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Fourth Chapter...7/22

眠る白骨の謎

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 ……建物を脱出した私の後を、玄人と虎牙は追いかけてきてくれた。
 外の空気も決して良いものではなかったが、少なくとも最悪なあの地下よりはマシだった。
 私は軽率に探検を提案したことについて、玄人と虎牙に謝った。
 二人はまさかこんなことになるなんて誰も想像してなかっただろと、慰めてくれた。
 結局、この建物が何だったのかは、中を調べ尽くしても答えは出なかった。
 分かるはずがないし、分かってはいけない。そんな予感さえするほどだ。
 ただ……最後の手掛かりとして、一つだけ。
 虎牙が見つけた、あるものがあった。

「文字が書かれてるのかな……」
「多分な」

 廃屋の、扉付近に記されている文字。
 それは、劣化が酷くほとんど読み取れなかったけれど……『八〇二』と書かれているように見えた。

「……結局、鬼封じの意味は分からなかったけれど。仕方ないよね。これ以上は、どうにも」
「……そうね」

 鬼封じ。ひょっとしたらそれは、単なる子供の好奇心で解こうとしてはならない封印だったのかもしれない。
 パンドラの匣のような、恐ろしき災厄を封じたものだったのかもしれない。
 そして匣の中に、果たして希望が残っているのかも分からないのだ。
 私は己の軽率な行動を、ただ反省するしかなかった。
 でも……まさかこんな場所が満生台にあるなんて、誰が想像できただろう? 
 あまりにも信じ難い、現実だった。

「ひょっとしたら……あれが鬼だったのかも、しれないけどな」

 虎牙の言葉が、ずしりと胸に響いた。





 ショックのせいですっかり青ざめてしまった私に、虎牙が付き添ってくれることになった。
 道具の片付けは玄人が一人で引き受けてくれて……最後まで迷惑をかけっぱなしなことを、私は申し訳なく思い、彼らの顔をまともに見られなかった。
 空は今も少しずつ黒みを帯びていき、ポツポツと雨も落ちてきている。本格的に降り始めるより前に、入口まで戻ってこれたのは良かった。

「……ごめんね、虎牙」

 もう何度目か、私はぽつりと虎牙に呟く。
 彼は付かず離れず、私の隣で並んで歩いてくれていた。

「気にすんな。しおらしいお前は似合わねえぞ」
「……ん」

 言われるとは思ったけれど、今は無理に明るく振舞うのも難しかった。
 早く帰って、休んだ方がいいだろうな。

「……何だったんだろ、あれ」
「さあ……今はあんまり考えるな」

 言いながら、虎牙は自分の折り畳み傘を広げ、私をその中に入れてくれた。
 本当に、気の利く男だ。
 しばらくは会話もなく、私たちは街を歩き続けた。あの池に満ちていた霧ほどではなかったが、雨のせいで視界は悪くなっている。虎牙も歩きにくいだろうにと思いつつも、私は彼の傍について甘えていた。

「私たちの住んでるこの街に。あんなものが、あったのね」
「そうだな。まあ、ここが満生台になるより前のもんだ。過去の遺物さ」
「なのかな……」

 納得いかないのか、という問いに、私は緩々と首を振る。

「関係ないとは思うけど。街の近くにずっとあれがあって、それを私たちが知らなかったことが怖くて」
「……そうか」

 虎牙は、どう返せばいいのか迷って、結局それだけを呟いた。

「あんたも、それで調べたくなったんじゃないの?」
「俺は昔っから融通が利かない人間だしな。自分が納得いくまで調べたくなるんだよ」
「流石ね」
「人に迷惑かけてりゃ世話ないけどな」

 そんなことはない、と言いかけたけれど、止めておいた。弱った今の私が言っても価値なんてないだろう。
 でも、本当にそんなことはない。虎牙の強さは、こうして今も私を支えてくれている。
 きっと、昔っから彼はそういう人だったのだと思う。

「……ねえ、虎牙」
「ん?」
「私たちはあれを……知らないふりして、いいのかな?」
「……それは、お前がどうしたいかだろ」

 正論だ。
 この好奇心、探求心をどこまで捨てずにいるか。つまるところ、それに尽きる。
 今日の光景と、私は――私たちはどのように向き合うべきなのだろうか。

「俺は、一つ気になってることがある」
「それは?」
「地下室に倒れていた、あの死体のことなんだが」

 虎牙はやはり、怖がる様子もなく話す。
 思い出せば、あのぽっかりと空いた眼窩に呪われてしまいそうで。
 また体がぶるりと震えたけれど、何とか耐えた。

「龍美。お前には、あれが何を着ているように見えた?」
「え……?」
「何となくでいい」

 もっと漠然とした質問――たとえば、あの死体は何だったんだろう、というような質問がくると思っていたので、私は面食らった。まさか、服装について問われるとは。
 私は怖くなって、それほどじっくりと観察したわけではないし……。

「強いて言うなら……作業服、かしら」

 飾り気のない、布の服。ポケットのようなものもあった気がする。
 仮にあそこが役場だったという説が生きているとすると、更衣室もあったわけだし、仕事をするための服装をしているのはおかしなことじゃない。
 傍らに、お洒落用とは思えない帽子が落ちていたような記憶もあった。

「作業服、か」

 私の答えに、虎牙は一度だけ頷いた後、黙り込んでしまった。
 今の問いがどういう意図を持ったものなのかが分からず、私は我慢できず訊ねてしまう。

「どうして、そんなこと?」
「いや……ちょっとな」

 虎牙はそこで、僅かに顔を空へ向けて、呟く。

「俺には別のものに見えちまったんだよ」
「別のもの?」

 ああ、と短く相槌を打ってから……彼は告げた。

「……軍服だよ」

 雨の音が、やけにうるさく聞こえた。





 仁科家の前まで辿り着くと、虎牙は確かに送り届けたと言い、すぐに帰っていった。
 でも、別れ際に、あんまり考えこまなくていいからなと助言してくれたのは、私の胸に響いた。
 全く、やな奴だ。
 おかげで家の中に入ったときには、暗く淀んだ気持ちもかなり楽になっていた。
 少しばかり体が雨に濡れていたので、お母さんは心配して、すぐに着替えを用意してくれた。正直面倒だったけれど、好意は無駄にできないので、私は体を拭いてから、新しい服に着替える。……途中、くしゃみが出た。
 時刻は四時。早めに帰れて良かった方だろう。これ以上遅くなっていたら、森の中で雨に打たれて途方に暮れていたかもしれない。
 正気でいられなかったかも、しれない。
 いつも通りに夕食とお風呂とを済ませ、戻った自分の部屋で。
 私はベッドに倒れ込みながら、今日のことを振り返る。
 考え込まなくていい、か。
 無かったことにすれば、楽になる人もいるだろうけど。

「……私は」

 このまま今日のことに蓋をして……忘れられるだろうか。
 できるのなら、そうしたいが。
 あの謎から逃げることは、叶わない。
 何故か私には、そんな漠然とした予感が消えずに残り続けるのだった。
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