上 下
53 / 86
Tenth Chapter...7/28

満生台自治会

しおりを挟む
 軽い頭痛で目が覚めた。
 悪い夢を見ていたような心地だ。
 まぶたの裏に浮かび上がってくるのは、昨日の赤い視線。
 狂気的な赤き瞳の少女。

「理魚ちゃん、か」

 玄人はこの前、理魚ちゃんの病気について貴獅さんから説明されたと話していた。理魚ちゃんは病気のせいで喋ることも難しく、また精神疾患もあるという。
 だから、彼女が一言も喋らなかったのは仕方のないことだろうが……あの赤い目だけは、理由が分からなかった。
 あれも病気のうちなのかと、私はネットで検索をかけてみたのだが、当てはまりそうな病名は結膜下出血というもの。よくある原因としては寝不足だったり目の使い過ぎだったりで、目に対する疲れが血管に負荷を与えてしまい、血管が破れて目の中に血が漏れ出てしまうらしい。外傷による出血も理由に挙げられているが、理魚ちゃんに関してその可能性はないだろう。
 疲れが目に負荷を与え、出血して赤目になる。そのメカニズム自体は納得できるものだ。なら、理魚ちゃんは白目が全て真っ赤になってしまうほど目に負荷がかかっている、ということなのか。……精神疾患で上手く睡眠がとれていないのなら、それは有り得そうだ。
 とにかく、見た目は恐ろしかったものの現実にある病気であれば、現実の範疇に押しとどめていられる。これがどう考えても有り得ない現象だったら、私は鬼の祟りでも信じそうなくらいだった。
 玄人は、よく理魚ちゃんのことを気にかけている。精神疾患が完治する望みは少ないかもしれないが、『満ち足りた暮らし』を掲げるこの満生台に住んでいるのだ。できる限り良くなってほしいとは私も思う。

「……ふあぁ……」

 最近は悪夢によくうなされるせいか、私も寝不足だ。理魚ちゃんほどにはならないだろうが、気を付けないと私も目が赤くなってしまうかもしれないな。
 この土日のうちに、ゆっくり休めたらいいけれど。
 朝の身繕いを済ませてから、朝食のためリビングへ向かう。今日はお父さんもお母さんも席に座っていて、私のことを待ってくれていた。

「おはようー」
「ああ、おはよう」

 挨拶をして、私も席に着く。美味しそうな匂いにようやく目覚めを実感しながら、私は両親とともにいただきますの合唱をして、箸を手に取った。

「雨が続くな」
「そうねえ。嫌な事件も続いて、気持ちが暗くなるわ。ご近所の人もみんな言っているし」

 ゆっくりと箸を進めながら、お父さんとお母さんはそんな会話をしている。暗い気持ちは、やはり街中に伝播しているようだ。
 ふと、お父さんがいつも座っているソファを見ると、朝に配達されてきた郵便の束が放置されていた。配達物といっても何も特別なものはなく、契約している新聞とそこに折り込まれているチラシだけだ。
 ただ、私がそちらに視線をやっていると、

「……嫌なチラシも入っていたしな」

 と、お父さんが呟いた。

「嫌なチラシ?」
「ああ。電波塔計画の反対者集会、だそうだ。食事が終わったら、龍美も一応目を通しておくといい」
「反対者集会って……」

 意味はそのままだろうが、このタイミングでそんなものが開催されるというのか。
 まるで永射さんの死に乗じて、電波塔計画を潰そうとしているかのようだ。
 確かに、計画を中止させるのであれば、トップが死亡した今がチャンスなのだろう。
 どちらもなりふり構わなくなってきている。そんな風に感じてしまう。

「年配の方が心配になるのも分かるんだけどねえ」
「この情報化社会だ。電波塔も時代の流れと受け入れてほしいものだね」
「まあ、瓶井さんが手強いもの」
「まさにムラ文化というやつかな」

