【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗

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三章 ワタル二日目

不穏 ①

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 目覚めは良いものではなかった。
 昨日の一幕のせいで、よく眠れた気がせず、まだ頭も体も重たい。
 父さんの言葉が、頭の中にまだ響いている。
 ツバサを否定する、痛ましい言葉。

「……はあ……」

 布団の上で、体を伸ばしながら、カーテンの隙間から細く差し込む光を見つめながら、俺はぽつりと呟く。

「……関係ない、よな」

 俺はツバサが好き。ただ、それだけだ。
 村の意向など、最初から気にする必要すらないのだ。

「さ、起きるか」

 俺は勢い良く起き上がると、手早く服を着替えてリビングへ向かった。

「……構わない。それでよろしく頼む」

 リビングに入ったとき、父さんが珍しく誰かと電話していた。俺が入ってきたのに気付くと、話を切り上げたようで、すぐに受話器を戻し、

「おはよう、ワタル」

 と、平静を装ったような声で言った。

「誰と話してたの?」
「……懐かしい奴とな」
「ふうん」

 あまり興味は持たなかったが、普段から閉鎖的な人間である父さんが、電話で誰かと話すのは本当に珍しいことだ。学校に行ったら、誰かに聞いてみようか。どこかの家にかけたのかもしれないし。
 朝食は相変わらず、可もなく不可もなくといった味だった。食べれるのだから文句は言うまい、と毎日思っているが、俺は少しずつ上達しているのに、父さんはまるで変化がないというのはちょっと気にはなる。

「そういえば、もうすぐ鴇祭だな」
「ああ。六日後だったっけ」
「そうだ。これから準備のために、家を空けるときがあるから、家にいなければ準備をしていると思ってくれ」
「了解」

 村で年に一度執り行われる鴇祭。鴇を神様に見立て、村の平和を祈願する。平たく言えば、そんなお祭りだ。基本的に祭は青野家が取り仕切るのだが、とある道具の準備だけは、赤井家が行うことになっている。
 村のいたる所に配置された止まり木に、燭台を取り付ける役目。それが、赤井家に任された役目だ。これは、止まり木を埋めたのが赤井家だからという理由がある。元々止まり木は、祭の際に燭台を取り付けられるよう、穴を開けて作られ、設置されたのだ。その、二つ目の役目を果たすのには、やはり赤井家が適任なのだろう。

「でもさ、去年はそんなにかからなかったよな。二日もあれば、準備は終わるんじゃない?」
「それならいいんだがな。分からん」
「……そっか」

 ひょっとしたら、体力が無くなってきているのかもしれない。何だかんだいって、父さんも四十を過ぎている。体の衰えを感じさせる年齢には違いない。そういえば、何度かクウの家に行く所を見た気もする。目的は診察以外にないだろう。

「頑張ってな、父さん」
「……ああ」

 僅かに苦笑しながら、父さんは俺の言葉に答えた。





 今日も学校へ行く道すがら、ツバサと合流する。自然と決まった時間に家を出るようになり、自然に合流できるようになっているのだ。阿吽の呼吸、というのは変かもしれないが、毎日殆ど同じ場所で合流できているのは、やはり息があっていると言えるだろう。心が通じ合っている……とまで言うのは恥ずかしいが。

「なんか昨日のことがちょっと夢みたいだなあ。奇跡みたいな光景だったもん」
「そうだな。一匹だって、人前に降りてくることなんかないもんな」

 昨日共有した光景を、思い出を、二人で語り合う。そうこうしているうちに、学校へ辿り着いた。ときどき学校までの道が、短いなと思うことがある。もう少し長ければ、二人で話す時間も増えるのに。
 校舎に入り、ドアを開いて教室の中へ。相変わらずヒカルとクウの二人は早く登校してきていて、二人でお喋りしている。二人が早いというか、ヒカルが早起きしてクウを迎えに行っているから早く来られているようだが。二人も相当仲が良い。
 ただ、どうやらお喋りの内容はあまり良いものではないようだった。どんな話かは、教室を見渡せば容易に想像できた。タロウがいないのだ。

「おはよう、二人とも。何の話、してたんだ?」

 一応そんな風に切り出すと、

「ああ、おはよう、ワタル、ツバサちゃん。……ジロウくんの病状が、相当悪いらしくて。今、村から出て大きな病院に連れて行ってるところだそうなんだ」
「……マジか?」
「うん。私のお父さんが一緒についていってる。すぐにでも手術してもらえるよう、知り合いを通じて頼み込むんだって。そうでもしないとどうなるか分からないって……」
「そんな……」

 ジロウくんの病状は、そんなに深刻だったのか。俺たちは、その詳細をまるで知らず、甘く考えすぎていた。そのうち病気が治って、ジロウくんとタロウの二人と、また元気に遊べるものだと。
 そんな、生と死の境にジロウくんが立たされているなどとは知らずに。

「なあ、具体的にどんな病気なんだ、ジロウくん」
「結核とか、伝染病みたいな病気だったり……?」
「いや、そういうんじゃないよ。ヒトに移るような病気じゃない。もしそうなったら、隔離してないといけないしね」

 クウは両手で顔を覆い、はあ、と重い息を吐く。

「昔は伝染病が流行って、沢山隔離者が出たこともあるらしいけどね。今はそうそうないんじゃないかな。ツバサちゃんの家も、そういう話聞いたことないでしょ?」
「え? うん。どうして?」
「隔離者が出たら、真白家と連携することになってるから、みたい」
「へえ……私が知らないってことは、ないってことだね」
「そうそう。少なくとも、物心ついてからはね」

