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Fourth Chapter...7/22
廃墟の中
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謎の建物内で目にした全ては、私たちの想像を絶するものだった。
まず待ち構えていたのは、壁一面に並ぶ本棚で、最早読むことなど不可能になった本が大量に収まっていた。
何か情報を得られないかと、虎牙が一冊だけ本を抜き取ってみたが、開いた瞬間にページが落ちていってしまう。ページ内の文字も、とても判読できるようなものではなかった。
唯一読めたのは、机の上で広げられたままになっていた本だ。本というより、誰かが記録をつけていたノートというべきか。革表紙のそれは、かなりの分厚さがあったけれど、やはり他の物と同じように相当劣化が進んでいた。
調べるのは玄人に任せ、彼がページを捲っていったのだが、そこに記されていたのは人の名前らしきものの羅列。ほとんどが掠れているので辛うじてそうだと分かる程度ではあるけれど、びっしりと書かれたそれはほぼ確実に人名だった。
「当時の村人たちの、名簿……?」
玄人の呟いた言葉に、私も同意した。これが名簿なら、三鬼村の住民が誰なのかを記したもの、という可能性は高そうだ。そして彼の意見から着想を得て、虎牙も、
「そもそも三鬼村が、今の満生台と同じ場所にあったとは限らねえじゃねえか。もしも、ここが村の役場みたいなところだったとしたら? 名簿が置かれてあるのも、図書室があるのも変じゃねえぞ」
という説を披露する。なるほど、村役場。それならこの名簿や図書室とも結びつけることはできた。
ここは、村役場。それでいいじゃない。
寒さのせいか恐怖のせいか、知らず私は鳥肌を立てていた。
真実が何かはともあれ、納得できる仮説ができたなら、探検の目的は達成のはずだ。
もう、帰った方がいいんじゃないだろうか。
「……ッ」
突然、隣にいた玄人が眉をしかめ、頭を押さえる。どうかしたのと訊ねようとした次の瞬間、私も彼と同じように、刺すような頭痛に襲われ頭を押さえた。
……おかしい。頭の奥にノイズが走るような、別の何かが割り込んでくるような感覚。
泣き出しそうで、狂い出しそうな恐怖。
その波が、押し寄せては引いていく。
「ね、ねえ……もう帰りましょっか? ここが何だったのか、大体見当はついたし」
まずいと直感して、私は弱々しい声でそう提案した。玄人もそれには賛成のようだが、虎牙だけは少し納得していないようだ。
彼の性格上、やるならとことん調べたいと思っているのは分かるのだけど。
図書室を抜け、玄関口まで戻ったところで、やはり虎牙は足を止めた。どうやらそこに、もう一つ別の扉があるようだ。彼はその中を調べてみたいのだろう。
玄人が気になるかと問うと、虎牙は肯定する。玄人も虎牙も、恐怖よりも好奇心の方が強いらしい。
私はギリギリだ。これ以上何かあったら、感情を抑えられそうもなかった。
だから、
「……じゃあ、龍美は外で待っててよ。僕と虎牙で、ちょっと覗きに行ってくる」
玄人がそう言うのがかえって怖くて、
「馬鹿! 置いてかれたらそれこそ怖いじゃない。……あーもう、ついてくわよ。ただししんがりでね」
嫌だと言うのに、ついていく選択をしてしまった。
「へっ、こいつのこんな態度、珍しいな」
虎牙はこんなときでも憎まれ口を叩く。……けれど、さりげなく私との距離を近づけてくれたようで、
「うるさいわよっ」
そう返しながらも、私は少しだけ恐怖心が和らぐのを、確かに感じていた。
吊り橋効果なんて、信じちゃいないけれど。
頼りにはしている。
扉の先には更衣室があり、当時のロッカーらしきものの中に鞄や靴などがしまわれていた。これは役場という仮説を補強する証拠ではある。どうか、説が覆るようなものは出ないでほしい。
……でも、大抵こういうマイナスな願いは裏切られる。
そう、その裏切りはすぐに待ち受けていた。
「……鉄扉?」
玄人が呆けた声で呟く。
冗談のようにも思えた。けれど、玄人の言う通り鉄の扉が私たちの目の前にあった。
役場に、鉄扉。そんなものが果たしてあるだろうか。
ある理由を、私は思いつけない。
玄人が、扉を開ける。
その先には……地下へ向かう階段が。
深い霧と闇が、まるでその階段を冥界への入口のようにしていて。
私は恐ろしさに、心臓が縮み上がりそうな感覚に襲われた。
「か、階段? いや、地下? 何なのよ、これ……」
