだった。
稼働式典を止めるためにデモを起こそうとしているのではと一時期疑ったが、有り得る話ではある。
そして、貴獅さんもその可能性を考慮していたなら。
狂わせやすいお年寄りが集まることを、むしろ好機と考えていたなら……。
「集会場、か」
生前の永射さんが電波塔の説明会を行っていた場所。
その場所で開かれる、反対者集会。
ただでさえ集まる人たちは気が立っているはずだ。そこにもし貴獅さんが、ルナティック波長を浴びせていたとしたらあまりにも危険だが。
ここを襲撃した人物もまた狂気に支配されていたなら、八木さんが連れ去られている可能性だってあった。
何にせよ、後々のことも考えると一度見に行ってみたほうがよさそうだ。
街の人たちが私に襲い掛かってくるという、B級ホラー映画のような事態に陥らないとも限らないのだから。
「ちょっと、行ってきますね」
意識の戻らない佐曽利さんに一応声を掛け、私は家を出る。
街の北東にある、集会場を目指して。
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