勇者は遠慮しときます

MEGHIKO

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ウィルズ公演(前編)

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「なんでアンタがここに⋯」
 寝ているのか起きているのか分からないほどショボショボの目で、半ばキリハに引きずられるように着いてきたクロードを背後に控えて、キリハとエルシオは目の前に居る意外な人物に驚いていた。
 前日の約束した時間通りに集合した三人は、すぐさま公園大広場脇の公演待機列へと向かった。すると、既に先頭には長身で仁王立ちの人影があり、近付くとよく知ってる顔だった。
「おはようございます。てっきり僕達が一番乗りだと思ってたけど、まさかシフォンさんに先を越されてるとはね」
「おはよう。徹夜組を成敗する為に深夜三時にはここへ来ていた」
「あ、そっか、警備とかそういう系?」
「でも、平の巡回兵とかならともかく、王女付きの近衛ってそういう事すんの?」
「不埒者の成敗は並ぶついでだ」
(⋯並ぶ為に来たなら深夜三時は最早徹夜と同等なのでは⋯?)
 キリハは疑問に思う事はあったが、勇ましく最前列に並んでいるシフォンに、辛うじて文句を言うのを留まった。
「ん?て事は、シフォンさんはウィルズ観たさに並んでるって事?」
 キリハは新たに浮かんだ疑問を口にした。
「左様。ウィルズは我が人生の潤いであり癒しであり糧なのだ」
「へぇ!え、因みに誰推し?」
 キリハは意外な事実にテンションが上がり、普段話しかけたりしないシフォンに気さくに聞いてみた。
「ダリアたんこそマイエンジェルフラワー」
「おー一緒!ダリアたんサイコーだよなぁ。エルさんはオリーブ推しだって」
「あのほんわかした感じが癒される」
「なるほど、エルシオ殿とは気が合いそうだな」
 キリハとエルシオは思考に一瞬使った後ハモった。
『まさかの同担拒否!?』
「ダリアたんのような可憐な女性には屈強なパートナーが必要だと思う。例えば私のような」
「しかもガチ恋勢!?」
(屈強という点ではキリハに適う人なんて居ないんじゃ⋯?)
 驚愕するキリハの横で、エルシオは心の中でそっとツッこんだ。
 しれっとしたシフォンを前に言葉を失ったキリハだが、気を取り直して別な質問をする。開演まで時間はたっぷりあるのだ。
「そ、それはさておき、徹夜組って居たの?」
「居た。二人組の男達と一人のオッサンの三人だ。既に見回り当番の兵士に引き渡してある」
「そういうのも連行してくれるんだね。一応犯罪者って訳でもないのに」
 感心するエルシオを一瞥してシフォンはほくそ笑んだ。
「見回りには多少ゴネられたが私の特権でな」
「職権濫用!?」
「そもそも徹夜組は会場に入れないとポスターに小さく書いてあった。どうせ厳密に調べる者など居ないと高を括る痴れ者に引導を渡してやっただけの話だ」
 キリハとエルシオは、真面目で堅物なユメリアの腹心というイメージしかなかったシフォンの、ちょっとヤバそうな一面に戸惑った。そして本人に聞こえないように二人で話す。
「いやいやいや、職権濫用てヤバすぎじゃね?ルール違反は許せえねぇけど犯罪行為まではいかないのに連行って⋯。まぁ徹夜組の処遇はどうでもいいが、いつかオレ達が職権濫用の被害受けないかが心配になってきたわ」
「余程ダリアが好きなんだね⋯ユメリア様は知ってるのかな?」
「ダリアたんに迷惑がかかるような事さえなければ強硬手段に出る事はない。因みにユメリア様はほんのり知っている」
 二人の会話は聞こえていたらしい。そういえば他に人もなく辺りは静寂そのものだった。
「そうなんだ⋯よく今日許してくれたね」
 キリハはいつも不機嫌なユメリアの顔が浮かぶ。
「普段から勤めをきちんとこなしている者にはユメリア様は十分お優しい。快く楽しんでこいと送り出して頂いた。逆に怠惰を貪る者には容赦ないが」
「うっ⋯」
 シフォンの言葉と視線にバツが悪くなったキリハは、後ろで立ったまま寝ているクロードにちょっかいをかけ始める。
「おい、お前いつまで寝てんだよ」
「ムニャムニャ⋯ご飯になったら⋯起こして⋯」
「ムニャムニャってなんだよ。セリフで言う言葉かよ。お前起きてんだろ」
