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Ⅰ 手乗りサイズの新米メイド

不穏な事実 4

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「見惚れてましたから」
メイド用の小さな屋敷の中には戻らずに、アリシアお嬢様の方を見つめながら、ソフィアが呟いた。
「だ、だってとっても綺麗な人でしたから、誰だって見惚れちゃいますよ」
心の中を見抜かれたみたいで、恥ずかしくなってしまった。

「念のためにお伝えしておきますが、私たちは主人と使用人。決して特別な感情を抱いてはいけませんよ」
ソフィアがわたしの方にグッと顔を近づけてきた。メガネの奥の瞳がかなり強く訴えかけてきている。
「わ、わかってますよ! 恋なんてするわけないじゃないですか!」
かなり飛躍したことを言われてしまって、思わず強い口調で返してしまった。

わたしが恥ずかしさを隠すために少し強めに言い返したから、ソフィアは思ったよりもダメージを受けていたのか、小さな声で呟いた。
「ええ、そうなんですよ。恋なんて、するわけないんですよ、本来は……。して良いはずなんてない……。私たちは身分も違いますし、女性同士なのですから……」
ソフィアの言葉がわたしに言っているのか、独り言なのかよくわからなくなってしまった。

なんだか、自分に言い聞かせているみたいだし、わたしがアリシアお嬢様と恋をすることを危惧していたし、もしかしてと思って聞いてみる。
「あの……、もしかして、アリシアお嬢様に恋しているんですか?」
「はい?」と困惑したように首を傾げられたから、予想は外れたらしい。

これは怒られてしまうかも、と思って覚悟をしたけれど、ソフィアはわたしの質問の意図を理解すると、無邪気な少女みたいに微笑んだ。2つ結びにしたおさげ髪が幼い印象を与えるのも相まって、今の一瞬だけはソフィアの方が年下に見えてしまった。

「違いますよ。でも、アリシアお嬢様はお姉様に似て本当に魅力的な人ですからね。うっかり恋に落ちてしまっても仕方がないと思いますので、気をつけないといけませんよ」
ソフィアが珍しく優しそうな表情で語っていた。とりあえず、怒らせていないようで安心する。

「さあ、部屋に戻りますよ。つまらない話をしている暇があったら、さっさと仕事を覚えてしまわないと。普通のメイドとしての仕事を覚えてもらわないと、アリシアお嬢様のお世話ができませんからね」
それもそうだ。わたしは今までメイドの仕事はしたことがなかった。普通の仕事を一刻も早く覚えないと、巨大なお嬢様の身の回りの仕事なんて、とてもできない……、と考えたところでわたしの思考が停止した。

「あの、わたしたち6人でアリシアお嬢様の身の回りのお世話をするんですか……?」
まるで一つの街みたいな部屋をたった6人の小さなメイドたちで掃除なんてできるわけがない。それに身の回りのお世話は部屋の掃除だけではない。

アリシアお嬢様のお洋服の着脱も仕事の内なのだろうけど、どうやってわたしたちの住む屋敷よりも遥かに大きなお嬢様に服を着させるのだろうか。走り回ったらクタクタに疲れてしまいそうな広大なベッドのベッドメイクをどうやってすればいいのだろうか。きっと、わたしたちの何十日分くらいの量の食事を1食でしてしまうようなアリシアお嬢様が満足してくれるだけのご飯を作れるのだろうか……。気になることを挙げて行ったらキリがない。

不安な感情をたくさん抱いていると、ソフィアが答えてくれた。
「あくまでも、アリシアお嬢様の専属メイドはエミリアさんですから、私たちはサポートをするだけですよ。細かな部分でお世話をしていきます」

「エミリアさんって人が一人でやるんですか?」
「ええ、そうですよ。アリシアお嬢様のお世話は基本的にはエミリアさんが一人でやるのですよ」
「エミリアさんって人はとっても仕事量が多いんですね」
「そうですよ。エミリアさんはとっても優秀な子ですから」
リオナからとても悪い話ばかりを聞いていたからなんだか意外だった。性格は悪いけれど、優秀なメイドということだろうか。

「ちなみにエミリアさんって言う人は、アリシアお嬢様と同じくらい大きい巨人メイドなんですか?」
わたしの質問を聞いて、ソフィアが首を傾げた。
「えっと……。そうですね。たしかにアリシアお嬢様と同じサイズですよ。ですが……」
ソフィアはメガネの奥からわたしの瞳を慎重に覗いてくる。

「えーっと、カロリーナさんはそもそもどういう説明を受けてここにやって来たのですか?」
「どう言う説明って……。わたしはメイドをしたら美味しいご飯を毎日食べさせてあげるって言われてきましたよ?」
「他に、何か言われませんでしたが、私たちちょっと変わったメイドなのですが……」

「ちょっと変わったって、お仕えするご主人様が巨人ってことですよね? 巨大な人たちがこの辺りに住んでいたなんて聞いたことはなかったので、アリシアお嬢様のこと見てビックリしちゃいました」
わたしが呑気に答えると、ソフィアは「あいつ……」と珍しく頭を抱えて舌打ちをしていた。何かマズイことを答えてしまったのだろうかと心配になる。だけど、次の瞬間にはソフィアがまたいつものように真面目な顔に戻っていた。

「そうですね、では私の方からカロリーナさんに大事なことを伝えておきましょう」
「大事なこと……?」
ええ、とソフィアが真面目に頷くと、ピンク色のおさげ髪も揺れていた。わたしとソフィアの間の空気が一瞬止まったようにも感じられた。
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