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Fourteenth Chapter...8/1
八月の朝
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頭痛がする。
脳の一番深いところから、沸き上がるような鈍い痛みだ。
重いまぶたを開いて、ベッドから起き上がる。
八月最初の朝は、とても気怠い始まりだった。
心なしか、腕が痺れている感覚もある。
自動筆記はこの頃発現していなかったが、また起きたりするのだろうか。
鬼ときて、次は死。ならばその次はどんな文字が描かれるのか。
もしも狂などと記されたなら、お膳立てが過ぎると笑いたくなるほどだが。
……或いは、月などと記されたなら。
「あー、起きよう起きよう」
ベッドの上で嫌なことばかり想起していると、関連付けされていつも嫌なことが浮かぶようになってしまう。
さっさとベッドから離れることにしよう。
立ち上がり、ハンガーに掛けていた衣服を手に取って着替える。クローゼットを借りるのまでは遠慮していたので、部屋には私の服が他にも二着ほど掛かっていた。
「おはよう、龍美さん」
扉を開けてメインルームに入ると、八木さんからの挨拶が飛んでくる。時刻は七時半と結構早いのだが、八木さんは毎日早起きだな。
「おはよーございます」
挨拶を返しつつ、私は今日も料理係の役目を果たす。腕の痺れは時間が経つほどに薄れていき、今はもうほとんど感じなくなっていた。
トースターがあるので朝食程度ならさほど苦労はしない。昨日よりも効率的に朝食を作り終え、私は部屋のデスクに二人前の料理を並べた。
「何時ごろ出発するんです?」
いただきますの合唱のあと、私はトーストを口へ運ぶ八木さんに訊ねた。
彼は綺麗な焼き色のついたそれを一口かじると、
「ん。……十時くらいかな。昨日の電話で佐曽利さんからそう伝えられたから」
「ふむふむ」
八木さんは昨夜、私が地図を取りに出掛けているうちに、ノイズの酷さを我慢しながら佐曽利家に連絡を入れていた。
そこで佐曽利さんから、予定の時間は十時でという伝達があったという。
盗聴の危険性を考慮しての暗号めいたやり取りなんて、スパイ映画みたいだよなあと感じてしまう。
現実味のない話だ。……二週間ほど前からずっと、そんな日々が続いている。
「電波塔の稼働式典は、いよいよ明日だね。ここにいると、街の状況が分からなくなるだろう」
「正直そうですね。ほとんど誰とも会わないから、日が過ぎていく実感があんまりなくて」
満生台の時間の流れから、隔絶された気分というか。
いつか八木さんの言っていた、オブザーバーなんて言葉が浮かんでしまう。
ここにいると、満生台を見下ろす傍観者って気分になるよなあ。
怪しまれている可能性がある以上、当事者の立場として街へ戻るわけにはいかないのだけど。
「実は、病院が閉鎖に追い込まれたらしい。祟り騒動が影響して、電波塔計画を引き継いだ貴獅さんに批判が集まっているんだ。それで強引に自宅療養へ切り替える人が増えたり、抗議にやって来る人が現れたりして、今いる入院患者だけを残して、当面診察業務を休業することに決めたそうだ」
「ええっ……」
思い返してみれば、一昨日病院へ忍び込んだ際に蟹田さんが話していた。祟り騒動のせいで揉めてるから、と。その帰り際に家へ帰ろうとする入院患者も見たし、病院閉鎖は嘘じゃなさそうだ。
しかし、まさかそこまでの事態に陥ってしまうとは……。
「入院患者の治療は勿論継続しているけどね。電波塔に絡んだ問題が解決するまでは、再開は難しそうだ」
入院を余儀なくされている患者は気が気でないことだろう。閉鎖された病院で治療を受けるという、異常な状態となるわけだから。
蟹田さんは大丈夫だろうか。理魚ちゃんや、それに……満雀ちゃんは。
「満雀ちゃんのことって、何か聞いたりしてますか?」
「満雀さん? そうだね、少し前から体調を崩して、療養中だとは聞いたけど……それくらいかな」
