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Ⅲ 大きくなった世界と遠くなった思い人

魔女の正体 1

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ベイリーが静かにわたしの方に近づいてきていた。まるでみんながリオナとエミリアの揉め事の方に視線が向いているのを見計らったかのように。

「こ、来ないでください……」
小さな体になってしまったからだろうか、なぜかベイリーのことが不気味に見えてしまっていた。本来ならベイリーから逃げる必要なんてないのに、わたしは思わず逃げようとしてしまう。

けれど、小さな丸テーブルの上にいるわたしの逃げ場は限られていた。小さな体で逃げたところで、すぐに崖っぷちである。何も言わずに近づいてきたベイリーが丸テーブルのすぐ前に立ってわたしを見下ろす。そして、再び瞳をギョロリと大きく開いて、黙ってわたしのことを鷲掴みにして、ソッとメイド服のポケットに入れようとした。

「や、やめて……!」
なぜだか、このままベイリーに捕まってしまったらもうここに戻って来られないような、そんな圧を感じてしまう。闇のように真っ暗なポケットの中に入れられてしまうのかと思ったけれど、その瞬間に、ソフィアがベイリーの手首を掴んだ。

「それはさすがに見逃せませんよ」
はっきりと言い切ったソフィアの声を聞いて、全員の視線がベイリーの方に移る。

「わたしは何もしようとはしていないわ」
「カロリーナさんを連れてどうするつもりだったんですか?」
「別に……」

ポイッと投げ捨てるみたいにわたしを丸テーブルの上に戻した。わたしは普段よりも荒い息でベイリーとソフィアのことを見上げていた。

この屋敷に来てから雑な扱いは何度もされたから、もはや投げられた時の背中が痛い感じは慣れたものだった。それよりも今は何を考えているのかまったくわからないベイリーの動きが怖かった。

わたしはどうするべきなのだろうか、いろいろと考えを巡らせてみる。

ベイリーがエミリアにキスをしたこと。キスの直後エミリアが小さくなって、気を失ったこと。ソフィアやエミリアを片手で軽々運べるような巨大化した姿のベイリー。前に見た、ベイリーに踏み潰されてしまった夢。それらの情報に関連性が無いとは考えられなかった。

怖いけれど、みんなに伝えなければならない。小さくした魔女の正体がベイリーかどうかはともかくとして、ベイリーはほぼ間違いなく何か鍵を握っている。

「あ、あの皆さん! 聞いてくださ――」
その瞬間、地面が大きく揺れた。丸テーブルの足をベイリーが思いっきり蹴ったのだ。
「きゃっ、た、助けて!!」

机が倒れ込んでいき、わたしの体が投げ出された。突然のことで、部屋にいるみんなの動きが止まった。
「た、助けて……」
周囲がスローモーションになっている気がした。わたしは宙に体を浮かせている。

みんなにとっては使い勝手の良い高さの丸テーブルだけど、わたしにとっては崖みたいな高さ。体がかなり軽いから即死にはならないにしても、少なくとも、怪我はするに違いない。だから、怖くて目を瞑っていたら、次の瞬間なぜかわたしはエミリアの手のひらの上にいた。

「え……? なんで……?」
エミリアはついさっきまで、リオナに殴られて壁際でグッタリしていたはずなのに。その状況を見たリオナがエミリアのことを指差した。
「お前、いつの間に。空間移動でもしたのか? やっぱり魔女の正体はお前か?」

リオナの見当違いな推理を聞いたからか、エミリアは小さくため息をついた。エミリアとだけはずっとこのサイズ差だったからか、エミリアの手のひらにいるのはそこまで不安な感じはしない。むしろ少しホッとしてしまっていた。初めはあんなに怖かったエミリアの手の中なのに。

「わたしは幼い頃から、ソフィアさんやベイリーさんの近くでメイドとして必要なスキルをたくさん磨いてきたわ」
「いきなりなんの話してんだよ! あたしはそんなこと聞いてねえよ!」
リオナが苛立った声で指摘をしても、エミリアは続けた。

「ソフィアさんもベイリーさんもとても優秀なメイドだったし、わたしにとって心から憧れているメイドだった。そんな2人に追いつくために、わたしは何をしたら良いのだろうかとたくさん考えてきたの。2人に無いものを埋められたら良いかと思って。そんなとき、わたしが行き着いたのは強いメイド。いざとなったときにお嬢様たちを守ってあげられる誰よりも強いメイドになりたかった。けれど、わたしには強い肉体はなかった。だから、素早さを磨いたの。特別にパワーがなくても、素早い身のこなしで敵を拘束してしまえばいい、と。それを極めて今がある。だから、わたしは空間移動なんてしていないし、魔女でもない。これで良いかしら? 納得してくれた?」

「じゃ、じゃあ、なんでさっきは素直にあたしにぶん殴られたんだよ! そんなご自慢の身のこなしがあるなら逃げられただろ?」
「ええ、逃げられたわ。あなた自身も油断し切っていたから、その気になればかなり簡単に逃げられたでしょうね」

「じゃあなんで殴られたんだよ!」
「わたしが小さなメイドたちに意地悪をしたのは事実だもの。わたしは自分が元の大きさのままなのを良いことに、一応仕事で必要な範囲とはいえ、酷いことをした。だから、殴られるくらいなら我慢するわ。それに、カロリーナともあなたたちのことを傷付けないと約束したから、カロリーナに免じてあなたには反撃もしなかったわ」
エミリアの冷静な答えを聞いて、リオナが大きなため息をついた。

「ほんっと、どこまでも食えねえやつだな。あたしはどう転んでもお前のことは好きになれなさそうだ」
「あら? でもわたしたち気が合うみたいよ。わたしもあなたのこと好きになれなさそうだもの。同意見だわ」

その情景は苦笑いでもしながら見守ってあげたほうが良かったのかもしれないけれど、そうはいかなかった。すっかりリオナとエミリアが話題を持っていってしまっているけれど、わたしが言いたいのはそんなことではないのだから。
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