21 / 41
十章 ヒカル五日目
支配 ①'
しおりを挟む
風が窓を揺らす音で、目が覚めた。
その音と共に、なにか懐かしい夢を見ていた気もする。
潮の香り。吹き付ける風。……おおよそ鴇村とは縁のないもののはずなのだが。
考えていても答えはでないので、とりあえず僕はベッドから起き上がり、さっさと着替えることにした。
目覚めたばかりのぼやけた視界で、慎重に階段を下りて、欠伸を噛み殺しながらリビングへと向かう。そこにはもう、家族全員が揃っていたので、
「おはようございます」
と挨拶をして、いつも通りの席に着いた。
「おはよう、ヒカル」
父さんはそう挨拶を返してくれ、お祖父様はテレビに目をやりながらも、挨拶の代わりとばかりに頷く。視線が注がれているそのニュースでは、ブラジルで公共料金の値上げに反発した市民によるデモが発生しているという記事が、女性アナウンサーによって読み上げられていた。
母さんがテキパキと朝食を並べ、僕らは一斉に手を合わせて、食事をとり始める。
「ねえ、父さん」
「なんだい、ヒカル」
出来る限り自然な口ぶりで、僕は訊ねる。
「……ゲンキさんとカエデさんって、昔なにがあったのかな」
昨日の光景が気になったゆえの、質問だった。問われた父さんは、少し悩ましげな顔をして、
「……なにか、聞いたのかい?」
「いや、ちょっと気になって。……ワタルとツバサちゃんは仲良いのに、あの人たちはピリピリしてるかなって」
「……そうだな、どういえばいいのか。誰も触れないようにはしてきているんだけどね」
ということは、事情を知っている者が少なからずいる、ということなのだろうか。知った上で、黙して語らずにいるということなのだろうか。
僕が納得いかない、という表情になっていたからか、そのときお祖父様が、低い声で呟いた。
「……あの二人はな、全ての元凶……いや、全ての始まりみたいなものだ」
「全ての始まり……」
「……ああ、そうだ」
お祖父様は、ゆっくりと頷く。
「いまここにこの村があるのは、あの二人がいたからなのだよ」
*
今日もクウは笑顔で出てきて、僕に無邪気な冗談を言ってくる。
それを適当に受け流しつつ、僕らは二人、並んで学校に向かう。
「ねえ、クウ。僕も昨日、変な光景を見たんだけどさ」
「え? なになに?」
「ワタルとツバサちゃんじゃなくてさ。ゲンキさんとカエデさんが二人して歩いてるところを見たんだ」
「……え? あの人たちが? ……悪いけど、そっちは全然想像できないや」
「いや、別に恋愛話ってわけじゃないからね? カナエさんの話によれば、ゲンキさんは亡くなった奥さん一筋みたいだし」
「そりゃ、そうでしょね」
「……それに、すごく深刻そうな顔、してたんだ」
「……ほえー……」
クウは何とも複雑な顔をしながら、どこか遠いところを見つめる。
「何かこう、因縁みたいなものがあるんじゃない? 天の家と地の家でしょ。正反対って感じの肩書きじゃない」
「どうもそれっぽいんだよね。詳しくは分からないけど」
「どういう因縁があるんだろうねえ……」
邪推なのかもしれないけれど、その関係はとても気になる謎の一つだ。
お祖父様が仄めかした言葉も、二人の秘密をより一層、謎めかすものだった。
学校に到着し、教室に入ってクウと駄弁っていると、ツバサちゃんと、その後ろからワタルが入ってきた。
それを見つけるや否や、クウは椅子が倒れんばかりに立ち上がり、おお、と声を上げる。
「おはよう、ヒカル、クウ」
ほんの少しだけ、きまりの悪そうに挨拶をするワタルの元へ、僕らは歩み寄っていく。
「おーっ、ワタルだ!」
「おはよう、ワタル。元気そうでなにより」
「ツバサちゃんさすがだねー!」
「クウちゃん、言い過ぎだよ……」
「心配かけてたみたいで悪い。もう大丈夫だから」
ワタルは照れたように言い、僕らの輪の中に入ってきた。
その笑顔を見て、僕はほんの少し、安堵することができた。
それからクウが冗談交じりにワタルとツバサちゃんの関係に茶々を入れたり、ワタルが反撃に出たりして、僕もそれに巻き込まれる。