 二人の会話からして、集会を提起したのは瓶井さんなのだろうか。反対派のリーダーとしては、確かに彼女はもってこいだが。
 集団を形成して反対運動を行うというのは、どこか彼女の印象と相違している気がする。
 ご飯を食べ終えた私は、早速反対者集会のチラシを確認してみることにした。お父さんも見ていて気分を害したのか、新聞の下敷きになったチラシは歪に折れ曲がっている。
 
『暑い日が続きますが、満生台の皆様方にはご健勝のことと存じます。さて、早速ではございますが、標記の件につきまして、下記の通り行わせていただきますので、此度の計画に反対の意思をお持ちの方は、是非ご参加いただきたく、ご案内申し上げます。皆様の行動が、満生台を良き方向に変えてくださることを、心より願っております。どうぞ、よろしくお願いいたします』

 そのような文言が記されたチラシは、稚拙ながらある程度はパソコン作業のできる人間が作成したもののように思われた。……結局文明の利器を頼っているわけだが。ひょっとしたら、家族に作らせたとかはあるかもしれない。
 集会の開催日時は八月二日。これは電波塔が稼働するまさに当日だ。稼働式典は夜九時という遅い時間から始まることになっているはずなので、それより前に集会を開き、そのまま強硬手段で式典を潰したりするつもりなのだろうか。
 少なくとも、日程を合わせているのは作為的な印象がある。
 主催の名称は『満生台自治会』。仁科家が移住してきてから、自治会という名前を聞いたことはなかったが、永射さんの死を機に息を吹き返したのだろうか。

「この自治会って、瓶井さんがやってるものなのかな?」

 両親に訊ねてみると、

「そんな話は聞かないな。まず、俺も自治会というのを初めて知ったくらいだ」

 お父さんが言う。両親がこれまで世間話などで聞いたことがないのなら、この二年間は全く活動がなかったということに違いない。
 ちょっと怪しい集まりだなと思う。

「……八月二日ね。大変なことにならなきゃいいけど」

 お母さんの言葉。それは曖昧だけれど、現状を表すのにぴったりなものだ。
 この先何が起きるか分からない不安……得体の知れない恐怖が纏わりつくような、朝の一幕だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

暗闇の中の囁き

葉羽
ミステリー
名門の作家、黒崎一郎が自らの死を予感し、最後の作品『囁く影』を執筆する。その作品には、彼の過去や周囲の人間関係が暗号のように隠されている。彼の死後、古びた洋館で起きた不可解な殺人事件。被害者は、彼の作品の熱心なファンであり、館の中で自殺したかのように見せかけられていた。しかし、その背後には、作家の遺作に仕込まれた恐ろしいトリックと、館に潜む恐怖が待ち受けていた。探偵の名探偵、青木は、暗号を解読しながら事件の真相に迫っていくが、次第に彼自身も館の恐怖に飲み込まれていく。果たして、彼は真実を見つけ出し、恐怖から逃れることができるのか?

もしもし、お母さんだけど

歩芽川ゆい
ミステリー
ある日、蒼鷺隆の職場に母親からの電話が入った。 この電話が、隆の人生を狂わせていく……。 会話しかありません。

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

秋月真夜は泣くことにしたー東の京のエグレゴア

鹿村杞憂
ミステリー
カメラマン志望の大学生・百鳥圭介は、ある日、不気味な影をまとった写真を撮影する。その影について謎めいた霊媒師・秋月真夜から「エグレゴア」と呼ばれる集合的な感情や欲望の具現化だと聞かされる。圭介は真夜の助手としてエグレゴアの討伐を手伝うことになり、人々、そして社会の深淵を覗き込む「人の心」を巡る物語に巻き込まれていくことになる。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

黙秘 両親を殺害した息子

のせ しげる
ミステリー
岐阜県郡上市で、ひとり息子が義理の両親を刺殺する事件が発生した。  現場で逮捕された息子の健一は、取り調べから黙秘を続け動機が判然としないまま、勾留延長された末に起訴された。  弁護の依頼を受けた、桜井法律事務所の廣田は、過失致死罪で弁護をしようとするのだが、健一は、何も話さないまま裁判が始まった。そして、被告人の健一は、公判の冒頭の人定質問より黙秘してしまう……

処理中です...