「療養中ですか……」
今までにも時折、療養中だと学校を休むことはあったのだが、タイミングがタイミングだけに申し訳ない気持ちもある。
度重なる事件、私たちの失踪によって彼女の心労がどれほど蓄積されたか。それが体調不良の引き金になっている可能性がないとは言い切れなかった。
何もかもすっきりカタがつくのは、いつになるだろう。
また四人で、心おきなく笑えるようになるのは。
朝食を終えて食器を片付け、しばらくはやることもなく時間を潰す。道標の碑を調べる作業はあったが、出掛けるのは何となく八木さんに合わせたかったのだ。
虎牙とは十時に現地で落ち合う予定らしい。だから出発は二十分前くらい。それまでの間私は、地図に記された丸の数をひたすら数える作業に没頭した。
一時間以上をかけて数えた結果、街の中に道標の碑は六百八十五個あることが分かった。丸を付けたのは二年ほど前だし、正確かどうかは何とも言えないが、とりあえずはこの数を信じることにする。
後は山中にある碑の数だけだ。
「じゃあ、そろそろ出発しようかな」
九時半になり、八木さんは私に告げた。山中の探索ということで、流石に動きやすい服装に着替えるかと思っていたのだけど、変わらずカッターシャツのままだ。
多分この人、極端に衣服が少ないんだろうな。
「お互い収穫があればいいですね」
「ええ。暑いですけど、頑張りましょう」
夏真っ只中、ようやく雨雲もどこかへと流れ去って行った今日は猛暑日を記録しているらしい。観測所の中はエアコンのおかげで涼しいが、一歩出たときの熱気は凄まじそうだ。
私は念の為に、ペットボトルにお茶を入れて、それを鞄に詰める。スポーツドリンクの方がいいのだけれど、八木さんは普段飲まないようで常備はされていなかった。
地図と筆記用具と飲み物、それにタオル。鞄にはそれだけあれば十分だ。
「行ってきます!」
私と八木さんは、観測所を出てすぐの道で別れる。私は東へ、八木さんは西へ。
長期戦にはなるだろうが、これも虎牙のお手伝いだ。
あいつのため、事件解決のため、一肌脱いであげるとしましょう。
脳の一番深いところから、沸き上がるような鈍い痛みだ。
重いまぶたを開いて、ベッドから起き上がる。
八月最初の朝は、とても気怠い始まりだった。
心なしか、腕が痺れている感覚もある。
自動筆記はこの頃発現していなかったが、また起きたりするのだろうか。
鬼ときて、次は死。ならばその次はどんな文字が描かれるのか。
もしも狂などと記されたなら、お膳立てが過ぎると笑いたくなるほどだが。
……或いは、月などと記されたなら。
「あー、起きよう起きよう」
ベッドの上で嫌なことばかり想起していると、関連付けされていつも嫌なことが浮かぶようになってしまう。
さっさとベッドから離れることにしよう。
立ち上がり、ハンガーに掛けていた衣服を手に取って着替える。クローゼットを借りるのまでは遠慮していたので、部屋には私の服が他にも二着ほど掛かっていた。
「おはよう、龍美さん」
扉を開けてメインルームに入ると、八木さんからの挨拶が飛んでくる。時刻は七時半と結構早いのだが、八木さんは毎日早起きだな。
「おはよーございます」
挨拶を返しつつ、私は今日も料理係の役目を果たす。腕の痺れは時間が経つほどに薄れていき、今はもうほとんど感じなくなっていた。
トースターがあるので朝食程度ならさほど苦労はしない。昨日よりも効率的に朝食を作り終え、私は部屋のデスクに二人前の料理を並べた。
「何時ごろ出発するんです?」
いただきますの合唱のあと、私はトーストを口へ運ぶ八木さんに訊ねた。
彼は綺麗な焼き色のついたそれを一口かじると、
「ん。……十時くらいかな。昨日の電話で佐曽利さんからそう伝えられたから」
「ふむふむ」
八木さんは昨夜、私が地図を取りに出掛けているうちに、ノイズの酷さを我慢しながら佐曽利家に連絡を入れていた。
そこで佐曽利さんから、予定の時間は十時でという伝達があったという。
