上 下
18 / 86
Third Chapter...7/21

研究論文

しおりを挟む
 夕飯のビーフシチューを食べ終わって、お風呂で汗を流してから、私は自室で勉強机に向かった。そのまま一分ほど、ペンを手にしたまま目を閉じて待ったけれど、今日は自動筆記現象が起きることはなかった。まあ、起きる方が奇跡的なのだから当然だ。
 鬼封じの池について両親にもそれとなく訪ねてみたけれど、何も知らないようだった。そんなところがあるんだな、と驚かれたくらいだ。この街で二年暮らしていても、分からないことはまだ多いなと思わされる。 
 昼間に散々勉強したので、また教科書を開く気にはとてもなれない。私は暇つぶしにと、スマホを取り出してネットサーフィンに勤しむことにした。今まで試したことはなかったが、千代さんの話でちょっとだけ、調べてみたいという気持ちになったのだ。

「八木優……っと」

 八木さんの名前を検索欄に打ち込んで、調べてみる。すると、電波問題に焦点を当てた論文が一つだけ、ネットに掲載されていた。どうやらこれが一番有名なものらしい。正直、その界隈での知名度なんてものは分からないけれど、他のサイトに書かれた批評などを見る限り、それなりに支持は得ているようだった。
 電磁波などの影響について、八木さんは過去に戦争で使われていた電波兵器などを例として挙げ、強度次第では実際に人体へ影響が出ることを説明、ただし、基準値以下の電磁波を浴び続けたことで影響が出るかどうかは検証の余地があるとして、判断を保留している。確かに、兵器を例として出してしまうと、元より人体に影響を与えるために作られるものが殆どなのだから、日常生活で浴びる電磁波の強度とは乖離しすぎだ。
 実際に、弱い電磁波を浴び続ける実験は行われたことがあるらしく、検証結果もあるのだが、目に見える形での異常は見当たらず、悪いものを浴びたという精神的な悪影響が、心身の不調を引き起こしているのではというのが定説だ。確かその話は、永射さんも説明会で持ち出していたような気がする。
 ともあれ、電磁波問題についてはグレーゾーンというのが今の状況だろう。誰もはっきりとしたことは、宣言できないのだ。主張してみたところで、相手を打ち負かす材料にはならないのである。微妙な話だ。

「大変な分野で研究してるんだなあ、八木さんは……」 

 寝転がる拍子に、そんな独り言が漏れてしまう。まあ、大変と言うならどんな研究者だって大変なのだろうけど。
 八木さんの論文を見れただけで、それなりに満足はできたのだが、どうせならと私は久礼さんの名前も検索にかけてみた。するとこちらも、久礼さんが書いたらしい論文がいくつかネットに公開されているのが発見できた。
 肩書きは、医科大学の教授となっている。満生台へやってくる前は、そこで働いていたわけだ。そう言えば昔、双太さんからちらっと聞いたが、双太さんと早乙女さんは大学で久礼さんと出会い、その縁でここへ移住してきたそうだ。この大学だったのか。 
 論文としては、中身を見てもさっぱり分からないながらも、オカルト染みたところなど一片もない、現実的かつ論理的なものだというのはなんとなく理解できる。千代さんが話していたような、残留思念がどうこうと言うような論文を書いているというのはやはり信じられなかった。
 プロフィールが書かれたサイトがあったので、そちらも確認してみる。名が知れるとこうやって晒し者にされてしまうのだなあと怖いものを感じつつ、文章に目を通していくと、経歴の一番後ろに、自主退職と記されていた。その後満生総合医療センターで働いているという記述はない。
 この街のことは、外部にはそれほど伝わらないのだろう。それに多分、久礼さんもわざとそうしているに違いない。ここは、とても住み良い環境で、発展も目覚ましいけれど、外から見れば秘境のような場所なのだ。なんというか、隠れ住むにはもってこいの街だという感じもする。
 有名人も、何も言わずにここへ移り住んだなら、さぞ快適なセカンドライフを満喫できることだろうな。実際、医療センターが目当てでなく、都会のしがらみが嫌になって移住してきた人もいるだろうし、今後もそうした需要はしばらくの間ありそうだった。 

「……」

 私がここにいることだって、かつての級友たちには伝わっていないだろう。久礼さんと同じように、私はあの時を境に世間に背を向けて、ここへ逃れてきたのだ。 
 無様に。

「……はぁ」 

 駄目だ、夜はどうしても感傷的になってしまう。近頃は少し、酷くなっているような気もする。ここでの生活が満ち足りているからこそ、その揺り戻しが来てしまうのだろうか。
 きっと、過去に苦しんでいるのは私だけではないのだろうけど。他にも沢山の辛い過去が集まっているのだろうけど。やっぱり、だから自分だけが辛いんじゃない、なんて強がれるような性格ではなかった。
 明日は鬼封じの池へ探検に出向く。ひょっとしたら、そのことに対する緊張も影響しているのかもしれない。何にせよ、今は少しメンタルが不調だった。
 もう寝てしまおうか。そう思い掛け時計に目をやると、時刻は十時を回ったところだった。早いけれど、別に寝てもいい時間だ。私は部屋を出て、さっさと歯磨きをしてから、両親におやすみと告げて、そのまま部屋のベッドに潜り込むのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...