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Third Chapter...7/21

秘密基地

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 街の北側から山道へ入っていき、三叉路を左へ。そのまましばらく、荒れた道を進んでいけば、目的地が見えてくる。木々に囲まれた中にぽっかりと空いた広場。蚊帳に覆われ、小さなテントが張られ、まるで誰かがアウトドアで一泊しに来ているような場所だった。 
 ここが、私たちの作った秘密基地だ。 
 皆、それぞれ私物を持ち込んで、過ごしやすい環境に整えてきた。四脚ある椅子は、色や形がバラバラだし、折り畳み式のテーブルは、脚が擦り切れているのか安定していないけれど、それでも物は充実している。テントの中にはクーラーボックスもあるので、暑い日は冷えたドリンクを一緒に飲みながら、和気藹々と時間を過ごせたりするのだ。今日ももちろん、そのつもりである。 
 私たちだけの空間。それは、ちょっとした誇りでもあった。 

「ふう」 

 道のりが長かったので、私はとりあえず、自分の椅子に座り込んだ。誰も見当たらないし、私が一番乗りのようだ。集合時間より若干早い到着なので、それは当たり前だろうけれど。 
 今日、私たちがここに集まるのには、四人でお喋りするというだけでなく、他に大きな理由がある。それは、テントの中にしまわれているパソコンと、いくつかの機械部品が関係しているのだ。 
 あのパーツは、組み上げればアンテナになる。そして、それをパソコンに接続して、電波の送受信が出来る。……そう、私たちは無線通信というマニアックなことをやろうとしているのである。 
 四月に私が、八木さんの観測所から古いパソコンを拝借してからだから、もう三ヶ月以上も経つことになる。前回の集まりで、一先ずの完成は見たのだが、実際のところちゃんと機能してくれるかどうかは、神のみぞ知る、だ。八木さんが優しい人でなければ、この計画のコアであるパソコンが用意できていないわけだから、八木さんには感謝してもしきれない。誰かに教える時期が来るなら、最初に教える人は彼だろうなと思っている。 
 無線通信。その中でも、私たちが製作したのは月面反射通信タイプのものだ。仕組みは全く名前の通りで、電波を月で反射させて、地球まで返す。そういう方法だった。 
 だから、装置には月の名が冠されていた。そして、ここに集うメンバーの、その中でも一番尊い少女の名前もまた、冠されていた。 
 ムーンスパロー。月雀。それが、通信装置の名前だった。 

「……来たかな」 

 足音が聞こえる。どうやら一人分だし、まず間違いなく玄人だろう。しばらく入口の方を見ていたが、果たしてやって来たのは玄人だった。 
 さあ、今日も張り切っていかなくちゃ。 
 私は心の中で、そんな風に自分を鼓舞して、こちらへ向かって来る玄人に声をかけるのだった。 

 

* 


 虎牙が、満雀ちゃんを連れてやって来たのは、玄人が到着してから十分ほど経った頃だった。その間、私は玄人に言い寄られて、夜に何度か体験した自動筆記現象について打ち明けていた。しかし、満雀ちゃんにバラされるとは夢にも思っていなかったので、少し悔しい。なかなかの悪女かもしれない。なんて。 
 メンバーが揃うと、私たちはパソコンを起動したり、アンテナを組み上げて設置したり、一つ一つ準備を進めていった。そして、パソコンとアンテナをケーブルで接続し、プログラムを作動させると、あとは成り行きを見守るだけになった。 
 モニターに変化が起きるまでは、来週から始まる期末試験の勉強をしたのだが、やはり虎牙は勉強が大嫌いらしく、終始つまらなさそうに眉をひそめたり、大欠伸をしたりしていた。それを見ていると、なんだか私までやる気を削がれていったので、極力無視するようにはしたけれど。 
 何となく、目を離せないんだよなあ、虎牙は。 
 モニターのグラフは、案外早くに反応を見せた。勉強道具を放り出したまま、私たちはモニターにかじりついて、そこから吐き出される文字を見つめた。そこには『ありがとう、またよろしく』という別れの挨拶が表示され、ムーンスパローがちゃんとEME通信機器として機能していることが分かったので、四人して計画の成功を無邪気に喜びあったのだった。 
 集まっている間、ムーンスパローは何度か電波を受信していた。正直なところ、これは電波傍受に当たりそうだったけれど、それには目を瞑ってほしいと思いつつ、ワクワクしながら表示される文章を確認していた。子供の自由研究みたいなものだ。自分の立てた目標がこれほど上手くいったのだから、そこに嬉しさを感じないわけがなかった。 
 楽しい時間は足早に過ぎていく。気がつけば、陽は傾き始めていて、スマホの画面を見てみると、時刻は四時を回っていた。満雀ちゃんの体調もあるし、私たちが遊べるのはいつもこのくらいの時間までだ。名残惜しいという気持ちが毎回湧いてくるけれど、仕方のないことだと我慢するしかなかった。 

「んーー……、ふう。今日は充実した活動になったわね。それじゃ、このくらいで解散ってことにしましょうか。ささっと片付けて、空が暗くなってくる前に帰りましょ」 
「ほいよ。充実はしたけど、俺は滅茶苦茶疲れた。主に頭が」 
「知恵熱出して試験休まないでよ」 
「うるせえ」 

 憎まれ口を叩く虎牙だったけど、どうも疲れているのは嘘ではないようだった。ふらふらとした足取りに、私は少し心配になる。それでも彼は自分の担当であるアンテナの解体をきちんとこなして、テントの中に直してくれた。私と玄人も、遅れはとるまいと他の小物や椅子の配置なんかを元通りにしていった。 

「完了っと。虎牙、今日はあんたが満雀ちゃんをエスコートするんだから、しっかりしなさいよ」 
「分かってるよ。こんな頭痛、すぐ治らあ」 
「頼んだよ、虎牙」 
「お願いするぞー」 

 満雀ちゃんが緩い調子で虎牙に言う。これを断れる猛者なんてこの世にはいないんじゃないかと思う。ほら、虎牙も嬉しそうだ。 

「じゃあ、帰るぜ。お前らも残ってイチャつかずに、さっさと帰れよ」 
「何ですってー!」 

 突然そんなことを言われ、思わず大声になってしまう。さっきまでは疲れた顔をしていたから心配してあげていたのに。とんでもない奴だ。 
 虎牙はそれ以上絡んではこず、満雀ちゃんの手を引っ張って、秘密基地を出ていった。その姿が見えなくなるまで、私はぼんやりと目で追っていた。 

「……はあ、あいつがいると疲れるわ」 
「でも、いい疲れなんじゃない?」 
「冗談言わないの」 

 全然いい疲れなんかじゃなかった。ニヤニヤするんじゃない、玄人。 
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