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Seventh Chapter...7/25
不穏な朝
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鈍い頭痛で目が覚めた。
まるで二度寝した後のような痛みだったが、むくりと起き上がると、いつの間にやら痛みは消えている。
昨日の頭痛の名残だろうか。
「……ふう」
落ち着くために、小さく一度息を吐く。
軽く頭を振ると、長い髪が頬を撫でていった。
髪が酷く乱れている。どうやらとても寝苦しかったようだ。
頭が痛かったのも当然のことだった。
――鬼の祟り、か。
新しい一日が来れば、昨夜のことは悪い夢だったようにも思える。
喉元過ぎれば何とやら。その瞬間はまずいと感じても、楽になった後だと実感がなくなってしまうのだ。
……病院に行ってみたほうがいいのかもしれないが、どうするべきか。定期健診は一週間くらい前に行ったばかりなので、あと三週間ほど次の健診はない。双太さんにあまり苦労はかけたくないのだけれども。
仮に何らかの疾患があることが判明したら、今までのことは鬼の祟りでなく、病のせいと結論づけられるのかな。どちらがいいのかは難しいところだが。
「……起きよっと」
私はぽつりと呟いて、ベッドから抜け出した。
着替えを済ませ、念入りに髪を梳かしてから部屋を出る。洗顔と歯磨きのために洗面所へ向かったが、鏡に映った顔は、活力を失くしてだらしなく見えた。
おはよう、と挨拶をしてくれるリビングにいた両親に、私も挨拶を返してから、着席する。いつもは美味しく食べる朝食も、この日は何となく味気ないように感じてしまった。
不穏な予兆。
まだ開いてもいないページの先を、何故か知っているような――既視感(デジャヴュ)? 馬鹿馬鹿しいとは思うけれど、それに似た予感があったのだ。
願わくば、そんな予感なんて外れてほしいだけではあるけれど。
自動筆記。昨日は頭痛の酷さでベッドに倒れ込んでしまったが、もしもあのときペンを握っていたら、今までと同じように何らかの文字が記されていたのだろうか。
それを悔やむ気持ちが半分、安堵する気持ちが半分。自分でも、自分の気持ちが分からなくなっていた。
鬼と死。次に現れようとしていたのは――決して良い文字では、ないのだろう。
意識を切り替えきれないまま、時間が来たので私は学校へ出発する。雨はザーザーと降り続いていたので、大きめの傘を差して通学路を歩いていった。
学校には、いつものように玄人が先着。ただ、この日の彼は机に突っ伏していて、私が来たところで慌てて顔を上げたようだった。……寝られなかったのだろうか。
挨拶を交わして話をしてみると、どうも玄人の方も昨夜、異常があったらしい。
前回私に自動筆記があったとき、彼の方は金縛りが起きていたのだが……今回も、私と同じタイミングで鬼の唸り声を聞いたのだという。
偶然と片付けていい問題ではないはず、なのだけれど。
「虎牙はどうなのかしらねえ。昨日、説明会には来なかったし」
「あいつの性格からして、当然のことだけどね。来たら、変なことがなかったか聞くだけ聞いてみようか」
「一応、ね」
……虎牙。
玄人も彼は説明会に来ていないと思っているようだ。
やっぱり、あのとき見た虎牙らしき人影は、何かの見間違いだったのだろう。
少なくとも、鬼の祟りよりは楽に否定できる。
わざわざあいつに聞くまでもないことだ。
しかし、その虎牙は何故か中々登校してこなかった。いつもなら、ギリギリではあっても朝のチャイムが鳴るまでには来るはずだ。高熱を出して起きられなくなったときくらいしか、あいつが来なかったことはない。
だから、三十分のチャイムが鳴ったとき、私は虎牙が酷い病気に罹ってしまったのだろうかという不安に襲われた。
扉が開き、双太さんと満雀ちゃんが現れる。もしも虎牙が休むなら、双太さんに連絡がいくわけだし、理由はすぐに分かるだろうと思ったのだが、
「……玄人くんも、龍美ちゃんも、あの子が来てない理由、知ってる?」
と、双太さんが言うものだから、私の不安は一層大きくなってしまった。
――どういうこと?
私も玄人も、知らないと首を振る。双太さんは困り顔になって、
「どうしたんだろうなあ……後で、佐曽利さんに連絡とってみるか」
と呟き、溜息を付いてから出欠を取り始めた。
きっと、連絡が遅くなっているのに違いない。そう考えて、私がざわつく心を抑えようとしていると、ちょうどいいタイミングで電話のベルが鳴り響いた。
……ほら、やっぱり連絡が遅れただけなのだ。
「ちょっと、ごめんね」
双太さんは、電話を取るためすぐ職員室へ駆けていった。彼も勿論、虎牙のことが心配だったのだ。
連絡があったことは良かったと思うけれど、体調を崩しているのならお見舞いに行ってあげないといけないな。試験期間中だというのに、災難なものだ。
――風邪?