「俺が知るか。理解できるとまで思ってるわけじゃねえよ。とりあえず、最後まで見てえだけだ。……玄人。懐中電灯貸せ。お前、足震えてるぞ」
「……あ、ありがと」
虎牙が玄人と代わり、彼が先頭に立って、階段を下りていく。
感じる息苦しさは、決して気のせいではないだろう。
……長い長い階段は、百段ほどは続き。それが終わり、細い通路を歩いていくと、再び鉄の扉が現れる。
「開くぜ」
その言葉とともに、虎牙が扉を押し開けると。
向こう側には、またしても別世界かと思えるような光景が広がっていた。
機械だ。
それなりの広さがある部屋に、大きな機械装置が幾つも置かれていた。そこから無数に配線が伸び、壁を伝って部屋の外へ繋げられている。
少なくとも、何十年と経過しているであろうこの場所に、相応しくない物だった。
「……訳が分からねえな」
虎牙の言葉が、全てを物語っている。
本当に、訳が分からない。
私はただ、『鬼封じ』の意味を知りたかっただけなのだ。
こんな薄気味悪いところなら、鬼が封印されててもおかしくないよね、という程度で終われれば良かったのだ。
なのに、こんな。
封じられていたのは、理解を超えた何かで。
そして、私たちは。
もっと、衝撃的なものを、目の当たりにする。
「――きゃあああああッ!!」
その悲鳴が自分の口から出たものだというのを、耳に入ってから理解した。
嗚呼――それはあまりにも悍ましい光景に、反射的に働いた防衛本能のようなものだったのだ。
虎牙が懐中電灯を向けた、光の先。
そこに……全身全霊を以て拒絶したくなる、存在があった。
「マジかよ……!」
虎牙が声を震わせる。
玄人と私はと言えば……あまりの恐怖に身動きすら出来なくなり、硬直していた。
壁際に倒れているそれは――間違いなく白骨死体だった。
人間の、骨。
命の成れの果て。
親友の最期。
もう戻らない笑顔。
「うぅっ」
思い出したくない過去がフラッシュバックし、私は思わず蹲った。吐き気が押し寄せ、頭が焼き切れそうになる。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
私を許して。
「もう、やだ! 戻りましょ! 来ていいところじゃなかったのよ!」
最早形振り構わず、私は叫んで立ち上がった。
声が響いたせいで、ネズミが一匹部屋の端を逃げていく。
そのカサカサという音すら、私の恐怖を増幅させて。
「嫌ッ!」
何もかも考えられなくなって、私は部屋を飛び出したのだった――。
まず待ち構えていたのは、壁一面に並ぶ本棚で、最早読むことなど不可能になった本が大量に収まっていた。
何か情報を得られないかと、虎牙が一冊だけ本を抜き取ってみたが、開いた瞬間にページが落ちていってしまう。ページ内の文字も、とても判読できるようなものではなかった。
唯一読めたのは、机の上で広げられたままになっていた本だ。本というより、誰かが記録をつけていたノートというべきか。革表紙のそれは、かなりの分厚さがあったけれど、やはり他の物と同じように相当劣化が進んでいた。
調べるのは玄人に任せ、彼がページを捲っていったのだが、そこに記されていたのは人の名前らしきものの羅列。ほとんどが掠れているので辛うじてそうだと分かる程度ではあるけれど、びっしりと書かれたそれはほぼ確実に人名だった。
「当時の村人たちの、名簿……?」
玄人の呟いた言葉に、私も同意した。これが名簿なら、三鬼村の住民が誰なのかを記したもの、という可能性は高そうだ。そして彼の意見から着想を得て、虎牙も、
「そもそも三鬼村が、今の満生台と同じ場所にあったとは限らねえじゃねえか。もしも、ここが村の役場みたいなところだったとしたら? 名簿が置かれてあるのも、図書室があるのも変じゃねえぞ」
という説を披露する。なるほど、村役場。それならこの名簿や図書室とも結びつけることはできた。
ここは、村役場。それでいいじゃない。
寒さのせいか恐怖のせいか、知らず私は鳥肌を立てていた。
真実が何かはともあれ、納得できる仮説ができたなら、探検の目的は達成のはずだ。
もう、帰った方がいいんじゃないだろうか。
「……ッ」
突然、隣にいた玄人が眉をしかめ、頭を押さえる。どうかしたのと訊ねようとした次の瞬間、私も彼と同じように、刺すような頭痛に襲われ頭を押さえた。
……おかしい。頭の奥にノイズが走るような、別の何かが割り込んでくるような感覚。
泣き出しそうで、狂い出しそうな恐怖。
その波が、押し寄せては引いていく。
「ね、ねえ……もう帰りましょっか? ここが何だったのか、大体見当はついたし」
まずいと直感して、私は弱々しい声でそう提案した。玄人もそれには賛成のようだが、虎牙だけは少し納得していないようだ。