 それっきり反応しなくなったクロードはほっておいてエルシオに向き直る。
「さすがに暇だな。開演までまだまだあるし、とりあえず座ってカードゲームでもすっか」
「そうだね。やっぱり暇潰し持ってきて良かったね」
 二人は各々リュックやトートバッグから折りたたみ式の小さいイスを取り出して座る。後ろでクロードはまだ立ったまま寝ているが、起きるまでそのままにする事にした。シフォンは列の前を向いてまた仁王立ちをしている。
「それじゃ始めよっか」
 エルシオの合図で二人は定番のカードゲームを始めた。

 午前七時を回って、キリハ達の後ろにも何人か並ぶ人が出始めた頃、クロードはやっと起きて二人の会話に参加し始めた。
「なんや二人だけ座ってお楽しみやんけ」
 クロードは垂れたよだれを擦りながら、座ってカードゲームを楽しむ二人を見下ろして言った。
「お前、起こしても全然無視して寝てただろうが」
「だって眠いんだもん★」
「可愛くねぇから」
 おちゃらけるクロードをあしらってキリハはカードゲームを続ける。
「⋯なぁ、キリハ」
「なんだよ」
「イス代わって」
「はぁ!?お前持ってきてねぇのかよ!」
キリハは思わず声を荒らげる。事前に打ち合わせした時の持ち物にイスも入ってたはずだ。
「地味に重いやん。作ったうちわしか持ってこーへんかったわ」
「どおりで薄っぺらいカバンだと思ったよ!」
 キリハは呆れながらも渋々イスを譲ってやった。
「おおきに~。それと腹減らん?」
「確かにちょっと減ってきたね。どうする?誰か買いに行く?」
「いや、大丈夫、あるよ」
 そう言うと、キリハはリュックから何やら包みを取り出した。
「なんか、みんなで食えって父ちゃんが出る時よこした」
 言いながら包みを解いていくと、中から三人分のハンバーガーが出てきた。バンズの間にはパティの他にも野菜やチーズがふんだんに挟まっており、鮮やかかつボリューム満点の品に仕上がっていた。
「わー美味しそう。いただきまーす」
「嫁さん達と出かける為に、朝も早よからせっせとこしらえたんやな。健気なやっちゃで」
 早速食べ始める三人だが、無駄な一言をクロードは忘れない。
「あっ⋯」
「?」
 一口食べたバーガーを見てエルシオは止まった。そして、ちょっと困った顔で前を見上げる。
「あの、一口食べちゃったけど、半分食べませんか?」
「⋯私か?」
 先頭のシフォンは顔だけ後ろを向いてエルシオに応えた。
「結構だ。出がけに朝食も摂って来ている」
「そうですか、分かりました」
「気遣いの紳士!」
 感心する二人に、そんな事ないと照れて再び食べ始めるエルシオを背後に、シフォンは一筋の汗を垂らしていた。
(とても美味そうだったが⋯エルシオ殿と半分こしたなどユメリア様のお耳に入ったら怒るか泣くか⋯いずれにせよ面倒な事になる⋯しかも食べかけ)
「なんかこれめっちゃ美味いな。また今度作ってもらお。ゲームしながらでも食えるしちょうどええで」
「素材自体も美味しいけど、このソースがすっごい美味しいね。濃厚だけど、くどさは無くていくらでも食べれそう」
「中の具材違うやつでも美味いかもな。別パターンも作ってもらうか」
「ん?」
 まるで食レポのような三人の感想が聞こえていたのだろう、シフォンが三人の方を見ていたが、その顔が目に入った三人はギョッとする。
「⋯よだれ垂れとるで」
「ハッ!」
 慌てて口元を拭くシフォンを、キリハとクロードは呆れ果てた様子で見ている。エルシオは躊躇いがちに自分の食べかけを差し出す。
「やっぱり食べます?」
 シフォンは差し出された食べかけバーガーを数秒見つめた後、意を決したようにそれを手に取った。
「か、かたじけない⋯。あの、この事はユメリア様には是非ともご内密に⋯」
「了解ー」
 エルシオはにっこり笑って返した。
 それから数分後、食べ終わったシフォンが三人に礼を言うと、また前を向いて仁王立ちに戻った。
「じわじわ人も出てきたねー」
「今まだ八時か。あと三時間もあるで」
「かなり列も伸びてきたな」
 周囲を見回すと、キリハ達の後ろには既に長蛇の列が出来ていた。今も続々と列に向かう人々が横を通り過ぎる。その中には見知った顔もあった。
「おや、あれは⋯」
「3バカやん」
 向こうからやってくる三人組もこちらに気付き、軽く手を振りながら近付いてくる。キリハ達と同級生のマシュー、カーター、ネイサンだ。