こういう空気が、あの頃――ジロウくんがまだ元気な頃の僕らに一番近いな、なんて思ってしまう。
「多分、誰もヒカルの撮った写真、見たことないだろ。そのうちプリントしたの、見せてくれよ」
「……気が向いたら、ね」
「ちぇっ、ケチだな」
まだクウにも見せていないのだ。少なくとも、ワタルに見せるのは、全部をクウに見せてからだろう。そうでないと、クウに何を言われることか。
……心の中でも、僕はまだまだ素直じゃないな。
そんなことを思っていると、扉が開く音がして、カナエさんが教室に入ってくるのが見えた。
「あら、おはよう、ワタルくん。待ってたわよ」
カナエさんはワタルにウインクを飛ばす。
そうしてまた、学校生活は始まっていく。
*
休み時間になると、ワタルがクウに何かを囁いて、廊下の方へ連れて行ってしまった。
何の用でクウを連れて行ったのかが気になったが、追いかけても大人げないので、ぐっと我慢した。
その代わりに、というのも変だが、僕はツバサちゃんに声をかける。
「ツバサちゃん、よくやってくれたね」
「ワタルくんのこと? 私はそんなに特別なことはしてないけどね。ワタルくんが、自分で立ち直っただけだよ」
「いやいや、ツバサちゃんの力だよ」
「うーん……あんまり言われるとなあ」
ツバサちゃんは頬を赤らめて、手で項を撫でる。
こんなに純粋で可愛い子に介抱されるなんて、ワタルも幸せ者だな、と思う。
……こんなことをクウに言えば、グーで殴られるに決まっているけれど。
「ところでさ、ツバサちゃんにちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なにかな?」
「昨日さ、ゲンキさんとカエデさんが二人でいるのを見たんだけど。ツバサちゃんは何か知らない?」
「……二人が?」
少し黙りこむと、ツバサちゃんは、
「……いや、分かんないなあ。会う理由がなさそうだし、ね」
何故だか少し、緊張気味にそう答えた。
「まあ、それならいいんだけど……」
「深刻そうな顔してたから、何か知らないかなと思ってね」
「深刻そうな顔、かあ。……まあ、元々家同士で、確執があるみたいだからね」
その確執の詳細については、ツバサちゃんも分からない、ということなのだろうか。
「……でも、そうだなあ」
ツバサちゃんは、窓の外を見やりながら、半ば独り言のように言う。
「二人がそんな顔をしなくていいように、なればいいのにな……」
*
カナエさんの挨拶で、今日も学校での授業は終わり、生徒たちはめいめい解散する。
ワタルとツバサちゃんは、二人でそそくさと出て行ってしまったので、僕とクウも揃って学校を出た。
「ねえねえ、今日写真の話も出たことだしさ。ちょっとヒカルのコレクション、見せてくれません?」
「ああ……そうだなあ」
朝の話題を覚えていたのか。ちょっと意外に思ったが、見たいと言ってきてくれたのは素直に嬉しかった。
「分かった。アルバム持ってくるからさ。外で待っててくれる?」
「あれ、家で遊ぶの駄目なんだっけ?」
「……うん。あんまり、ね。ウチの親が、家に友達を呼ぶの、あんまり好かないらしいんだ」
「あらら、そうなんだ? 今まで何も言われなかったけど、やっぱり騒がしかったか」
本当のところは、僕とクウが懇意にしているのが家として、というか村として駄目らしいのだが、それはとても言えなかった。
というか、クウは親から何も言われていないのだろうか。
ひょっとして……言われてもなお、こうして隣にいてくれるのだろうか。
……どうなのやら。
「じゃあ、とりあえず僕の家に向かおうか」
「はいはーい、了解!」
僕の心にかかる靄を払うように、クウは明るい声で答えてくれる。
やっぱり、僕は彼女のこういう部分に救われているのだろう。
そして僕らは、二人仲良く並んで学校を抜けた。
*
「ほほーう……。これがヒカルの秘蔵コレクションですか」
村を流れる小川。その土手にある土管に座り込んで、僕らは二人寄り添いながら、家から持ち出したアルバムを見ている。
何年も前から撮り続けてきた、野鳥の写真。初めの頃はブレもあったけれど、今はとても安定していると自負していた。
