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Sixth Chapter...7/24
混乱の説明会
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夕食が終わり、午後七時四十分頃になると私たち家族は出発の準備を始めた。
住民説明会は八時からだ。
街のイベントなどでよく使われる集会場は、永射さんの邸宅付近……つまり街の北東部に存在する。これまでの説明会もそこで行われており、ラストを飾る今回の会も同じ場所で行われるのだ。
天気は全く回復していないので、各々折り畳み傘を持って家を発つ。仁科家は街の東側にあり、比較的集会場には近い。余裕をもって出たけれど、十分とかからないくらいで目的地に到着できた。
会場には既に何世帯かの住民たちがおり、玄人の家――真智田家も仲良く並んで座っていた。彼らに軽く挨拶をしてから、私たちは少し前、真ん中辺りの席に着く。
「こんばんは」
少し経って、挨拶が聞こえてきた。八木さんの声だ。
「あら、どうもこんばんは」
お母さんが挨拶を返し、私も同じように返す。お父さんだけは、軽く会釈をするのみだ。
私が八木さんと仲良くしていることを、お父さんはあんまり快く思っていないらしい。思春期の娘を持った父親の悩み、というやつだ。
見当違いではあるが、せいぜい悩み続けるがいいと心の中で笑っておく。
それからぞろぞろと住民たちは増えていき、開始予定の十分前には、もうほとんどの席が埋まっていた。話を聞きたい人ほど前の席に座るのだろうが、どうもお年寄りたちが多い。健康被害が気になる、というだけが理由ではなさそうだ。何故なら――。
「……来たわね」
お母さんが囁く。その視線の先を追うと、そこには年配の女性の姿。
素人目にも値打ちものであると分かる着物を身に纏い、優雅に歩いてくるのは……瓶井史さん。電波塔計画反対派の筆頭だ。
自分の存在を誇示したいのか、彼女は迷うことなく最前列まで歩き、そのど真ん中に座る。まだ付近には誰も座っていなかったが、よっぽどの度胸が無いとあの隣には座れないだろうなと私は思った。
これまで瓶井さんは、計画の説明を行う永射さんと毎度のように舌戦を繰り広げてきた。今回も必ずそうなるというのは、私だけでなく誰もが確信していることに違いない。
彼女の力強い反駁を、期待している者と恐れている者。どちらが多いかは、分からないが。
定刻になると、奥の扉から本日の主役がやって来た。永射孝史郎。まだ三十前半くらいであるはずなのに、満生台発展の旗振り役を果たしている人物。彼や双太さん、八木さんのことを鑑みると、この街は若者によって変革している真っただ中だなと思わされる。
だからこそ、瓶井さんのような人たちが快く思わないのもまた事実ではあるが、電波塔計画に限らず、こういう話し合いの場を設けることで、互いに距離を近づけていくことはできるだろうか。
「……えー、皆さん。定刻になりましたので、これより満生台電波塔設置計画の最終説明会を行いたいと思います」
演台に立った永射さんの一言で、説明会は始まった。
今回の説明会は最終回ということもあり、これまでの会で行ってきた説明を総ざらいするような進行だった。確か、事前のお知らせでも過去の会より時間は長くとられていたし、今回だけ参加した人にも分かるよう、説明がなされるのだろう。
山の中腹に建設された電波塔――満生塔。その概要をスクリーンに映しながら、永射さんは落ち着き払った様子で説明をしていく。いやはや、私があんな場所に立とうものなら緊張で何も言えなくなってしまいそうなものだが、やはり永射さんは行政を担う人物として、場数を踏んできているのだろうな。
しかし彼は、本当にどういう立場の人なのだろう。具体的な省庁名を聞いたことはないし、政府の遣いなのかも正直知らないのだ。その辺りは、牛牧さんや街の偉い人は知っているのだろうか。まあ、知らなかったら流石におかしい、よね。