「オーッス!お前ら早いなぁ!二番目じゃん!」
「え、何時から並んでんの?」
「五時から★」
「お前はさっきまで寝てただろうが」
 にこやかに応えたクロードに、キリハが鋭くツッこむ。
「僕達は流石に最前列は無理だね」
 カーターは列の後ろを見てため息をついた。
「そりゃそうだろ、こんな時間に来て最前列とかナメすぎ」
「まぁ、まだ前の方取れそうだし、いいとこじゃね?」
 マシューは頭の後ろに腕を組んで楽観視していた。
「こうして油売ってるうちに列はどんどん伸びるけどな」
「⋯確かに」
「早く行こう!」
 クロードの忠告に、ネイサンは焦りだして二人を促す。三人はまた軽く手を振って列の後ろの方へ消えた。
「暇やな~。ボードゲームも持ってきたら良かったなぁ」
「イスも持ってこなかった奴が何言ってんだよ」
「散歩してきてもええ?」
「良い訳ねぇだろ。大人しく並んでろ」
 完全に並び飽きていたクロードに、キリハはピシャリと言い放つ。
「暇やな~。しりとりでもしよか」
「なんで暇な人ってとりあえずしりとり始めるんだろうね」
「道具要らないし気軽に出来るからだろうね」
「ほんならわたしからで次キリハね。えー、ウィルズからスタートすっか。ズ、ず、ズタボロ」
「なんかスタートから嫌な言葉だな。ろ、ロ、ロマンティック」
「オェ」
「なんだよ、悪ぃかよ」
「ク⋯うーん、あ、クロード」
「おーわたしか。クロードのドーはドメスティックのドー」
「ん、またクか。えー、クロワッサン。あ」
「はい終了~。キリハ弱すぎやで」
「あっという間に終わっちゃったね」
「いや、ちょい待ち、今の無し。く、クー⋯」
「アカンで。一分も持たんかったな」
「二回戦やろう」
「一戦目が即死すぎて次もお察しやな」
 三人はその後も、カードゲームやたわいない話で時間を潰した。


「ここら辺で良いんじゃないか?」
 ピクニック用の敷物を小脇に抱え、反対側の手に大きなバスケットを持ったハシムは、小高い丘の上から大広場の方を眺めて言った。その場所からは大広場のステージ上も見える為、演者の表情こそ分からないが、人の動きや盛り上がりくらいは十分見える。
「後一時間かな?かなり人も集まってるわね」
 リーナも額に手をかざして大広場の方を眺めた。その横でせっせと敷物の設営をし始めたハシムをクロエはぼんやり眺めている。
「いや、手伝えよ!」
「んー?わたしは飲み食い専門だから」
 そう言うとクロエは、設営し終えた敷物の上に早速座ってバスケットを漁り始める。ウィルズ公演には全く興味が無さそうだ。
「ったく。んで、キリハ達は⋯ん?」
 早々に酒に手をつけようとするクロエにため息をつくと、大広場の方を見てハシムは驚いた。
「あなた?」
「キリハ達は二番目に並んでんだが⋯列の先頭にシフォン殿が居る⋯。なんだ、警備か?んなわけねぇよな。え、ファン?」
「あら、知らなかったのね。シフォンちゃんは相当なガチファンよ」
 驚愕しているハシムをよそに、リーナは当然の事だというように微笑んでいる。
「というか⋯あんな遠く見えるとか相変わらずどんな視力してんのよハシ兄⋯」
 そうこうしてるうちに、ハシム達が陣取った丘にもじわじわ人が集まってきた。ハシム達同様、ピクニックがてらにウィルズ公演の雰囲気くらいは味わいたいという人達だろう。親子連れやカップル等、みんな大広場の方を向きながら敷物を広げていた。


 時刻は十時半を回り、開演まで三十分を切った。至る所で盛り上がっている声や、順番で悶着する声、飽きてぐずる子供の声など、辺りは来た時の静寂が想像つかないほど騒々しくなっていて、列もキリハ達の場所からは最後尾が見えないくらい長くなっていた。
「いよいよ盛り上がってきましたなぁ」
 こころなしかキリハもテンションが上がっている。列の脇の通路も、客以外にもスタッフと思われる人達も頻繁に行き交って忙しそうにしていた。
 そのうち、一人のスタッフが列の先頭付近へ行って声を張り上げた。
「皆さんお待たせしましたー!先頭から順に入場開始しますので、係りの者の指示に従って移動して下さい!危険ですので、絶対に押したり走ったりしないで下さい!」