そう言えば、昨夜虎牙を見た気がしたあの時間には、もう雨が降り始めていた。
もし本当に、集会場に虎牙がいたのなら……雨に打たれて風邪をひいてもおかしくは、ないけれど。
……いや、そんな事がなくても風邪くらい誰でもひくでしょうがと、私は自分に言い聞かせた。
「……え、ええっと」
出ていったときとは違い、とぼとぼと戻ってきた双太さんは、何故か戸惑った様子のまま、
「試験、なんだけどね……どうしよう」
と、半ば独り言のようにそう呟いた。
煮え切らない言葉に待ちきれなくなって、
「双太さん、どうしたんですか?」
私が訊ねると、彼はずれた眼鏡を押し上げながら、
「いや、今の電話なんだけど、虎牙くんからではなくて。……どうも、永射さんがいなくなったらしいんだよ」
「え!? 永射さんが?」
てっきり虎牙か佐曽利さんからの連絡だとばかり思っていたので、その返答は想定外だった。
……永射さんが、いなくなった?
双太さんの言によれば、電話の相手は早乙女さん。所用のため、彼女は今朝永射さんの家を訪ねたのだが、チャイムを押しても誰も出てこず、また玄関の鍵も掛かっていたらしい。アポイントはあったので、わざわざ誰にも言わず出ていくことは考えにくい。奇妙だと思った早乙女さんは、とりあえず主要な人物に連絡をとり、永射さんの姿を見ていないか確認して回っていたのだった。
永射さん自身は車を所有していない。街の外に仕事があるときも、迎えの車が来ていたくらいだ。なので移動手段は基本徒歩なはずだし、そう遠くまで出かけているわけではなさそうだが。
外は大雨。誰のところにも行っていないというなら、少し心配にはなる。
「今、何人かの人が永射さんを探しているみたい。予定通り試験はするけど、終わったら僕もそっちに合流しようと思ってるから……申し訳ないけど龍美ちゃん、帰りは満雀ちゃんに付き添ってあげてくれるかな?」
「了解です。まあ、それまでに帰って来るといいですけどね」
「そうだねー……多分そうなると思うんだけど」
永射さんについてはしっかりと物事を考えられる人物、という評価だったのだが、今回のことは良く分からない。とりあえず、すぐに戻ってくれか、連絡をしてくれればいいけれど。
「まあ、それじゃ試験問題を持ってくるから、もうちょっとだけ待っててね」
先生としての役割に気持ちを切り替えようとする双太さんも、やはり永射さんのことが心配なのか、表情まで変えることは難しいようだった。
まるで二度寝した後のような痛みだったが、むくりと起き上がると、いつの間にやら痛みは消えている。
昨日の頭痛の名残だろうか。
「……ふう」
落ち着くために、小さく一度息を吐く。
軽く頭を振ると、長い髪が頬を撫でていった。
髪が酷く乱れている。どうやらとても寝苦しかったようだ。
頭が痛かったのも当然のことだった。
――鬼の祟り、か。
新しい一日が来れば、昨夜のことは悪い夢だったようにも思える。
喉元過ぎれば何とやら。その瞬間はまずいと感じても、楽になった後だと実感がなくなってしまうのだ。
……病院に行ってみたほうがいいのかもしれないが、どうするべきか。定期健診は一週間くらい前に行ったばかりなので、あと三週間ほど次の健診はない。双太さんにあまり苦労はかけたくないのだけれども。
仮に何らかの疾患があることが判明したら、今までのことは鬼の祟りでなく、病のせいと結論づけられるのかな。どちらがいいのかは難しいところだが。
「……起きよっと」
私はぽつりと呟いて、ベッドから抜け出した。
着替えを済ませ、念入りに髪を梳かしてから部屋を出る。洗顔と歯磨きのために洗面所へ向かったが、鏡に映った顔は、活力を失くしてだらしなく見えた。
おはよう、と挨拶をしてくれるリビングにいた両親に、私も挨拶を返してから、着席する。いつもは美味しく食べる朝食も、この日は何となく味気ないように感じてしまった。
不穏な予兆。
まだ開いてもいないページの先を、何故か知っているような――既視感(デジャヴュ)? 馬鹿馬鹿しいとは思うけれど、それに似た予感があったのだ。
願わくば、そんな予感なんて外れてほしいだけではあるけれど。
自動筆記。昨日は頭痛の酷さでベッドに倒れ込んでしまったが、もしもあのときペンを握っていたら、今までと同じように何らかの文字が記されていたのだろうか。
それを悔やむ気持ちが半分、安堵する気持ちが半分。自分でも、自分の気持ちが分からなくなっていた。
鬼と死。次に現れようとしていたのは――決して良い文字では、ないのだろう。
意識を切り替えきれないまま、時間が来たので私は学校へ出発する。雨はザーザーと降り続いていたので、大きめの傘を差して通学路を歩いていった。
学校には、いつものように玄人が先着。ただ、この日の彼は机に突っ伏していて、私が来たところで慌てて顔を上げたようだった。……寝られなかったのだろうか。