盗聴の危険性を考慮しての暗号めいたやり取りなんて、スパイ映画みたいだよなあと感じてしまう。
現実味のない話だ。……二週間ほど前からずっと、そんな日々が続いている。
「電波塔の稼働式典は、いよいよ明日だね。ここにいると、街の状況が分からなくなるだろう」
「正直そうですね。ほとんど誰とも会わないから、日が過ぎていく実感があんまりなくて」
満生台の時間の流れから、隔絶された気分というか。
いつか八木さんの言っていた、オブザーバーなんて言葉が浮かんでしまう。
ここにいると、満生台を見下ろす傍観者って気分になるよなあ。
怪しまれている可能性がある以上、当事者の立場として街へ戻るわけにはいかないのだけど。
「実は、病院が閉鎖に追い込まれたらしい。祟り騒動が影響して、電波塔計画を引き継いだ貴獅さんに批判が集まっているんだ。それで強引に自宅療養へ切り替える人が増えたり、抗議にやって来る人が現れたりして、今いる入院患者だけを残して、当面診察業務を休業することに決めたそうだ」
「ええっ……」
思い返してみれば、一昨日病院へ忍び込んだ際に蟹田さんが話していた。祟り騒動のせいで揉めてるから、と。その帰り際に家へ帰ろうとする入院患者も見たし、病院閉鎖は嘘じゃなさそうだ。
しかし、まさかそこまでの事態に陥ってしまうとは……。
「入院患者の治療は勿論継続しているけどね。電波塔に絡んだ問題が解決するまでは、再開は難しそうだ」
入院を余儀なくされている患者は気が気でないことだろう。閉鎖された病院で治療を受けるという、異常な状態となるわけだから。
蟹田さんは大丈夫だろうか。理魚ちゃんや、それに……満雀ちゃんは。
「満雀ちゃんのことって、何か聞いたりしてますか?」
「満雀さん? そうだね、少し前から体調を崩して、療養中だとは聞いたけど……それくらいかな」
「療養中ですか……」
今までにも時折、療養中だと学校を休むことはあったのだが、タイミングがタイミングだけに申し訳ない気持ちもある。
度重なる事件、私たちの失踪によって彼女の心労がどれほど蓄積されたか。それが体調不良の引き金になっている可能性がないとは言い切れなかった。
何もかもすっきりカタがつくのは、いつになるだろう。
また四人で、心おきなく笑えるようになるのは。
朝食を終えて食器を片付け、しばらくはやることもなく時間を潰す。道標の碑を調べる作業はあったが、出掛けるのは何となく八木さんに合わせたかったのだ。
虎牙とは十時に現地で落ち合う予定らしい。だから出発は二十分前くらい。それまでの間私は、地図に記された丸の数をひたすら数える作業に没頭した。
一時間以上をかけて数えた結果、街の中に道標の碑は六百八十五個あることが分かった。丸を付けたのは二年ほど前だし、正確かどうかは何とも言えないが、とりあえずはこの数を信じることにする。
後は山中にある碑の数だけだ。
「じゃあ、そろそろ出発しようかな」
九時半になり、八木さんは私に告げた。山中の探索ということで、流石に動きやすい服装に着替えるかと思っていたのだけど、変わらずカッターシャツのままだ。
多分この人、極端に衣服が少ないんだろうな。
「お互い収穫があればいいですね」
「ええ。暑いですけど、頑張りましょう」
夏真っ只中、ようやく雨雲もどこかへと流れ去って行った今日は猛暑日を記録しているらしい。観測所の中はエアコンのおかげで涼しいが、一歩出たときの熱気は凄まじそうだ。
私は念の為に、ペットボトルにお茶を入れて、それを鞄に詰める。スポーツドリンクの方がいいのだけれど、八木さんは普段飲まないようで常備はされていなかった。
地図と筆記用具と飲み物、それにタオル。鞄にはそれだけあれば十分だ。
「行ってきます!」
私と八木さんは、観測所を出てすぐの道で別れる。私は東へ、八木さんは西へ。
長期戦にはなるだろうが、これも虎牙のお手伝いだ。
あいつのため、事件解決のため、一肌脱いであげるとしましょう。
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