【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
5 / 41
二章 ヒカル一日目

鴇村 ②'

しおりを挟む
 六時間目の授業が終わり、皆がそそくさと帰る準備を始めたとき、黒板の字を消している僕に、カナエ先生が声を掛けてきた。

「今日はいい天気ね。素敵な画になりそうだわ」
「ええ、そうですね」

 僕も窓を眺めながら、ゆっくりと首を動かす。

「綺麗な自然と綺麗な鳥と。本当にいいところだと思うわ、鴇村は」
「自画自賛、ですけどね」
「ふふ」

 そのあたりで黒板を消し終わった僕は、じゃあ、と先生に告げて、自分の席へ戻った。先生は教壇に立ち、

「じゃあ、明日も元気で来てくださいね。皆さん、さようなら」

 と別れの挨拶をする。

「さようなら」

 生徒達全員がそれに答えた。
 ワタルやクウは、放課後も遊びたそうにしていたのだが、タロウが憂鬱な表情で、遊びの誘いを断ったので、僕らはとりあえず、今日は皆で遊ぶのをやめて、家に帰ることにした。
 学校前で別れ、僕らは橋を渡る。ワタルとツバサちゃんが僕らの背中を見送っているのが分かった。

「じゃ、また明日ね」
「えー、ちょっとウチに寄ってかない?」
「ノリが軽いなあ。今日は遠慮しておくよ」
「むー。じゃあいいや。またね」
「はいはい、またね」

 クウが自宅の扉を開け、ただいまと元気良く言いながら入っていくのを見届けて、僕も自分の家へ帰っていく。
 こうして学校が終わり、家へ戻ってくるときが、一番自分の家の大きさを実感する。
 別に、こんなところじゃなくても良かったんだけどな、という思いと一緒に。

「ただいま」

 ガラガラと開き戸を開けると、すぐに母さんがやって来る。

「おかえり、ヒカル。今日は早いのね」
「うん。タロウのところが、大変だしさ。今日は皆でわいわいするのはやめとくみたい」
「そうね……ジロウくん、かなり悪いみたいだから」
「大きな病院には連れて行かないのかな?」
「そうするとは思うんだけどねえ。明日にでも行くんじゃないかしら……」
「ふむ……」

 もう少し早く、大きな病院に行けなかったのかとも思ったが、何か理由があるのかもしれない。深くは訝らないことにする。
 部屋に戻ると、僕は机の上に置かれたカメラを手に取った。首掛け用のストラップがついており、首から提げることで両手が空き、またいつでも撮れるのが便利なところだ。
 ストラップ部分を掴み、すぐに身を翻すと、

「じゃあ、またいってきます」

 と廊下に向かって投げかけ、家を出る。母さんの、

「日が暮れるまでに帰るのよ」

 という言葉を背に受けて。
 僕はこの鳥に恵まれた村で、バードウォッチングを度々している。母さんが買ってくれたカメラをきっかけにして、写真を撮るのが好きになっていき、初めは特に限定されていなかった被写体も、今では殆どが鳥になっていた。美しい自然の中を飛ぶ鳥、或いは羽を休めている鳥。様々な鳥の、様々な姿。この村でなら、僕は飽きることなくシャッターを切り続けられるだろう。
 家の西にある、森への入り口。だんだんと細くなっていくその道を、僕はゆっくりと進んでいく。木々の枝葉に遮られて、次第に陽の光が失われていく。道は舗装もされていないため、雑草が生い茂っている。初めて立ち入る者は、五分も進めば戻れないかもしれないという恐怖に負けてしまいかねない所だ。
 僕はもう、この森に何度も立ち入っているので、余裕綽々といった感じだ。虫が飛ぶのが鬱陶しいが、それもあまり意識しないようにすれば、そのうち気にならなくなる。
 他の誰かと森に入ったことはまだなかった。バードウォッチングは、基本的には一人だけでしている。村の中で誰かと一緒に鳥を追いかけることもたまにはあるが、やはり観察や撮影は、一人で、心を落ち着かせて行いたいのだ。
 やがて、一本の大木がその姿を現す。獣道の先の、僅かにできた広場のような場所に屹立する、巨大な木。その木が二分するかのように、道は二つに分かれている。というより、分かれたすぐ先で、道はどちらも完全に消失しているのだが。
 この道の左側は、立ち入ってはならない場所だとお祖父様に言われたことがある。この先には墓地があり、その管理は所有者である赤井家が行っているのだと。家族のお墓にお参りできるのは、その家の最も年長の者だけだと決まっているらしく、他の者はお参りしたくてもできないらしい。理由は分からないが、まあとにかく、墓地の所有者が赤井家であり、赤井家の長がそういう規則を定めているということだ。
 僕は右の道を進んでいく。すぐに道は途絶えるが、気にすることなく真っ直ぐ進んでいく。すると、村を二分している川の上流に辿り着く。そこは川も浅く、視界も他の場所より幾分開けていて、雑草よりも花が多く咲いていて。恐らく森の中で最も美しい場所だった。
 早速川べりにルリビタキを発見する。鳥についての知識は、長い間バードウォッチングを続けてきたこともあり、ワタルには及ばなくてもそれに近いレベルまでは達しているんじゃないかと思う。キョロリキョロリと鳴き声を発するルリビタキに、後ろから静かに近づくと、ここぞというタイミング、角度でシャッターを切る。音に驚いてルリビタキは飛び去ってしまったが、画面を見ると、中々いい写真が撮れていた。一枚目の出来としては満足だ。