「バードウォッチングとか全く分からんけど、確かに中々綺麗に撮れてますな」
「そんな変な言葉遣いでコメントしなくていいよ」
「いいじゃん、雰囲気出すくらい」
むう、とクウは頬を膨らませる。こういう茶目っ気のある部分に、胸がドキリとしてしまう。
「……でも、ホントにすごいよ」
「ありがと。母さんにやってみたらって言われてやり始めたけど、こんなに好きになるなんて、自分でもびっくりだよ。昔の僕に今の状況を言ったって、信じないだろうなあ」
「お母さんに言われてやり始めたんだ? 自分からやりたいって言い出したのかと」
「いいや。それまでは写真に興味なんかなかったからね」
「へえー……。意外だな。ヒカルにピッタリの趣味だってずっと思ってたから」
「そう見えるかな?」
「うん。似合ってるもの、カメラ構える姿。まー……格好良いとでも言えばいいのかな」
「……どうも」
返事に困って、僕はぎこちなく頭を下げるだけになってしまう。
「……で、カメラも持ってきてるみたいですけど、ついでに行くつもりですかい?」
「はは、まあクウが構わないならね」
「私はもうどこへでもついていく所存ですよ」
「そう? じゃ、行ってみようか」
「おう、受けて立つよ」
何故か挑むような台詞を放ち、クウは笑いながら僕に拳を突き出した。
「ははは、よし。それじゃ出発だ。そうだな……今日は少し山を下った辺りで撮ってみようかな」
「了解。それじゃ、行きましょっ」
クウは土管からぴょんと身軽に飛び、体操選手のように大げさな着地を決める。
そして振り返り、笑顔で僕に手を差し伸べた。
その音と共に、なにか懐かしい夢を見ていた気もする。
潮の香り。吹き付ける風。……おおよそ鴇村とは縁のないもののはずなのだが。
考えていても答えはでないので、とりあえず僕はベッドから起き上がり、さっさと着替えることにした。
目覚めたばかりのぼやけた視界で、慎重に階段を下りて、欠伸を噛み殺しながらリビングへと向かう。そこにはもう、家族全員が揃っていたので、
「おはようございます」
と挨拶をして、いつも通りの席に着いた。
「おはよう、ヒカル」
父さんはそう挨拶を返してくれ、お祖父様はテレビに目をやりながらも、挨拶の代わりとばかりに頷く。視線が注がれているそのニュースでは、ブラジルで公共料金の値上げに反発した市民によるデモが発生しているという記事が、女性アナウンサーによって読み上げられていた。
母さんがテキパキと朝食を並べ、僕らは一斉に手を合わせて、食事をとり始める。
「ねえ、父さん」
「なんだい、ヒカル」
出来る限り自然な口ぶりで、僕は訊ねる。
「……ゲンキさんとカエデさんって、昔なにがあったのかな」
昨日の光景が気になったゆえの、質問だった。問われた父さんは、少し悩ましげな顔をして、
「……なにか、聞いたのかい?」
「いや、ちょっと気になって。……ワタルとツバサちゃんは仲良いのに、あの人たちはピリピリしてるかなって」
「……そうだな、どういえばいいのか。誰も触れないようにはしてきているんだけどね」
ということは、事情を知っている者が少なからずいる、ということなのだろうか。知った上で、黙して語らずにいるということなのだろうか。
僕が納得いかない、という表情になっていたからか、そのときお祖父様が、低い声で呟いた。
「……あの二人はな、全ての元凶……いや、全ての始まりみたいなものだ」
「全ての始まり……」
「……ああ、そうだ」
お祖父様は、ゆっくりと頷く。
「いまここにこの村があるのは、あの二人がいたからなのだよ」
*
今日もクウは笑顔で出てきて、僕に無邪気な冗談を言ってくる。
それを適当に受け流しつつ、僕らは二人、並んで学校に向かう。
「ねえ、クウ。僕も昨日、変な光景を見たんだけどさ」
「え? なになに?」
「ワタルとツバサちゃんじゃなくてさ。ゲンキさんとカエデさんが二人して歩いてるところを見たんだ」
「……え? あの人たちが? ……悪いけど、そっちは全然想像できないや」
