女装魔法使いと嘘を探す旅

海坂依里

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第3章「命の価値を測る偽魔女」

第9話「魔女は願う【偽魔女視点】」

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「僕が厳しくするのは、2人が無能だからってことを理解してもらわないとね」

 この世には、発動そのものが難しい魔法があると言われています。

「2人には、魔女の偉大さを教え込まないといけない」

 失われた命を蘇らせるための、蘇生魔法。
 瞬時に命を奪う、殺しの魔法。

「価値のない人間を、一から教育してあげよう」
「母と妹には、価値がないのですか……」
「そうだよ……? だから、仕方なく……」
「仕方なく、暴力を振るってしまったのですか?」

 誰からも好かれるような優しくて穏やかな性格で、周囲からの信頼を集めていた父。
 家族を失ったなんてことを、外に知らせることができなかったのでしょう。

「何を言っているんだい? これは教育であって、暴力のわけないじゃないか」

 外に顔を向けることができなかった父は、私に家族でいることを強要してきます。
 父は、私さえいれば家族関係を継続できると思い込んでいます。

「私が、もっと早く、もっと早く魔法学園から戻ってきていたら……」

 地面から引きずり出されて土に塗れている私と、水を含んだ土に手を汚した父が向かい合う様子を見て、似ているなって思いました。

「お父様は、たいそう立派なお人なのですね……」
「僕が父に感謝しているのと同じで、2人も僕の教育に感謝してくれるようになるよ」

 これが、親子というものなんだと思い知らされました。
 どこまで行っても逃げることのできない関係。
 それが、親子なのだと。

「ちゃんと教育してあげないと可哀想……っ」

 願いの強さは、人に新たな殺しの力を与えました。
 人を殺す際には何度も攻撃魔法を加えなければいけないのが定説でしたが、一撃で心臓に異常を来す魔法が発動することを私は知ります。
 瞬時に人の命を奪う魔法は、発動しないわけじゃなかったんです。

「フェ、リ……」
「まだ喋ることができるんですね」
「っあ!」

 人の命を蘇らせる魔法は発動しないのに、人の命を一瞬で奪う魔法は発動する。
 いつか私が論文を発表することがあったら、1回の魔法で心臓に異常を来すことができると書き換えなければいけませんね。

「価値がない人間は、暴力を振るってでも教育を……」
「それは、あなたのお父様の教えですよね」
「っぅ」

 みんな、心の底から相手の死を願っていなかった。
 だから、一瞬で人を殺す魔法は発動しないなんて嘘が出回ってしまったみたいですよ。
 攻撃魔法を打ち込んで命を奪うほかにも、人の体を傷つけることなく綺麗な状態で殺す魔法は存在するということを発見してしまいました。

「私の家族に、その教えを押しつけるのはやめてください」
「あ……あ……あっ……」
「完全に心臓が止まらないなんて、私の魔法が弱いということでしょうか」
「フェ……」
「待っていてくださいね。願う力を魔法に応用して……」

 父の悲鳴が世間を賑わせる頃には、一瞬で心臓に異常を来すためのコツを掴むことができました。

「これでは、魔法を使った人間の犯行だとばればれですね」

 一瞬で心臓を止めることができれば、突然死を装うことができたのですけどね。
 生まれたばかりの不完全な魔法は、心臓が止まったり動いたりを繰り返すという不自然さを父の遺体に残してしまいました。

「フェリーナ・ローズリー」

 驚くほど早く魔女と警察が駆けつけて、やはりこの世界は魔女がいるからこそ安泰なのだと思いました。
 私が目指してきた存在は、今日も国に幸福をもたらすために活動する。
 私を逮捕する魔女の姿を見て、感動すら覚えてしまいました。

「殺害容疑で現行犯逮捕……」
「私たち家族は、父に暴力を振るわれていました」

 魔女資格を持つ魔女が、人を殺した。
 私が起こした事件は、前代未聞の事件と扱われることになりました。
 母と妹に暴力を振るった父を殺めただけなのに、それは犯罪として扱われてしまいます。

(家族を幸せにするために、私は魔女になったのに……)

 他人から殴られたことも、蹴られたこともない私に、母と妹の痛みは理解できない。
 食べる物にも困らず、眠る場所も時間も確保できていた私には、母と妹の苦しみを理解できない。

(私は、2人を救うことができなかった……)

 2人が痛みを感じたときに、2人が苦しんでいるときに、真っ先に駆けつけてあげたかった。
 2人の力になりたかった。
 2人の命を救いたかった。
 2人の笑顔を、守りたかった。

(私がやったことは、間違っていません)

 救えなかった2つの命を想うだけで涙が誘われますが、こんなことで泣いてはいられないと握る手に力を込めました。

(私がやったことは、正しいこと)

 私よりも深い痛みを抱えている人たちが、私よりも大きな苦しみを抱えている人たちがいる。
 だから、私は、こんなところで泣いてはいられない。
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