「お、いい写真撮れたねっ」

 突然背後からそんな声がして、僕はひっ、と素っ頓狂な声を上げてしまう。
 声の正体はすぐに分かったので、僕は振り返り、苛立ち混じりに、

「クウ。帰ったんじゃないのか」

 と彼女に問いかけた。凄みをかけたつもりなのだが、クウはケロリとした表情で、

「いやー、鳥の撮影に行くんだろうなと思ったから、尾けてきちゃいやした」
「……はあ」

 全く、この子の行動力には呆れてしまう。

「森の中に、こんな綺麗な場所があったんだね。ロマンチックだなあ。こんな場所で今告白されたら、即オッケー出しちゃいそう」
「そんな雰囲気に流されちゃ駄目だろう」
「失礼な、雰囲気だけじゃありませんよ」
「……そ、そう」

 何となく、クウとそういう話をするのが気恥ずかしくて、上手く言葉が返せなくなる。曖昧な返事をして、再びカメラを構える僕に、

「私も撮ってほしいな」

 と、レンズを覗き込みながらいうものだから、腹立たしいやら照れくさいやら、良く分からない気持ちになってしまう。
 クウといるときは、いつもこうだ。
 クウを後ろに従えて、会話もそこそこに、次の被写体を探す。ふと視線を上にやると、その先の枝に、ベニマシコが止まっているのが見えた。
 構図は悪いが、とりあえず撮っておこう。そう思い、レンズを覗き込んだそのとき――

「きゃあ!」

 後ろから、クウの悲鳴が聞こえた。慌てて振り返ると、クウの目の前に野生のイノシシが飛び出してきていた。子どものイノシシなのだろうが、それでも強靭そうな体つきをしている。暴れられたらかなり危険だ。
 クウを助けなければ。そう思うのだが、ひ弱な体は動いてくれない。いや、ひ弱なのは心なのだろうか。
 ようやく足を一歩踏み出せたときには、イノシシはぷいとそっぽを向いて、森の奥へと去っていってしまった。

「……はあ、よかった」
「もう、ヒカルってば、情けない」

 胸を撫で下ろす動作をしてから、クウはこちらを睨むようにして、言う。ご立腹のようだ。
 自分でも情けなかったと思う。彼女を守りたいと強く思ったのは事実なのに、体は全く動こうとしなかった。

「……ごめん」

 謝るほかないな。自分の無力さが、ただただ腹立たしくなった。いや、無力なわけではない。ただ、勇気を出せなかっただけ。臆病だった。

「次なんかあったら、ちゃんと守ってよ?」

 頬を膨らませてから、クウはそう言って笑う。この約束と引き換えに、許してあげるといった感じで。
 なら、僕はその約束を必ず守らなくちゃと思った。

「うん。もう今みたいな恥ずかしい姿は見せないよ。その……次は、絶対クウのこと、守る」
「お、……おう。頼むよ」

 冗談交じりに言ったのを、真剣に返されたためか、クウは些か狼狽した様子でそう返した。そのおどけた表情を、僕は、ほんの一瞬だけ、愛おしいと感じた。
 結局は、そういうことなのだろう。
 僕はただ、感情を素直に表現できないだけの、人間なのに違いない。