挨拶を交わして話をしてみると、どうも玄人の方も昨夜、異常があったらしい。
前回私に自動筆記があったとき、彼の方は金縛りが起きていたのだが……今回も、私と同じタイミングで鬼の唸り声を聞いたのだという。
偶然と片付けていい問題ではないはず、なのだけれど。
「虎牙はどうなのかしらねえ。昨日、説明会には来なかったし」
「あいつの性格からして、当然のことだけどね。来たら、変なことがなかったか聞くだけ聞いてみようか」
「一応、ね」
……虎牙。
玄人も彼は説明会に来ていないと思っているようだ。
やっぱり、あのとき見た虎牙らしき人影は、何かの見間違いだったのだろう。
少なくとも、鬼の祟りよりは楽に否定できる。
わざわざあいつに聞くまでもないことだ。
しかし、その虎牙は何故か中々登校してこなかった。いつもなら、ギリギリではあっても朝のチャイムが鳴るまでには来るはずだ。高熱を出して起きられなくなったときくらいしか、あいつが来なかったことはない。
だから、三十分のチャイムが鳴ったとき、私は虎牙が酷い病気に罹ってしまったのだろうかという不安に襲われた。
扉が開き、双太さんと満雀ちゃんが現れる。もしも虎牙が休むなら、双太さんに連絡がいくわけだし、理由はすぐに分かるだろうと思ったのだが、
「……玄人くんも、龍美ちゃんも、あの子が来てない理由、知ってる?」
と、双太さんが言うものだから、私の不安は一層大きくなってしまった。
――どういうこと?
私も玄人も、知らないと首を振る。双太さんは困り顔になって、
「どうしたんだろうなあ……後で、佐曽利さんに連絡とってみるか」
と呟き、溜息を付いてから出欠を取り始めた。
きっと、連絡が遅くなっているのに違いない。そう考えて、私がざわつく心を抑えようとしていると、ちょうどいいタイミングで電話のベルが鳴り響いた。
……ほら、やっぱり連絡が遅れただけなのだ。
「ちょっと、ごめんね」
双太さんは、電話を取るためすぐ職員室へ駆けていった。彼も勿論、虎牙のことが心配だったのだ。
連絡があったことは良かったと思うけれど、体調を崩しているのならお見舞いに行ってあげないといけないな。試験期間中だというのに、災難なものだ。
――風邪?
そう言えば、昨夜虎牙を見た気がしたあの時間には、もう雨が降り始めていた。
もし本当に、集会場に虎牙がいたのなら……雨に打たれて風邪をひいてもおかしくは、ないけれど。
……いや、そんな事がなくても風邪くらい誰でもひくでしょうがと、私は自分に言い聞かせた。
「……え、ええっと」
出ていったときとは違い、とぼとぼと戻ってきた双太さんは、何故か戸惑った様子のまま、
「試験、なんだけどね……どうしよう」
と、半ば独り言のようにそう呟いた。
煮え切らない言葉に待ちきれなくなって、
「双太さん、どうしたんですか?」
私が訊ねると、彼はずれた眼鏡を押し上げながら、
「いや、今の電話なんだけど、虎牙くんからではなくて。……どうも、永射さんがいなくなったらしいんだよ」
「え!? 永射さんが?」
てっきり虎牙か佐曽利さんからの連絡だとばかり思っていたので、その返答は想定外だった。
……永射さんが、いなくなった?
双太さんの言によれば、電話の相手は早乙女さん。所用のため、彼女は今朝永射さんの家を訪ねたのだが、チャイムを押しても誰も出てこず、また玄関の鍵も掛かっていたらしい。アポイントはあったので、わざわざ誰にも言わず出ていくことは考えにくい。奇妙だと思った早乙女さんは、とりあえず主要な人物に連絡をとり、永射さんの姿を見ていないか確認して回っていたのだった。
永射さん自身は車を所有していない。街の外に仕事があるときも、迎えの車が来ていたくらいだ。なので移動手段は基本徒歩なはずだし、そう遠くまで出かけているわけではなさそうだが。
外は大雨。誰のところにも行っていないというなら、少し心配にはなる。
「今、何人かの人が永射さんを探しているみたい。予定通り試験はするけど、終わったら僕もそっちに合流しようと思ってるから……申し訳ないけど龍美ちゃん、帰りは満雀ちゃんに付き添ってあげてくれるかな?」
「了解です。まあ、それまでに帰って来るといいですけどね」
「そうだねー……多分そうなると思うんだけど」
永射さんについてはしっかりと物事を考えられる人物、という評価だったのだが、今回のことは良く分からない。とりあえず、すぐに戻ってくれか、連絡をしてくれればいいけれど。
「まあ、それじゃ試験問題を持ってくるから、もうちょっとだけ待っててね」
先生としての役割に気持ちを切り替えようとする双太さんも、やはり永射さんのことが心配なのか、表情まで変えることは難しいようだった。
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