 そう言ったスタッフが先頭の前に張ってあった規制縄を解いた。そのスタッフに案内され、先頭のシフォンから順に大広場のステージに元々設けられてある席に移動する。座席は半円形のステージに沿ってすり鉢状に配置されており、中央と両端が縦の通路として確保されていた。その中央の通路をステージ最寄りの列まで移動し、真ん中から交互に左右に客は別れた。後方にも所々スタッフが配置されていて、丁寧に客を案内している。シフォンとキリハ達は、中央通路を挟んでステージ真ん前の最前列を確保する事が出来た。
「うわーヤッバ!この為に早朝から並んだから当然だけど、めっちゃ良い席じゃん!」
「ウヒョー!ファンサもらえたらどうしよ!鼻血吹いて倒れるかもしんねぇ!」
「オレのセリフだそれは。無感情にテキトー言いやがって」
 興奮するキリハと同じテンションで歓声を上げたクロードに見えたが、全くの真顔だった。
「なんだろう、あのスペース」
 二人が戯れてる間に、何かを見つけたらしいエルシオが言う。
「ん?何かぽっかり空いてるな」
 そのエルシオの視線を追うと、中腹辺りの座席がまとまって空いていた。疑問に思っていると、一人の大人と十人くらいの子供達が連れ立って入って来た。よく見ると、その中にはいつかの司祭とメルも居る。
「あー、あれは教会の子達だな。ウィルズのライブだし、招待されたとかかな?」
「なるほどね」
 すると、すぐ後ろの方からヒソヒソと聞こえる声があった。
「教会の子供達だってよ。なんかズルくね?同じ教団か知らんけど、こっちは朝から並んでんのにさ、向こうはギリギリまでゆったりしてられるとかさ」
「見たいヤツは並べっつーんだよな。そもそも一般のセントウィル教徒は普通に並んでんだろ?」
 それを聞いてキリハ達三人は嫌な気分になって、こちらもヒソヒソと話す。
「最前列押さえられてる訳でもないのに心の狭いヤツだな」
「教会の子達に目くじら立てるとかお察しだね」
「っ!」
 キリハとエルシオの会話が聞こえたのだろう。文句を言っていた連中がキリハ達を睨んだ。キリハは思わずバツが悪そうに目を逸らしたが、エルシオはそのままいつもの表情で見つめている。
「何か文句あんのかよ?」
 連中の一人が、こちらをなめた態度で威嚇する。向こうは二十歳前後に見える為、こちらを下に見ているのだろう。
「なんやケツの穴の小さいやっちゃなぁて言うたんやー」
「んだとコラァ!」
「おーこっわァ。嫌やなぁ、ライブ始まる前に揉め事とか堪忍してや~、なぁシフォンさん?」
 クロードも十分相手をなめきった態度で応戦して、最後に名前を出した本人の方を向いた。
「なんだ?」
「うっ」
 呼ばれたシフォンは通路の向こうからこちらを向いた。流石にシフォンの事は王都の民で知らない者はいない。今にも喧嘩を吹っかけてきそうだった連中の勢いは一気に収まった。
「ウィルズの邪魔をする輩は私が成敗する」
「そんなつもりは⋯すみません」
 眼光鋭くシフォンが睨みつけると、連中は素直に謝って静かになった。その様子をクロードは鼻で笑って、改めて教会の子達へ視線を向けた。
「おんや、メルちゃんもるやん。おーい!メルちゃーん!」
 叫びながらクロードが手を振ると、向こう側でメルがキョロキョロと周りを見回してこちらに気付き、しょうがないなぁという笑顔で手を振り返してきた。
「知り合い?」
「あのぼったくりカフェで会った子」
 エルシオの問いに、キリハもメルへ向けて小さく手を振ったまま答える。
「健気に手ぇ振っとるで。可愛ええなぁ」
 そのセリフに半目で返したキリハへすかさずクロードは弁明する。
「少女趣味やないからな」
「ふーん」
 半信半疑のキリハは適当に返した。

「わっ!フォレス様!」
 どっさり食べ物の入った袋を両手に携えて、控えテントに入って来た人物を最初に見つけたのは、衣装の最終チェックをしていたマリーゴールドだった。
「お疲れ様です!」
「どうしたんですか?今回は来れないって言ってたのに」
 マリーゴールドはフォレスの周りを飛び跳ねるようにクルクルと回りながら喜びを訴える。まるで仔犬のようで、フォレスは微笑んでマリーゴールドの頭を撫でた。
「仕事が一段落したからね。ホントはもっと早めに着けるはずだったからこんなに買ってきたんだけど、思ったより到着が遅れてね⋯開演直前に差し入れする量じゃないね。ま、終わってからでも食べてよ」
 苦笑いを浮かべながら、フォレスは空いてるテーブルに差し入れを置いた。
『ありがとうございます!』