「ささ、早く次を撮らないと、陽が暮れちゃうよ。どんどん行こ!」
「そんなことは分かってるよ。よし、行こう」

 そして僕らは、陽が暮れるまでの一時間と少しを、二人で過ごしたのだった。





 夕闇が辺りを包み込むと、森は元々怪しげなその様相を、より一層恐ろしいものにする。すっぽりとその闇に包まれるまでに、僕らは森を抜けようと早足で戻っていた。
 夜が近づくにつれ、鳥たちの鳴き声が少しずつ変わってくる。色々な鳥たちの声がしていた森は、今ではカラスの声が半分ほどを占めている。

「森に近づくなっていう理由も分かるなあ」
「そうだね。明るい内しか立ち入らない方がいい」

 僕らは大木の所まで戻ってくる。道がはっきりしている方が帰り道だ。
 長老のような木の横を通り過ぎ、僕らは村へ帰ろうとする。
 と、そのとき、クウがあることに気付いた。

「あー! ね、ね、これ見てよ」
「うん?」

 クウは木の幹を指差している。ちょうど胸の辺りだ。何か珍しい虫でもいるのだろうか、と思ったのだが、そうではないらしい。

「ほら、ここ」
「……あ」

 クウが指差した場所には、最近つけられたらしい図が、刻まれていて。
 その図には、見知った名前が、彫られていた。

「ワタルと、ツバサ……」

 不器用な線で刻まれていたのは、カタカナでワタルとツバサ、その二つの名前。
 その間に、鳥を模しているのであろうマーク。

「これ、相合鳥……だよね?」
「相合鳥って……?」

 僕が問うと、クウは心底驚いたような、呆れたような調子で、

「えー! ヒカル、相合鳥知らないの!?」
「相合傘なら知ってるけど、鳥って……この村じゃ、そんな風になってるのか」
「そうだよー。こうやって、鳥のマークの間に好きな人同士名前を書くとね。その人たちは必ず結ばれるんだって」
「相合鳥、ねえ……。駄目だ、そういうのはちょっと信じる性格じゃないや」
「えー、夢も希望もないなあ」
「その言い方はどうかと思うよ……」

 僕は基本的に、非科学的なことはあまり信じない人間だ。こういうお呪いのようなことも、どちらかと言えば胡散臭いと思っている。
 けれど、こういうお呪いをする意味については、自分なりに分かっているつもりだ。
 これは、信じるというより、確認する儀式。
 結ばれたいと、互いに思っているのだということを、確認するための儀式なのだ。
 だから、ワタルとツバサちゃんは、
 結ばれたいと、祈っている。

「……ねー、なんか羨ましいからさ、私たちも彫らない?」
「……は?」

 突然のクウの言葉に、僕は図らずも間抜けに聞き返してしまう。

「だから! この裏にでも、刻んじゃおうよ」
「……え、えっと、クウ?」
「はいはい?」
「……いや、……僕だよ?」
「うん」

 あんたしかいないでしょ、というような目で、クウは僕を見つめてくる。それがあまりにも当たり前のようで、でもそれは、決して当たり前ではなくて。

「……うん」

 耳が熱い。きっと僕の顔は、真っ赤になっていることだろう。それを見せないように、顔を伏せながら、僕は小さく頷いた。
 大木の裏、ちょうどワタル達の相合鳥の裏手に、僕らも僕らの相合鳥を刻み込む。ワタルたちと同じように、カタカナで、ヒカル、クウ、と。
 それは、確かに思いを確認する儀式だった。
 互いの思いを伝え合う、神聖な儀式だった。

