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Ⅲ 大きくなった世界と遠くなった思い人
20分の1の新生活 2
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どれくらいの時間が経ったのかは分からないけれど、わたしは目を覚ましたら、知らない部屋にいた。
「ここは……?」
ゆっくりと体を起こす。わたしの使っているベッドと大きさは同じだけれど、少しふわふわとして気持ちの良いベッドだった。
「目が覚めましたか?」
耳心地の良い優しいソフィアの声が聞こえたから、わたしは上を見回した。ソフィアの声は上品で、20倍になってもまったくうるさくない、心地の良い声量だった。キョロキョロと頭上を見回していると、ベッドのそばに置いてある椅子に座ってわたしのことを見守ってくれていたソフィアと目が合った。
「おはようございます、カロリーナさん。……と言っても、今は真夜中ですが」
クスクスとソフィアが笑っていた。
「真夜中……?」
「ええ、朝からずっとぐったりしていたのでかなり心配していましたけれど、体調はどうですか?」
「一応元気ですけれど……。またわたし失神してたんですね……。しかも、そんなに長い時間」
一体この屋敷に来てから何度目の失神だろうかと思い、ため息をついた。
「あまり悲観的にならないで下さい。小さくなると、怖いものも増えてしまいますからね。それこそ、生物は自分よりも大きな生物に本能的に恐怖心を抱いてしまうとも言いますし。周りが大きくなってグッと心労も増えたから、そのせいで回復まで時間がかかったのかもしれませんね」
ソフィアが優しく微笑んだ。
「ずっとわたしのことを見てくれていたんですか?」
「さすがに朝から夜までずっと、というわけには行きませんけれど、お仕事が終わってからはずっと見ていましたよ。カロリーナさんの隣で眠らせてもらおうかとも思いましたけれど、カロリーナさんが目を覚ました時に、知らない部屋で隣に巨人が寝ていたら怖いと思いましたのでやめておきました。メガネを外して髪も下ろしていたら私が誰か分からないかもしれませんし」
「ここはソフィアさんの部屋っていうことで良いんですよね?」
「ええ、私の部屋ですよ。勝手ですが、運ばせてもらいました。あのまま部屋にいたら、カロリーナさんの面倒はリオナさん、キャンディさん、メロディさんが見ることになるそうですけれど、あの3人に任せてしまうと、いつかカロリーナさんに危害を加えてしまいそうだったので。怪しい魔女に任せるわけにもいきませんしね」
確かに、先ほどの10分弱の短い間に、わたしは何度ピンチに陥ったか、数えたらキリがなさそうだった。
「自分が思っている以上に、小さな体では普通の力も怖いものなのですが、まだあの3人にはその実感がないのでしょうね。身を持って日々体験しているはずなのに」
ソフィアが苦笑いをしてから、立ち上がり、わたしを手のひらに乗せて丸テーブルに運んでくれる。テーブルの上にはパンが置いてある。多分晩御飯の残りを取り置きしてくれていたのだと思う。
「スープは冷めちゃうので、パンだけですが、大丈夫ですか?」
わたしは頷いた。夜中に食べるのも体に悪いかもしれないけれど、一日中何も食べていなかったせいでお腹は空いていた。ソフィアは慣れた手つきでパンを細かく千切って、内側の白くてふわふわした部分だけを渡してくれる。
わたしにとっては枕みたいに大きなパン切れだけれど、きっとこれはアリシアお嬢様から見ればパン屑にも満たないのだろう。一番柔らかそうな部分をもらったけれど、食べてみたら想像以上に硬かった。小さくなっているから、噛む力も弱くなっているみたいだ。
「大丈夫ですか? 一度私が咀嚼した方がよかったら、言ってくださいね」
「いえ、なんとか食べられますので……」
さすがに人が咀嚼してもらったものを食べるのには抵抗があった。わたしは必死にかぶりついて、口の中でふやかしながら、なんとか食べ終わったのだった。
「お水、もらってもいいですか……?」
「もちろんですよ」とソフィアは優しく返事をしてから、ダイニングからコップに水を入れてもってくる。ソフィアにとってはちょうど良いサイズの小さなコップはわたしが浸かれるくらい大きい。
「今度ベイリーさんにカロリーナさんサイズのコップを作ってもらうように頼んでもらった方が良いかもしれないですね。まあ、私からは頼みたくはないですけれど……」
ソフィアがとても小さな薬匙を使って、わたしの前に水を入れて持ってくる。
「ありがとうございます……」
本当はきっととても少量の、涙の粒よりも少ないくらいの水が入っていそうなのに、それでもわたしが一日過ごせそうなくらいたっぷりの水が入っていた。少量だけ手で水を掬って、それを飲んだ。ドールハウスに暮らすサイズの子たちにとって、さらにドール人形のようなサイズに見えている自分の姿を考えると、怖くなってきて、知らない間に視界が滲んでしまっていた。