 隔離する、ということは、外部と遮断できるところに患者を入れる、ということだ。クウの家は、病院と生活する場が一体になっていて、病室は思いのほか小さいし、無菌室などはないはずだ。真白家と連携するということは、恐らく隔離する部屋は真白家が持っているということなのだろう。
 俺の母さんが病気で亡くなったときはどうだったんだろう、と少しだけ気になった。今みたいに、大病院に連れて行ってもらったりしたのだろうか。
 ……そういえば。母さんは、鳥になれたんだろうか。

「うーん、僕たちにできるのは本当、祈ることくらいだね」
「あ、昨日も祈ろうって言ってて、それで思いついたんだけどさ。千羽鶴でも作ってみない? 今日一日で出来上がった鶴を、ジロウくんに届けてあげるの。鳥の村なんだし、なんか効きそうな気がするじゃん」

 思い出したように、クウが指をパチンと鳴らして言う。

「あ、それいいよ。私も折って、届けたい。皆の気持ちが、形になってジロウくんに届けられるんだもんね」
「クウにしてはいいアイデアだね。僕もそれには賛成だ」
「私にしてはって何よっ」

 ヒカルはその軽口の代償を、後頭部を引っ叩かれることで償うことになった。中々いい音が鳴り、教室中の視線が集まる。

「ご、ごめんなさい」

 ようやく今日初めての笑いが起こったとき、カナエ先生が教室にやってきた。
 俺たちはさっそく先生に、ジロウくんへ千羽鶴を折るという提案をぶつけてみた。
 そしてそれは快く了承され、俺たちは休み時間を使い――授業時間すらも使って、ジロウくんへの鶴をひたすらに折ることとなった。
 祈りを込めた千羽鶴を。





 今日の体育は、村全体を舞台にしたかくれんぼになった。昨日は年長組の意見が通ったので、今日は年少組の意見が通った、というわけだ。ちなみにこのクラスの最年少は、十歳の男の子である。
 ただのかくれんぼと侮るなかれ、鴇村というちょうどいい広さの村で、九人というこれまたちょうどいい人数を探すのは、中々楽しい遊びなのだ。一時間を使い、見つけられれば鬼の勝ち、逃げ切れれば人間側の勝ち。俺たちはそんな、子ども染みた遊びに大いに熱中するのだ。
 鬼はヒカルに決まり、一分を数える間に俺たちは逃げることになった。生徒たちと一緒に、カナエ先生も隠れることにしたようで、クウと一緒にどこかへ行こうとしているところが見えた。
 あくまで村の中が逃げられる範囲であり、森には入ってはいけないことになったので、俺はどこがいいかと探し回り、川の近くに積まれた土管の中に入って隠れることにした。ツバサをそれを見てくすりと笑ってから、俺の土管の下に隠れた。真似なんかするもんじゃないぞ、と思ったが、どうやら隠れながら俺と話したいようだった。

「クウちゃんが千羽鶴を作ろうって言い出すなんて、思わなかったなあ」
「はは、ほんとな。意外とそういうの信じる性格なのかな」
「あ、ワタルくん。クウちゃんは女の子なんだからね? 意外ととか言わない」
「まあ、ツバサの方が言いそうだった、とは思うけど」
「うーん、私は思いつかなかったな。だから、クウちゃんの方が乙女なんだよ。純粋な女の子」
「純粋な女の子、ねー」
「こら、そんな顔しない」
「見えないだろ」

 声を殺しながらも、二人で笑い合う。

「相合鳥とか、トキの言い伝えだって信じてるんだから、クウちゃん。今日なんか……」
「ん?」
「あう、何でもない」

 口元を覆い、それから取り繕うようにそう言って、頭をかりかりと掻いた。まさか、昨日のことをクウに話したりしたのだろうか。……ないと信じたい。

「……ま、千羽鶴のことだけどさ。多分、両親がお医者さんで、直接ジロウくんを診たりしてるからじゃないかな。自分は力になれてないって、他の人より強く思っちゃって、何かできることを探してたのかも。それで、千羽鶴が浮んだんだと思うよ」
「なるほどなー……。いくら代々医師を継ぐといっても、それは大人になってからの話だし。今のクウは、医者のいの字もまだ知らないよな」
「うん。だから、だろうね」

 この村では、親の仕事を子が継ぐのが当たり前、もはや決まりのようになっている。クウもその例外でなく、医者になることが決められているのだ。婿をとって、婿が医者になればいいというだけではない、クウ自身も必ず、医者にならなければならないらしい。
 村は、継がれていくものが多い。それは、古き良き伝統でもあるし、悪しき戒めでもある。どうも俺は、そういう一長一短なところがある気がしている。
 しんみりとした沈黙が流れ、しばらく立ったあと。
 俺が何か話を切り出そうとしたちょうどそのとき、

「はい、見つけた」

 という、気だるそうなヒカルの声が、土管の外から聞こえてきた。
 ゲームオーバーだ。
 俺たちが見つかったのは、四番目ぐらい。後から聞いたことだが、意外なことに、最後まで見つからなかったのはクウだったらしい。とはいえ、クウはカナエ先生の助言を受けて、学校の職員室に隠れていたらしく、更にカナエ先生が囮になるという作戦も相まって、見つからなかったようだ。……本当だろうか。
 誇らしげに胸を反らせるクウに、ヒカルは面倒臭そうに対応していたが、その中にもどこか、彼女が嬉しそうで何より、というような気持ちがあるような感じがしてヒカルらしい。もしや勝利を譲ったんじゃないだろうな。
 授業が終わって、教室へ戻る途中。
 この輪の中に、またタロウが加わる日が早く来ればと、俺は思わずにはいられなかった。
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