 ウィルズ一同はフォレスに揃って礼を述べた。
「それにしても流石ゼイレア王都、凄い人だね」
 フォレスはテントの隙間から観客席の方を眺めて言った。
「マリー緊張しちゃう!」
 マリーゴールドは両手をぎゅっと握って困った顔をした。その手を包み込むようにダリアは握って笑顔を見せる。
「大丈夫だよ。いつも通り、頑張ろ♪」
「うん!」
 その光景を残りのメンバーも見守る。オリーブだけはフォレスの差し入れたお菓子が口からはみ出ていた。
「ブッ!⋯アハハハハ!」
 突然吹き出して大笑いし始めたフォレスに注目が集まる。客席に面白いものでもあったのか、腹を抱えて笑っていた。
「フォレス様?」
「あ、いや、ごめんごめん。ちょっと知り合い見つけて笑っちゃった」
 訝しげなウィルズ一同に、フォレスは笑いすぎて出た目の端の涙を拭きながら向き直る。
「間もなく始まるけど、気負い過ぎないでみんな楽しんでね。みんなが楽しんでるとファンも嬉しいだろうから」
『はい!』
「僕は舞台袖から応援してるよ」
「客席からじゃないんですか?」
「こんなに沢山のファンが居るのに一つでも客席取っちゃ申し訳ないでしょ」
 そう言ってフォレスが引っ込んだタイミングを見計らってマネージャーが一歩出る。もう開演の時間だ。
「さ!今回も始まるわよ!みんなの笑顔はどんな回復魔法より癒しになるって信じて!」
『はい!ウィルズー!オー!』
 円陣を組んだウィルズは、気合い満タンでステージに駆け出して行った。

「みんなー!お待たせー!いっくよー!!」
 バーーーーン!
 目が眩むような閃光と激しい音がステージ上に轟くと同時に始まった曲に合わせて、舞台袖からウィルズ一同が大きく手を振りながら小走りで出てきた。各々所定の立ち位置に着いたウィルズの、キレのある揃いのダンスは観る者を魅了する。
 一曲目はメンバー紹介も兼ねたファンにはお馴染みの曲で、ウィルズが初めて出した曲でもある。各メンバーのパート毎に観客からそのメンバーの名前がコールされ、出だしから大盛り上がりで一曲目を終えた。
「みんなー、今日は、こんなに集まってくれて、ありがとー!!」
 息も整わないままダリアが観客に叫ぶと、大歓声が上がる。
「みんな楽しみにしてくれてたと思うけど、私達もみんなに会えるの、とっても楽しみだったよー!」
 マリーゴールドの仔犬のような人懐っこさに、またも大歓声が上がる。
「うわぁあああ!ダリアたん愛してる!!」
「!?」
 一際大きいラブコールに注目したウィルズが一瞬止まる。様子がおかしいウィルズの視線を辿ると、その先にはシフォンが『ダリア命』と書かれた横断幕を高々と掲げて涙を流している姿があった。背の高いシフォンの横断幕のせいで、隣や後ろの客はステージが見えなくなって困惑したりイラついたりしている。座席的には隣ではあるが、通路を挟んでいるおかげでキリハに影響はないが、あまりの光景にドン引きするしかなかった。
「マ、マジで横断幕用意する人とか居るんだ⋯」
「わたしだって冗談で言うただけやのに」
「キリハ、注意した方が良いんじゃ⋯」
「えっオレ!?」
三人が揉めていると、ステージ上から声が上がった。
「わっ凄い横断幕だねー!私感動しちゃったから記念にそれ貰ってもいいかな?」
「っ!もっももももちろんだす!」
 突然推しに話しかけられた緊張で語尾を噛んだシフォンから横断幕を受け取り、丁寧に畳んで舞台袖のスタッフに渡す。
「ダリアたんの機転サイコー過ぎ。好き」
「次からポスターとかに注意事項として書かれんねやろな」
 メロメロになってるキリハの横でクロードは冷静だった。
「それじゃあちょっとザワザワしちゃったけど、気を取り直して次の曲行くよ!」
 ブルーベルの号令で、ウィルズのフォーメーションが変わり次の曲が始まる。横断幕の代わりにシフォンが取り出したペンライトからはド派手な花火のエフェクトが出ていたが、最早誰もつっこむ者は居なかった。

「⋯シフォン殿⋯あれがダメだという事は俺でも察しがつくぞ⋯」
 大広場、ステージの方向を見ながらハシムが呟いた。
「ハシ兄、何一人でブツブツ言ってんのよ」
「クロエちゃん、お行儀悪いよ」
 既に寝っ転がりながらツマミの干し肉を噛んでいるクロエをリーナは軽くたしなめた。
「なんか、シフォン殿の意外な一面が⋯」
