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Ninth Chapter...7/27

私に何ができるのか

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「……久々だな。こんなところで集まってやがるとは」
「ど……どこ行ってたのよッ!」

 沢山言いたいことはあった。
 そのどれもが、虎牙を心配するものだったのに。
 口をついて出てきたのは、怒りにも似た感情の爆発で。
 虎牙がたじろぐのに、私はやってしまったとすぐ後悔することになった。

「あ……違うの、そうじゃない。ごめん」
「……いや。すまんかった」

 虎牙は、照れ臭そうに鼻をかいて、それから私の傍まで近づいてくる。
 そして、私の頭にぽんと手を置いた。

「心配かけた」
「……本当に。心配したのよ……」
「ああ……すまねえな」

 まるで、スイッチを入れられたように。
 彼に触れられて、私は涙が止まらなくなって。
 情けないと分かっているのに、どうしようもなく。
 彼の胸にしがみついて、ただ静かに……静かに、泣いた。
 虎牙は、私が泣き止むまでの間、辛抱強く私の抱き止めてくれていた。
 今まで迷惑をかけた分、今は自分が返さなくてはと思っているようでもあった。
 そして、五分ほど彼の胸でさめざめと泣いてから。
 私は恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な気分のまま彼からそっと離れるのだった。

「……ん。ありがと」
「はは、珍しいお前が見れて良かったぜ」
「も、もう!」

 ご褒美はこれくらいか。もう、いつもの虎牙だ。
 なら、私もいつもの龍美に戻らなきゃ。
 彼が姿を現したことには、きっと何か意味があるはずなのだから。

「……どうして、ここに」
「まあ、正直誰とも会うつもりはなかった。それがどうしてって言われたら……申し訳なかったからっつーか」

 言いながら、虎牙はスマホを取り出す。
 ……もしかして。

「お前があんまり必死なもんで、その……俺も気にしちまったんだよ」
「や、やっぱり見たの……?」

 通知さえオンにしていれば、未読のままでも画面に内容は出る。
 それくらいは見ているんじゃと予想してはいたけれど、こうして顔を突き合わせているときに意識させられるとは。
 アプリを開くと、私が送ったメッセージ全てが、今は既読になっていた。

「うー、撤回よ撤回! 全部忘れてー!」
「バッカ野郎。今更だっつの」
「アンタが連絡よこさないから悪いのよ!? だから私も気が変になって……」

 送ったメッセージを思い返すだけで顔が赤くなる。
 直接的な文章は何一つ書いてはいないけれど、読めば書き手の気持ちなんて明らかに分かるような、そんな内容。
 こちらから消せるなら、すぐにでも消してやるのに。
 相手の端末には残り続けるのだから恨めしい。

「……忘れたりするかよ。絶対」
「う、え……」

 虎牙の思わぬ反応に、こちらも動揺して変な声が出てしまった。
 ……どうして虎牙が照れるんだろう。
 今の言葉って、一体。
 もしかしたらの、甘い希望が私の中で踊る。
 ああ、やっぱり私はこいつのことが――。

「だー! とにかくだな。どうせ迷惑かけるなら、お前にかけるのが一番マシだって思ったんだよ。お前なら怒らねえだろうし、俺もまだ気が楽だ。だから、お前を選んだ。そういうことだ」
「め、迷惑……?」

 強引に話題を変えられたせいで、それ以上踏み込んだことは聞けなかったが、虎牙にとっての目的はむしろそちらなのだ。
 わざわざ私にだけ会いに来てくれた。それなら、今は自分のワガママは抑えて、彼の期待に応えてあげなければ。

「……分かった、教えて。虎牙が陥ってる状況と……私に、何ができるのか」
「……はは。流石は龍美だ。状況判断が早くて助かる」

 それじゃあ、と自分の椅子に腰かけて、虎牙は語り始める。
 彼が何に巻き込まれたのか。この街で、何が起きているのか。話せる限りの情報を。

「俺たちの暮らすこの満生台ではどうやら、表にゃ出せねえ怪しげな実験が行われようとしているらしいんだ」
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