「ここは……?」
ゆっくりと体を起こす。わたしの使っているベッドと大きさは同じだけれど、少しふわふわとして気持ちの良いベッドだった。
「目が覚めましたか?」
耳心地の良い優しいソフィアの声が聞こえたから、わたしは上を見回した。ソフィアの声は上品で、20倍になってもまったくうるさくない、心地の良い声量だった。キョロキョロと頭上を見回していると、ベッドのそばに置いてある椅子に座ってわたしのことを見守ってくれていたソフィアと目が合った。
「おはようございます、カロリーナさん。……と言っても、今は真夜中ですが」
クスクスとソフィアが笑っていた。
「真夜中……?」
「ええ、朝からずっとぐったりしていたのでかなり心配していましたけれど、体調はどうですか?」
「一応元気ですけれど……。またわたし失神してたんですね……。しかも、そんなに長い時間」
一体この屋敷に来てから何度目の失神だろうかと思い、ため息をついた。
「あまり悲観的にならないで下さい。小さくなると、怖いものも増えてしまいますからね。それこそ、生物は自分よりも大きな生物に本能的に恐怖心を抱いてしまうとも言いますし。周りが大きくなってグッと心労も増えたから、そのせいで回復まで時間がかかったのかもしれませんね」
ソフィアが優しく微笑んだ。
「ずっとわたしのことを見てくれていたんですか?」
「さすがに朝から夜までずっと、というわけには行きませんけれど、お仕事が終わってからはずっと見ていましたよ。カロリーナさんの隣で眠らせてもらおうかとも思いましたけれど、カロリーナさんが目を覚ました時に、知らない部屋で隣に巨人が寝ていたら怖いと思いましたのでやめておきました。メガネを外して髪も下ろしていたら私が誰か分からないかもしれませんし」
「ここはソフィアさんの部屋っていうことで良いんですよね?」
「ええ、私の部屋ですよ。勝手ですが、運ばせてもらいました。あのまま部屋にいたら、カロリーナさんの面倒はリオナさん、キャンディさん、メロディさんが見ることになるそうですけれど、あの3人に任せてしまうと、いつかカロリーナさんに危害を加えてしまいそうだったので。怪しい魔女に任せるわけにもいきませんしね」
確かに、先ほどの10分弱の短い間に、わたしは何度ピンチに陥ったか、数えたらキリがなさそうだった。
「自分が思っている以上に、小さな体では普通の力も怖いものなのですが、まだあの3人にはその実感がないのでしょうね。身を持って日々体験しているはずなのに」
ソフィアが苦笑いをしてから、立ち上がり、わたしを手のひらに乗せて丸テーブルに運んでくれる。テーブルの上にはパンが置いてある。多分晩御飯の残りを取り置きしてくれていたのだと思う。
「スープは冷めちゃうので、パンだけですが、大丈夫ですか?」
わたしは頷いた。夜中に食べるのも体に悪いかもしれないけれど、一日中何も食べていなかったせいでお腹は空いていた。ソフィアは慣れた手つきでパンを細かく千切って、内側の白くてふわふわした部分だけを渡してくれる。
わたしにとっては枕みたいに大きなパン切れだけれど、きっとこれはアリシアお嬢様から見ればパン屑にも満たないのだろう。一番柔らかそうな部分をもらったけれど、食べてみたら想像以上に硬かった。小さくなっているから、噛む力も弱くなっているみたいだ。
「大丈夫ですか? 一度私が咀嚼した方がよかったら、言ってくださいね」
「いえ、なんとか食べられますので……」
さすがに人が咀嚼してもらったものを食べるのには抵抗があった。わたしは必死にかぶりついて、口の中でふやかしながら、なんとか食べ終わったのだった。
「お水、もらってもいいですか……?」
「もちろんですよ」とソフィアは優しく返事をしてから、ダイニングからコップに水を入れてもってくる。ソフィアにとってはちょうど良いサイズの小さなコップはわたしが浸かれるくらい大きい。
「今度ベイリーさんにカロリーナさんサイズのコップを作ってもらうように頼んでもらった方が良いかもしれないですね。まあ、私からは頼みたくはないですけれど……」
ソフィアがとても小さな薬匙を使って、わたしの前に水を入れて持ってくる。
「ありがとうございます……」
本当はきっととても少量の、涙の粒よりも少ないくらいの水が入っていそうなのに、それでもわたしが一日過ごせそうなくらいたっぷりの水が入っていた。少量だけ手で水を掬って、それを飲んだ。ドールハウスに暮らすサイズの子たちにとって、さらにドール人形のようなサイズに見えている自分の姿を考えると、怖くなってきて、知らない間に視界が滲んでしまっていた。
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