 ハシムは困惑しながらバスケットからハンバーガーを取り出して食べ始めた。
「これ、なかなかの自信作なんだよな~。あいつらもう食ったかな」
「私にもちょうだい」
 言いながらリーナは水筒からフルーツティーを汲んでハシムに渡す。
「こういうの、昼食時に街で売ったら流行りそうじゃない?」
「そうか?ま、これは趣味で本職は農家だから本格的に流行っても困るけどな」
「本職は勇者(の家系)でしょうよ」
 クロエの鋭いツッコミが冴える。
「たまーにエル君のお店に置いてもらうって手もあるわね」
「あー、そんくらいならいけるかもな。ケミストにはそれなりに手数料払ったりしてな」
「曜日とか決めてアカデミーに売りに来るって手もあるわよ。学生なんてそんなん好きでしょ」
 クロエも話に加わり始める。
「それも良いかもな。なんだか新しいビジネスチャンスの匂いがするぜ⋯!」
「稼ぐ必要ないんだけどね」
 またもクロエのツッコミが入る。三人は十分聞こえるウィルズの歌声をBGMに、他愛もない会話を延々楽しんだ。

 観客席の中腹の一角では、セントウィル教団の教会で面倒を見ている孤児達と司祭がウィルズ公演を楽しんでいた。
「ね、ね、凄いね!可愛いね!」
「良いなぁ!あたちもあんな可愛いお洋服着てみたい!」
「メルちゃんもフリフリで可愛いお洋服だよねー!メルちゃんも可愛いし、ウィルズになれるんじゃない!?」
「へ?いや、ナイナイ。みんなの方が可愛いよ‎‎♡」
 なかでも女児数人が、ステージを観ながら興奮して盛り上がる中にメルの姿もあった。その様子を近くでつまらなそうに見ている男児の姿もある。
「クッソつまんねー。チャラチャラしやがってばっかじゃねぇの?フリフリの服着てる奴はろくなのが居ねーな!」
 吐き捨てるようにメルに向かって悪態をつく男児に、他の女児が食ってかかる。
「そう思うならアイザック来なきゃ良かったじゃん!」
「フンッ、アイザックなんてどうせメルちゃんが好きなだけなんだよ。こっども~」
「タチアナてめぇうるせぇ!んなわけねぇだろ!」
「まあまあ、みんなケンカしないで、ね?周りのお客さんにも迷惑になるから」
 真っ赤になって怒るアイザックを気にもとめず、メルはみんなに注意した。
「そうだね、ごめんなさい」
「アイザックに構ってる時間勿体ないね。ごめんね」
「うるせぇ良い子ぶりやがって!話しかけんな!」
 変わらず悪態をつくアイザックに、メルは生暖かい視線を送るしかなかった。


 ライブもそろそろ終盤に差し掛かってきて、ウィルズは切ないバラードを歌い終えた頃だった。観客の中には感動のあまり涙を流して聴いている者さえ居る程、みんながステージに注目していて、誰も外からステージに近付く人影に気付いていない。あるいは、認識していたとしても、スタッフか何かと思って気に留める者など居なかった。
「みんなー名残惜しいけど、次が最後の曲だよ!」
『えー!!』
 ダリアの言葉に、観客から別れを惜しむ大歓声が起こる。
「私達もすっごい楽しかったから終わっちゃうの凄く淋しいけど、必ずまたみんなに会いに来るから!それじゃあメンバーからも一言ずつどうぞっ♪まずはベル!」
「ファンのみんなー!今日は最後までありがとう!みんなのおかげで凄く楽しかった!今日は忘れられない日になったよ!これからも応援よろしくね!次はリラっ!」
「ダーリン達もハニー達も今日はありがとうね~!今夜はみんな私を思い出して眠れないと思うけど、私も眠れないかも~♡次もみんなの事魅了しちゃうから、また会おうね♡次はオリーブにバトンタッチ!」
「みんな~楽しかった~?私はとても楽しかったよ~ありがとう~。ここは食べ物も美味しかったし、また絶対食べに来るねぇ~。みんなの美味しいお土産も期待してるからね~。最後はマリーだよ」
「わーみんな今日はありがとー!最初はすっごく緊張してたけど、みんなのおかげで緊張吹き飛んじゃったよっ!絶対またみんなに会いたいなっ!締めはダリアたんよろしくねっ!」
「みんなー!今日は本当にありがとう!こんなに沢山集まってくれて本当に嬉しかったし楽しかった!私達が楽しく活動出来るのは本当にみんなのおかげだよー!これからもよろしくねー!みんな大好きー!!」
 ダリアが叫び終わると同時に最後の曲が始まる。宴の最後に相応しい華々しい曲だ。ウィルズは満面の笑みで全て出し切るように歌い踊っていた。
