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第3章「命の価値を測る偽魔女」

第2話「対面」

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「これが今日の売り上げです」
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

 互いの顔が認識できる程度の、淡い光が灯る部屋を見つける。
 照明器具が見当たらないことから、この淡い光の正体は魔法。
 この会話を繰り広げている両方か、どちらかが魔女か魔法使いということが分かる。

「すみません……少額で……」
「お金を支払うにしても、健康な体があってこそですよ」

 気品ある声と喋り方が特徴的な女性と言葉を交わす奥さん。
 どこかで聞いたことがある声だなんて振り返る必要もなく、この声も喋り方も昼間パン屋を訪れたフェリーナさんのものだと分かる。

(なんの金……)

 店の売上金を、フェリーナさんに渡していることは分かった。
 けど、パン屋の夫妻が金を借りる必要があるのかってところは、どうしても引っかかる。

「あのときの私に、声をかけてくれてありがとうございました……」
「困っている方を助けるのは当然のことです」
「もう、あんな目に遭わなくて済むと思うだけで、本当に、本当に……」

 俺とノルカを雇っている時点で、パン屋を営業するための資金には余裕があるはず。
 パン屋の創業資金を返済しているにしたって、返済に困っているくらいなら求人を募集するはずがない。
 モーガストさんと2人でパン屋を経営した方が、借金を返す上では断然に効率がいい。

「ずっと逃げたかったけど、できなくて……」
「奥様、涙をお拭きになってください」
「人生を終わらせることもできなくて……」

 奥さんの声が震え始め、弱っていく奥さんを支えるフェリーナさん。
 止まらない涙が気になったのか、それとも偶然が重なっただけなのか。
 フェリーナさん以外にも、奥さんのことを気にかける存在がいた。

「ヴァルツさんにも、お礼を……」
「お気持ちは嬉しいのですが……」

 廃墟へと侵入した黒猫たちが、規則正しく列になって部屋の中へと入り込む。

「ヴァルツは、まだ戻っていないので」

 ルアポートに住んでいる人なら黒猫を避けるように距離を取るはずなのに、奥さんとフェリーナさんには黒猫を避ける様子が見られない。

「ヴァルツさんが災いをもたらすなんて、失礼な話ですよね」

 この発言は、奥さんのもの。
 モーガストさんが生きていた頃は黒猫が登場するだけで怯えていたはずなのに、今の奥さんは冷静に黒猫を見つめている。

「奥様の理解を得られて、ヴァルツも喜んでいると思います」

 はっきりと顔を確認できないようにするためなのか、部屋を照らす光は心もとない。
 それでも、黒猫に囲まれたところで2人は1歩も引くことがない様子を確認できた。

「ヴァルツは、世界を美しくするために存在するのですから」

 こんな暗がりの中に集まった黒猫たちの区別なんでできるわけがないのに、フェリーナさんは黒猫たちを吟味するように視線を注ぐ。

「ふぅ、今回もお帰りいただくしかありませんね」

 主が黒猫にかけた探索魔法を解くと、黒猫たちは自分たちの目的に向かって集団を解散していく。
 壊れた窓から出て行く猫もいれば、元来た通路を辿りながら帰路に就こうとする猫もいる。
 やっぱり猫は集団では活動せず、個々が好き勝手に行動していく。

「さて、次のお客様は、どこのどなたでしょうか」

 自分は体を透かして、周囲から存在を認識されなくなる魔法を使っているはず。
 魔法が持続するように意志を働かせているはずなのに、自分がかけている魔法は相手の力でいとも簡単に解かれてしまう。

「アンジェルさん……」
「あら、パン屋にいらした方ですね」

 自分の意志に関係なく魔法が解かれるって感覚が初めてで、気持ち悪い。
 闇に潜んで会話を盗み聞きすることはできなくなり、俺は仕方なく正体を明かすために一歩踏み出す。

「まさか可愛いお手伝いさんが、魔法使いさんだったとは」 

 透明化の魔法を使っていたことを見破ったフェリーナが、黒猫の主と考えてもいいかもしれない。
 誰も使用していない廃墟に明かりを用意したのも、黒猫たちを一か所に集わせたのも、フェリーナが魔法を使うことができるから。

「今のやりとりを……見て……」

 奥さんを尾行したことを罪に問うつもりはないと言わんばかりの、にこにことしたフェリーナの笑みが不気味だった。

「あの……今のは……」

 一方で対照的な表情を見せるのは、パン屋の奥さん。
 薄明かりの中でも、自分は悪いことをしていましたって顔を見せるのは明らかな異常。

「奥様は、パン屋の開業資金を返しに来ただけですよ」

 奥さんが不都合なことを喋ってしまう前に、フェリーナが間に入ってきて奥さんが口を開かずに済むよう配慮する。
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