「いや、別に恋愛話ってわけじゃないからね? カナエさんの話によれば、ゲンキさんは亡くなった奥さん一筋みたいだし」
「そりゃ、そうでしょね」
「……それに、すごく深刻そうな顔、してたんだ」
「……ほえー……」
クウは何とも複雑な顔をしながら、どこか遠いところを見つめる。
「何かこう、因縁みたいなものがあるんじゃない? 天の家と地の家でしょ。正反対って感じの肩書きじゃない」
「どうもそれっぽいんだよね。詳しくは分からないけど」
「どういう因縁があるんだろうねえ……」
邪推なのかもしれないけれど、その関係はとても気になる謎の一つだ。
お祖父様が仄めかした言葉も、二人の秘密をより一層、謎めかすものだった。
学校に到着し、教室に入ってクウと駄弁っていると、ツバサちゃんと、その後ろからワタルが入ってきた。
それを見つけるや否や、クウは椅子が倒れんばかりに立ち上がり、おお、と声を上げる。
「おはよう、ヒカル、クウ」
ほんの少しだけ、きまりの悪そうに挨拶をするワタルの元へ、僕らは歩み寄っていく。
「おーっ、ワタルだ!」
「おはよう、ワタル。元気そうでなにより」
「ツバサちゃんさすがだねー!」
「クウちゃん、言い過ぎだよ……」
「心配かけてたみたいで悪い。もう大丈夫だから」
ワタルは照れたように言い、僕らの輪の中に入ってきた。
その笑顔を見て、僕はほんの少し、安堵することができた。
それからクウが冗談交じりにワタルとツバサちゃんの関係に茶々を入れたり、ワタルが反撃に出たりして、僕もそれに巻き込まれる。
こういう空気が、あの頃――ジロウくんがまだ元気な頃の僕らに一番近いな、なんて思ってしまう。
「多分、誰もヒカルの撮った写真、見たことないだろ。そのうちプリントしたの、見せてくれよ」
「……気が向いたら、ね」
「ちぇっ、ケチだな」
まだクウにも見せていないのだ。少なくとも、ワタルに見せるのは、全部をクウに見せてからだろう。そうでないと、クウに何を言われることか。
……心の中でも、僕はまだまだ素直じゃないな。
そんなことを思っていると、扉が開く音がして、カナエさんが教室に入ってくるのが見えた。
「あら、おはよう、ワタルくん。待ってたわよ」
カナエさんはワタルにウインクを飛ばす。
そうしてまた、学校生活は始まっていく。
*
休み時間になると、ワタルがクウに何かを囁いて、廊下の方へ連れて行ってしまった。
何の用でクウを連れて行ったのかが気になったが、追いかけても大人げないので、ぐっと我慢した。
その代わりに、というのも変だが、僕はツバサちゃんに声をかける。
「ツバサちゃん、よくやってくれたね」
「ワタルくんのこと? 私はそんなに特別なことはしてないけどね。ワタルくんが、自分で立ち直っただけだよ」
「いやいや、ツバサちゃんの力だよ」
「うーん……あんまり言われるとなあ」
ツバサちゃんは頬を赤らめて、手で項を撫でる。
こんなに純粋で可愛い子に介抱されるなんて、ワタルも幸せ者だな、と思う。
……こんなことをクウに言えば、グーで殴られるに決まっているけれど。
「ところでさ、ツバサちゃんにちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なにかな?」
「昨日さ、ゲンキさんとカエデさんが二人でいるのを見たんだけど。ツバサちゃんは何か知らない?」
「……二人が?」
少し黙りこむと、ツバサちゃんは、
「……いや、分かんないなあ。会う理由がなさそうだし、ね」
何故だか少し、緊張気味にそう答えた。
「まあ、それならいいんだけど……」
「深刻そうな顔してたから、何か知らないかなと思ってね」
「深刻そうな顔、かあ。……まあ、元々家同士で、確執があるみたいだからね」
その確執の詳細については、ツバサちゃんも分からない、ということなのだろうか。
「……でも、そうだなあ」
ツバサちゃんは、窓の外を見やりながら、半ば独り言のように言う。
「二人がそんな顔をしなくていいように、なればいいのにな……」
*
カナエさんの挨拶で、今日も学校での授業は終わり、生徒たちはめいめい解散する。