 曲が中盤に差し掛かった時、ステージの端の方で悲鳴が上がった。甲高い歓声にも聞こえて最初は誰も悲鳴と気付かなかったが、二度三度と上がる悲鳴に異様さが周囲にも伝わり、辺りが騒然とし始めた事にウィルズも遅れて気が付いた。
 周りやウィルズの反応にキリハ達も異変に気付いて、みんなが見ている方へ注目すると、男が一人刃物を持ってステージ端に立っていた。曲はかかったままだが、ウィルズは既にステージ上で身を寄せあって硬直している。スタッフにも異変が伝わったのか、そこでようやく曲も止まり、辺りの騒々しさだけになった。マネージャーがすぐさま駆けつけてウィルズを庇うように立ちはだかってはいるが、男がどんな行動を取るのか分からない為に、下手に動けないでいる。
「ウソやろ、こんな事あんねや」
 流石のクロードも初めて遭遇した事態に、狼狽えて小声で言った。
「キリハ⋯」
 エルシオも焦りながらキリハを見た時、キリハにシフォンが寄ってきて、同じように小声で話した。
「キリハ殿、あれの制圧かウィルズの警護を頼めるか?」
 シフォンに持ちかけられた話をステージに釘付けのまま聞いたキリハは、わずかに逡巡した後やはり小声で返した。
「オレは男の制圧をする。シフォンさんはウィルズを頼む」
 キリハの言葉にシフォンが頷いた時、一際大きな悲鳴が上がった。キリハ達がドキッとしてそちらを見ると、男が怒りの表情で刃物を振り上げている。
「ああああちくしょう!俺の居ねぇ所で散々楽しみやがって!俺が何したってんだよ!」
 男が叫びながら刃物を振り回す度に悲鳴が上がり、その近くの座席の客達が逃げ惑って会場は既にパニック状態だ。
「ああムカつく!こんなステージめちゃくちゃにしてやる!ざまぁみっ⋯ぅぐっ!?」
 ドサッ。
 一瞬の出来事だった。
 男の叫び声が途中で途切れたと思った瞬間、男はステージの床に這いつくばっていた。その上にはキリハが男の左腕を後ろ手に組み敷いて、刃物を持った右手はキリハの右膝の下で動かせずにいる。
「っんだよてめぇ!」
「と、通りすがりの者だ⋯」
 制圧されて尚、威嚇してくる男にキリハは、行動とは裏腹な気弱な態度だった。とはいえ、力の差は歴然で、下になってる男はほとんど身動きが取れずにいる。シフォンも既にマネージャーごとウィルズを後ろ手に庇う位置に立っていた。
「さすがキリハ。一瞬すぎて、ちょっと何が起きたか分からなかったよ。解決もすぐだね」
「どうかな~。犯人次第やろなぁ」
 エルシオとクロードの二人は元の客席に留まって成り行きを見守っていた。
「おっ⋯お、大人しく投降すればこれ以上手荒な真似は⋯し、しない。まず刃物を離せ」
「うるせぇ!!誰が従うか!離せよ!」
 男は従わず、キリハの下で依然悪あがきを続けている。だが、何とか這い出ようとしてもキリハはビクともしない。
「無理だから、マジで投降しろって⋯」
「てめぇ何なんだよ!殺す!」
 刃物を握ったままもがく男に、キリハの方が焦りの色を見せ始めてきた。すがるようにシフォンの方を見ると、スタッフに警備兵を呼ぶように指示をしている最中だった。
「このままだとアンタ、マジで怪我するから⋯」
「うるせぇうるせぇ離しやがれ!」
 キリハの額に汗が滲む。右膝の圧力を強めるが、男は頑として刃物を離さない。
「キリハ殿、このままでは埒が明かん。刃物を奪い取れ」
 そう言ったシフォンの後ろで、依然ウィルズもこちらを心配そうに見ている。
「うっ⋯わ、分かった⋯」
 キリハは了承して、右手で男の右手首を握った。男は低く唸ったが、まだ刃物は離さない。
「早く離せって。冗談抜きで腕折れるぞ⋯」
「やれるもんならやってみろ!暴行罪で訴えるからな!クソが!」
「残念だが貴様の訴えは通らんだろう。当然だがな」
 シフォンの言葉にも変わらない態度の男に、キリハは冷や汗を流しながら右手の力を強めた。
「っう、うぁああ!」
 右手首がギシギシと音を立てると男は堪らず悲鳴をあげた。しかし、余程の執念があるのか、未だ刃物は手から離れない。
「なんだよコイツ、いい加減それ離せよ!」
 キリハは焦りで声も荒くなる。
「もう腕を折っても構わん。キリハ殿が罪に問われる事は無いから安心するがいい」
「うっ⋯い、いや、でも⋯」
 キリハが怯んだ隙に男が暴れようと、いっそう大きくもがいた時だった。
 ゴオォオ!
