女装魔法使いと嘘を探す旅

海坂依里

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第2の事件『命の価値を測る偽魔女』 第4章「偽魔女と黒猫の物語の終幕」

第2話「魔法使いと黒猫【ノルカ視点】」

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「今、開けるから」

 黒猫が望む通り、部屋と廊下を繋ぐ扉をゆっくりと開く。
 主に帰ってきなさいと命じられているはずの黒猫の視線は進行方向に真っすぐ向いたままで、後ろから付いていく私のことなんて気にも留めない。

(こういう態度の方が、猫らしいのかもしれない)

 私を置いて街を駆け抜けてもいいのに、駆け抜けるだけの体力がないのか、黒猫の主が私を手招いているのか。
 私の移動速度を確認しながら歩いてくれているような気がしてしまうのは、私がよほど幼い頃に読んだ物語の影響を受けているからかもしれない。

「ここは……」

 黒猫が招いてくれた場所は、いかにも何かが潜んでいそうな廃墟前。
 その昔は、莫大な財力や権力を振りかざしていた人物が住んでいたことが容易に想像できる。
 でも、その莫大な財力と権力は時の流れと共に失われていったらしい。
 誰も訪れることなく、誰にも手入れされることのない屋敷は、誰も近づきたがらない不気味な外観と空気を作り出していた。

(ここで何かが起きていても、私は力になれない……)

 そんな人間が魔女を目指していたとか、笑われてもしょうがないくらい私の魔法レベルは低い。
 筆記試験と、感情魔法だけで、魔女試験追試という権利を勝ち取った。
 その努力を、その力を、国は認めてくれた。

(だったら、悲観している場合じゃない)

 あとでアンジェルは得意げに、こんなことを言うと思う。
『一緒に奥様を尾行すれば良かったのに』って。
 そのときのことは、今、考えないようにしようと思った。

(こんな真っ暗なところに人が……)

 私を先導している黒猫を見失ってしまいそうなくらい、建物の中は暗闇で覆われている。
 壊れたガラス窓から差し込む月明かりや星明かりだけを頼りに、黒に染まろうとする黒猫をしっかりと追いかける。

「私と組めば、魔法の力で人を救うという願いを叶えることができるんですよ!」

 自分の身を潜めるための透明化の魔法を使わなかったのが功を奏したのか、私は誰にも見つかることなく目的の部屋へと辿り着いた。

(あれは……パン屋のお客様……)

 黒猫が主の元へと飛び込んでいくことはなく、私と一緒に部屋の中を覗き込んでいる。
 一緒に部屋の様子を確認すると、宙を漂っている光魔法のおかげで少しは視界が開けたことに安堵する。

「暴力を振るう人間は、外面のいい方が大変に多いのです」

 黒猫は私と一緒になって、おとなしく部屋の外で待機をしている。
 主が会話しているときは空気を読んで、主の会話を遮るなという命令でも受けているのかもしれない。

「パン屋のご主人が奥様に暴力を振るうような方だなんて、思いもしなかったのでは?」
「それは……」

 アンジェルと、パン屋を訪れていた美しい女性が対峙している。
 傍には女性らしき人が倒れているのが確認できるけど、浮かび上がる光魔法の数が少なくて誰だか判断することまではできない。
 でも、この場にいない人物を考えると、意識を失っているのは恐らくパン屋の奥様。

「あの人が暴力を振るうなんて、この人がいじめの首謀者だなんて……世の中、そんな思い込みで助けられない命が多く存在するのです」

 吐き出す息も、吸い込む空気にも、気を遣う。

「私たち魔法使いが、希望になるときが来たと思いませんか」

 私の存在が気づかれていないからこそ、できることがある。
 だからこそ、息を吸い込んで吐き出すっていう一連の動作を失敗したら一巻の終わり。
 呼吸ひとつすら、苦しいと感じてしまう。

「私たちなら暴力の被害を受けた人たちを、犯罪者にすることなく人を殺すことができます」

 パン屋の主人であるモーガストさんが送様に暴力を振るっていたなんて信じられない話だけど、アンジェルは彼女の話に対して反論しない。
 何かしらの証拠をアンジェルは得ていると確信する。

(何も力になれなかった……)

 感情魔法を使って、どのタイミングでアンジェルの力になるべきなのかを考える。
 でも、奥さんが暴力を振るわれていたことに気づくことができなかったという後悔は、頭を上手く働かせることを邪魔してくる。

(本当に守るべきは奥様の方だったなんて……)

 爪が手のひらに食い込むくらい、手に力を込めたときのことだった。

「俺は、人を殺すために魔女を目指してんじゃねーよ」

 魔女試験の追試で、たまたま組むことになった相方に私は救われることになった。
 抱いた後悔なんて、今は関係ないって相方に叱咤される。

「私と組んで人助けをした方が、幸せな人生を送れちゃいますよ」

 私とアンジェルは、魔女ではない。
 魔女になってはいけないって、国から烙印を押された同士。
 魔法の力で、人を救ってはいけませんと言われた者同士。
 でも、偽魔女として生きることを選ばなかった同士でもあったことを思い出す。
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