説明は三十分以上に亘り続けられた。電波塔が稼働することにより、満生台にどのようなメリットがもたらされるか。既に聞いた話ではあるけれども、まるで夢物語のような話であり、頭の中に浮かぶ感想は、ただただ凄いなあ、という単純なものでしかなかった。
そう、全てが実現されるというのなら、凄い話ではある。
少なくとも、メリットの部分については。
永射さんによる最後の説明が終わると、次は質疑応答の時間になった。疑問点がある方は挙手で、という永射さんの言葉に、けれど住民たちはどんな質問をすればいいのかというところから分からない者が大半で、中々手は挙がらなかった。
……そのとき。
「何度も聞きました。私のような者でも、大体のことは理解したと思っています。ですが、永射さんは私が第一回目の説明会から危惧している可能性について、一度もハッキリとした答えを返してくれてはいない。その点について、今回こそは何らかの回答が得られるものと思っていましたが」
淡々とした口調で、しかし胸に突き刺さるような鋭さを伴って。発せられたのは瓶井さんの声だった。
予想通り、批判の第一声は瓶井さんからか。最終回なだけに、他の人物からも合いの手があるかもしれない。そうなってくると、説明会はかなり混沌とした様相を呈しそうだが。
瓶井さんが最初期より訴えているのは、電磁波がもたらす人体への悪影響だ。学者である八木さんですら、その問題に対しては明確な答えを持ち得ておらず、永射さんもまたハッキリとその影響を無いということは一度もなかった。
今回も、永射さんは前回までと同様の回答で瓶井さんの批判を躱す。否、躱すというよりギリギリ掠り傷で済ませている、というような感じではあるが。
電磁波を浴びているという不安自体が身体に悪影響を及ぼす。確かにそれは、否定することの難しい仮説だ。
身体的な害をもたらさずとも、思い込みだけで人は死ぬことだってある。
ノーシーボ効果だ。
永射さんの薄っぺらな弁明と、瓶井さんの強引な批判。予想はしていたが、今回のは時間が長いこともあり、聞いているのがとても辛い。得られる新情報もなかったし、やっぱり来ない方が良かったかと、私は後悔する。
そして、議論が平行線のまま、凡そ十分ほどが経過しようかという頃だった。
「――鬼が祟りますよ」
瓶井さんが、冷ややかにそう告げたのは。
「……昔話を持ち出されましてもね」
永射さんも、馬鹿馬鹿しいという風に淡々とそう返したのだが、瓶井さんは尚も続ける。
三匹の鬼は、実際にこの地にいたのだ、と。
「鬼とは、歪み。村に降りかかる災いそのものなんです。……そうですね。永射さん、あなたが電磁波は安全だと信じているように、私も信じているんですよ、それが危険だということを。そしてそれが危険なものだったとすれば、必ず鬼は私たちの前に現れる。そうなってしまうものなんですよ」
「……ふむ」
瓶井さんの言葉が抽象的過ぎて、永射さんも一度は返答に窮したようだが、あくまでも冷静に、これからの満生台を見ていてほしいと口にする。それできっと、瓶井さんの言う鬼も納得してくれるはずだ、というように。
だが……まるで悪魔の証明だな、と私は感じた。
電磁波も、鬼すらも。どちらも同じようなものだった。
電磁波による被害を畏れる者。鬼による被害を畏れる者。
その存在が曖昧模糊としているのに、畏れは確実に湧き上がって来るのだ。
無いと言い切ることができない故。人は、それを畏れる。
そう、私たちだって、今も。
結局、最後の説明会もこうして、永射さんと瓶井さんの論戦にほとんどの時間を費やし、人々に過剰な不安を植え付けて終わりを迎えた。
だから、内容としては多分、瓶井さんの思う通りになったのだろう。あの人の目的は、電波塔計画に対して何でもいい、否定的な畏れを与えることだったはずだから。