 男の目の前で派手な火柱が上がり、またもウィルズや残っている観客から悲鳴が上がる。
「っいぎっ!」
 ガッ!
 気付けばキリハの目の前にはクロードが、片足で男の顔を踏み付けて立っていた。
「相変わらずキリハは優しいなぁ。こんなん、面倒やからさっさと消し炭にしたったらええねん。制裁受けてもええから無意味に粘ってんねやろ?」
 そう言うとクロードは、手のひらの上に火球を作ってみせた。
「んな脅しには乗らねぇぞ!普通の一般市民が人間相手に魔法なんて打てねぇだろうが!」
 男は踏みつけられながらも強情を貫く。対してクロードはため息混じりに眼鏡を上げ、見下した表情で男に返す。
「普通の一般市民やないんやなーこれが。それに、わたし別にお前みたいなカスの事人間やと思わんし」
「くっ⋯」
 手のひらの火球はどんどん膨れて、既にスイカ以上の大きさになっていた。
(⋯ハッタリだ。クロードの魔法はあんな時間かからねぇ。クソッ!)
 キリハは再び右手に力を込めようとするが、震えそうで最早握っているのが精一杯だ。クロードはキリハを一瞥いちべつして踏みつけている足の圧力を強めた。
「ホンマ、お前もうウザいで。終いやな」
 クロードは男の顔から足をどけて、代わりに火球を浮かせた手をかざした。

「さっきから音楽聞こえないけど、終わったのかしら」
「というか、曲が途中で止まらなかった?」
 言いながらリーナがステージの方へ目を凝らしてみるが、すぐにかぶりを振って振り返った。
「ハー君ほど目が良い訳じゃないから見えないわね。でもやっぱり終わったのかな?お客さんが少なく見える」
 そこへハシムが訝しげな顔でトイレから帰ってきた。
「なんかあったか?心なしか方々ほうぼうでザワついてるような⋯」
「最後の曲?が途中で止まったっぽいんだけど、私じゃ見えなくて」
「んん?」
 苦笑いのリーナに代わり、ハシムがステージに目を凝らす。すると間もなくハシムの表情が変わった。
「クロードがヤベェ!俺先に行くからクロエも来い!」
 言い終わるかどうかでハシムは弾丸のように飛び出して行った。
「え、な、何よ⋯?」
 ハシムの尋常ではない態度に、戸惑いながらもクロエは腰を上げた。アイドルのライブを見ていただけの子供に、一体何が起きるのか想像もつかない。
「私もすぐ行くからクロエちゃん先に行って!」
 リーナは言いながら荷物をまとめている。クロエは頷くと小走りにステージの方へ急いだ。

(キリハ殿は何をグズグズしているのか。まぁクロード殿でも良い、早くこいつを連行してライブの続きを⋯ん?)
「やめろてめぇ!人殺し!」
「こんなん公務執行妨害的なやつで片付くで」
 冷たい目をしたクロードに火球を目の前に突きつけられた男は、流石におののいてやっと刃物から手を離した時だった。
(こいつ、見覚えが⋯徹夜組の⋯!)
 ドスッ。
 シフォンが気付くとほぼ同時に、クロードの後ろに別な男が立っていた。両手は腹部辺りで何かを握ってる様だった。
「⋯は?なんやお前⋯」
 クロードは背中に衝撃を受けて振り返り、別な男に気付いた。その男はクロードを見上げながら悪辣あくらつな笑みを浮かべていた。
「ざまぁみろバーカ!」
 クロードは背中に激烈な痛みを覚えてその場にうつ伏せに倒れた。
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