彼の性格上、やるならとことん調べたいと思っているのは分かるのだけど。
図書室を抜け、玄関口まで戻ったところで、やはり虎牙は足を止めた。どうやらそこに、もう一つ別の扉があるようだ。彼はその中を調べてみたいのだろう。
玄人が気になるかと問うと、虎牙は肯定する。玄人も虎牙も、恐怖よりも好奇心の方が強いらしい。
私はギリギリだ。これ以上何かあったら、感情を抑えられそうもなかった。
だから、
「……じゃあ、龍美は外で待っててよ。僕と虎牙で、ちょっと覗きに行ってくる」
玄人がそう言うのがかえって怖くて、
「馬鹿! 置いてかれたらそれこそ怖いじゃない。……あーもう、ついてくわよ。ただししんがりでね」
嫌だと言うのに、ついていく選択をしてしまった。
「へっ、こいつのこんな態度、珍しいな」
虎牙はこんなときでも憎まれ口を叩く。……けれど、さりげなく私との距離を近づけてくれたようで、
「うるさいわよっ」
そう返しながらも、私は少しだけ恐怖心が和らぐのを、確かに感じていた。
吊り橋効果なんて、信じちゃいないけれど。
頼りにはしている。
扉の先には更衣室があり、当時のロッカーらしきものの中に鞄や靴などがしまわれていた。これは役場という仮説を補強する証拠ではある。どうか、説が覆るようなものは出ないでほしい。
……でも、大抵こういうマイナスな願いは裏切られる。
そう、その裏切りはすぐに待ち受けていた。
「……鉄扉?」
玄人が呆けた声で呟く。
冗談のようにも思えた。けれど、玄人の言う通り鉄の扉が私たちの目の前にあった。
役場に、鉄扉。そんなものが果たしてあるだろうか。
ある理由を、私は思いつけない。
玄人が、扉を開ける。
その先には……地下へ向かう階段が。
深い霧と闇が、まるでその階段を冥界への入口のようにしていて。
私は恐ろしさに、心臓が縮み上がりそうな感覚に襲われた。
「か、階段? いや、地下? 何なのよ、これ……」
「俺が知るか。理解できるとまで思ってるわけじゃねえよ。とりあえず、最後まで見てえだけだ。……玄人。懐中電灯貸せ。お前、足震えてるぞ」
「……あ、ありがと」
虎牙が玄人と代わり、彼が先頭に立って、階段を下りていく。
感じる息苦しさは、決して気のせいではないだろう。
……長い長い階段は、百段ほどは続き。それが終わり、細い通路を歩いていくと、再び鉄の扉が現れる。
「開くぜ」
その言葉とともに、虎牙が扉を押し開けると。
向こう側には、またしても別世界かと思えるような光景が広がっていた。
機械だ。
それなりの広さがある部屋に、大きな機械装置が幾つも置かれていた。そこから無数に配線が伸び、壁を伝って部屋の外へ繋げられている。
少なくとも、何十年と経過しているであろうこの場所に、相応しくない物だった。
「……訳が分からねえな」
虎牙の言葉が、全てを物語っている。
本当に、訳が分からない。
私はただ、『鬼封じ』の意味を知りたかっただけなのだ。
こんな薄気味悪いところなら、鬼が封印されててもおかしくないよね、という程度で終われれば良かったのだ。
なのに、こんな。
封じられていたのは、理解を超えた何かで。
そして、私たちは。
もっと、衝撃的なものを、目の当たりにする。
「――きゃあああああッ!!」
その悲鳴が自分の口から出たものだというのを、耳に入ってから理解した。
嗚呼――それはあまりにも悍ましい光景に、反射的に働いた防衛本能のようなものだったのだ。
虎牙が懐中電灯を向けた、光の先。
そこに……全身全霊を以て拒絶したくなる、存在があった。
「マジかよ……!」
虎牙が声を震わせる。
玄人と私はと言えば……あまりの恐怖に身動きすら出来なくなり、硬直していた。
壁際に倒れているそれは――間違いなく白骨死体だった。
人間の、骨。
命の成れの果て。
親友の最期。
もう戻らない笑顔。
「うぅっ」
思い出したくない過去がフラッシュバックし、私は思わず蹲った。吐き気が押し寄せ、頭が焼き切れそうになる。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
私を許して。
「もう、やだ! 戻りましょ! 来ていいところじゃなかったのよ!」
最早形振り構わず、私は叫んで立ち上がった。
声が響いたせいで、ネズミが一匹部屋の端を逃げていく。
そのカサカサという音すら、私の恐怖を増幅させて。
「嫌ッ!」
何もかも考えられなくなって、私は部屋を飛び出したのだった――。
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