この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
21 / 86
Fourth Chapter...7/22

奇怪な人工物

しおりを挟む
「……おー……」

 瞬間、私は思わず嘆息を吐いていた。

「これが、鬼封じの池かあ……」
「思ったより、でけえな……」

 隣の二人も、各々感想を述べる。
 霧の中、現世と地続きになった異世界のような、幻想的な空間。
 まるでここだけが遥か昔より人間の歴史から隔絶されてきたのかと思えるほどに、自然そのものだった。
 空からの光を覆い隠す木々。地面に生い茂る雑草や苔。深い緑に埋め尽くされた世界の真ん中に、ぽっかりと空いた空洞のような、丸い池。
 鬼封じの池……。

「こんな場所なら、鬼が封じられていても不思議じゃあないわよねえ……」
「本当にね……。何か、道標の碑が、鬼を封じている結界みたいにも見えちゃうよ」
「そうねー……実際、結界石ってあるものね。まあ、本来の結界石の意味としては、宗教上の神聖な場所とかそういう意味合いなんでしょうけど」
 
 鬼のイメージはどう考えても悪だ。封じる、という意味合いからも決して良き存在ではないだろう。
 肌寒さが増してくるのに体がぶるりと震える。そこで虎牙が、鬼が這い出してきたらどうするなどと冗談を言うものだから、私はびっくりして上ずった声で怒る。それがむしろ怖がっているのを教えてしまったみたいで、私は恥ずかしくなって二人に悟られないよう、一人で先に池の方へと近づいていった。
 この池は、山の上部にある川から流れてくる水が溜まって形成されている。雰囲気としては、池というより沼と言いたい感じだ。
 玄人の素朴な質問に答えつつ、私は濁った水面を覗き込んでみる。

「この中に、鬼がいると思う?」
「いそうな雰囲気だけはあるけどね」
「ここからぬーっと出てくるのかしら……」

 池の中に鬼が封印されているなら、ここから浮かび上がってくるのが当然だとは思ったのだが、それだとまるで河童のようだ。どうも鬼という印象にそぐわず、シュールだった。
 寒さに耐えながら、私たちは池の探索を始めた。時折カラスの鳴き声だけが遠く聞こえるだけの、原始の森。池の周りをぐるりと歩いていくと、前方に岩壁のようなものが見えてくる。
 かなり高さがあるので、一瞬上部が崖になっているのかとも考えたが、どうも性質が違う。地面と垂直になっているわけではなく、土砂が堆積したような部分もあるので、土砂崩れによって壁のようなものが出来上がったと見る方が有り得そうだった。
 満生台では、十数年に一度という間隔で地震が発生している、というのを以前八木さんから聞いていたので、私は二人に説明する。すると玄人が、秤屋商店が過去に地震で半壊したという話を思い出し、教えてくれた。
 私も千代さんに教えてもらったことはある。そう、お父さんが大変なことになって、結局それも遠因になって、千代さんが店を継いだはずだ。

「……おい、二人とも」

 玄人と話していたとき、虎牙が急に強張った声を発した。彼にしては珍しい反応だったので、私はすぐに彼の方を向く。
 すると、そこには。

「……何、これ」
「多分……建物の外壁、じゃねえか?」
「僕も、そう思う」

 これまでずっと、自然だけが強調されてきたこの場所で。
 突如として現れた、人工物だった。
 硬い岩肌が壁のように見える、というわけではなく、完全に人工的な壁だ。何故なら、その材質はコンクリートに似ていたから。
 廃墟。オカルトマニアならば歓喜するような場所かもしれない。けれど、怖がりな私はこの発見を純粋には喜べなかった。
 まさか、こんな奇妙なものが見つかるなんて。正直に言えば、ちょっとしたスリルくらいはあれど、何の成果もなく帰ることになるのだろう、という程度に考えていたのだ。
 予想はあっさりと裏切られた。
 この衝撃的な発見に、私たちはこれが一体どういう建物なのかとしばらく考察した。昔はこの池がダム的な役割を果たしていて、近くにあるこの建物は管理小屋だったのでは、という玄人の意見が尤もらしくは聞こえたけれど、それでも素材がコンクリートなのは引っ掛かる。
 そして、虎牙が十メートルほど離れた壁の一部に蹴りを入れたとき、その疑問は確信に変わった。
 現れた扉。……露出していたコンクリートが十メートル離れた場所にあるのだから、この建物はとんでもなく大きいわけで。
 それがただの管理小屋だというのは、流石におかしいわけで……。

「……入ってみましょうよ」

 怖いながらも、私はそう提案するしかなかった。
 この探索のリーダーは私で、『鬼封じ』の意味を知りたいのも、私なのだから。

「……行くか」

 私の不安を汲み取ってくれたのか、虎牙はあえて声を張ってくれる。
 そして彼を先頭にして、私たちは廃墟の中へと入っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

処理中です...