「……よし」
「出来たね。思ったより、あっさり」
「まあ、ね。ちょっと雑だけどその辺はご愛嬌、だね」
「はは……」

 ここに刻まれたのは、二人の純粋な、気持ち。
 言葉にはしなくとも、形として表された、純粋な。
 ――そこに。

「わっ」

 クウの眼前に、バサバサと音を立てて降り立った、二羽の鳥。
 それは、トキだった。
 オスとメス、つがいのトキだ。

「トキ……」
「わ、わー! つがいのトキだよ、ヒカル! すごい、すごい!」

 僕の手を握り、体全体で喜びを表現するクウ。確かにトキは珍しいが、こんなにも喜ぶのには、他にも理由があるような気がする。
 そういえば、つがいのトキには一つ、言い伝えがあったような――。

「あ……そうか」

 理解するのに時間差があったせいだろう、クウはええ、と大げさに仰け反って、

「もー、ヒカルったら、忘れてたの?」
「いや……ええと」
「つがいのトキを目にした二人は、必ず結ばれる。有名じゃん。……すごい、偶然だね」
「……うん。まさか、こうやって名前、書いた後に……ね」

 お呪いは信じないはずの僕でも、つい信じてしまいそうなほどに、すごいタイミングで。
 トキは僕らの前に降り立ったのだ。
 一瞬だけ、カメラを構えようとしたものの、何故だか僕はそんなことをするのは無粋だと思ってしまい、動かしかけた手を戻した。切り取る必要はない。この胸の中に、二人の胸の中にこの光景があるのなら。
 つがいのトキは、すぐに飛び去った。写真にできなかった後悔はない。ただ、なんとも言えぬ感情で、この心は満たされていた。
 それを、二人共有していた。

「……ねえ、ヒカル。私ね……」
「……うん」

 クウは、しばらく躊躇ってから、首を振って、言う。

「…………帰ろっか」
「……」

 自分からは、言わないよ、と。
 そう、暗に言われているような気になった。
 分かっている。
 だから、すぐに言うさ。
 この弱気な心が、君を守るに足る勇気を持てれば。

「帰ろう」

 クウの手をとり、僕は歩き出す。
 夕空の下、鴇村までの道を、ゆっくりと。





 背後で、気配を感じた。それは、ほんの僅かな枝葉の擦れる音だったが、僕は確かにそれを聞いた。
 動物かと思い、すぐさま振り返ったものの、どうやら違うらしい。
 その証拠に、黒い服らしきものの一部が、木の陰に隠れるのが見えたからだ。
 こんな所にどうして人がいるのだろう。夜になれば、危険だらけの森なのに。
 もしかして、ワタルやツバサちゃんだろうかとも考えたが、今日の二人はそんな服装ではなかった。
 それに、あの人影は多分、大人のものだったのだ。

「クウ、ちょっとここで待っててくれるかな?」

 小広場の所で、クウに待っているように頼むと、

「うん?」

 と、首を傾げるので、

「今、人影が見えたから。ちょっと心配だから、見てくる。ちらっとだけね」
「ほいほい」

 なるべく手早く済ませようと、僕は駆け足でそちら――墓地へ続く道を進む。
 すると、すぐに影の主を見つけられた。

「……あの」

 その男は、黒いスーツに身を包んでいた。
 この村では、決して見ることがないであろう黒いスーツだ。
 その男は、だから酷く異質な雰囲気を醸し出していた。
 異分子。外の存在。和を乱す、黒。
 この男は一体、何者なのだろう――。

「ここ、危ないですよ」

 薄ら寒さを感じながらも、僕はとりあえず、そんな注意の言葉を投げかける。しかし、男はその言葉に動じる様子もなく、ずっと背中を見せたまま、

「知っているよ。夜の森の怖さは――知っている」

 君よりもずっと。そんな風に、男は言った。


「……え?」

 突然黒スーツの男は、僕の名を呼んだ。恐らく初対面なはずの、僕の名を。
 寒気が、どんどん強くなる。足がすくみそうにすらなった。
 何なのだ、この男は。

「君は、信じているかい。……あの光景を。あの誓いを」
「……一体、何の……」

 男は、少しだけこちらを見る。その眼差しは――どこか、寂しげに見えた。

「……君に守ってみせられるだろうか……」

 男は、歩き出す。墓地のある方向へ。

「はやく、戻ってあげなさい」

 そして、男は消えた。夕闇の向こうへと。

「…………」

 彼が消えた後、残されたのは謎だけだった。本当に、彼は何者だったのだろう。まるで、後を追わせようとするかのように隠れ、追いかけてきた僕に謎めいた言葉を発し、そしてそのまま消えて。それがあまりに短時間のことだったので、もう分からないことだらけだ。
 ただ、彼は言った。
 守ってみせられるか、と。
 それは、誰のことか。
 クウに決まっている。