沈む気持ちのまま、両親の後に続いた帰り際。
少しだけ顔色を青くした玄人の姿がちらと見え、私の胸がきゅっと締め付けられた。
住民説明会は八時からだ。
街のイベントなどでよく使われる集会場は、永射さんの邸宅付近……つまり街の北東部に存在する。これまでの説明会もそこで行われており、ラストを飾る今回の会も同じ場所で行われるのだ。
天気は全く回復していないので、各々折り畳み傘を持って家を発つ。仁科家は街の東側にあり、比較的集会場には近い。余裕をもって出たけれど、十分とかからないくらいで目的地に到着できた。
会場には既に何世帯かの住民たちがおり、玄人の家――真智田家も仲良く並んで座っていた。彼らに軽く挨拶をしてから、私たちは少し前、真ん中辺りの席に着く。
「こんばんは」
少し経って、挨拶が聞こえてきた。八木さんの声だ。
「あら、どうもこんばんは」
お母さんが挨拶を返し、私も同じように返す。お父さんだけは、軽く会釈をするのみだ。
私が八木さんと仲良くしていることを、お父さんはあんまり快く思っていないらしい。思春期の娘を持った父親の悩み、というやつだ。
見当違いではあるが、せいぜい悩み続けるがいいと心の中で笑っておく。
それからぞろぞろと住民たちは増えていき、開始予定の十分前には、もうほとんどの席が埋まっていた。話を聞きたい人ほど前の席に座るのだろうが、どうもお年寄りたちが多い。健康被害が気になる、というだけが理由ではなさそうだ。何故なら――。
「……来たわね」
お母さんが囁く。その視線の先を追うと、そこには年配の女性の姿。
素人目にも値打ちものであると分かる着物を身に纏い、優雅に歩いてくるのは……瓶井史さん。電波塔計画反対派の筆頭だ。
自分の存在を誇示したいのか、彼女は迷うことなく最前列まで歩き、そのど真ん中に座る。まだ付近には誰も座っていなかったが、よっぽどの度胸が無いとあの隣には座れないだろうなと私は思った。
これまで瓶井さんは、計画の説明を行う永射さんと毎度のように舌戦を繰り広げてきた。今回も必ずそうなるというのは、私だけでなく誰もが確信していることに違いない。
彼女の力強い反駁を、期待している者と恐れている者。どちらが多いかは、分からないが。
定刻になると、奥の扉から本日の主役がやって来た。永射孝史郎。まだ三十前半くらいであるはずなのに、満生台発展の旗振り役を果たしている人物。彼や双太さん、八木さんのことを鑑みると、この街は若者によって変革している真っただ中だなと思わされる。
だからこそ、瓶井さんのような人たちが快く思わないのもまた事実ではあるが、電波塔計画に限らず、こういう話し合いの場を設けることで、互いに距離を近づけていくことはできるだろうか。
「……えー、皆さん。定刻になりましたので、これより満生台電波塔設置計画の最終説明会を行いたいと思います」
演台に立った永射さんの一言で、説明会は始まった。
今回の説明会は最終回ということもあり、これまでの会で行ってきた説明を総ざらいするような進行だった。確か、事前のお知らせでも過去の会より時間は長くとられていたし、今回だけ参加した人にも分かるよう、説明がなされるのだろう。
山の中腹に建設された電波塔――満生塔。その概要をスクリーンに映しながら、永射さんは落ち着き払った様子で説明をしていく。いやはや、私があんな場所に立とうものなら緊張で何も言えなくなってしまいそうなものだが、やはり永射さんは行政を担う人物として、場数を踏んできているのだろうな。
しかし彼は、本当にどういう立場の人なのだろう。具体的な省庁名を聞いたことはないし、政府の遣いなのかも正直知らないのだ。その辺りは、牛牧さんや街の偉い人は知っているのだろうか。まあ、知らなかったら流石におかしい、よね。
説明は三十分以上に亘り続けられた。電波塔が稼働することにより、満生台にどのようなメリットがもたらされるか。既に聞いた話ではあるけれども、まるで夢物語のような話であり、頭の中に浮かぶ感想は、ただただ凄いなあ、という単純なものでしかなかった。
