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Ⅲ 大きくなった世界と遠くなった思い人

400倍の想い人 3

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ソフィアはズンズンと軽い地響きを立てながらカーペットのジャングルを簡単に進んでいく。今のわたしが歩けばきっとカーペットの毛をかき分けながら進んでいかなければならないけれど、ソフィアは簡単に踏み倒しながら進んでいく。まあ、アリシアお嬢様にとっては、カーペットの毛を歩くときの歩き方なんて気にもしなくて良いのだろうけれど。

ソフィアのメイド服のポケットに入りながら、普通サイズの世界を進んでいると不思議な気分になる。わたしにとってはとても大きなソフィアがこの世界の中では明らかに小さな存在として受け入れられているのだから。それからもソフィアは簡単に進んで行き、ほんの10分程度でアリシアお嬢様の元にやってくる。まあ、アリシアお嬢様が歩けばほんの数秒で着く距離ではあるけれど。

「大きい……」
座っているアリシアお嬢様のことを首が痛くなるくらい見上げてしまっていた。アリシアお嬢様の可愛らしいリボンパンプスは中に入ったらわたしが駆け回れるくらい大きかった。けれど、そのリボンパンプスはアリシアお嬢様のほんの足元に過ぎない。わたしの愛しているアリシアお嬢様は信じられないくらい大きくなっている。もはやアリシアお嬢様という存在に住めてしまいそうなくらい大きい。その一挙手一投足、全てがわたしにとって脅威になり得るのだ。

「ソフィアさん、どうしましょう……」
「どうしたんですか?」
「わたし、今はちょっとアリシアお嬢様のことが怖くなってます……。いえ、もちろん怖いって言ってもアリシアお嬢様そのものが怖いわけではなく、大きさが怖いっていう意味ですよ」

「引き返しますか……?」
ソフィアが心配そうに尋ねてきたから、わたしは首を横に振った。

「大きいことは怖いけれど、それでもアリシアお嬢様に会いたいです。わたし、やっぱりどんな状態でもアリシアお嬢様のこと大好きみたいです……」
怖いと大好きが両立した奇妙な感情に突き動かされて、わたしはソフィアに進んでもらうことにした。

「じゃあ、登っていきますね」
お願いします、と頷く。ソフィアはゆっくりと糸で作られた縄梯子を登っていく。その時、頭上から雷鳴みたいな轟音が鳴り響いた。わたしは慌てて顔をポケットの中に沈み込ませてから、また恐る恐る外を見上げると、ソフィアが小さく笑っていた。

「ソフィアさん、どうしたんですか?」
「カロリーナさんもアリシアお嬢様も相思相愛みたいですね」
「どいうことですか……?」
「今アリシアお嬢様が『カロリーナ、どうしてわたしに会いに来てくれませんの……』って寂しそうに呟いていましたので」

ベイリーはレジーナお嬢様には現状報告をしていても、アリシアお嬢様にはわたしのことは何も伝えていなかったみたいだ。まあ、伝えたところでアリシアお嬢様がショックを受けるだけかもしれないから、必ずしも報告することが良いことととは限らないし、ベイリーの判断は賢明な気もする。それでも、わたしはアリシアお嬢様に会わないといけない気がする。そんなことを考えていると、また轟音が鳴る。

「『わたくし、一緒に寝た時にカロリーナに何か酷いことをしてしまったのかもしれませんわ……』って言ってますね」
ソフィアが通訳をしてくれた。どうやら轟音の正体はアリシアお嬢様の巨大すぎる声のようだ。そういえば、一緒に寝た日を最後に会えていなかったのかと思い出す。

わたしがアリシアお嬢様に会いたくないと思われたままなのは嫌だった。やっぱり怖くても会いに行ってもらって正解だったのかもしれない。ソフィアが糸の梯子を上り切ってテーブルの上にやってきた。

それと同時にまた轟音と強烈な風がわたしたちの方に吹いてくる。アリシアお嬢様の呼吸は、わたしには強すぎるみたいだ。アリシアお嬢様の姿を見る前にソフィアが無理やりわたしのことをポケットの中に押さえ込んでしまった。
「認識されるまでは、アリシアお嬢様だって脅威ですから。吸い上げられてアリシアお嬢様の鼻や口の中にでも入ってしまったら、助けてあげられませんので」

ソフィアがわたしにだけ聞こえるような小さな声で呟いてから、アリシアお嬢様の方を見上げて話しかけていた。ソフィアの声と、アリシアお嬢様の発する轟音になった風の音が交互に耳に入ってくる。

「アリシアお嬢様のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
「ありがとうございます」
「ええ、一緒に連れてきておりますよ」
「あまり驚かないでいただきたいのですが……」
「あと、呼吸や話す声も少し抑えていただけたら助かります」

アリシアお嬢様の声はよく聞き取れなかったから、ほとんどソフィアが独り言を言っているみたいだった。ソフィアは轟音に返答するように言葉を発していた。

「では、カロリーナさんとお会いして頂きますね」
ソフィアの声と同時に、ポケットの中に5本の指が侵入してくる。わたしのことをいつもよりもしっかりと掴んで、間違っても吹き飛ばされないような状態にしてから、ポケットの外に出した。恐る恐る上を見上げると、とても大きなアリシアお嬢様がソフィアのことを見下ろしていた。
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