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Ⅲ 大きくなった世界と遠くなった思い人

パトリシアお嬢様 4

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パトリシアお嬢様が暗い顔を見せたから不安になる。どこまでもポジティブな人だったから、シリアスな表情は普通の子以上に不安にさせられる。

「で、でも……。ベイリーさんはパトリシアお嬢様のことを見つけたらみんなを元に戻してくれるって言ってましたよ……。ベイリーさんが嘘つきってことですか?」
わたしたちのことを小さくしてしまった意地悪な魔女だから、嘘をついて元に戻さないということも有り得るのだろうか。ソフィアの言っていたことを思い出して不安になったけれど、パトリシアお嬢様は首を横に振って否定をする。

「それは無いと思うよ。ベイリーにとって、わたしが見つかりさえすれば、もうみんなのことを小さくして捜索の人手を増やす必要もないし、きっとカロリーナちゃんたちのことを小さくしたくなかったっていう気持ちも本当だと思う」
「なら、やっぱりベイリーさんに早く言いに行きましょう! パトリシアお嬢様はここにいます、って!」
「わたしもそうしてあげたいけれど、どうやって言いにいくつもり?」

机の上から下を見下ろした。本来なら、きっと数センチの高さのはずのドールハウスの丸テーブル。それが、崖みたいに見えてしまう。わたしたちの大きさでこのテーブルを降りるのはかなり危なそうだった。確かにこれだと言いに行くのは難しそう。そんなわたしの不安そうな表情を見て、パトリシアお嬢様が笑う。

「テーブルに関しては意外と大丈夫だよ」
パトリシアお嬢様はあろうことか、わたしの手を引いて、テーブルの上を縁に向かって走り出した。
「え? ちょっと、何を……」
そして、テーブルの上から、わたしを道連れにして飛び降りたのだ。

「や、やめて……。怖いよ……」
目をギュッと瞑ったわたしはテーブルのすぐ近くに置いてあった椅子の上に着地する。思ったよりもあっさり降りられて首を傾げた。落ちた時の衝撃や痛みもほとんどない。

「ね? 案外大丈夫だったでしょ」
パトリシアお嬢様が微笑んできたから、わたしは小さく頷いた。高所から飛び降りても、怪我も何もなかった。まあ、ドールハウスに置かれているような、本来なら手のひらに乗ってしまうような小さなテーブルから椅子までのほんの2、3センチの高さを高所と呼んでもいいのかはわからなかったけれど。

「わたしたちの体は微風に吹き飛ばされちゃうくらい軽いんだ。それこそ、綿毛に捕まって、空が飛べちゃくらいにね」
パトリシアお嬢様が平然と言うけれど、そう言われると、自分の小ささを嫌でも実感させられてしまって怖くなる。元々20分の1サイズになったときに、すでに体重は5グラムほどになっていた。そこからさらに8000分の1の重さ……。今の自分の軽さについてはあまり考えたくなかった。

「パトリシアお嬢様はもう怖く無いんですか……?」
「何が……?」
「わたしたち、どれだけ小さいかって考えたら怖くて……」

いつの間にか目を潤ませてしまっていた。わたしよりもずっと長い間この大きさで生活していたパトリシアお嬢様の目の前で、そんな悩みを伝えるのも申し訳なかった。それでも、パトリシアお嬢様はわたしのことをギュッと抱きしめてくれる。パトリシアお嬢様の温かさがわたしを包み込んでくれる。

「大丈夫だよ。怖いことばっかり考えたら、どんどん怖くなっちゃうから、楽しいこと考えようよ。カロリーナちゃんはケーキ好き?」
「好きですけど……」
「私たちは小さなショートケーキがお屋敷みたいに大きいんだよ、好きなだけ食べられるよ。お菓子の家にだって住めちゃうんだ」
「わたしがショートケーキを食べてる時に、誰かに気づかれずに食べられてしまうかもしれません……」
わたしが涙声で話すと、パトリシアお嬢様はソッと頭を撫でてくれる。

「大丈夫だよ、食べられる前に一緒に逃げようよ。スリルがあって、楽しいかもよ」
パトリシアお嬢様は優しく諭してくれる。
「体重が軽いから、逃げるときもすっごい身軽に跳ねられて楽しいよ。なんだか運動神経がすっごくよくなったみたい。いまなら私50メートル5秒くらいで走れちゃうかも!」
「わたしたちの50メートルは20キロもあるんですよ……」
考えたら悲しくなってくるけれど、パトリシアお嬢様はまだ楽しそうに続ける。

「じゃあ、12.5センチ走だね! お家が広いから好きなだけ走り回れるよ!」
「……パトリシアお嬢様、さっきから励ましが強引すぎます」
わたしは呆れたように指摘した。
「私、励ますの下手かな?」
はい、とわたしが素直に頷いたら、パトリシアお嬢様が笑う。

「ちょっと、カロリーナちゃん。さっき会ったばっかりなのに、容赦なくない?」
「だって、本当のことですもん」
「酷いなぁ」
残念そうに言っているパトリシアお嬢様がさらに抱きしめる力を強めた。
「じゃあ、もう何も言ってあげない」

突き放すようなことを言いながら、温かく抱きしめてくれているパトリシアお嬢様のイケメン具合に思わずキュンとしてしまう。元の身長で換算するとわたしよりも10センチくらい背の高い身長差も相まって、とてもかっこよく見えた。

元の大きさの頃にはアリシアお嬢様も、こうやってとても愛されていたことは容易に想像がつく。再会したアリシアお嬢様はとても寂しそうだったけれど、それはきっと元々孤独だったからではないのだろう。むしろ、元々パトリシアお嬢様や、レジーナお嬢様から溢れんばかりの愛を受けていたからこそ、より一層孤独が沁みているのだと思う。元々仲が良かった三姉妹の為にも、パトリシアお嬢様のことを早く元に戻してあげて欲しかった。
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