ワタルとツバサちゃんは、二人でそそくさと出て行ってしまったので、僕とクウも揃って学校を出た。
「ねえねえ、今日写真の話も出たことだしさ。ちょっとヒカルのコレクション、見せてくれません?」
「ああ……そうだなあ」
朝の話題を覚えていたのか。ちょっと意外に思ったが、見たいと言ってきてくれたのは素直に嬉しかった。
「分かった。アルバム持ってくるからさ。外で待っててくれる?」
「あれ、家で遊ぶの駄目なんだっけ?」
「……うん。あんまり、ね。ウチの親が、家に友達を呼ぶの、あんまり好かないらしいんだ」
「あらら、そうなんだ? 今まで何も言われなかったけど、やっぱり騒がしかったか」
本当のところは、僕とクウが懇意にしているのが家として、というか村として駄目らしいのだが、それはとても言えなかった。
というか、クウは親から何も言われていないのだろうか。
ひょっとして……言われてもなお、こうして隣にいてくれるのだろうか。
……どうなのやら。
「じゃあ、とりあえず僕の家に向かおうか」
「はいはーい、了解!」
僕の心にかかる靄を払うように、クウは明るい声で答えてくれる。
やっぱり、僕は彼女のこういう部分に救われているのだろう。
そして僕らは、二人仲良く並んで学校を抜けた。
*
「ほほーう……。これがヒカルの秘蔵コレクションですか」
村を流れる小川。その土手にある土管に座り込んで、僕らは二人寄り添いながら、家から持ち出したアルバムを見ている。
何年も前から撮り続けてきた、野鳥の写真。初めの頃はブレもあったけれど、今はとても安定していると自負していた。
「バードウォッチングとか全く分からんけど、確かに中々綺麗に撮れてますな」
「そんな変な言葉遣いでコメントしなくていいよ」
「いいじゃん、雰囲気出すくらい」
むう、とクウは頬を膨らませる。こういう茶目っ気のある部分に、胸がドキリとしてしまう。
「……でも、ホントにすごいよ」
「ありがと。母さんにやってみたらって言われてやり始めたけど、こんなに好きになるなんて、自分でもびっくりだよ。昔の僕に今の状況を言ったって、信じないだろうなあ」
「お母さんに言われてやり始めたんだ? 自分からやりたいって言い出したのかと」
「いいや。それまでは写真に興味なんかなかったからね」
「へえー……。意外だな。ヒカルにピッタリの趣味だってずっと思ってたから」
「そう見えるかな?」
「うん。似合ってるもの、カメラ構える姿。まー……格好良いとでも言えばいいのかな」
「……どうも」
返事に困って、僕はぎこちなく頭を下げるだけになってしまう。
「……で、カメラも持ってきてるみたいですけど、ついでに行くつもりですかい?」
「はは、まあクウが構わないならね」
「私はもうどこへでもついていく所存ですよ」
「そう? じゃ、行ってみようか」
「おう、受けて立つよ」
何故か挑むような台詞を放ち、クウは笑いながら僕に拳を突き出した。
「ははは、よし。それじゃ出発だ。そうだな……今日は少し山を下った辺りで撮ってみようかな」
「了解。それじゃ、行きましょっ」
クウは土管からぴょんと身軽に飛び、体操選手のように大げさな着地を決める。
そして振り返り、笑顔で僕に手を差し伸べた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
PROOF-繋いだ手を離したくない-
橋本彩里(Ayari)
ライト文芸
心から欲しいと思うからこそ、近づけない。離れられない。
やっと伝えた思いは絶えず変化し、時の中に取り残される。
伸ばし合った手がやっと繋がったのに、解けていきそうなほど風に吹かれる。
この手を離したくない。
過ごした時間の『証』を刻みつけたい。
「一年前の桜の木の下で」
そこから動き出した二人の関係は、いつしか「会いたい」という言葉に涙する。
タグにもありますが切ない物語。
彼らのピュアで尊い物語を最後まで見守っていただけたら嬉しいです。
表紙は友人の kouma.作です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる