この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗

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Fourteenth Chapter...8/1

狙われた者

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 観測所があった付近は、土砂崩れのせいで近づくことも困難だった。
 そもそも、どこに観測所があったかも最早定かでない状態で。
 私たちは足元の地面が崩れないか、慎重に確かめながら移動しなければならなかった。

「八木さん!」

 私は名前を叫びながら、どこかに八木さんの姿がないかと探す。彼なら事前に地震の予兆を察知できるかもしれないし、怪しい波形を見て安全な場所へ逃げていたらいいのだけど。
 あまりその可能性に希望が持てないのは、人工地震の話があったからだ。あれは初期微動が無いために、事前の予測が非常に困難なはずだった。たとえ人工地震でなくとも、震源が浅いとかで初期微動が短ければ、逃げ出す時間もないだろう。
 せめて、観測所からは抜け出せていたなら……。

「いたぞ!」

 佐曽利さんの声だった。私と虎牙がいるところより数メートルほど下で立っている。
 地面がごっそり削れている場所のすぐ隣に、確かに仰向けに倒れた人の姿があった。
 カッターシャツとズボン、変わらない出で立ち。間違いなく八木さんだ。
 私たちは急いで倒れている彼の傍まで近づく。それから、

「生きてますよね……?」
「ああ、息はある。しかし、やはり土砂崩れに巻き込まれて全身を強く打っているらしい」

 佐曽利さんは八木さんの顔や手を指差す。彼の言う通り、八木さんの額からは血が出ているし、土塗れの腕は無数の痣ができている。
 命に別状はないにしても、意識を失って当然の痛ましい状態だった。

「す、すぐ病院へ運びましょ!」

 私が慌てて叫ぶのを、しかし虎牙が制する。

「待て。今までの地震が仮に病院の奴らが起こしたもんだったらどうする? 貴獅は事件に首を突っ込んできた八木さんを殺そうとしていたってこともあり得る」
「そ、そんな……」
「医者の中で一番信用できるのは牛牧さんだ。八木さんには悪いが、どこかへ匿ってから牛牧さんに応急処置してもらうのが一番安全じゃねえかな」

 牛牧さんなら確かに、病院側の思惑とは無関係な立場にいるはずだ。しかし、応急処置だけで済ませるのは後が怖い。

「牛牧さんがちょっとでも心配だと思ったら、設備の整った病院で治療してもらうべきだと思うわ。それ次第ね」
「ああ。とにかく第一に、八木さんを俺ん家まで運ぼう。それから牛牧さんを呼んで診てもらう」
「分かったわ。早く運びましょ!」

 足場は今も細かな砂がパラパラと転がり落ちていつ連鎖的な土砂崩れが起きてもおかしくない。私たち自身が巻き込まれないためにも、ここを離れるのが先決だ。
 八木さんは佐曽利さんが背負ってくれたので、私たちはなるべく急いでその場を離れる。遠くの方で、一本の木がミシミシと音を立てながら倒れていくのが見えた。
 土砂崩れの範囲はそれほど広くはなかったようだ。もう少し広範囲に崩れていたら、電波塔までもが倒壊していた可能性がある。
 仮に地震が人工的なものだとしたら、そしてそれが病院側の人間によって起こされたものだとしたら。彼らは危険性を認識した上で八木さんを狙ったのだろうか。或いは、精度に絶対の自信があったのだろうか。
 狙い定めて地震を起こせる装置がもしも存在したら、それは流石に恐ろしすぎる。
 こんな小さな街にあっていい兵器ではない。
 悪路にも拘らず、佐曽利さんはできる限りの速度で八木さんを背負い走ってくれた。そのおかげで、二十分とかからずに家まで帰り着く。この暑さだ、佐曽利さんの額には玉のような汗が滲んでいるが、相変わらず彼はむすっとした表情を崩さなかった。
 八木さんを和室に運び込むと、虎牙が手際よく布団を敷いてくれ、そこに寝かせる。その間も八木さんの目は閉じたままで、ともすれば死んだようにすら見えてしまう蒼白な顔は見ていて居たたまれなかった。

「命の危険はないんですかね……」
「呼吸は落ち着いているようだが……何にせよ、すぐに牛牧を呼ぶ」

 佐曽利さんはそう言って、廊下にある固定電話の受話器を取り、番号をプッシュし始めた。長い呼出の後、もしもしという声が壁越しに聞こえる。

「……ああ、いや。少し個人的に用があってな。今から来られるか?」

 短いやり取りの後、待っているという言葉で電話は切られる。どうやら今から来てくれるようだ。
 戻ってきたときに佐曽利さんは、改めて私たちに冷たい飲み物を出してくれた。今度はお茶だ。

「病院にかけた電話なんでな。事情は話せなかったが……来てくれるそうだ」
「ありがとうございます……何ともなければいいんですけど」
「ひょろい奴だからな。ちょっと心配だが……まあ、大丈夫だろう」

 とりあえずは牛牧さんに診てもらい、応急処置を施したら、目を覚ましてくれるのを待つしかない。

「……せめて八木さんが帰ってくるまで待ってれば、何か違ったのかな」
「そんなことはねえだろ。お前も土砂崩れに巻き込まれてただけだ、むしろ良かったって思っとけ」
「そうだな、虎牙の言う通り。君がここにいたおかげで、逸早く八木くんの危機に気付けたとも言える」
「……すいません」

 二人はそう励ましてくれる。実際、私が傍にいたとしても足手まといにしかならなかっただろう。
 なら、虎牙たちの言うようにここにいたことは良かったのかもしれない。
 そう思おう。
 牛牧さんは、電話をしてから三十分ほどでこちらに駆け付けてくれた。特段事情を告げていないので、彼は手ぶらで来たわけだが、佐曽利さんがその場で用件を説明すると、急いで和室に向かって八木さんの容態を確認した。

「ふむ……頭を強打しているせいで気を失っているようだが、骨折などはしておらんな」
「そうですか……良かった」
「意識はそのうち回復するとして、応急処置だけはしてかねば。すまんが、一度道具を取りに戻る」
「ああ、頼む」

 しかし、と牛牧さんは唸って、

「まさかこんなことになるとは……陰鬱なことが続くな」
「そうだな……これだけ続くならきっと。続かせようとしてる誰かがいるってこった」

 虎牙のその一言は。
 多分、牛牧さんだって分かっていて言わなかったことなんだろう。
 だから彼は、ずっと八木さんの顔を見つめていた。
 心の中で謝り続けているかのように、申し訳なさそうな顔で見つめていたのだ。
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