「……いけない」

 ここで悩んでいる場合じゃない。クウをほったらかしたままだ。僕は慌ててクウのいる小広場まで戻る。クウは胸に手を当て、ちょっと不安げにしながら、待っていてくれた。その仕草を見て、僕は申し訳なくなった。

「ごめん、お待たせ」
「ううん、平気。誰がいたの?」
「いや、迷い猫だった。こんなところにいると、危なそうだけど、どうしようもないしね」
「飼っちゃえば?」
「僕の一存じゃ無理だよ」
「えー」

 すんなりと嘘をつけたことも心苦しかったが、幸いクウは何も疑わず、話に乗ってくれた。あの男の正体がはっきりしない以上、誰かに話すのも気がひける。また会うことがあるかは分からないが、とにかくもっとあの男のことを知るまでは、さっきの一幕は僕の胸の内だけに留めておくことにしよう。
 改めて、僕らは鴇村へと戻っていく。
 背後には、暗い闇がただ広がっていた。



 家に戻り、家族全員で夕食をとる。青野家は、全員が揃ってから食事をするのが基本だ。クウの家、緑川家は、診察が長引くときもあるので、クウが一人で食べるときもあるらしい。なのでクウは、僕の家がちょっと羨ましい、と言ったことがあった。
 ただ、食事の席では決して楽しい話ばかりをするわけでもない。朝食のときも然り、とても大切で真剣な話をすることもあるのだ。むしろ、大地主である青野家では、そういった話の方が多いかもしれない。

「……この村は、どうなるんですかねえ」

 父さんが、遠慮がちにお祖父様に向かって問いかけている。

「……うむ。問題はないだろうが、万が一暴走されるようなことがあっては……な」
「ないと思いたいですが、ね……」

 最近の二人は、村のことで何やら難しい悩みがあるようだ。子どもが聞いても迷惑なだけだろうが、どうしても気になった僕は、

「何か、村で問題ごとが?」
「ああ、いや。些細なことだよ」

 父さんは笑って誤魔化そうとする。けれど、それだけでは余計に不安がられると思ったのか、

「そう、だな。……村をどうにかしようと思ってる人がいるかも、という話だ。そんなことにはならないと思うけど」
「どうにか、……ね」
「心配しなくてもいい。すぐに解決する問題だよ」

 実際父さんは、そう思っているような口振りだった。それなら別に、僕も首を突っ込んだりはしないけれど。
 ――黒スーツの男。
 何か、あの男が関係していたりするのだろうか。暗い空気をまとった、村の外の人間。
 何の根拠もない妄想だが、そのイメージが頭から中々離れなかった。
 食事が終わり、風呂に入り、そして自分の部屋に戻る。温かい体のまま、布団に仰向けに寝転がると、僕は今日撮った写真を順番に見ていった。
 これも上手く撮れている、これはもう少し下からが良かったか。そんなことを考えながら、ボタンを押して写真を切り替えていく。今日は十枚ほどの写真を撮っていた。クウがいたことを考えれば、多い方だと言える。
 トキの写真は――なくていい。それは後になった今でも思う。あれは、撮らない方がありがたみがある気がする。何となく、叶う気がするのだ。
 叶って、ほしいのだ。

「……そうだな」

 カメラを頭の上、ベッドの木の部分に置くと、僕は体を伸ばす。

「……んー、……疲れた」

 ぼんやりと、今日の一つ一つを、思い出していきながら。
 クウの姿を、思い出していきながら。

「……好きだよ、クウ」

 面と向かってはまだ告げられない思いを、僕は呟く。
 もう告げなければと、気持ちを急きたてながら。

 そして僕の、六月三日が終わった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...