上 下
4 / 86
First Chapter...7/19

道半ば

しおりを挟む
 病院へ向かう道の半ばで、私は立ち止まっていた。 
 暑さのせいだったかもしれない。ほんの一瞬だけ、意識がどこかへ飛んでしまっていたみたいだった。 
 七月十九日。いくら夕方とは言え、夏の太陽はまだ高いところにある。焼けるような陽射しが、私の白い肌に降り注いでいた。 

 ――変なことを思い出したな。 

 まだ元気だと思い込んではいるけれど、実際はかなりやられているのかもしれない。まだ時折思い出すことはあったけれど、こんな日中にぼうっとして、昔のことが浮かぶだなんて。途端に憂鬱な気分になってしまった。 
 明るい私で定期健診に行こうと思っていたけれど仕方がない。ちょっと気分が盛り下がってしまったし、こうなれば双太さんには慰め要員になってもらおう。普段は強気な女の子の弱い一面には、どんな男もタジタジでしょう。 
 私――仁科龍美は、そんな適当なことを考えながら、目的地に向けてまた足を動かし始めた。 
 満生台に引っ越してきてから、もう二年になる。この街での暮らしにも、もうすっかり慣れていた。『満ち足りた暮らし』をコンセプトとしているだけあって、食糧面でも技術面でも、街は殆ど不自由なく生活できる水準にあるし、発展のペースも早い。掲げた理想に向けて、猪突猛進に突き進んでいる感じだ。その勢いが災いして、一部の住民からは嫌悪感を示されたりもしているみたいだけど。 
 私のような子どもにとっては、日々何かが新しく変わっていくのは新鮮で、便利で、とても喜ばしいことだ。けれども大人にとっては、そんな風にはいかないのだろう。 
 満生台に住む人の大半が、他所から移住してきた人たちだ。都会に疲れ、田舎でのスローライフに憧れたというのも理由の一つにはあるだろうが、もっと大きな理由がある。それが、今ちょうど眼前に見えてきた建物だ。 
 満生総合医療センター。この街の、唯一つの病院。 
 満ち足りた暮らし、の根幹として健康問題を挙げ、それを打破するために満生総合医療センターは設立された。その立役者は牛牧高成という人だ。病院の院長を勤めている牛牧さんは、たった一人で構想を練り、この場所に病院を作り上げたのだ。真似できない行動力だと思う。 
 そんな牛牧さんの活躍で、年々人口の減少が続いていたこの街も、移住者が増加しすっかり立て直したというような次第だった。 
 永射孝史郎という人が、数年前にどこかから派遣されるような形でやって来て街の行政を担う中で、病院は設備が充実していき、増築もされた。だから、今の病院は四階建てで前面には広い駐車場もあり、都市部の病院だと言ってもおかしくはない規模にまでなっている。相当見上げなければ、近くから全体は見渡せなかった。 
 自動ドアを抜け、ロビーに入る。待合室には三人ほど先客がいた。積極的な定期健診を勧めているこの病院には、いつ来ても二、三人くらいはソファに座っているのだ。健診のペースは、健康な人なら数ヶ月に一回程度、持病があったり何か問題があったりする人なら、もっと期間は短くなる。もちろん、それとは関係なく来院しても構わない。私はだいたい、月に一度といったところだ。 
 受付の女性に保険証と診察券を渡し、番号札をもらって空いているソファへ。まだ人口がそれほど多いわけではないから、最大でも三十番の札までしかもらったことがないけど、いつかはもっと大きい番号の札をもらうことにもなるんだろうな。 
 先に来ていたご老人方が、順番に呼ばれて診察室へ入っていく。診察室自体は二つあるのだが、実際に使われているのは一つきりだ。これも、人口が増えていけば二部屋使われるようになっていくのだと思う。 

「龍美さん、仁科龍美さん」 

 十分くらい待った後、私の名前が呼ばれる。私はお姉さんに向けて明るめの返事をして、診察室の扉を叩いた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

暗闇の中の囁き

葉羽
ミステリー
名門の作家、黒崎一郎が自らの死を予感し、最後の作品『囁く影』を執筆する。その作品には、彼の過去や周囲の人間関係が暗号のように隠されている。彼の死後、古びた洋館で起きた不可解な殺人事件。被害者は、彼の作品の熱心なファンであり、館の中で自殺したかのように見せかけられていた。しかし、その背後には、作家の遺作に仕込まれた恐ろしいトリックと、館に潜む恐怖が待ち受けていた。探偵の名探偵、青木は、暗号を解読しながら事件の真相に迫っていくが、次第に彼自身も館の恐怖に飲み込まれていく。果たして、彼は真実を見つけ出し、恐怖から逃れることができるのか?

もしもし、お母さんだけど

歩芽川ゆい
ミステリー
ある日、蒼鷺隆の職場に母親からの電話が入った。 この電話が、隆の人生を狂わせていく……。 会話しかありません。

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

秋月真夜は泣くことにしたー東の京のエグレゴア

鹿村杞憂
ミステリー
カメラマン志望の大学生・百鳥圭介は、ある日、不気味な影をまとった写真を撮影する。その影について謎めいた霊媒師・秋月真夜から「エグレゴア」と呼ばれる集合的な感情や欲望の具現化だと聞かされる。圭介は真夜の助手としてエグレゴアの討伐を手伝うことになり、人々、そして社会の深淵を覗き込む「人の心」を巡る物語に巻き込まれていくことになる。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

Mary Magdalene~天使と悪魔~

DAO
ミステリー
『私は血の様に赤い髪と赤い目が大嫌いだった。』『私は真っ赤に染まる姉さんが大好きだった』 正反対の性格の双子の姉妹。 赤い髪のマリアは大人しく真面目。 青い目のメアリは社交的なシスコン。 ある日、双子の乗船した豪華客船で残虐非道な殺人事件が起きるのだった。

処理中です...