そう、全てが実現されるというのなら、凄い話ではある。
少なくとも、メリットの部分については。
永射さんによる最後の説明が終わると、次は質疑応答の時間になった。疑問点がある方は挙手で、という永射さんの言葉に、けれど住民たちはどんな質問をすればいいのかというところから分からない者が大半で、中々手は挙がらなかった。
……そのとき。
「何度も聞きました。私のような者でも、大体のことは理解したと思っています。ですが、永射さんは私が第一回目の説明会から危惧している可能性について、一度もハッキリとした答えを返してくれてはいない。その点について、今回こそは何らかの回答が得られるものと思っていましたが」
淡々とした口調で、しかし胸に突き刺さるような鋭さを伴って。発せられたのは瓶井さんの声だった。
予想通り、批判の第一声は瓶井さんからか。最終回なだけに、他の人物からも合いの手があるかもしれない。そうなってくると、説明会はかなり混沌とした様相を呈しそうだが。
瓶井さんが最初期より訴えているのは、電磁波がもたらす人体への悪影響だ。学者である八木さんですら、その問題に対しては明確な答えを持ち得ておらず、永射さんもまたハッキリとその影響を無いということは一度もなかった。
今回も、永射さんは前回までと同様の回答で瓶井さんの批判を躱す。否、躱すというよりギリギリ掠り傷で済ませている、というような感じではあるが。
電磁波を浴びているという不安自体が身体に悪影響を及ぼす。確かにそれは、否定することの難しい仮説だ。
身体的な害をもたらさずとも、思い込みだけで人は死ぬことだってある。
ノーシーボ効果だ。
永射さんの薄っぺらな弁明と、瓶井さんの強引な批判。予想はしていたが、今回のは時間が長いこともあり、聞いているのがとても辛い。得られる新情報もなかったし、やっぱり来ない方が良かったかと、私は後悔する。
そして、議論が平行線のまま、凡そ十分ほどが経過しようかという頃だった。
「――鬼が祟りますよ」
瓶井さんが、冷ややかにそう告げたのは。
「……昔話を持ち出されましてもね」
永射さんも、馬鹿馬鹿しいという風に淡々とそう返したのだが、瓶井さんは尚も続ける。
三匹の鬼は、実際にこの地にいたのだ、と。
「鬼とは、歪み。村に降りかかる災いそのものなんです。……そうですね。永射さん、あなたが電磁波は安全だと信じているように、私も信じているんですよ、それが危険だということを。そしてそれが危険なものだったとすれば、必ず鬼は私たちの前に現れる。そうなってしまうものなんですよ」
「……ふむ」
瓶井さんの言葉が抽象的過ぎて、永射さんも一度は返答に窮したようだが、あくまでも冷静に、これからの満生台を見ていてほしいと口にする。それできっと、瓶井さんの言う鬼も納得してくれるはずだ、というように。
だが……まるで悪魔の証明だな、と私は感じた。
電磁波も、鬼すらも。どちらも同じようなものだった。
電磁波による被害を畏れる者。鬼による被害を畏れる者。
その存在が曖昧模糊としているのに、畏れは確実に湧き上がって来るのだ。
無いと言い切ることができない故。人は、それを畏れる。
そう、私たちだって、今も。
結局、最後の説明会もこうして、永射さんと瓶井さんの論戦にほとんどの時間を費やし、人々に過剰な不安を植え付けて終わりを迎えた。
だから、内容としては多分、瓶井さんの思う通りになったのだろう。あの人の目的は、電波塔計画に対して何でもいい、否定的な畏れを与えることだったはずだから。
沈む気持ちのまま、両親の後に続いた帰り際。
少しだけ顔色を青くした玄人の姿がちらと見え、私の胸がきゅっと締め付けられた。
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