この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗

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Fourth Chapter...7/22

奇怪な人工物

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「……おー……」

 瞬間、私は思わず嘆息を吐いていた。

「これが、鬼封じの池かあ……」
「思ったより、でけえな……」

 隣の二人も、各々感想を述べる。
 霧の中、現世と地続きになった異世界のような、幻想的な空間。
 まるでここだけが遥か昔より人間の歴史から隔絶されてきたのかと思えるほどに、自然そのものだった。
 空からの光を覆い隠す木々。地面に生い茂る雑草や苔。深い緑に埋め尽くされた世界の真ん中に、ぽっかりと空いた空洞のような、丸い池。
 鬼封じの池……。

「こんな場所なら、鬼が封じられていても不思議じゃあないわよねえ……」
「本当にね……。何か、道標の碑が、鬼を封じている結界みたいにも見えちゃうよ」
「そうねー……実際、結界石ってあるものね。まあ、本来の結界石の意味としては、宗教上の神聖な場所とかそういう意味合いなんでしょうけど」
 
 鬼のイメージはどう考えても悪だ。封じる、という意味合いからも決して良き存在ではないだろう。
 肌寒さが増してくるのに体がぶるりと震える。そこで虎牙が、鬼が這い出してきたらどうするなどと冗談を言うものだから、私はびっくりして上ずった声で怒る。それがむしろ怖がっているのを教えてしまったみたいで、私は恥ずかしくなって二人に悟られないよう、一人で先に池の方へと近づいていった。
 この池は、山の上部にある川から流れてくる水が溜まって形成されている。雰囲気としては、池というより沼と言いたい感じだ。
 玄人の素朴な質問に答えつつ、私は濁った水面を覗き込んでみる。

「この中に、鬼がいると思う?」
「いそうな雰囲気だけはあるけどね」
「ここからぬーっと出てくるのかしら……」

 池の中に鬼が封印されているなら、ここから浮かび上がってくるのが当然だとは思ったのだが、それだとまるで河童のようだ。どうも鬼という印象にそぐわず、シュールだった。
 寒さに耐えながら、私たちは池の探索を始めた。時折カラスの鳴き声だけが遠く聞こえるだけの、原始の森。池の周りをぐるりと歩いていくと、前方に岩壁のようなものが見えてくる。
 かなり高さがあるので、一瞬上部が崖になっているのかとも考えたが、どうも性質が違う。地面と垂直になっているわけではなく、土砂が堆積したような部分もあるので、土砂崩れによって壁のようなものが出来上がったと見る方が有り得そうだった。
 満生台では、十数年に一度という間隔で地震が発生している、というのを以前八木さんから聞いていたので、私は二人に説明する。すると玄人が、秤屋商店が過去に地震で半壊したという話を思い出し、教えてくれた。
 私も千代さんに教えてもらったことはある。そう、お父さんが大変なことになって、結局それも遠因になって、千代さんが店を継いだはずだ。

「……おい、二人とも」

 玄人と話していたとき、虎牙が急に強張った声を発した。彼にしては珍しい反応だったので、私はすぐに彼の方を向く。
 すると、そこには。

「……何、これ」
「多分……建物の外壁、じゃねえか?」
「僕も、そう思う」

 これまでずっと、自然だけが強調されてきたこの場所で。
 突如として現れた、人工物だった。
 硬い岩肌が壁のように見える、というわけではなく、完全に人工的な壁だ。何故なら、その材質はコンクリートに似ていたから。
 廃墟。オカルトマニアならば歓喜するような場所かもしれない。けれど、怖がりな私はこの発見を純粋には喜べなかった。
 まさか、こんな奇妙なものが見つかるなんて。正直に言えば、ちょっとしたスリルくらいはあれど、何の成果もなく帰ることになるのだろう、という程度に考えていたのだ。
 予想はあっさりと裏切られた。
 この衝撃的な発見に、私たちはこれが一体どういう建物なのかとしばらく考察した。昔はこの池がダム的な役割を果たしていて、近くにあるこの建物は管理小屋だったのでは、という玄人の意見が尤もらしくは聞こえたけれど、それでも素材がコンクリートなのは引っ掛かる。
 そして、虎牙が十メートルほど離れた壁の一部に蹴りを入れたとき、その疑問は確信に変わった。
 現れた扉。……露出していたコンクリートが十メートル離れた場所にあるのだから、この建物はとんでもなく大きいわけで。
 それがただの管理小屋だというのは、流石におかしいわけで……。

「……入ってみましょうよ」

 怖いながらも、私はそう提案するしかなかった。
 この探索のリーダーは私で、『鬼封じ』の意味を知りたいのも、私なのだから。

「……行くか」

 私の不安を汲み取ってくれたのか、虎牙はあえて声を張ってくれる。
 そして彼を先頭にして、私たちは廃墟の中へと入っていった。
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